42話 暴走
黒い騎士が剣を振り下ろそうとする。
しかし――
なぜか、その剣は止まっていた。
メルナは目の前の黒い剣を見つめる。
「……殺すなら、さっさと殺してよ……」
その声に、黒い騎士は何も答えない。
ただ、じっとメルナを見つめている。
その瞬間だった。
「……?」
メルナが何かに気づく。
「この魔力……」
黒い騎士から漂う魔力。
そして、その独特な雰囲気。
「どこかで……感じたことがある」
黒い騎士が再び剣を振り上げる。
メルナは黒い騎士を見つめた。
「この魔力……お兄ちゃんの魔力とそっくり」
「……」
「でも、お兄ちゃんはさっきまでこいつと戦ってた……」
メルナは混乱する。
「意味が分からない……」
黒い騎士の動きが、ほんの僅かに止まった。
「……お兄ちゃん?」
その言葉に――
黒い騎士が僅かに動揺したように見えた。
しかし次の瞬間には、何事もなかったかのように剣を振り下ろす。
「……ごめんね」
メルナが目を閉じる。
だが――
黒い剣がメルナの頬を掠めたところで止まった
ドクンッ――!
空気が震えた。
「……え?」
突然、メルナの前に凄まじい量の魔力が溢れ出した。
禍々しい。
それでいて、どこか狂気すら感じさせる魔力。
黒い騎士ですら驚いたのか、振り下ろしていた剣を止めた。
メルナは自分を包む魔力を見つめる。
「……何、この魔力」
ラウスが震えながら呟く。
「黒い騎士より……もっと禍々しい……」
「え……?」
ミリアも息を呑む。
倒れていたはずのユージやアルスも、その魔力を感じて目を覚ます。
「な、何だよ……この魔力……」
「何が起きている……?」
ルナも身体を起こす。
「な、何なの……?」
セニアも周囲を見渡す。
「おかしいわ……この魔力……」
そして――
カナが震える声で叫んだ。
「レイさんから魔力が溢れてます!」
全員がレイを見る。
そこに倒れていたはずのレイは――
傷が消えていた。
そして身体から、禍々しい魔力が溢れ続けている。
「……お兄ちゃん」
メルナが呟く。
その頃――
レイの精神世界
暗闇の中。
レイは一人、立っていた。
「小僧」
酒呑童子が低い声で言う。
「死ぬことは許さん」
「お前の家族に文句を言われるからな」
酒呑童子は少しだけ笑う。
「そもそも、俺の力を持って負けることなど許さん」
酒呑童子が手を前へ伸ばす。
「使いこなしてみろ」
黒い魔力が酒呑童子の手に集まる。
「――鬼化を」
一気に魔力が解放された。
現実世界では、レイの身体が大きく震える。
ドクンッ!
心臓が激しく鼓動する。
そして――
レイの指が動いた。
「……!」
メルナが目を見開く。
レイはゆっくりと身体を起こす。
「ああぁぁぁ――!」
その身体から、さらに大量の魔力が溢れ出す。
額には一本の黒い角。
そして――
レイの目には、いつもの意思がなかった。
「……あれは……」
メルナが呟く。
「鬼化……?」
カナもレイを見つめる。
「レイさん……」
「レイ!」
ユージが叫ぶ。
しかし――
その声はレイには届かなかった。
「グゥ……」
レイが黒い騎士を見る。
そして次の瞬間。
ドンッ!
レイが一瞬で距離を詰め、拳を叩き込んだ。
黒い騎士が大きく吹き飛ぶ。
「……!」
メルナは言葉を失う。
「お兄ちゃんの……意識がない」
レイは黒い騎士へ向かって走る。
「グァァ!」
拳。
蹴り。
爪。
あらゆる攻撃を一切の迷いなく叩き込んでいく。
黒い騎士も剣で応戦するが、レイの勢いに押されていた。
「グゥアーー!」
レイの両手から鋭い爪が伸びる。
爪に魔力が集中する。
そして――
ズガァッ!
地面ごと斬り裂いた。
黒い騎士の鎧に、大きな爪痕が刻まれる。
さらに――
中央部分の鎧が砕けた。
「……!」
ルナが目を見開く。
「おかしすぎるよ……あれ」
レイは止まらない。
黒い騎士を真上へ蹴り飛ばす。
そして自らも跳躍。
空中で黒い騎士へ連続攻撃を叩き込む。
「グァ!」
最後に蹴り飛ばし、地面へ落とす。
その真上から――
ドンッ!
拳を叩き込んだ。
「……あんな動き……俺にはできない」
アルスが呟く。
「前...学園長があの技を使っていた..」
ユージがゼファーとクラウスの戦いを思い出すように呟く
カナも恐怖と心配が入り混じった表情でレイを見る。
「あ、あれは一体……」
メルナは拳を握る。
「でも……」
「このままじゃ、お兄ちゃんは自我を失ったまま……」
その時。
黒い騎士が立ち上がった。
鎧はかなり損傷している。
それでも黒い騎士は剣を構え、レイの顔面へ拳を叩き込んだ。
「グッ!」
レイが吹き飛ぶ。
だが――
地面を削りながら体勢を崩さない
傷も瞬く間に消えていく。
「……再生力まで」
メルナが呟く。
レイが唸る。
「グゥゥ……!」
そして一瞬で黒い騎士の懐へ潜り込む。
黒い騎士の顔を掴み――
ドガァン!
そのまま地面へ叩きつけた。
「なんなの……あの状態……」
セニアが呆然とする。
ユージも思わず呟く。
「あれなら……レイは勝てる」
「ガウ! ガウ!」
アカマルも必死に鳴いている。
だが――
黒い騎士が立ち上がった。
黒い剣へ大量の魔力を集める。
「……!」
ユージが気づく。
「もしかして……一撃で仕留めるつもりか!」
レイも両手を構える。
長く鋭い爪へ魔力を集中させる。
さらに、炎が爪を包んだ。
「グァァァァ――!」
黒い騎士とレイが真正面から駆け出す。
黒い剣。
炎を纏った爪。
二つの力が真正面からぶつかった。
――ドォン!
凄まじい衝撃が部屋を揺らす。
そして――
黒い騎士の鎧に、X字の亀裂が走った。
鎧が大きく砕ける。
黒い騎士の身体が吹き飛び、そのまま地面へ倒れた。
「……ま、まじか」
アルスが呟く。
黒い騎士は動かない。
レイはゆっくりと立ち上がる。
そして――
カナたちの方を見る。
「……?」
カナが息を呑む。
「レイ……さん?」
レイの目に、光はない。
そのままカナへ向かって走り出す。
「……!」
「お兄ちゃん!」
「レイ!」
「ガウ!」
レイが爪を振り上げる。
「そこまでです、レイ様」
キィン!
振り下ろされた爪を、一本の小刀が受け流した。長く鋭い爪はカナの目を突き刺しそうなところで止まった
「……!」
フィーアだった。
「メルナ様。話は後ですね」
フィーアはレイから目を離さない。
「今は、レイ様を止めます」
「お、お願い……!」
カナも震えながら頭を下げる。
「ありがとうございます……」
「大丈夫です、カナ様」
フィーアはレイへ向き直る。
「レイ様、聞こえていますか?」
返事はない。
「黒い騎士は、レイ様がもう倒しました」
フィーアは静かに語りかける。
「ですから――もう止まっていいんです」
「グゥルァ!」
レイがフィーアへ襲いかかる。
フィーアは一瞬で姿を消した。
「……速い」
レイが周囲を見回す。
フィーアはレイの周囲を神速で動き続ける。
「これが鬼化ですか」
フィーアは冷静にレイを観察する。
「確かに……強いですね」
レイが地面を殴る。
ドォン!
炎と衝撃が周囲へ広がる。
フィーアはそれを軽々と避けた。
「ですが――」
フィーアが小刀を構える。
「自我を保てたら、もっと強いですよ。レイ様」
「風魔法――鳥籠」
風の檻がレイを包み込む。
フィーアがゆっくり近づく。
「レイ様」
反応はない。
「……いえ」
フィーアが目を細める。
「酒呑童子様」
「……」
「あなたですよね?」
沈黙。
「レイ様に鬼化を使わせたのは」
「……」
「寝たふりですか?」
「……」
フィーアがため息をつく。
「はぁ……」
次の瞬間。
バキィン!
レイが風の檻を破壊した。
「……やはり簡単にはいきませんね」
再びレイが襲いかかる。
フィーアは小刀に風を纏わせる。
「レイ様……申し訳ありません」
「少し荒い方法で、戻っていただきます」
「風刃」
そして――
「最颯!」
レイの爪を風の斬撃で受け流し、そのまま腹部へ強烈な一撃を叩き込む。
レイの身体が吹き飛び、壁へ激突した。
「……」
レイはそのまま動かなくなる。
フィーアが息を吐く。
「……収まりましたね」
しかし――
ドクン。
「……!」
倒れているレイの身体が動いた。
「まだ……あの魔力量が残っていましたか」
レイを中心に、魔力が激しく弾ける。
バチッ!
バチッ!
フィーアの表情が変わる。
「まさか……」
魔力がさらに膨れ上がっていく。
「この場所ごと爆発するつもりですか……!」
「レイ様! おやめください!」
だが、レイは止まらない。
「あぁぁぁ――!」
「まずい……!」
フィーアは後ろを見る。
そこにはカナ、メルナ、ルナ、セニア、ミリアがいる。
「私一人なら身を守れます……ですが、皆様が……!」
その時。
「カナ様!」
フィーアの横を、一人の少女が駆け抜けた。
「……!」
カナだった。
カナは迷わずレイへ走る。
「カナ様、戻ってください!」
しかし、カナは止まらない。
そして――
暴れるレイを、優しく抱きしめた。
「レイさん」
レイの身体から凄まじい魔力が溢れる。
それでもカナは離さない。
「私たちのために……ありがとうございます」
「服もかけてくれて……助けてくれて……ありがとうございます」
レイは唸り続ける。
「レイさん……迷惑をかけて、ごめんなさい」
カナはさらに強く抱きしめる。
「いつも通りのレイさんに……戻ってくれませんか?」
魔力がさらに膨れ上がる。
「メルナさんと……仲直りしましょう?」
フィーアが叫ぶ。
「カナ様! 戻ってください!」
しかし、カナは動かない。
「レイさん」
優しく呼びかける。
「皆んなで帰りましょう?」
その瞬間――
レイの動きが止まった。
「……」
膨れ上がっていた魔力が、少しずつ弱くなっていく。
角からも力が抜ける。
そして――
「……」
レイの身体から完全に力が抜けた。
カナが倒れそうになるレイを受け止める。
「レイさん……」
レイは眠っているように静かだった。
カナは微笑む。
「帰りましょう」
フィーアがほっと息を吐く。
「……流石ですね、カナ様」
「か、カナちゃん……」
メルナは呆然とカナを見る。
「もう大丈夫です」
カナはそう言って、眠っているレイを見る。
「レイさんは……戻ってきましたから」
ルナも驚いたように呟く。
「す、すごい……」
セニアもレイを見ながら息を吐く。
「……かっこいいわ」
ユージが慌てて駆け寄る。
「レイは大丈夫なのか?」
フィーアはレイの様子を確認する。
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい。ただ眠っているだけです」
そしてフィーアは倒れているユージとアルスへ近づく。
「二人とも、治療しますね」
フィーアが回復魔法をかける。
「ありがとうございます……」
「気にしないでください」
その場にいた全員が、ようやく緊張を解いた。




