29話 ダンジョン
女子会を終えたルナたちが、レイの部屋へ戻ってくると――。
「……何してるの?」
メルナが呆れたように呟いた。
そこでは、レイたちが必死に筋トレをしていた。
レイは床に座り、腕立て伏せをしているユージたちを見ている。
「あと十回」
「九百九十一……九百九十二……九百九十三……!」
ユージが苦しそうに声を絞り出す。
「九百九十四……!」
「おい、ユージ」
「な、なんだ……」
「フォームが崩れてる」
「厳しすぎるだろ!」
ユージは何とか身体を起こそうとする。
しかし――。
「九百九十五……!」
「……」
「九百九十……」
ドサッ。
ユージが床に倒れた。
「ユージさん!?」
カナが驚く。
「し、死ぬ……」
「死なない」
レイが淡々と答える。
「まだ五回残ってる」
「鬼か、お前は!」
その横では、アルスも床に手をついて震えていた。
「し、死ぬ……」
「アルスまで!?」
ルナが笑う。
「アルスも限界だよ~」
「俺も……もう……」
ラウスも倒れ込む。
「も、もう無理ー……」
三人とも完全に限界だった。
レイはそんな三人を見て、満足そうに頷く。
「よく頑張った」
「お前が言うな!」
ユージが床から叫ぶ。
メルナは呆れた顔でレイを見る。
「何してるの?」
「筋トレ」
「何で?」
「ユージがしたいってさ」
「え?」
メルナがユージを見る。
ユージは床に倒れたまま親指を立てる。
「……したかった」
「後悔してない?」
「……ちょっとしてる」
「でしょうね」
ルナが笑う。
「ラウスもいる~」
「やぁ、皆んな」
ラウスが床に寝転がったまま手を振る。
「元気そうだね」
「元気に見えるか?」
ラウスは苦笑する。
「僕、もう動けないよ」
そのとき、ユージがゆっくりと起き上がった。
「……で?」
「何が?」
「お前ら、さっきまで何話してたんだよ」
ルナがニヤッと笑う。
「秘密~」
「なんだよそれ!」
「そちらこそ何話してたのよ」
セニアが問い返す。
「俺たちは……」
ユージは少し考える。
「ダンジョン行こうみたいな?」
「ダンジョンですか……」
カナの表情が少し曇る。
ルナも苦笑した。
「うん……」
「トラウマだし……」
「ですね」
カナも頷く。
メルナとフィーアが顔を見合わせる。
「何かあったんですか?」
フィーアが尋ねる。
レイは少し考えてから答えた。
「まぁな」
メルナが心配そうに尋ねる。
「どんなことか聞いてもいいかな?」
カナが頷いた。
「はい」
そして――。
カナたちは、以前ダンジョンで起きた出来事をメルナとフィーアに話した。
◆
話を聞き終えたフィーアは、しばらく黙っていた。
「……そんなことが」
「うん」
カナが頷く。
「かなり怖かったです」
「それはトラウマにもなるよね……」
メルナも苦い表情を浮かべる。
「私だったら、もう二度と行きたくなくなるかも」
「私も~」
ルナが頷く。
「本当に怖かったよ~」
「でも――」
フィーアがレイを見る。
「レイ様は、そのグリードを倒したんですよね?」
「まぁな」
「本当に強くなられましたね」
「ありがと」
「そういえば最近、もう一体倒したな」
「もう一体?」
「名前は確か……グランドジークだっけ」
「……え?」
フィーアの表情が固まった。
「どうしたの、フィーア?」
メルナが尋ねる。
フィーアはレイを見る。
「レイ様……グランドジークを倒したのですか?」
「ああ」
「……」
「割と強かったな」
「割と……?」
フィーアは少し驚いた顔をする。
「グランドジークはAランクの魔物です」
「Aランク?」
レイが聞き返す。
「はい。それも、Aランクの中でも上位に分類される魔物です」
「へぇ」
「グランドジークを単独で倒すのは、Aランクの冒険者でも難しいですよ」
「確かに割と強かった」
レイは思い返す。
硬い鱗。
空中を泳ぐように移動する能力。
鋭い攻撃。
「まぁ、倒せたからいいけど」
フィーアは苦笑する。
「本当に、レイ様は規格外ですね……」
「そうかな」
「そうですよ」
メルナも頷く。
「お兄ちゃん、自分がどれだけ強いか分かってないでしょ」
「分かってるぞ」
「本当に?」
「たぶん」
「ほら」
「……」
レイは何も言い返せなかった。
するとフィーアが、ふと思い出したように口を開いた。
「あと一つ、気になることがあります」
「何?」
「黒い騎士です」
部屋の空気が少し変わった。
「……」
ユージが腕を組む。
「戦ってはないけど――」
「あれは……」
ユージは思い出すように目を細める。
「前に立つだけで分かる、あの絶望感」
アルスも頷いた。
「あれは魔物なのか?」
「分からないね」
ルナが肩を震わせる。
「怖かった~……」
ラウスも小さく頷く。
「僕はほんの少ししか見えなかったけど……あれはヤバいよね」
セニアが静かに口を開く。
「正直、生きて帰れないと思ったわ」
カナも頷く。
「レイさんがいてくれたおかげで生きられました」
そして、少しだけ俯く。
「もしレイさんがいなかったら……」
「……」
レイは何も言わなかった。
あの黒い騎士。
ただそこにいるだけで感じた、異常な圧力。
レイ自身も、あれが普通ではないことは理解していた。
「フィーア」
レイが尋ねる。
「黒い騎士の魔物とか、知らないか?」
フィーアは首を横に振った。
「すみません、レイ様。聞いたことがありません」
「そうか」
フィーアは少し考える。
「私の知る魔物の中には、あれほどの存在はいません」
「なら、魔物じゃないのか?」
「どうでしょうか...正体が全く分かりませんね」
レイは腕を組む。
「……厄介だな」
メルナが兄を見る。
「お兄ちゃんも、危ないと思ったの?」
「まぁな」
「そんなに?」
「ああ」
レイは迷いなく答えた。
「真正面から戦ったら、絶対死ぬなって思った」
「……」
メルナが目を見開く。
普段、何が相手でも余裕そうにしている兄。
そのレイが、はっきりと「死ぬ」と言った。
「そんなに強いの……」
フィーアも頷いた。
「そうですか……」
そしてメルナが何かを思い出したように口を開く。
「でも、お兄ちゃんの酒て――」
その瞬間。
レイの手が伸びた。
「むぐっ」
メルナの口を塞ぐ。
レイは周囲に聞こえないほど小さな声で囁いた。
「バラすな」
「んーーー!」
「ダメだ」
「んー! ん、んんー!」
メルナが必死に何かを訴える。
「……分かったよ」
レイが手を離す。
「ぷはっ!」
メルナが息を吐く。
「悪かったよ」
「分かればいい」
ユージが首を傾げる。
「隠し事か?」
レイは何事もなかったかのように答えた。
「誰にでもあるだろ」
「うん」
ユージはあっさり納得した。
「まぁ、確かにそうだな」
アルスが話を戻す。
「で、どうする?」
「何が?」
「ダンジョンだよ」
アルスが言う。
「行くのか?」
「……」
レイが少し考える。
すると、フィーアが提案した。
「一つ提案ですが――」
全員がフィーアを見る。
「以前とは違うダンジョンへ行くのはどうでしょうか?」
「違うダンジョン?」
「はい」
フィーアが頷く。
「ラミールダンジョンです」
レイが答える。
「ラミールダンジョンだな」
「はい」
「それはいいね~」
ルナが笑う。
「前のところじゃなければ大丈夫かも」
「そうですね」
カナも頷く。
セニアも賛成する。
「私も構わないわ」
ユージは嬉しそうに立ち上がる。
「じゃあ決まりだな!」
「お前、さっき死にかけてただろ」
レイが呆れる。
「それとこれとは別だ!」
「元気になったな……」
レイは苦笑する。
「じゃあ、いつ行く?」
ユージが即答した。
「明日!」
「早いな」
「夏休みなんだから、早い方がいいだろ!」
「分かった」
レイが頷く。
「明日な」
ユージは皆を見る。
「皆んなも明日空いてる?」
「空いてる」
アルスが答える。
「空いてるよ」
ラウスも頷く。
「空いてるよ~」
ルナが手を上げる。
「空いてます!」
カナも笑う。
「明日は暇だわ」
セニアも頷いた。
レイはメルナを見る。
「メルナ達も来るか?」
メルナは少し迷った。
「私はいいよ」
「なんで?」
「邪魔だろうし」
「そんなことないよ~!」
ルナがすぐに言う。
「一緒に行こ~!」
カナも笑顔で頷いた。
「そうですよ! 皆んなで行くと楽しいですよ」
「一緒に行きましょう」
セニアも誘う。
メルナは少し考え――。
「……うん!」
笑顔になった。
「私も行く!」
フィーアも手を挙げる。
「私もついて行ってもいいでしょうか?」
「もちろんだ」
レイが答える。
「よし!」
ユージが拳を握る。
「明日はラミールダンジョンだ!」
◆
すると、カナがふと思い出したようにメルナを見る。
「そういえば……」
「ん?」
「メルナちゃんの能力って何なんですか?」
「能力?」
「はい。気になります!」
カナが興味津々に尋ねる。
ルナも身を乗り出した。
「私も気になる~!」
メルナは少し恥ずかしそうに答える。
「私の能力は召喚だよ」
「召喚?」
アルスが反応する。
「おぉ~」
ルナが目を輝かせる。
「どんなのを召喚できるの~?」
メルナは少しだけ胸を張った。
「まだ一体しか召喚できないけど――」
その手を前に出す。
「不死鳥……フェニックス」
「……」
部屋が静まり返った。
「それって……」
セニアが言葉を失う。
「え?」
ユージも固まる。
「ま、まじか……」
アルスも驚く。
ラウスは――。
「……」
完全に黙っていた。
「どうしたの皆んな?」
メルナが不思議そうに首を傾げる。
レイがメルナを見る。
「メルナ」
「ん?」
「正直に言う」
レイは真剣な顔をした。
「お前の能力は強力すぎる」
「へ?」
メルナが目を丸くする。
「召喚能力で、最初からそんなに強力な式神を出せる能力者はほとんどいない」
「ど、どういうこと?」
「……」
レイは黙った。
「何で黙るのお兄ちゃん」
「いや……」
レイはメルナを見る。
「フェニックスを召喚できるって、普通じゃないからな」
「すごいですね!」
カナが嬉しそうに言う。
「メルナちゃん、すごいです!」
「ありがとう……?」
メルナは困惑している。
「もしかして私、怖いかな」
「怖い?」
ルナが首を傾げる。
「全くそんなことないよ~」
そして笑う。
「ただ――」
「兄妹揃って別格だね~」
「別格かなぁ」
メルナが苦笑する。
レイも頷いた。
「かもな」
アルスがレイを見る。
「自認あるのか?」
「まぁな」
「あるんだ……」
フィーアも口を開く。
「私からも言わせてもらいますと――」
メルナを見る。
「メルナ様は、一時的ではありますが、レイ様より強くなることが可能ですね」
「ほらな」
レイが頷く。
「え!?」
メルナが驚く。
「流石に無理だよ。この化け物より強くなるのは」
「化け物とは失礼すぎだ」
「じゃあ何?」
「人間だ」
「はいはい」
メルナは呆れたように笑った。
フィーアも微笑む。
「ですが、レイ様も――」
「?」
「あれさえ使いこなせば、もっと強くなるんですが」
「めっちゃ難しいんだよ、あれを使いこなすのは」
レイは苦笑する。
「何度やっても簡単にはいかない」
メルナが首を傾げる。
「あれって?」
フィーアはメルナの耳元へ顔を近づける。
そして、小さな声で囁いた。
「鬼化です」
「……あぁー」
メルナが納得したように頷く。
しかし――。
「おい!」
ユージが叫ぶ。
「あれって何だよーーー!」
レイが即答する。
「秘密だ」
「秘密多すぎだろーー!」
「おう」
「開き直った!」
ルナが笑う。
「レイ、秘密多いね~」
「そうか?」
「そうだよ~」
するとメルナがフィーアを見る。
「フィーア、本当にお兄ちゃんより私の方が強いと思ってるの?」
「一時的ですが、はい」
「それは無理だと思うなぁ」
メルナは苦笑する。
「だって、お兄ちゃんの能力は――」
「び……」
その瞬間。
レイが再びメルナの口を塞いだ。
「むぐっ!」
「マジで何も話すな」
「んんー!」
「これはお前にしか言ってないんだ」
「え、フィーアにもダメなの?」
「ダメだ」
「んー……」
レイが手を離す。
「ご、ごめん」
「分かればいい」
フィーアは少し驚いた様子でレイを見る。
「レイ様の能力ですか?」
「ああ」
「私も長年レイ様と一緒にいますが……知りませんね」
「言ってないからな」
ユージが頭を抱える。
「レイの能力って炎操作じゃないのかぁ?」
「さぁな」
「なんだよそれ!」
ルナが手を挙げる。
「じゃあ私も教えるから、レイも教えてよ~」
「無理だな」
「えぇ~!」
「諦めろ」
「ケチ~」
レイは立ち上がった。
「今日はもう帰った帰った」
「えぇー、もうちょっと!」
「ダメだ」
ユージが渋々立ち上がる。
「分かったよ……」
「また明日」
アルスが手を振る。
「また明日ね」
ラウスも続く。
「明日行きましょうね」
セニアが微笑む。
「また明日です!」
カナが笑顔で言う。
「また明日ね~」
ルナも手を振る。
「うん!」
メルナも笑った。
こうして、皆はレイの部屋から出ていった。
◆
静かになった部屋。
レイ、メルナ、フィーア、そしてアカマルだけが残った。
メルナが楽しそうに笑う。
「楽しかった!」
「だな」
レイも笑う。
フィーアも頷いた。
「ですね」
しばらく沈黙が流れる。
そして――。
「レイ様」
「どうした?」
「レイ様の能力って……」
「ま、まぁ」
レイは少し視線を逸らした。
フィーアは追及しなかった。
「言いたくない、と」
「……秘密にしたい」
「分かりました」
フィーアは素直に頷いた。
「聞きません」
「ありがとな」
「しかし、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」
「おう」
「なぜ、そこまで秘密にしたいのでしょうか?」
レイは少し考えた。
そして、窓の外を見る。
夜の街が広がっている。
「能力ってのは――」
レイがゆっくりと口を開く。
「一つの奥の手なんだ」
フィーアは黙って聞いている。
「相手に自分の能力がバレたら、対策されるかもしれないだろ」
「……確かに」
「相手に勝つためには、騙すことも必要なんだ」
レイは自分の手を見る。
「相手が俺の能力を知らなかったら、無闇に攻撃できない」
「なるほど」
「何ができるか分からない相手って、それだけで警戒するからな」
フィーアは納得したように頷いた。
「確かにそうですね」
メルナが横から口を挟む。
「私は知ってるけどね」
「お前は特別だ」
レイはメルナを見る。
「これに関しては、酒呑童子さえも知らないだろうな」
「……それほどまでに?」
フィーアが少し驚く。
「レイ様のことですから、相当すごい能力なのでしょうね」
「そんな期待するなよ」
「実際すごいでしょ」
メルナが言う。
「そんなことない」
「あるって」
「ない」
「ある」
「ない」
「ある」
「……」
「ほら」
メルナが勝ち誇ったように笑う。
レイはため息をついた。
フィーアも小さく笑う。
「いつか話してくれることを楽しみに待っていますね」
「うい」
レイは少しだけ笑った。




