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果てなき世界の物語!  作者: もちもち大福
第二章 夏休み編
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33/72

33話 兄妹喧嘩

寮へ戻る道。


レイは両手いっぱいに買い物袋を抱えていた。


服に、靴に、その他諸々。


今日一日でメルナが買ったもののほとんどを、レイが持たされている。


「……重い」


思わずレイが呟く。


その隣を歩くメルナは、そんな兄を見ながら満足そうに笑っていた。


「お兄ちゃん、もうちょっと鍛えた方がいいんじゃない?」


「これだけ持たされて鍛えた方がいいって言われるの、納得いかないんだけど」


「じゃあ、もっと持つ?」


「増やすな」


フィーアはそんな二人を微笑ましそうに見ながら歩き、ミリアはアカマルを抱きしめながらその後ろをついてきていた。


その時だった。


少し先から、何やら大きな声が聞こえてきた。


「……ん?」


レイが足を止める。


ギルドの方から、冒険者たちのざわめきが響いていた。


「なんかあったのか?」


メルナがギルドを見る。


「行く?」


「いや、俺はこの荷物重いから早く帰りたい」


「よし、行こう!」


「おいおい。話聞いてたか?」


メルナはレイの腕を掴む。


「聞いてたよ! だからこそ、お兄ちゃんも鍛えないと!」


「そういう意味じゃねぇよ……」


「ほら、行こ!」


「はぁ……」


結局、レイはメルナに引っ張られるようにしてギルドへ向かった。


フィーアも苦笑しながら二人についていく。


「レイ様、荷物を持つのを手伝いますよ」


「大丈夫だ。フィーアはミリアが迷子にならないようにしててくれ」


「はい」


「迷子にならない!」


ミリアが胸を張る。


「おう」


レイは小さく笑った。


そして四人はギルドの中へ入った。


――しかし。


「ダンジョンの魔物が凶暴化してたってマジかよ!」


「昨日だけじゃねぇらしいぞ!」


「二十層にもゴーレムが出たって話だ!」


「おい……それってまさか……」


「スタンピードの予兆なんじゃ……」


ギルド内は、普段とは比べ物にならないほど騒がしかった。


冒険者たちの顔には、不安と動揺が浮かんでいる。


レイは周囲を見回す。


「……なんか、めんどくさそうだな」


フィーアの表情も少し真剣になる。


「レイ様。これは話を聞いた方がいいかもしれません」


「そんなに?」


メルナが尋ねる。


「スタンピードは非常に危険ですから」


「そっか……」


その言葉に、メルナの表情も変わった。


ミリアが不安そうに二人を見上げる。


「どうしたの?」


レイはミリアに視線を向ける。


「なにもない」


「……?」


その時、ギルドの奥からギルド長が姿を現した。


「皆、聞いてくれ!」


ざわついていたギルド内が静かになる。


ギルド長は冒険者たちを見渡した。


「先ほどから話に出ている通り、ダンジョン内の魔物に異常行動が確認されている」


冒険者たちが息を呑む。


「そして、これは――スタンピードの予兆だ」


「……!」


ギルド内にどよめきが走った。


「現在、国の騎士兵にも動いてもらっている。詳しい調査も進めているところだ」


ギルド長は拳を握る。


「だからこそ、皆にも協力してほしい。一人の冒険者として、この国を守るために力を貸してくれ!」


一瞬の静寂。


そして――。


「おおおお!」


「やってやるぞ!」


「俺たち冒険者が国を守るんだ!」


「スタンピードなんて全員で倒せばいい!」


ギルド内に歓声が響き渡る。


しかし、ギルド長の表情は晴れなかった。


「……だが」


その一言で、再び静かになる。


「先ほど国の兵が調査に入った結果が出た」


ギルド長は重い口調で続ける。


「今回、スタンピードの予兆が確認されたのは――ラミールダンジョンだけではない」


「……え?」


「グールダンジョンにも確認された」


冒険者たちの顔から、一気に血の気が引いた。


「二つ……?」


「両方で起こるってことか?」


「ああ」


ギルド長は頷いた。


「ラミールダンジョンとグールダンジョン。現在、この二つのダンジョンでスタンピードが発生する可能性が極めて高い」


「魔物の数は?」


一人の冒険者が尋ねる。


「正確な数は分からない」


ギルド長は一度言葉を切った。


「だが、少なくとも五千体以上。状況によっては数万体規模になると予測されている」


「……数万?」


誰かが呟いた。


さっきまでの威勢のいい声が消えていく。


「しかも……」


ギルド長は続けた。


「スタンピードが発生した場合、ダンジョンから出てくる魔物は、ボスを倒さない限り止まらない」


「……!」


「つまり、戦っている間にも魔物は増え続ける」


誰も言葉を発さなかった。


「それも……二つのダンジョンで……?」


「そうだ」


ギルド長は深く息を吐く。


「皆には団結してもらいたいと言ったばかりなのに、こんな話をしてすまない」


ギルド内は、不安に包まれた。


それでも。


「……だけどよ」


一人の冒険者が口を開く。


「俺たちがやるしかないんだろ?」


「そうだ!」


「騎士だけに任せられるか!」


「やってやろうぜ!」


「この国を守るぞ!」


再び声が上がる。


だが、先ほどとは違った。


誰もが笑ってはいない。


拳を握りながらも、その顔には明らかな恐怖が浮かんでいた。


レイはそれを黙って見ていた。


そして――。


「……帰るぞ」


「え?」


メルナが振り返る。


「帰るって……」


「俺たちがここにいても、できることはないだろ」


レイは荷物を持ち直した。


「帰ろう」


そう言って歩き出す。


メルナはその背中を見つめていた。


そして――。


「……お兄ちゃん」


「ん?」


「ちょっとこっち来て」


「?」


メルナはレイの腕を掴み、ギルドから少し離れた路地裏へ連れていった。


フィーアとミリアも後を追う。


人気のない場所まで来たところで、メルナが立ち止まった。


「お兄ちゃんは……いいの?」


「何が?」


「さっきの話」


レイは少し考える。


「……スタンピード?」


「うん」


メルナは俯いた。


「皆、怖がってた」


「そうだな」


「何千人……じゃなくて、何千体もの魔物が来るんだよ?」


「数万体かもしれないらしいな」


「だったら……」


メルナは顔を上げた。


「私たちも戦った方がいいんじゃない?」


レイの表情が変わる。


「……なんで?」


「だって、私たちも冒険者でしょ」


「新米だけどな」


「それでも戦える」


メルナの声には、強い意志があった。


「私たちには力がある。お兄ちゃんには酒呑童子もいる。私だって戦える。フィーアだって……」


「メルナ」


「それなら、助けられる人を助けるべきじゃないの?」


レイは黙った。


「皆が死ぬかもしれないんだよ」


「……」


「それなのに、自分たちには関係ないみたいに帰るの?」


「……そうだな」


レイは静かに答えた。


「俺は帰る」


「……っ」


メルナの顔が曇った。


「どうして……?」


「俺はまだ若いからだ」


「でも!」


「成人したとはいえ、俺はまだ十六歳だ」


レイの声は落ち着いていた。


「俺たちはまだ、学ぶ側だ」


「……」


「魔法も、戦い方も、知らないことが山ほどある。そんな俺たちが、何千、何万っていう魔物と戦う場所に出る必要があるのか?」


「でも、戦えるよ」


「戦えることと、戦うべきことは別だろ」


メルナが言葉を詰まらせる。


レイは続けた。


「魔法学園で戦うのとは違う。ダンジョンに入るのとも違う」


「……」


「今回は、本物の戦いになる」


その言葉には、いつもの軽さがなかった。


「俺は……死にたくない」


「もちろん、助けたい気持ちはある。でも、それで俺たちまで死んだら意味ないだろ」


メルナが目を見開く。


「酒呑童子がいるから大丈夫、なんて思ってない」


「でも……」


「酒呑童子がいても、俺自身は普通の人間だ」


レイは自分の手を見る。


「俺は、生まれた瞬間から死にかけた」


その言葉に、メルナは何も言えなくなった。


「もう、あんな思いはしたくない」


「……お兄ちゃん」


「だから俺は、危険な場所に自分から行くつもりはない」


「それに、爺ちゃんが帰ってくるまで時間を稼げば終わらせてくれる」


メルナは唇を噛んだ。


それでも、引かなかった。


「……私は嫌だ」


「何が?」


「力があるのに……何もしないのが嫌」


「……」


「知らない人でも、助けられるなら助けたい」


メルナの声が少し震える。


「だって……目の前で誰かが助けを求めてるのに、自分だけ安全な場所にいるなんて……」


レイは目を細める。


「私利私欲のために力を使うのは、違うと思う」


「私利私欲のために使って何が悪い?」


メルナが驚いたように顔を上げる。


「……え?」


「俺は自分のために力を使う」


レイははっきりと言った。


「自分が生きるため。自分の大切な人を守るため」


「それだけ?」


「それだけだ」


「でも、それじゃ……」


「メルナ」


レイは妹の目を見る。


「お前は、知らない人まで助けたいんだろ?」


「……うん」


「なら、それがお前の正義なんだろ」


「……」


「だったら、俺の考えを否定するなよ」


メルナは言葉を失った。


「俺は、皆を助けるために死ぬより、自分が生き残って大切な奴らを守りたい」


「……っ」


「お前は違う」


レイは少しだけ笑う。


「そこが、お前の良いところなんだろ」


メルナは俯いた。


「……でも」


「まだ言うか」


「だって……」


メルナの目に涙が浮かび始める。


「お兄ちゃんは、守れる力があるのに……」


「……」


「どうして……」


声が小さくなる。


「どうして、守ってくれないの?」


その言葉に、レイは何も返せなかった。


メルナ自身も、言ってから後悔したように口を閉じる。


「……ごめん」


「……」


「言いすぎた」


レイは少し黙った後、息を吐いた。


「……俺もだ」


二人の間に、重い沈黙が流れる。


「この国が危険に陥ったら助ける...」


その横で、ミリアは二人を交互に見ていた。


小さな手を胸の前で握りしめている。


「……なかよし……」


二人は振り返る。


「え?」


「仲直り……」


ミリアの目には涙が溜まっていた。


「けんか……やだ……」


メルナの表情が変わる。


「ミリアちゃん……」


ミリアは二人の手をそれぞれ掴んだ。


そして、無理やり二人の手を繋がせる。


「ん!」


レイとメルナは互いを見る。


「……分かったよ」


「……うん」


レイが小さく笑った。


「悪かったな」


「私も……ごめん」


二人はようやく仲直りした。


その様子を見ていたフィーアが、静かに口を開く。


「どちらの意見も、間違ってはいないと思いますよ」


「……」


「メルナ様は、誰かを助けたいと思っている。とても立派なことです」


メルナは少し照れくさそうに俯く。


「ですが、今回のような戦いは別です」


フィーアは真剣な表情になる。


「魔法学園や、前回のダンジョン探索とは違います」


「……うん」


「魔法学園ではクラウス様や先生方がいます。ダンジョンでは私がいました」


フィーアは二人を見る。


「何かあった時に助けられる人間が近くにいたからこそ、安全が保証されていたんです」


「……」


「しかし、スタンピードは違います。何が起こるか分かりません」


「フィーア、そこまででいい」


レイが止める。


「す、すみません」


「メルナ...俺が悪人に見えるか」


「……うん」


メルナは小さく頷いた。


「それでもいい。今回の戦いは無謀だ。少なくとも勝ち目がない。恐らくボスはあいつなのだから...」


「大人に任せよ」


「ああ」


「……帰ろう」


「そうだな」


四人は寮へ戻った。


――だが。


仲直りしたはずなのに。


部屋の中は、妙に気まずかった。


「……」


「……」


レイとメルナは、互いに目を合わせない。


フィーアが困ったように二人を見る。


「……お二人とも」


「ん?」


「ミリア様が心配していますよ」


「クゥン……」


アカマルまで心配そうな声を出す。


「アカマルさんも心配しています」


「……お、おう」


メルナが立ち上がる。


「……お風呂入ってくる」


「おう」


メルナはアカマルを抱き上げ、そのまま部屋を出ていった。


「……」


レイも黙ったままソファに座る。


ミリアが隣に座った。


「……なかなおり」


「しただろ」


「でも……」


ミリアは心配そうにレイを見る。


「レイ、メルナのこと嫌い?」


「嫌いなわけないだろ」


レイは即答した。


「大切な家族だ」


「……」


「ただ、考え方が違っただけだ」


フィーアも頷く。


「レイ様は、ご自分が守りたいもののためなら、本気になれる方ですから」


「そりゃ……」


レイは苦笑した。


「自分にとって大切な人が死ぬのは嫌だろ」


「ですね」


「私利私欲のために力を使うって言ったけど……」


レイは少し考える。


「それって悪いことなのか?」


フィーアは少しだけ考えてから答えた。


「価値観の違いでしょうね」


「……」


「レイ様にとっての私利私欲は、ご自身や大切な人を守ることなのでしょう」


「まあな」


「メルナ様は、そこに加えて『知らない誰かも助けたい』と思っている」


「……多分、それだな」


レイは苦笑した。


「メルナは知らない奴でも助けたいんだろうな」


「ええ。メルナ様の良いところです」


「レイ様も全く知らない人を野放しにしたわけではないですよね」


「...さぁな..」


「レイ様は奥様と約束してたのを知っています。どんな人でも助けると」


「...今回は無理だ。魔物だけならいいんだ。だが...」


「レイ様は危なくなったら助けにいく方ですもんね」


「そんなつもりもないが」


その時。


ミリアが突然立ち上がった。


「メルナと話す!」


「え?」


ミリアがレイの手を掴む。


「ちょ、待て」


「仲直り!」


「いや、もう仲直りしたって」


「話す!」


「分かったよ。でも今は風呂に――」


ぐいっ。


「おい!」


ミリアは小さな体でレイを引っ張っていく。


「ちょっと待て、ミリア!」


「話す!」


「だから今は風呂――」


そして。


「ここ!」


「ここじゃねぇ!」


ミリアが浴場の扉を開けた。


「メルナ!」


湯船に浸かっていたメルナと、レイの目が合う。


「……」


「……」


長い沈黙。


レイの顔から血の気が引いていく。


「……あ」


メルナの眉がピクッと動いた。


「……最低」


「違う、これは――」


次の瞬間。


ドンッ!


水の塊がレイの顔面に直撃した。


「うおおおっ!?」


レイはそのまま廊下まで吹っ飛ばされる。


「魔法は……なしだろ……!」


「覗きに来る方がなしでしょ!」


「俺は覗こうとしたんじゃない!」


「言い訳禁止!」


「ガウッ!」


アカマルまでレイに飛びかかる。


「お前まで!?」


そのまま浴場の扉が勢いよく閉められた。


「……」


ミリアがレイを見る。


「……」


レイもミリアを見る。


「ミリア」


「?」


「誰のせいだろうな」


「ち、違う!」


「はぁ……」


フィーアが駆け寄ってくる。


「レイ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫じゃねぇな……」


「ご、ごめん……」


ミリアがしょんぼりする。


レイはため息を吐いた。


「怒ってないから安心しろ」


「……ん」


フィーアが浴場の扉を見る。


「状況は……悪化しましたか?」


「悪化程度じゃないな」


レイは床に座ったまま遠い目をする。


「多分、メルナから見た俺は今……ゴミ未満だ」


「それは……まずいですね」


「後で土下座しまくる」


「私も手伝いましょうか?」


「いや、フィーアは関係ないからしなくていい」


「はい」


レイは天井を見上げる。


「……はぁ」


「んっ」


ミリアがレイの服の裾をちょこんと掴んだ。


「……」


しばらくして。


浴場の扉が開いた。


メルナが出てくる。


アカマルもその後ろからついてきた。


「……」


「……」


メルナはレイを見る。


「変態」


レイは一瞬で姿勢を正した。


そして――。


床に手をつき、綺麗な土下座をする。


「すまなかった」


「……」


「本当にすまん」


「まじで最悪だから」


「……はい」


「妹の裸を覗き見るとか、最低最悪だからね」


「……はい」


レイは何も言い返せなかった。


「……」


その横で、ミリアが申し訳なさそうに俯いている。


レイはそれを見て、すぐに察した。


「……あれはミリアが――」


「ミリアちゃんがどうしたの?」


「……」


レイは言葉を止める。


ミリアを見る。


しょんぼりしている。


「……うっ」


そして再び頭を下げる。


「俺が悪かった」


「……分かった」


メルナはまだ怒っている。


「もう今日は話したくない」


「……はい」


メルナはアカマルを抱き上げ、ミリアの手を取る。


「ミリアちゃん、行こ」


「……ん」


二人と一匹は、そのままメルナの部屋へ戻っていった。


残されたレイは、その場で深く息を吐く。


「……終わった」


フィーアが隣に立つ。


「レイ様、ミリア様を庇ったんですね」


「……まあな」


「優しいですね」


「優しさだけじゃ、何もできなかったけどな」


フィーアは少しだけ笑う。


「時間はかかるでしょうが、きっと仲直りできますよ」


レイはメルナの部屋の方を見る。


「……だな」


「今度は、ちゃんと話せばいいんです」


「そうするよ」


レイは立ち上がった。


今日一日で、色々なことが起きた。


スタンピード。


自分とメルナの

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