48話 盗賊の頑張り
次の日の朝。
レイは荷物をまとめ、最後に部屋の中を見渡す。
ここに来てから、色々なことがあった。
二つのダンジョンからのスタンピード。
黒い騎士との戦い。
そして、メルナとの仲直り。
思い返せば、ほんの数週間とは思えないほど濃い時間だった。
そんなことを考えていると、部屋の外からフィーアの声が聞こえてきた。
「馬車の準備ができました」
「ありがと、フィーア」
レイが扉を開けると、そこにはいつも通り落ち着いた様子のフィーアが立っていた。
「レイ様は支度できましたか?」
「できてる」
「それでは、参りましょう」
その後ろから、メルナとミリア、そして小さくなったアカマルもやってくる。
「よし! 行こう~!」
「ごー!」
「ガウ~!」
三人とも朝から元気いっぱいだった。
レイは思わず呆れたように息を吐く。
「朝から元気な奴らだな……」
「いいことです」
フィーアは微笑む。
「そりゃ~ね! 魔力も大分戻ったし!」
「俺にも少し分けてくれ」
「え、やだ」
「え、無理」
「まだ魔力戻らないの?」
「おう。ほとんど空っぽ」
「じゃあ、がんば!」
「見捨てんな」
メルナはレイの抗議を完全に無視して、フィーアへ向き直った。
「よ~し、フィーア! レッツゴー!」
「はい」
「おい! 無視すんなー!」
そんなやり取りをしながら、四人と一匹は馬車へ乗り込んだ。
フィーアが御者席に座り、手綱を握る。
そして馬車はゆっくりとラミール王国を出発した。
――しばらくして。
街道を進む馬車の中。
フィーアが振り返る。
「皆様、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫だ」
「私も全然大丈夫!」
「ん」
ミリアも小さく頷いた。
レイは周囲を見渡す。
そして、メルナの膝の上を見る。
そこには、丸くなったアカマルが気持ちよさそうに眠っていた。
「……アカマル、寝すぎだろ」
「そこも可愛いんだよ!」
「まぁ、そうだな」
アカマルが小さく寝息を立てる。
その姿を見たレイは、少しだけ笑った。
「そういやメルナ。不死鳥を召喚して、その上に乗って帰ればもっと早かったんじゃね?」
「フェニちゃんをそんな雑に扱うわけないでしょ!」
「うい」
「それに、ゆっくり帰るのもいいじゃん」
「まぁ、それもそうか」
そんな穏やかな時間が流れていた――その時。
フィーアが前方を見ながら、何でもないことのように呟いた。
「盗賊が来ました」
「え?」
レイが前を見る。
街道の先には、六人ほどの男たちが立っていた。
「……めっちゃ冷静に言うな」
「そうですかね?」
盗賊たちはこちらへ向かって手を振っている。
「おい! 止まれよ!」
「その馬車! 止まれ!」
「金目の物を置いていけ!」
レイは少し身構えた。
だが――。
フィーアは何事もなかったかのように馬車を走らせ続ける。
「おい! 待て!」
「止まれって言ってんだろ!」
馬車は盗賊たちの横をそのまま通り過ぎていく。
「おい! 待てー!」
「止まれーーー!」
盗賊たちの叫び声が、どんどん遠ざかっていく。
レイは後ろを振り返った。
六人の盗賊が、街道の真ん中で呆然と立ち尽くしている。
「……」
「……」
「……何がしたかったんだ、あいつら」
メルナも首を傾げる。
「本当に何がしたかったんだろうね」
フィーアは前を向いたまま答える。
「危なかったですね」
「よく通ったな」
「戦いごとは面倒なので」
「確かにな」
「いや、盗賊側からしたら頑張って止めようとしてたんだけどね!?」
レイがそう言ったところで、もう盗賊たちの姿は見えなくなっていた。
――盗賊たちの頑張りは、僅か数秒で終わった。
そして馬車は何事もなかったように進んでいく。
* * *
それから、およそ四時間。
長い街道を進んだ先。
フィーアが前方を指差した。
「もうすぐ着きますよ」
「おう」
レイも馬車の外を見る。
遠くに見えてきたのは、大きな屋敷だった。
周囲には広い庭と森が広がり、見慣れた景色が少しずつ近づいてくる。
「久しぶりの家だ……」
メルナが嬉しそうに呟いた。
「お家?」
ミリアが窓から顔を出す。
「あれがレイとメルナのお家?」
「おう」
レイが頷く。
ミリアは大きな屋敷を見上げながら、少し目を輝かせていた。
「大きい……」
「まぁ、俺たちの家だからな」
「レイ、こういう時だけ偉そう」
「なんでだよ」
やがて馬車は屋敷の前へ到着した。
フィーアが馬車を止める。
「皆様、着きました」
「ありがとな、フィーア」
レイが降りる。
そしてふと、フィーアへ尋ねた。
「フィーア、母さんたちは俺たちが帰ってくるの知ってるのか?」
「はい。手紙は送ってありますので」
「そっか」
「よし! 行こ!」
メルナが先に走り出す。
「うん!」
ミリアもその後を追う。
レイも歩き出そうとした――その時。
「……ん?」
頭の上に何か重みを感じる。
「おい、アカマル」
レイが頭へ手を伸ばす。
すると、そこには小さくなったアカマルが乗っていた。
「いつから俺の頭の上で寝てたんだよ。全然気づかなかったぞ」
「ガウ……」
アカマルは眠そうに鳴くだけだった。
「まぁいいか」
「行きましょう」
フィーアに促され、レイも屋敷へ入っていく。
そして――。
玄関の扉を開けた瞬間。
「レイ~~! メルナ~~!」
待っていたかのように、ミレーヌが飛び出してきた。
「うわっ!」
ミレーヌはそのままレイとメルナをまとめて抱きしめる。
「二人がいなくて寂しかったよぉ!」
「母さん、久しぶり」
「久しぶり、お母さん!」
「本当に心配したんだからね!」
「ごめん」
メルナが少し申し訳なさそうに答える。
するとミレーヌは、今度はメルナをぎゅっと抱きしめた。
「メルナ~!」
「お、お母さん……」
「無事でよかったぁ!」
「分かったから、ちょっと苦しい……」
その様子を見ていたレイが苦笑する。
「相変わらず子供には弱いな」
「いいの! 母親なんだから!」
「はいはい」
ミレーヌは満足そうに笑った後、フィーアへ振り向く。
「フィーアもありがとね」
「お気になさらず」
「ところで……」
ミレーヌが首を傾げる。
「そこにいるエルフの子と、レイの頭の上で寝てる赤い狼は?」
「説明するよ。父さんはいる?」
「きっと自室にいるわ」
「じゃあ、皆でリビング行こう」
「あ、えっと……」
ミリアが緊張した様子でミレーヌを見る。
「ん……」
「どうしたの?」
ミレーヌがしゃがみ込み、優しく尋ねる。
「名前は?」
「ミリア!」
「ミリアちゃんね!」
ミレーヌの顔が一気に明るくなる。
「可愛いわね~! エルフなんて初めて見たわ!」
「俺もエルフを見たのはミリアが初めてだ」
「レイ! 良い人!」
ミリアがレイを指差す。
「そうよねぇ!」
ミレーヌは嬉しそうに頷いた。
「でも、どうしてそうなったのかは……リビングでゆっくり聞きましょうか」
「おう」
* * *
皆でリビングへ移動すると、そこにはすでにグリムもいた。
「レイ、メルナ、フィーア。お帰り」
「ただいま、お父さん!」
「ただいま、父さん」
「ただいまです」
「よし!」
ミレーヌが手を叩く。
「じゃあ、色々話しましょ!」
「分かったよ」
全員が席に着く。
アカマルはレイの頭から降りると、今度はソファの隅で丸くなった。
ミレーヌは早速、ミリアへ視線を向ける。
「じゃあまずは、新しい家族の二人から!」
「ミリアとアカマルのことだな」
「うん!」
「アカマルは森で会った。ミリアは――」
レイが少し言葉を止める。
「……救った」
「買ったんじゃない」
ミリアがすかさず訂正する。
「救ってくれた!」
「ああ、それそれ」
「もう……」
ミレーヌは笑った。
「ふふっ。なるほどね」
そしてミリアへ優しく声をかける。
「私はミレーヌ。レイとメルナのお母さんよ」
ミレーヌは隣に座るグリムを指差す。
「そして、こっちの筋肉が私の旦那」
「説明が雑だろ」
グリムが呆れたように言う。
「まぁまぁ」
「よ、よろしく……」
ミリアが小さく頭を下げる。
「よろしくね、ミリアちゃん!」
ミレーヌは嬉しそうに笑った。
「それから――」
ミレーヌが部屋の隅を見る。
「そちらの椅子に座ってるのが、レイの師匠ね」
「ん?」
レイが振り返る。
そこには、いつからいたのか分からない女性が座っていた。
紫色の長い髪。
紫色の瞳。
そして袴姿。
「……え?」
レイが固まる。
「師匠?」
女性は何でもないように答えた。
「やぁ」
「師匠、いつからいたんだ?」
「ずっといたよ。ここに」
「……気づかなかった」
「そうかい?」
その女性――ルーシーは、楽しそうに笑った。
「あ! ルーシーさん!」
メルナが立ち上がる。
「やぁ、メルナ」
「フィーアも久しぶり!」
「お久しぶりです、お師匠」
「……え?」
メルナが固まる。
「今、なんて言った?」
フィーアが振り返る。
「ルーシー様は私のお師匠ですよ」
「え!?」
メルナが目を丸くする。
「ルーシーさんってレイの師匠だけじゃなかったの!?」
レイが当然のように言う。
「知らなかったのか? フィーアも師匠の弟子だぞ」
「知らなかった……」
ルーシーが楽しそうに二人を見る。
「私たちの可愛い弟子たちさ」
フィーアは微笑む。
「恐縮です」
ルーシーはレイを見る。
「ところでレイ」
「ん?」
「鬼化、使った?」
「……使った」
「はぁ……」
ルーシーが頭を抱える。
「使いこなせるようになった?」
「全然」
「だろうねぇ」
「なんで分かるんだよ」
「弟子だからさ」
ルーシーは立ち上がる。
「後で訓練の成果を見せてもらおうか」
「う、うい……」
「私も!」
メルナが手を上げる。
「少しは刀か剣を使えるようになった?」
「そ、それは……」
メルナが目を逸らす。
「メルナは違う武器が似合ってるようだねぇ」
「うん……」
「納得するなよ」
レイが突っ込む。
* * *
「レイ、フィーアから色々聞いてるよ」
ミレーヌが心配そうな表情になる。
「危ない戦いをしてきたんでしょ?」
「大分危なかった」
「共鳴を使っても負けたよ」
メルナも正直に答える。
グリムは二人を見つめ、静かに口を開いた。
「……よく頑張ったな」
その一言に、レイとメルナは少しだけ表情を緩める。
「でも、その時に鬼化を使ってしまった」
レイが言う。
するとルーシーが「あっ」と声を漏らした。
「そういえばレイに言ってなかったね」
「何を?」
「私もレイと似たようなものを持ってる」
「……え?」
ルーシーは自分の胸元を軽く指差す。
「私の体の中には、九尾の狐がいるんだ」
レイが目を見開く。
「必要でしょ、それは!」
「そう?」
「そうでしょ!」
「まぁ、言う必要もないと思ってたからねぇ」
「師匠も鬼化みたいなの使えるのか?」
「使えるよ。共鳴みたいなものさ」
「なら、使い方教えてほしい」
「もちろん」
ルーシーは楽しそうに笑った。
「私の弟子なんだから、ちゃんと教えてあげるよ」
「いつから九尾と一緒にいるんだ?」
「レイを修行してた時には、すでにいたよ」
「マジか……」
レイはしばらく考えた後、自分の中にいる存在へ話しかける。
「酒呑童子」
『なんだ』
「お前、九尾の狐の仲間じゃないのか?」
『……うるさい』
「お前、ツンデレって奴か?」
『違う』
「即答かよ」
ルーシーはそんなレイを見て、クスクスと笑った。
「じゃあ、ちょっと挨拶してみようか」
「え?」
ルーシーは目を閉じる。
「酒呑童子ちゃん」
『……』
「九尾の狐と会えば?」
『お前……なぜ俺の精神に干渉できる』
「なんとなく?」
『はぁ……』
酒呑童子の呆れた声が響いた。
『要件は何だ』
「ただ挨拶しに来ただけさ」
『酒も持ってこない奴が来る場所ではない。帰れ』
「次に来る時は持ってくるよ」
『来るな』
「まぁまぁ、そんなに怒らずに」
『殺すぞ』
瞬間。
精神世界の空気が変わった。
酒呑童子から、強烈な殺気が放たれる。
ルーシーはその気配を感じながら――笑った。
「……へぇ」
そして腰の刀へ手を伸ばす。
「少しだけ、お手合わせ願おうか」
『ほぉう』
酒呑童子もゆっくりと刀を抜いた。
『覚悟だけは認めてやる』
「それはどうも」
『刀を抜け』
ルーシーは刀を構える。
二人の間に、静かな緊張が走った。
「嬉しいなぁ」
ルーシーが笑う。
「こんなに強い相手と戦えるのは」
『ハハハッ! 面白いことを言うな!』
酒呑童子も笑う。
『手加減してやろう』
「手加減できるかな?」
次の瞬間。
二人の姿が同時に消えた。
――ガキィン!
刃と刃がぶつかる。
一度。
二度。
三度。
互いに踏み込み、斬撃を繰り出していく。
「どう?」
『弱いな』
「ひどいなぁ。これでも剣豪なんだけど」
『だが――』
酒呑童子の目が鋭くなる。
『お前も気を抜いているな』
「バレた?」
『当然だ』
二人は一度距離を取る。
酒呑童子が刀を構え直した。
『長引く戦いは嫌いだ』
「奇遇だね」
『これを受け止めてみろ』
酒呑童子が地面を蹴る。
『――鬼爪嵐駆』
瞬間。
凄まじい速度で距離を詰める。
一歩踏み込むたびに地面がひび割れ、鋭い爪撃が連続して繰り出される。
ルーシーは刀で受け流そうとする。
だが――。
「……速い!」
ギリギリで一撃を避ける。
それでも完全には避けきれず、頬を浅くかすめた。
ルーシーは距離を取る。
「速いね」
『お前の剣技も中々のものだ』
「自分より強い奴に言われると嬉しいなぁ」
少し間を置いて、ルーシーが笑う。
「……人じゃないんだっけ?」
『どうでもよい』
酒呑童子は刀を納める。
『良い運動になった。今回の酒の分とでもしておいてやる』
「ありがとさん」
ルーシーも刀を納める。
「じゃあ、また」
『来るなと言っただろう』
「まぁまぁ」
ルーシーは笑いながら手を振る。
「レイと仲良くしてねぇ」
『……』
そのまま精神世界から姿を消した。
――そして。
現実世界。
「…………」
ルーシーは目を開ける。
そして、少しだけ額に汗を浮かべた。
「……あれはやばかったなぁ」
「師匠?」
レイが不思議そうに見る。
「何してるんだ?」
「何も」
「絶対何かしてただろ」
「気のせいさ」
ルーシーは何食わぬ顔で椅子へ戻る。
レイは納得していない様子だったが、これ以上聞いても答えてくれないと判断した。
「まぁ……いいか」
その横で、フィーアだけが何かを察したように小さく笑っていた。




