44話 仲直り
ラミール王国へ戻った一行は、そのままレイの部屋へ向かった。
長かった戦いが終わり、ようやく誰もが安心できる場所へ戻ってきたのだ。
フィーアは、眠ったままのレイをそっと抱え直す。
「レイ様を寝かせましょう」
「はい」
フィーアはベッドまで歩くと、レイをゆっくりと横に寝かせた。
その姿を、ミリアは心配そうに見つめている。
「レイ……」
「大丈夫ですよ。少し眠っているだけです」
フィーアが優しく声をかける。
「うん……」
ミリアは小さく頷いた。
すると、アカマルがベッドへ飛び乗った。
「ガウ……」
そのままレイの身体の上で丸くなり、まるでレイを守るように身体を包めて眠り始める。
「ふふっ。アカマル様も心配だったのでしょうね」
フィーアが微笑む。
その一方で、カナは自分の姿を見て固まっていた。
戦闘の影響で服はボロボロになっており、まともに着られる状態ではない。
それに気づいたフィーアが声をかける。
「カナ様、とりあえず服を着ましょうか」
「は、はい!」
カナは顔を真っ赤にしながら頷いた。
すると、メルナが自分の服を取り出す。
「私の服、着れる?」
「あ、ありがとうございます」
カナはメルナから服を受け取ると、着替え始めた。
しばらくして――。
「……どう?」
カナが少し恥ずかしそうに尋ねる。
メルナはカナの姿を見ると、にっこり笑った。
「似合うね」
「そうですかね……?」
「はい。めっちゃ似合ってますよ」
フィーアも笑顔で頷く。
「そ、そうですか……」
カナは照れたように頬を赤くした。
カナはふと思い出したように口を開く。
「そういえばメルナさん」
「どうしたのカナちゃん!」
「さっきのレイさんの姿って……」
「!」
カナの表情が少し変わる。
「酒呑童子と関係してるんですかね?」
「えっ!?」
メルナとフィーアが同時に驚いた。
「カナちゃん、知ってるの!?」
「し、知っているのですか!?」
「は、はい。レイさんが教えてくれました」
二人は顔を見合わせる。
「……」
「……」
そして、何事もなかったかのように視線を逸らした。
「そ、そうなんですね」
「ええ。そういうこともありますよね」
明らかに何かを隠している。
カナは二人を見ながら首を傾げた。
「……?」
メルナはそんなカナを見て、少し笑う。
「お兄ちゃん、教えた相手がカナちゃんで良かったね」
「え?」
「だってカナちゃん、優しいから」
「そ、そんな……」
フィーアも真剣な表情になる。
「ですが、あとでレイ様には色々と聞く必要がありますね」
「え、えーと……」
カナが困ったように笑う。
すると、メルナが少し真面目な顔になった。
「まずはカナちゃん。お兄ちゃんが酒呑童子と契約してることは、誰にも内緒にしてあげて」
「は、はい!」
カナはすぐに頷いた。
「絶対に誰にも言いません」
「ありがとう」
メルナは安心したように笑った。
そんなメルナを見ながら、カナがふと思ったことを口にする。
「……メルナちゃん」
「ん?」
「レイさんに対して、少し優しくなりました?」
「へっ!?」
メルナの顔が一気に赤くなる。
フィーアが微笑みながら口を挟んだ。
「仲直り成功、ということでしょうか」
「お兄ちゃんが許してくれるかどうかだね」
「許してくれますよ!」
カナは迷いなく答えた。
「きっとレイさんなら、許してくれます」
「……そうかな」
メルナは少し俯いた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「その……」
「はい?」
「カナちゃんや、お兄ちゃんに助けられて……私も、存在していいのかなって……少し思えて」
カナは優しく微笑んだ。
「はい」
「……」
「これからも仲良くしましょう!」
メルナは一瞬驚いたような顔をした。
そして――。
「うん!」
嬉しそうに笑った。
その様子を見て、フィーアも穏やかな表情を浮かべる。
「よかったですね、メルナ様」
「うん!」
すると、メルナは突然カナへ顔を近づける。
「じゃあ、私もカナちゃんのお兄ちゃんとの恋愛を応援するね!」
「!?」
カナの顔が一瞬で真っ赤になる。
「え、あ、うぅ……」
フィーアも笑顔で頷いた。
「私も全面協力しますよ」
「え、フィーアさんまで!?」
「もちろんです」
「そ、そんな話をしに来たわけではないんです!」
カナが慌てて両手を振る。
メルナは楽しそうに笑った。
「そんなこと言いながら、満更でもなさそうだけど?」
「むぅ!」
カナは頬をぷくっと膨らませた。
「可愛いね」
「これは最強ですね」
「も、もう! 弄るのはやめてください!」
「可愛すぎて、つい」
その時――。
「カナ、レイのこと好き?」
「ミリアちゃんまで……」
ミリアの無邪気な一言に、カナは完全に固まった。
「……」
「……」
メルナとフィーアが顔を見合わせる。
「ふふっ」
「これは面白いですね」
「もう……!」
カナはさらに顔を赤くした。
そんな穏やかな時間が少し続いた後、カナはふと疑問に思っていたことを尋ねた。
「フィーアさん」
「はい?」
「一つ聞いてもいいですか?」
「もちろんです」
「フィーアさんとメルナちゃんは、どうしてあんなに戦えたのですか?」
メルナが首を傾げる。
「なぜか?」
「はい。黒い騎士はとても強かったのに……二人とも、すごかったです」
メルナは少し考えてから答える。
「相手がどれだけ強くても、自分の力を信じてるから……かな」
そして、フィーアも静かに続けた。
「私は、自分の積み重ねてきた努力を信じているからでしょうか」
「二人とも、自分の力を信じているんですね」
「そういうことかもしれません」
フィーアが微笑む。
すると、メルナが自分の身体を見ながら苦笑した。
「でも、私の場合は大変だよ」
「大変?」
「黒い騎士に使った共鳴。あれを全力で使うと、今みたいに反動がくるから」
メルナは腕を少し動かそうとする。
「……ほら。まだ身体が熱い」
「熱い、ですか?」
「うん。共鳴を使った反動で、身体の中に熱が溜まってる感じ」
その反動は数日間続き、その間は思うように身体を動かせない。
実際、ダンジョンから帰る際もメルナは自力で歩くことが難しく、アカマルに乗せてもらっていた。
さらに、もう一つ大きな反動がある。
「それに、魔力が空っぽ」
「魔力が……?」
「うん。共鳴をフルで使うと、私の魔力は全部なくなるの」
メルナは少し困ったように笑った。
「しかも、その状態が一週間くらい続くんだよね」
「一週間……」
カナが驚く。
「じゃあ、しばらく魔法は……」
「ほとんど使えない」
メルナは肩をすくめた。
「でも――」
フィーアが続ける。
「その反動も、メルナ様が成長していけば少しずつ小さくなっていくでしょう」
「そうなの?」
「はい。メルナ様の能力は、使い慣れれば非常に強力ですから」
「その分、今は身体が力に追いついていないのでしょう」
「ほんとそうだよ……」
メルナはベッドへ視線を向ける。
「反動、本当にきついんだから」
カナは黒い騎士との戦いを思い出す。
「でも、黒い騎士に対して互角……いえ、それ以上に戦えていましたよ」
「そうかな?」
「そうですよ!」
カナは力強く頷いた。
「メルナちゃん、とても強かったです!」
「……そっか」
メルナは嬉しそうに笑う。
「メルナ様も大分強くなりましたね」
フィーアがそう言うと、メルナはすぐに笑顔になった。
「フィーアのおかげだよ」
「私の?」
「うん。能力の使い方を教えてくれたから」
「ふふっ。それなら、教えた甲斐がありましたね」
そのやり取りを見ていたカナが、突然決意したような顔になる。
「フィーアさん!」
「はい?」
「私の師匠になってください!」
「……?」
フィーアが目を丸くする。
「私は未来を予測することしかできません」
カナは自分の手を握りしめた。
「だから、魔法をもっと使いこなせるようになりたいんです!」
フィーアは少し考えた後、微笑んだ。
「私でよければ、いくらでも」
「本当ですか!?」
「はい」
「ありがとうございます!」
メルナも嬉しそうに笑う。
「よかったね、カナちゃん」
「はい!」
部屋には、久しぶりに穏やかな笑い声が響いていた。
――その頃。
レイの精神世界。
「……ここは?」
目を覚ましたレイは、周囲を見渡した。
どこまでも続く暗闇。
その先に、一人の男が立っている。
「お前の中だ」
「酒呑童子……」
「そうだ」
「なんで俺がここにいるんだ?」
「さぁな」
「途中から記憶がないんだが」
「知るか」
「黒い騎士はどうなった?」
「お前が破壊した」
「……俺が?」
「ああ」
レイは少し驚いた顔をする。
「俺、鬼化使ったのか?」
「おう」
「自分の意志では使ってないぞ」
「俺が使わせた」
「やっぱりお前かよ……」
レイはため息をつく。
「どうせ、この世界に俺を呼んだのもお前だろ。何の用だ?」
酒呑童子はレイを睨みつける。
「小僧。弱すぎだ」
「そんなこと言われてもな……」
「俺の力を与えているというのに、未だに俺の半分の力すら使い切れていない」
「……そうだな」
「俺の力を使っておいて、負けることは許さん」
「俺には扱えないんだ」
「何を弱音を吐いている」
「俺には、お前の力を完全には扱えないんだ」
酒呑童子は大きくため息を吐いた。
「はぁ……」
そして、冷たい声で言う。
「小僧。お前は心が弱いのか?」
「……そうだ」
レイは否定しなかった。
酒呑童子はしばらく黙った後、低い声で告げる。
「お前が強くならなければ――全員死ぬぞ」
「ッ……」
レイの表情が変わる。
その言葉だけは、冗談ではなかった。
「……」
「もう帰れ」
「……分かった」
レイは背を向ける。
だが、歩き出す前に振り返った。
「最後に教えてくれ」
「何だ」
「お前は……何を知ってる?」
「あ?」
「お前は、これから起こることを知っているような口ぶりだった」
「……」
酒呑童子は答えない。
「そうか」
レイは諦めたように息を吐く。
「じゃあ、帰るわ」
レイが歩き出した、その時――。
「これから起こるのは――」
酒呑童子の声が響いた。
「歴史の繰り返しだ」
「……え?」
レイが振り返る。
しかし、酒呑童子はそれ以上何も言わない。
「ほら、帰れ」
「はいはい……」
レイはそのまま歩き出した。
その姿が暗闇へ消えていく。
酒呑童子は一人になった精神世界で、静かに呟いた。
「小僧……」
そして、僅かに口元を緩める。
「お前は分からないだろうが――」
「お前は、いつか俺より強くなる」
その言葉を最後に、精神世界は静寂へ戻った。
――そして。
「……ん」
レイがゆっくりと目を開けた。
最初に目に入ったのは――毎日見ている天井だった。
「……部屋か」
レイは身体を起こそうとする。
しかし――。
「……?」
力が入らない。
腕を動かそうとしても、ほとんど動かない。
「体が……動かない……」
そして、自分の身体の上に何かが乗っていることに気づいた。
「……アカマル?」
「ガウ……」
アカマルはレイの身体の上で丸くなって眠っていた。
レイが目を覚ましたことに気づくと、アカマルは顔を上げる。
「ガウ!」
「お、おい……」
アカマルは嬉しそうにレイの顔を舐め始めた。
「アカマル! そ、そんなに舐めるな!」
レイは何とかアカマルを持ち上げようとする。
しかし――。
「……腕すら動かない」
すると、部屋の扉が開いた。
「レイ様、起きてましたか」
「フィーア……」
フィーアが部屋へ入ってくる。
「ふ、フィーア……アカマルをどかしてくれ」
「分かりました」
フィーアは笑いながらアカマルを抱き上げる。
「アカマル様、ご飯を食べましょうか」
「ガウ!」
「ありがと……」
「どういたしまして」
レイは天井を見つめる。
「……体が全く動かない」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……ではある」
「そうですか」
フィーアはいつもの穏やかな表情で答える。
そして、さらりと言った。
「レイ様。一週間寝てましたよ」
「……え?」
レイの目が見開かれる。
「一週間?」
「はい」
「まじ?」
「まじです」
「……」
レイはしばらく黙り込んだ。
「……そんな寝たのか、俺」
「ええ」
フィーアはアカマルを抱いたまま続ける。
「それと、メルナ様も帰ってきましたよ」
「……お、おう」
レイは少しだけ驚いた。
フィーアは扉の方へ視線を向ける。
「隠れてないで、来たらどうですか? メルナ様」
「……む」
すると、扉の向こうからメルナが顔を出した。
「お、お兄ちゃん……」
「よっ」
レイがいつも通りに笑う。
メルナは少し驚いた。
フィーアはその空気を察したのか、アカマルを抱いたまま部屋を出ていく。
「それでは、私はアカマル様と食事に行ってきますね」
扉が閉まる。
部屋には、レイとメルナだけが残った。
「……」
「……」
しばらく、二人とも何も言わなかった。
やがて、メルナが小さな声で口を開く。
「助けてくれて……ありがと」
「どういたしまして……なのか?」
「だって、お兄ちゃんが私を助けてくれたじゃん」
「その時の記憶がないんだ」
「お兄ちゃん、暴走してたからかな?」
「……かもな」
また沈黙が訪れる。
そして――。
「お、お兄ちゃん」
「ん?」
「その……ごめん」
「なんで謝る?」
「お兄ちゃんを傷つけたから……」
メルナは拳を握りしめる。
「嫌いとか言ったり……突き放したりしたから……」
「……」
「ごめん……」
レイはしばらくメルナを見つめた。
そして、優しく言う。
「俺は別に大丈夫だ」
「ほんとに……?」
「ああ」
メルナは顔を上げる。
レイは笑いながら言った。
「頭上げろ。俺ら兄妹だろ」
「だけど……」
「メルナ」
「……?」
「前、母さんが俺の話しかしないって言ってただろ?」
「うん……言った」
「俺も同じだったぞ」
「え?」
「母さん、メルナが生まれてからめちゃくちゃ楽しそうにメルナの話をしてた」
「……え?」
「俺の時は、メルナの話ばっかりだった」
「で、でも……私の時は、お兄ちゃんの話しかしてなかったよ?」
「だから、お互い同じなんだよ」
「……」
メルナはしばらく黙った。
そして――。
「ふっ」
「ははっ」
二人は顔を見合わせて笑った。
「母さん、俺たちを直接褒めるの恥ずかしかったのかもな」
「……かもね」
「でも、一つだけ確実なことがある」
「何?」
レイはまっすぐメルナを見る。
「母さんも父さんも、俺たち二人のことを平等に愛してる」
「……」
「これだけは絶対に間違いない」
メルナの目が少し潤む。
けれど、今度は泣かなかった。
「……だね」
「だから、もう気にするな」
「うん」
レイは笑う。
「まぁ……これで仲直りだな」
メルナも笑顔になる。
「うん!」
しばらくすると、レイがベッドの上で伸びをしようとする。
「……痛っ」
「大丈夫!?」
「大丈夫。身体が動かないだけ」
「それ大丈夫じゃないじゃん」
「……確かに」
メルナは思わず笑った。
そしてレイも笑う。
「夏休み、まだ長いし……一旦帰るかな」
「屋敷に?」
「おう」
「私も帰る!」
「だな」
二人は顔を見合わせる。




