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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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39話 信じる心

カツン。


乾いた音が、広い部屋の中に響いた。


カツン。


また一歩。


黒い騎士が、ゆっくりと歩いてくる。


その足音だけが、静まり返った空間に不気味なほど大きく響いていた。


先ほどまで荒れ狂っていた炎も、爆発の余韻も、今ではほとんど消えている。


残っているのは、薄暗い煙と、床に広がる熱気。


そして――倒れた仲間たち。


「……」


メルナは地面に倒れたまま、目の前の黒い騎士を見上げていた。


身体に力が入らない。


指先を動かそうとしても、ほんの少し震えるだけだった。


共鳴は終わった。


不死鳥との力を限界まで引き出した代償によって、魔力は完全に底をついている。


立ち上がるどころか、逃げることすらできない。


――勝った。


そう思った。


確かに、さっきまでは。


黒い騎士を炎の檻に閉じ込め、熱核閃を叩き込み、全てを焼き尽くした。


あれだけの攻撃を受ければ、どんな相手でも倒れる。


そう思っていた。


だが――。


煙が晴れたとき。


そこに立っていたのは、傷一つない黒い騎士だった。


溶けたはずの鎧は、まるで何事もなかったかのように元へ戻っている。


「……嘘でしょ」


メルナの声が震える。


何度見ても、結果は変わらない。


黒い騎士は生きている。


それどころか――。


まだ、戦える。


「……なんで……」


答えは返ってこない。


黒い騎士はただ、メルナを見つめている。


赤い瞳。


そこには怒りも、焦りも、疲労もない。


ただ静かに。


まるで、獲物を見つめるようにメルナを見下ろしていた。


そして――。


一歩。


黒い騎士が歩き出した。


「……」


メルナは唇を噛む。


逃げなければならない。


そう思っているのに、身体が動かない。


「……やだ」


小さな声が漏れた。


黒い騎士は止まらない。


――カツン。


「や……だ……」


――カツン。


「……来ないでよ……」


その言葉が届いているのかどうかも分からない。


黒い騎士は、ただ近づいてくる。


メルナは拳を握ろうとした。


しかし、力が入らない。


「……私……」


視界が少し滲む。


こんなところで。


こんな何もできない状態で。


「……終わりなの……?」


その時だった。


黒い騎士がメルナの前で立ち止まった。


赤い瞳が、メルナを見下ろす。


そして――。


黒い剣が、ゆっくりと持ち上げられた。


「……!」


メルナの呼吸が止まる。


怖い。


身体が震える。


けれど、動けない。


「……いや……」


黒い剣が振り上げられる。


「や……だ……」


メルナは目を閉じた。


――その瞬間。


「――メルナさん!」


声が響いた。


「……え?」


メルナが目を開く。


次の瞬間――。


カナが飛び出していた。


「カナ……?」


黒い剣が振り下ろされる。


カナは迷うことなく、メルナの前に立った。


――ドンッ!


大きな衝撃が走る。


カナの身体が大きく揺れ、その場に膝をついた。


「カ、カナさん……?」


メルナの目が大きく開く。


「……大丈夫です」


カナは苦しそうに息をしながら、それでも笑っていた。


「私……これくらいしか……役に立てないので」


「だ、ダメだよ……!」


メルナが必死に手を伸ばす。


「私、もう動けないし……!」


「えへへ……」


カナは小さく笑った。


「大丈夫ですよ」


「……何が大丈夫なの……」


「メルナさんなら……」


カナはゆっくりとメルナを見る。


その表情には、怯えがあった。


それでも――。


それ以上に、メルナを信じる気持ちがあった。


「きっと、大丈夫です」


「……カナ……」


メルナの声が震える。


カナはそれ以上何も言わなかった。


力が抜ける。


そのまま、ゆっくりと身体を倒した。


「カナちゃん……?」


メルナが呼びかける。


返事はない。


「カナちゃん!」


必死に手を伸ばす。


けれど、身体が動かない。


あと少し。


あと少しだけ動けば届くのに。


「……お願い……」


その時。


カナの唇が、かすかに動いた。


「……少しは……」


メルナが息を呑む。


「……え?」


「……時間……稼げましたか……」


その言葉に、メルナの目が揺れた。


時間を稼ぐ。


一体、誰のために。


そんなことを考えた瞬間――。


カナは最後に、かすかな声で呟いた。


「……レイさん……」


――その瞬間。


「――ドゴォォォン!!」


轟音が部屋を震わせた。


黒い騎士の身体が、横へ吹き飛ぶ。


「……ッ!?」


メルナが驚いて振り返る。


舞い上がった煙の向こう。


そこに――。


一人の少年が立っていた。


「…………」


レイ。


その後ろには、アルス、ユージ、ラウス、アカマルの姿もある。


「レイ……」


メルナの声が震える。


レイは何も言わない。


拳を握り締めたまま、吹き飛ばした黒い騎士を見ている。


いつものレイとは違った。


普段なら、何かしら軽口を叩く。


ユージとくだらないことで言い争うこともある。


仲間が傷つけば心配し、笑っていることもある。


だが――。


今のレイには、その余裕がなかった。


怒っている。


それは誰が見ても分かった。


けれど、叫ばない。


怒鳴らない。


ただ静かに。


胸の奥に燃え上がる怒りを、必死に押し殺している。


レイは黒い騎士から視線を外す。


そして、部屋を見渡した。


倒れているルナ。


傷ついたセニア。


そして――。


自分の上着を掛けられることになるカナ。


レイの拳が、さらに強く握られる。


「……」


しかし、今は怒りに任せて動く時ではない。


レイはゆっくりと周囲を確認した。


「……何があった」


低い声だった。


メルナは震えながら答える。


「み、みんな……やられて……」


言葉が詰まる。


「ルナも……セニアも……」


そして、カナを見る。


「カナちゃんが……私を助けてくれて……」


レイは黙って聞いていた。


何も言わない。


ただ、一つ一つの言葉を受け止めるように。


その横で――。


「……私のせい……」


小さな声が聞こえた。


レイが振り返る。


ミリアが泣いていた。


小さな身体を震わせながら、俯いている。


「私が……捕まったから……」


「……」


「私のせいで……みんなが……」


ミリアの声が途切れる。


自分を責めるように、ぎゅっと服を握り締めていた。


レイはしばらくミリアを見つめる。


そして――。


ゆっくりと、その前にしゃがんだ。


「そうか」


ミリアが顔を上げる。


レイは何も責めなかった。


ただ、そっとミリアの頭に手を置く。


「よく頑張った」


「……っ」


その一言で、ミリアの目から涙が零れた。


「……うっ……」


レイは優しく頭を撫でる。


「怖かっただろ」


ミリアは小さく頷いた。


「……うん……」


「だったら、もう大丈夫だ」


レイは静かに言った。


「ここからは俺たちがいる」


ミリアは何度も頷いた。


「……うん……」


レイは立ち上がる。


そして、次にメルナを見る。


「メルナも」


「……え?」


レイはメルナの前にしゃがむ。


そして――。


その頭を軽く撫でた。


「よく頑張った」


「……!」


メルナの目が揺れる。


ずっと張り詰めていたものが、少しだけ緩んだ。


「……お兄ちゃん」


その言葉を聞いたレイは、ほんの少しだけ笑った。


「……ああ」


それだけだった。


けれど、メルナには十分だった。


そしてレイは――。


倒れているカナへ視線を向ける。


「……カナ」


レイは静かに歩み寄る。


カナの状態を確認すると、自分の上着を脱いだ。


そして、カナの身体にそっと掛ける。


「……」


怒りが、再び胸の奥から湧き上がる。


だが、レイはそれを押し込めた。


今は怒りよりも先に、やるべきことがある。


「メルナ」


「……なに?」


「回復魔法、使えるか?」


メルナは俯いた。


「……ご、ごめん」


拳を握る。


「使えない……」


レイはメルナを見る。


「魔力がないのか?」


「……うん」


「共鳴を使ったのか」


メルナは小さく頷いた。


「……うん」


「そうか」


レイはそれ以上、何も言わなかった。


責める必要などない。


ここまで戦ったのだ。


むしろ――。


よく生き残った。


レイはカナのそばに座る。


「少し待ってろ」


右手をかざす。


「――回復魔法」


淡い光がカナの身体を包み込んだ。


その光が、ゆっくりと傷ついた身体を癒していく。


「……」


メルナはじっと見つめていた。


やがて――。


レイが小さく息を吐く。


「とりあえず、これで大丈夫だ」


「……本当?」


「ああ」


レイは頷く。


「これ以上、悪くなることはない」


「よかった……」


メルナが胸を撫で下ろす。


その言葉を聞いたレイも、ほんの少しだけ表情を緩めた。


だが――。


「……っていうか」


突然、ユージが口を開いた。


「どうなってんだよ、これ!」


部屋中を見回す。


「外は魔物の大群だし!」


ユージが入り口の方向を指差す。


遠くから、無数の咆哮が聞こえている。


「ここには、わけ分からん黒い騎士がいるし!」


「ユージ、声が大きい」


アルスが苦笑する。


「いやいや! だっておかしいだろ!」


「確かに……」


ラウスも改めて周囲を見渡した。


「この場所は普通のダンジョンとは明らかに違う」


アルスは何も言わず、黒い騎士を見つめていた。


その表情からは、普段の穏やかさが消えている。


「……状況は最悪だな」


アルスが低く呟く。


レイも黒い騎士を見る。


「……ああ」


黒い騎士は、先ほど吹き飛ばされたにもかかわらず、ゆっくりと立ち上がっていた。


傷はない。


鎧も崩れていない。


まるで、先ほどの攻撃など何もなかったかのように。


ユージが息を呑む。


「……マジかよ」


アルスも剣を握る。


「これほどの相手は……」


クラウスが一歩前へ出た。


「まずは、あの黒い騎士を倒すことが最優先だ」


「だね」


ラウスも頷く。


ユージが雷を纏う。


「だったら、全員で――」


「いや」


レイが遮った。


「……ここは俺に任せろ」


「レイ?」


ユージが目を見開く。


ラウスもレイを見る。


「一人でやるつもりか?」


「ああ」


レイは立ち上がった。


ゆっくりと前へ歩く。


「カナを頼む」


「レイ……」


メルナが不安そうに見つめる。


レイは振り返らない。


「大丈夫だ」


短い言葉。


それだけだった。


レイは黒い騎士の前で足を止める。


黒い騎士も、ゆっくりとレイへ視線を向けた。


赤い瞳。


レイの瞳。


二人の視線がぶつかる。


「……」


空気が変わった。


さっきまでとは違う。


まるで、この部屋そのものが二人の戦いを待っているかのようだった。


レイは拳を握る。


「……カナに手を出したな」


静かな声だった。


怒鳴ってはいない。


それでも――。


その声には、誰もが感じ取れるほどの怒りが込められていた。


メルナはレイの背中を見る。


「……お兄ちゃん」


ユージも、レイを見る。


「レイ……」


アルスは何も言わない。


ただ、静かに見守っている。


黒い騎士が黒い剣を構えた。


レイも、一歩前へ出る。


「だったら――」


レイの拳が、ぎゅっと握り締められる。


「俺が相手になる」


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