53話 ヴァンパイア
ダンジョンらしき場所へ入ってから、しばらくの間。
レイとメルナは、薄暗い洞窟の中を進んでいた。
壁には奇妙な模様が刻まれ、ところどころに赤黒い液体の跡が残っている。
空気も、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「うーん……」
レイが足を止める。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「多分、ここヴァンパイアの巣だ」
「え?」
メルナが目を丸くする。
「何で?」
「なんとなく」
「なんとなくで分からないよ!」
「理由は簡単だ」
レイは洞窟の奥を見る。
「奥から、結構でかい魔力が溢れ出てる」
「魔力だけで分からないでしょ」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ、気をつけて行こ~」
「おー」
二人は警戒しながら、さらに奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
しばらく進んだところで――。
「あれってヴァンパイア?」
メルナが前方を指差した。
「ああ。あれはヴァンパイアだな」
そこには、一体の魔物が立っていた。
人間によく似た姿をしている。
しかし、その目は真っ赤に染まり、口元からは鋭い牙が覗いていた。
「じゃあ私から行く!」
「任せた」
「召喚! フェニちゃん!」
メルナが手を上げる。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃん、今なんか言いたそうな顔してる」
「召喚の仕方、雑になってきてるよな」
「うっさい!」
その瞬間。
メルナの前に光が集まり、不死鳥――フェニックスが姿を現した。
「キュイー!」
「おぉ~」
レイは思わず拍手する。
「ちょっと召喚が雑でも出てきてくれるのか」
「むっ! 外野は黙ってて!」
「うい」
ヴァンパイアが二人へ向かって駆け出した。
「フェニちゃん! 火吹く奴!」
「本当雑いな」
「ほんとうるさい!」
「キュ――イ!」
フェニックスが大きく翼を広げる。
次の瞬間、口から炎が放たれた。
ヴァンパイアは炎を避けようとするが、炎の勢いに押され、二人へ近づくことができない。
「よし!」
メルナが拳を握る。
「じゃあ決めようか!」
フェニックスの周囲に大量の炎が集まっていく。
「フェニちゃん! 炎球!」
「キュイ!」
高密度に圧縮された炎が巨大な球体となっていく。
そして――。
ドォンッ!!
炎球がヴァンパイアへ直撃した。
強烈な爆発が洞窟内に響き渡る。
やがて炎が消えると、そこにはヴァンパイアの姿は残っていなかった。
「やるやん」
レイが素直に褒める。
「……」
メルナがレイを見る。
「フェニちゃん」
「キュ?」
「あの外野にも、さっきの炎球もう一度」
「待て待て」
レイが慌てて両手を上げる。
「すまん」
「キュイ~!」
フェニックスが再び炎を集め始める。
「悪かった!」
「フェニちゃん、ストップ!」
「キュイキュイ!」
フェニックスは炎球を消した。
「許してあげる」
「お、おう……」
レイは胸を撫で下ろした。
「じゃあ進もうか」
「うん!」
フェニックスは小さくなり、手のひらほどの大きさになる。
そして、メルナの肩へちょこんと乗った。
「やっぱここ、ヴァンパイアの巣だよな」
「そうだね」
「敵がいたら、フェニちゃんが探知してくれるから迷わず進もう」
「おう」
メルナは肩に乗ったフェニックスを撫でながら歩く。
「父さんが冒険者がたくさんいるって言ってたが……全く見ないな」
「確かに……誰もいないね」
「ヴァンパイアにやられたとか?」
「なくもない」
「……気をつけて行こうか」
レイは周囲を見渡す。
「何が起こるか分からないし」
「だねぇ」
二人はさらに奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
しばらくすると――。
フェニックスが突然、メルナの肩から飛び立った。
「キュ……!」
「……いるよ」
メルナが前を見る。
「じゃあ、次は俺の番な」
「いいよ!」
レイが刀に手を添える。
その直後――。
洞窟の奥から、大量のヴァンパイアが一斉に姿を現した。
数十。
いや、それ以上。
赤い瞳が一斉に二人を捉える。
「……」
レイが固まる。
「OK!」
レイはすぐに手を上げた。
「訂正! メルナに任せた!」
「量見てビビんないの!」
「やるだけやってみるか...」
レイは刀を抜く。
「焔纏い」
刀身に炎が纏う。
「業火烈破!」
レイは刀を地面へ突き刺した。
瞬間――。
ゴォォォォッ!!
地面から爆炎が噴き上がる。
炎は扇状に広がり、前方にいた大量のヴァンパイアを一気に吹き飛ばした。
洞窟全体が赤く染まる。
「よし!」
レイは刀を抜く。
「あと残った奴を……」
爆炎を逃れたヴァンパイアたちが迫ってくる。
レイは一体ずつ素早く斬り払い、次々と倒していく。
「よし。俺の番終わり」
レイが刀を収める。
メルナは呆れたように笑った。
「やばいね、お兄ちゃんの範囲爆散攻撃」
「便利だろ?」
「便利すぎるよ」
「もうちょっとで奥だろうから、行くぞ~」
「うん!」
二人は再び歩き始めた。
◇ ◇ ◇
そして――。
「ここが最奥か」
二人の前に巨大な扉が現れた。
「開かないな」
「だね」
レイは扉を押してみる。
びくともしない。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせた。
「蹴る?」
「蹴ろう」
「よし」
レイは一歩下がる。
「せーの!」
ドゴォン!!
巨大な扉が吹き飛んだ。
「何もいないな」
「何もいないねぇ」
「……帰るか」
「帰ろう!」
「帰るなよ!」
「「……」」
レイとメルナが同時に振り返る。
「今、なんか聞こえた?」
「何も……」
レイがゆっくりと上を見る。
そこには――。
天井に逆さまに立っている一人のヴァンパイアがいた。
「……いた」
「ようやく気づいたか」
ヴァンパイアは二人を睨みつける。
「お前ら、扉を蹴り飛ばして帰ろうなんて……ぶち殺すぞ」
「それは謝る。すまん」
「謝られると困る!」
「じゃあ帰る」
「帰れると思うなよ!」
「それじゃ!」
二人は本当に部屋から出ようとする。
「舐め腐りやがって!」
ヴァンパイアが怒鳴る。
レイが振り返った。
「ついでに聞くが、ここのボス的な?」
「俺はヴァンパイアの中でも上位の存在!」
ヴァンパイアは胸を張る。
「グランドヴァンパイアだ!」
「失礼しましたぁ」
2人は背中を向け部屋から出ようとする
「話を聞け!」
「分かった」
レイは立ち止まる。
「お前ら、俺の手下を殺しただろ?」
「どちらかといえば……はい」
「私も倒した」
メルナも素直に答える。
「ぶっ殺す!」
グランドヴァンパイアが怒りを露わにする。
「メルナ、どうする?」
「お兄ちゃんに任せる」
「俺はメルナに任せる」
「え~」
「お前ら仲良く話してんじゃねぇ!」
グランドヴァンパイアがレイへ飛びかかる。
鋭い爪が迫る。
「危な」
レイは刀で受け流した。
「コイツ……!」
「お邪魔したのは俺らだし、悪いとは思うよ」
レイは刀を構え直す。
「だけど、お前らも冒険者を殺してるだろ?」
「当たり前だ!」
グランドヴァンパイアは笑う。
「俺たちは眷属を増やし、この世界を征服する!」
「そういうことか」
レイは納得した。
「お前らは眷属を増やせるのか」
「すごいだろ!」
「まぁ……全部倒してしまったが」
「お前らぁ!」
グランドヴァンパイアが再び襲いかかる。
「お兄ちゃん、任せた」
「あいよ」
「血液操作!」
グランドヴァンパイアの周囲から赤い液体が浮かび上がる。
血液は瞬く間に形を変え、鋭い刃となってレイへ襲いかかった。
「血を硬化させてるのか」
レイは刀に炎を纏わせる。
「焔纏い」
飛来する血の刃を、刀で次々と弾き飛ばしていく。
硬化した血が壁へ突き刺さる。
「なかなかやるな!」
「そっちもな」
レイが一歩踏み込む。
「次は俺な」
「酒呑乱舞」
レイの姿が一瞬で消える。
「な――」
「一閃」
レイの刀が走る。
「二連」
続けざまに斬撃を放つ。
「三段」
最後の一撃がグランドヴァンパイアの動きを止めた。
「お、お前……何しやがった……」
グランドヴァンパイアが驚く。
「思ったより斬れた」
レイは刀を構えたまま答える。
「今なら見逃してやらんこともないぞ」
「見逃してください」
グランドヴァンパイアが即答する
「どうする、メルナ?」
「燃やし尽くそう」
「え?」
グランドヴァンパイアが固まる。
「さっき見逃してくれるって……」
「ほんとごめん」
「貴様らぁ!」
レイは刀を振るう。
炎が走り、グランドヴァンパイアを包み込む。
やがて炎が消えると、そこに残っていたのは灰だけだった。
「世界を支配しようと考えてる奴に、容赦はしなくていいよ」
「うい」
「よし、帰ろ!」
「なんか呆気なかったな」
「だね」
二人は出口へ向かって歩き始めた。
◇ ◇ ◇
「待て、お前ら!」
「ん?」
レイが振り返る。
その瞬間――。
無数の硬化した血が槍のような形になり、二人へ飛んできた。
「まだ生きてるのか」
「めんどくさいね」
「俺はまだ負けてない!」
グランドヴァンパイアが叫ぶ。
「その血には毒が含まれている!」
血の槍がさらに増えていく。
「少しでも切り傷ができたら、お前らは死ぬ!」
「本当にめんどくさいぞ、コイツ」
「じゃあ私がやる」
「おう」
メルナが一歩前へ出る。
「最後の警告ね!」
メルナはグランドヴァンパイアを指差す。
「これ以上攻撃するなら、私も容赦しないからー」
「やれるもんならやってみろよ!」
血の槍が一斉に飛んでくる。
「正直、あまり使いたくないけど……」
メルナは静かに構える。
「ちょっとだけなら、反動も少ないし」
「共鳴――黒蝕姫」
その瞬間。
メルナの背後に、紫色の髪を持つ女性――黒蝕姫が現れる。
彼女の姿が光へ変わり、メルナの身体へ重なっていく。
髪が紫色へ変わり、瞳は深い緑色へ。
そして、身に纏う衣装も鮮やかな紫色へと変化する。
「……!」
グランドヴァンパイアが驚く。
大量の血の槍がメルナへ迫る。
何本かがメルナの身体に触れ、浅い傷を作った。
「お前はもう毒で死ぬ!」
「……」
メルナは傷を見下ろす。
「ごめんね」
そして笑った。
「あいにく、毒には耐性があってねぇ」
「は?」
「黒蝕姫は疫病や毒、腐食を扱う姫だから」
メルナは腕を構える。
「その力を借りてる私にも、ある程度の耐性があるんだよ」
「そんなの……ありかよ!?」
「ありだよ」
「これでどうだ!」
グランドヴァンパイアが血を巨大な斧へ変える。
巨大な血の斧がメルナへ振り下ろされる。
「私も、自分なりの武器を見つけないとね」
メルナは逃げない。
迫ってきた血の斧へ、手を伸ばす。
「腐食」
触れた瞬間。
血の斧に亀裂が走った。
そして――。
ボロボロと崩れ落ちていく。
「な……!」
「これで終わり」
メルナの右腕に、黒い炎が纏わりつく。
「疫焔病散」
メルナは一瞬で距離を詰める。
「なっ!」
右腕がグランドヴァンパイアへ触れる。
「クックッ! そんな攻撃、俺には効かん!」
「それはどうかな」
「グハッ……!」
グランドヴァンパイアが膝をつく。
「何を……した……」
「この技は、右腕で触れたものに疫病を植え付ける」
メルナは淡々と答える。
「そして、その力は相手の身体を内側から蝕んでいく」
「嘘……だろ……」
グランドヴァンパイアの身体から力が抜けていく。
「バイバイ」
「お前――!」
グランドヴァンパイアはそのまま力尽きた。
メルナは静かに息を吐く。
「……ふぅ」
そして共鳴を解除した。
「メルナ」
「ん?」
「お前、やばいな」
「ふぅ……」
メルナは肩を回す。
「少しだけだから、まだ全然平気だなぁ」
「とりあえず出るか」
「うん!」
二人は今度こそダンジョンの出口へ向かった。
◇ ◇ ◇
外へ出ると、眩しい光が二人を照らした。
「ふぅ……疲れた」
レイが伸びをする。
「あんま疲れてないよ!」
メルナは元気そうに答える。
「お兄ちゃん、体力なさすぎじゃない?」
「いや、結構戦っただろ」
その時――。
「妾の能力を雑に使いすぎじゃよ!」
「ん?」
メルナの肩を見る。
そこには、手のひらサイズになった黒蝕姫が座っていた。
「あ、黒蝕姫!」
「まったく……」
黒蝕姫は腕を組む。
「あんなヴァンパイア相手に、あそこまで力を使う必要などないじゃろ!」
「そんな私、能力雑に使ってた?」
「雑じゃ!」
「でも助かったよ!」
メルナは黒蝕姫の頭を撫でる。
「ありがと」
「ま、まぁ……」
黒蝕姫の顔が少し緩む。
「妾の力が役に立ったのなら、よいのじゃ」
明らかに嬉しそうだが、本人は必死に隠している。
「お前、気が変わりすぎ」
「無礼者が。ぶっ殺す」
「クーちゃん!」
メルナが注意する。
「そんな汚い言葉使ったらダメだよ?」
「でも……あやつが……」
「お兄ちゃんの言葉をまともに聞かないの!」
「す、すまなかったのじゃ……」
「謝れて偉いねぇ~」
メルナは再び黒蝕姫の頭を撫でる。
「妾は偉いのじゃ!」
黒蝕姫は嬉しそうに胸を張る。
「こいつ、気分の変化が激しいな」
「お兄ちゃんも謝って」
「すまん」
「今の妾は気分がいいから許すのじゃ!」
「偉いねぇ~、クーちゃん!」
「そのあだ名のセンス、なんなんだ?」
「クーちゃん?」
「うん!」
メルナは笑う。
「黒蝕姫だから、『く』を取ってクーちゃん!」
「いや、あだ名で一文字になるのか?」
「素晴らしいネームセンスなのじゃ!」
「お前まで納得するなよ……」
「まぁ、お兄ちゃんには分からなくてもいいよ!」
メルナはぷいっと顔を背ける。
「フンッ!」
「はいはい」
黒蝕姫はそんな二人を見て、小さく笑う。
そして、ゆっくりとメルナの身体の中へ戻っていった。
「……」
少し静かになったところで、メルナがレイを見る。
「お兄ちゃん!」
「ん?」
「武器欲しい!」
「そう言われてもなぁ」
「難しいよねぇ」
「試しに、これ抜いてみろ」
レイは腰に差していた刀をメルナへ渡した。
「うん!」
メルナは刀を受け取る。
そして鞘に手をかけた。
「……」
スッ。
「抜いたよ!」
あっさり刀身が現れる。
「やっぱメルナは抜けるか」
「え?」
メルナは首を傾げる。
「そりゃ、鞘からは抜けるよ。誰でもね」
「この刀は違うぞ」
「え?」
レイは刀を見る。
「この刀はヴァルト家の血筋しか使えないらしい」
「……」
「血筋でもない奴は、鞘から刀を抜くことすらできない」
「そんなわけないでしょ」
「いや、本当だ」
レイは思い出す。
「実際、師匠とフィーアに抜かせてみたが、二人とも全く抜けなかった」
「え!? 本当なんだ……」
「ああ」
メルナは刀を眺める。
「でも、私……刀使えないし」
「メルナは大きな武器は合わないだろうな」
「そうかな?」
「それこそ、フィーアが使ってる小刀とかいいんじゃないか?」
「……ありかも!」
メルナの目が輝く。
「フィーアに聞いてみる!」
「そうするといい」
「うん!」
メルナは嬉しそうに頷いた。
そして、ふとレイの腰にある刀を見る。
「お兄ちゃんのその……演舞? っていう刀は神器なの?」
「神器ではないな」
「そうなの?」
「ああ」
レイは説明する。
「神器は、基本的に選ばれた一人だけが使えるものだ」
「ふむふむ」
「それに対して、この刀はヴァルト家の血筋なら使える」
「だから神器じゃないってこと?」
「そういうこと」
「なるほど~」
メルナは納得したように頷く。
「私、神器欲しい!」
「強欲だな」
「だって、自分専用の武器とか欲しいでしょ?」
「まぁ、あったら便利だが」
レイは苦笑する。
「ただ、神器は誰でも使えるわけじゃない。適合者しか使えない」
「神器に選ばれるしかないってことでしょ?」
「おう。そうしないと使えない」
「うぅ……そうだけどさぁ」
メルナは少し残念そうにする。
レイはそんなメルナの頭を軽く撫でた。
「今のメルナに必要なのは神器じゃない」
「じゃあ何?」
「普通の武器だ」
「むっ!」
メルナは頬を膨らませる。
「分かったよー!」
「我慢しろ」
「いつか絶対、自分専用の武器見つけるからね!」
そう言って、メルナは拳を握る。
レイはそんな妹を見て笑った。
「まぁ、探してみるか」
メルナ自身の武器を探すという、新しい目的が生まれたのだった。




