37話 再来
「……なんで、ここにオークが湧いてんだよ」
カイネルが呆然と呟いた。
目の前には、一体のオーク。
しかし――それだけではなかった。
「リ、リーダー!」
仲間の一人が震えた声を上げる。
「一体だけじゃありません!」
「……は?」
「十体……いや!」
男は周囲を見渡す。
暗闇の奥。
そこから次々と巨大な影が現れていた。
「五十体はいます!」
「はぁ!?」
カイネルの顔から余裕が消える。
「何が起こって――」
「……スタンピード」
メルナが呟いた。
「スタンピード……だと!?」
カイネルが振り返る。
「そんな馬鹿な! ここまで進むのが早すぎるだろ!」
「グォォォォォ!!」
その瞬間。
大量の魔物が一斉に動き出した。
オーク。
ゴブリン。
巨大な狼型の魔物。
そして、見たことのない魔物まで。
ダンジョンの奥から、まるで波のように押し寄せてくる。
「来る!」
メルナが叫ぶ。
カイネルたちも剣を構える。
しかし――。
「チッ!」
カイネルが舌打ちした。
「逃げるぞ!」
「え!?」
「こんな数、相手にできるか!」
カイネルたちは一斉に走り出した。
そして――。
「カナちゃん!?」
カイネルがカナを放り投げる。
「きゃっ!」
地面に倒れ込むカナ。
「カナちゃん!」
メルナが駆け寄る。
「カナちゃん、逃げよ!」
メルナはカナの腕を掴み、走り出した。
「は、はい!」
ルナとセニアも続く。
ミリアは必死に立ち上がった。
「ごめん……」
「謝るのは後!」
メルナが振り返る。
「今は逃げるよ!」
「……うん!」
四人は必死に走った。
その途中、ルナが自分の上着を脱いだ。
「カナちゃん!」
「え?」
「これ着て!」
ルナはカナに上着を渡す。
「ありがとうございます」
カナは少し驚いた後、優しく笑った。
「ごめん、カナちゃん私のせいで」
ルナが謝る
「大丈夫ですよ、ルナちゃん。それに、誰も悪くありません」
「でも……」
「ありがとう」
いつものカナの笑顔。
けれど――。
ルナには、その笑顔がいつもとは違って見えた。
無理をしている。
そう感じた。
「……ごめん」
「え?」
「カナちゃん……ごめん」
ルナが俯く。
「私……何もできなかった」
「ルナちゃん……」
「謝っても許してもらえないと思う」
「そんなこと――」
「今は生きることを考えましょう!」
セニアが二人の間に入る。
「話は、ここを出てからですわ!」
「……うん」
カナは頷いた。
四人は来た道を戻るように走る。
しかし――。
「前にもいる!」
メルナが叫ぶ。
正面からも魔物の群れが押し寄せていた。
「挟まれた!?」
ルナが叫ぶ。
前も後ろも魔物。
逃げ道がない。
「こ、こっち!」
メルナが横を指差した。
「道がある!」
「行きましょう!」
四人は横道へ飛び込んだ。
魔物たちを避けながら、さらに奥へ進んでいく。
「この道……」
ルナが周囲を見渡す。
「前にも来たことがある気がする」
「私もですわ」
セニアが頷く。
「初めて入ったダンジョンで……」
「そうです」
カナも周囲を見る。
「確か、この先は――」
その時。
視界が突然開けた。
「……え?」
広い空間。
天井も見えないほど巨大な部屋。
そして――。
その正面に。
巨大な扉が立っていた。
「何、この扉……」
メルナが見上げる。
すると――。
「お前らも来たか」
「……!」
聞き覚えのある声。
振り返ると、そこにはカイネルたちがいた。
「また……」
ルナが睨む。
カイネルも疲れ切った顔をしている。
「こっちも最悪だ」
「リーダー、この大きな扉は?」
「知るかよ」
カイネルは巨大な扉を見る。
「だが、ここには魔物が湧かない」
そして、扉の前から動かない。
「スタンピードが収まるまで、ここで待てばいい」
「……」
カナの顔が青ざめる。
「こ、ここって……」
「ま、まさか……」
ルナの声が震える。
セニアも扉を見つめる。
「そんな……」
三人の表情が明らかに変わった。
メルナはそれに気付いた。
「カナちゃん達……ここが分かるの?」
「……」
「何なの、ここ?」
ルナが答える。
「ここは……本当にやばい」
「逃げないと」
セニアも続ける。
「でも、どうやって……」
カナが周囲を見る。
「今はダンジョン中に魔物が大量に湧いています。来た道にも魔物がいますから……」
「で、でも!」
メルナは扉を見る。
「ここなら魔物は湧かないんでしょ?」
「……メルナちゃん」
カナが言葉を選ぶ。
「以前、黒い騎士の話をしましたよね」
「黒い騎士?」
ミリアが首を傾げる。
カナが頷く。
「それが……この場所です」
「……え?」
メルナの顔が固まる。
その瞬間だった。
「よぉ」
カイネルが立ち上がる。
「お前ら」
ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「さっきの続きと行くか?」
「……!」
メルナが身構える。
ルナも前へ出た。
「もう、何もさせない!」
「俺は強いぞ?」
カイネルが笑う。
「さっきまでとは状況が違うんだよ」
「雷魔法――」
ルナの周囲に雷が集まる。
「雷槍!」
五本の雷の槍が生まれる。
「行け!」
雷槍が一斉にカイネルたちへ飛んでいく。
「腹立つなぁ……」
カイネルが手を掲げる。
「防御魔法」
魔法の壁が展開され、雷槍を防ぐ。
「こんな弱い魔法で――」
カイネルが剣を抜く。
「俺を抑えられるとでも思ったか?」
剣を前へ向ける。
その瞬間。
――ギィィィ……。
巨大な扉が動き始めた。
「……なんだ?」
カイネルが振り返る。
「扉が……」
メルナが呟く。
ゆっくりと。
ゆっくりと。
巨大な扉が開いていく。
「だ、ダメ!」
カナが叫んだ。
「開けちゃダメです!」
しかし――。
止まらない。
扉の向こう。
そこには、まるで巨大な宮殿のような空間が広がっていた。
中央には長い階段。
その先には――玉座。
そして。
玉座に座る、一人の存在。
全身を黒い鎧で覆った騎士。
右手には、漆黒の剣。
顔は兜に覆われている。
ただ一つ。
兜の隙間から見える両目だけが――
赤く光っていた。
「……」
誰も言葉を発せなかった。
メルナの身体が震える。
「……何、この圧」
セニアも息を呑む。
「こんなの……」
ミリアはメルナの服を強く掴んだ。
「メルナ……」
「……大丈夫」
そう言いながらも。
メルナの声は震えていた。
「なに……あれ……」
カイネルの顔から血の気が引く。
「……し、死ぬ」
その言葉が、静かな空間に落ちた。
黒い騎士が立ち上がる。
――カツン。
一歩。
階段を降りる。
――カツン。
また一歩。
誰も動けない。
ただ、その存在を見ていることしかできなかった。
ルナの呼吸が荒くなる。
「ハァ……ハァ……」
セニアも身体を震わせている。
「動け……」
足が動かない。
「動いて……!」
それでも動かない。
やがて黒い騎士は階段を全て降りた。
そして――。
カイネルたちの前に立った。
「……」
沈黙。
カイネルは震える手で剣を握る。
「な、舐めるなよ……!」
誰も返事をしない。
「どうせ……圧だけだろ!」
カイネルが仲間を見る。
「行くぞ、お前ら!」
「は、はいっす!」
「や、やってみろよ!」
四人が一斉に黒い騎士を囲む。
「死ねぇぇぇ!」
カイネルが斬りかかった。
その瞬間――。
「……え?」
メルナの目には、何が起きたのか分からなかった。
黒い騎士が動いた。
ただ、それだけ。
――シュッ。
一瞬。
ほんの一瞬。
黒い騎士がカイネルたちの間を通り抜ける。
「……」
三人の男たちが、その場に崩れ落ちた。
「は……?」
カイネルは呆然としていた。
何が起きたのか。
理解できていない。
「な……」
黒い騎士がゆっくりと振り返る。
「く、来るな……!」
カイネルは後ずさる。
剣を構える。
しかし――。
黒い騎士の姿が、一瞬消えた。
「え――」
次の瞬間。
――ドンッ!!
カイネルの身体が壁まで吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
そのまま動かなくなる。
「……」
静寂。
黒い騎士は何事もなかったかのように立っている。
メルナたちは、ただ呆然と見つめていた。
「う、嘘ですよね……」
カナの声が震える。
「み、見えなかった……」
ルナも信じられないという顔をしている。
セニアが一歩後ずさる。
「こ、殺される……」
ミリアはメルナの服を握る手に、さらに力を込めた。
そして――。
黒い騎士の赤い瞳が、ゆっくりと動く。
その視線が――
メルナたちへ向いた。




