22話 奈落への道
「俺も、倒すか」
レイは刀を握り直した。
目の前には、巨大な魚の魔物――グランドジーク。
空を泳ぐその巨体は、まるで水中にいるかのように自由自在に宙を動いている。
硬い鱗。
鋭いヒレ。
強靭な顎。
そして、あの巨体から繰り出される攻撃。
簡単な相手ではない。
「……来いよ」
レイが構える。
その瞬間――。
ヒュンッ!!
グランドジークのヒレが飛んできた。
「っ!」
レイは刀で受け流そうとする。
ガキィン!!
鋭い音が響いた。
しかし――。
「……!」
完全には受け流せなかった。
ヒレがレイの頬を掠める。
「……あっぶな」
レイが頬を触る。
「こいつ、空を泳いでるから攻撃の軌道が読みにくいな」
グランドジークは一度レイから距離を取ると、空中を泳ぐように旋回する。
「しかも……」
レイはため息をついた。
「あいつめんどくさいな。鱗は硬いわ、攻撃は鋭いわ、上に逃げるわ……」
そして刀を構える。
「まじでめんどくさいな」
グランドジークが再び突っ込んでくる。
「燃やし尽くすか」
レイの刀に炎が纏う。
「焔纏い」
刀が赤く燃え上がった。
グランドジークの攻撃に合わせ、レイも踏み込む。
「おらよ!」
カウンター。
刀が鱗へ叩き込まれる。
ガキィン!!
「……っ!」
弾かれた。
レイが後ろへ飛ぶ。
「ほんと硬い魔物多いよな……!」
グランドジークが方向を変える。
今度は上空から急降下してくる。
「炎撃!」
レイが刀を振る。
炎の斬撃が空を走り、グランドジークへ直撃する。
ドォン!!
炎が爆ぜる。
しかし――。
グランドジークは炎の中から姿を現した。
「……全然効いてないじゃん」
鱗には、ほとんど傷がない。
「だったら――」
レイは刀を鞘へ戻す。
腰を落とす。
「鬼炎乱舞」
炎が刀へ集中する。
「一閃」
一気に踏み込む。
ズバッ!
斬撃が鱗を捉えた。
「二連!」
続けざまに二撃。
「三段!」
さらに踏み込み、強烈な一撃を放つ。
しかし――。
グランドジークが身体を捻った。
ギリギリで斬撃をかわす。
「……避けた!?」
レイが目を見開く。
直後――。
グランドジークの尾が振り抜かれた。
「うおっ!?」
ドゴォン!!
レイの身体が吹き飛ばされる。
地面を転がり、何度か跳ねて止まった。
「痛てて……」
レイが立ち上がる。
「そんなこともできるのか」
グランドジークは間髪入れずに突っ込んでくる。
「休ませてくれないのかよ!」
レイが横へ飛ぶ。
しかし、グランドジークは空中で方向を変える。
「しつこっ!」
巨大な顎が開く。
レイへ噛みつこうと迫る。
その瞬間――。
「ガウッ!!」
アカマルが飛び出した。
「アカマル!?」
小さかった身体が一瞬で大きくなる。
ドンッ!!
巨大化したアカマルがグランドジークへ飛びかかる。
「ガァァッ!」
グランドジークの進路を無理やり逸らす。
二体の巨体がぶつかり、轟音が響いた。
グランドジークが空中へ逃げる。
アカマルも唸りながら追おうとする。
「アカマル!」
レイが呼び止める。
「大丈夫だ。ここからは俺がやる」
「……ガウ」
アカマルは少し離れた場所で構える。
レイはグランドジークを見上げた。
「助かった」
そして――。
「外側から無理なら……」
右手を前へ出す。
「内部から焼き尽くしてやるよ」
グランドジークが再び突っ込んでくる。
巨大な口が開く。
「今だ!」
レイは動かなかった。
グランドジークがレイへ噛みつこうとした、その瞬間――。
「爆撃」
レイの右手に集められていた魔力と炎が、一気に爆発する。
ドォォォォン!!
爆発の衝撃がグランドジークの内部へ叩き込まれる。
「ギュアーーー!!」
グランドジークが大きくのけぞる。
身体を激しく揺らしながら、地面へ落下した。
ドォン!!
巨体が地面を跳ねる。
「……効いたな」
レイが刀を握る。
グランドジークはまだ動こうとしている。
「しぶといな」
レイは地面を蹴った。
高く跳ぶ。
グランドジークの真上へ。
刀を構える。
「これで終わりだ」
刀を円を描くように振る。
「日輪」
炎を纏った斬撃が、グランドジークへ叩き込まれる。
ズバンッ!!
グランドジークの動きが止まった。
その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。
――討伐完了。
レイは着地する。
「……ふぅ」
その時。
「ガウ!」
後ろから声が聞こえた。
レイが振り返る。
そこには小さな姿に戻ったアカマルがいた。
「ガウ」
「ありがと」
「クゥン……」
アカマルが申し訳なさそうに鳴く。
「……まあ、さっき助けてもらったけどな」
レイはアカマルの頭を撫でる。
「ありがとな」
「ガウ」
二人はクラウスたちのいる場所へ向かった。
――その頃。
「チッ! 二体ともやられたか……!」
ゼファーがグリードとグランドジークの倒れた場所を見る。
「なら、また再現すれば!」
「儂を忘れるな」
「!」
ゼファーが振り向く。
次の瞬間――。
ドゴォン!!
クラウスの蹴りがゼファーを壁へ叩き飛ばした。
「うぜぇなぁー……」
ゼファーは壁から離れ、ゆっくりと立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」
クラウスはゼファーを見つめる。
「お前、まだ体力や魔力が回復してないんじゃろ」
「黙れ」
ゼファーが睨みつける。
「お前らの記憶、感情を盗んでやるよ」
ゼファーが手を伸ばす。
「忘却領――」
しかし。
その言葉を最後まで言うことはできなかった。
ゼファーの身体がぐらつく。
そして――。
ドサッ。
その場で膝から崩れ落ちた。
クラウスが呆れたように息を吐く。
「そりゃ、そんな身体で忘却領域を使おうとしたら、身体が保つわけないじゃろ」
クラウスがゼファーへ近づいていく。
「魔力量も少ないしのぉ」
「……くっ」
「もう終わりじゃ」
クラウスがゼファーを見下ろす。
「終わりなのは――お前だ!」
ゼファーが突然、クラウスの足を掴んだ。
「忘却!」
ゼファーの魔力がクラウスへ流れ込む。
「これでお前は……!」
しかし――。
クラウスは微動だにしなかった。
「……儂には効かん」
「は?」
クラウスはそのままゼファーを蹴り上げる。
「ぐふっ!」
ゼファーの身体が真上へ吹き飛ぶ。
その拍子に――。
ポケットから何かが落ちた。
カラン。
床に落ちたのは――シーフロード。
クラウスはそれを拾い上げる。
「この魔道具は貰う」
「返せ……!」
「お前こそ、生徒の記憶を返せ」
「……ハハハッ」
ゼファーは笑った。
レイが戻ってくる。
「爺ちゃん、こいつどうすんの?」
クラウスはゼファーを見る。
「殺したら生徒たちの記憶が戻る可能性があるかもしれん」
「……」
「しかし、もし戻らなかったら……」
クラウスは少し考える。
「だから、とりあえずこいつを生捕りするのじゃ」
「おう」
クラウスは懐から紐を取り出す。
そしてゼファーへ巻き付ける。
「この紐は魔力を抑え、また乱す力を持っておる」
ゼファーが身体を動かそうとする。
しかし、魔力が上手く使えない。
「ゼファー、お前はもう能力も魔法も使えない」
「クッ……!」
クウガが尋ねる。
「学園長、生捕りにしてどうするんですか!」
クラウスはシーフロードを見ながら答える。
「人の記憶を盗むってことは、返す、または与えることもできると思うんじゃよ」
「だから、一旦王国に連れていくつもりじゃ」
「し、しかし、そいつは……。もし、そいつが王国で能力を使用したら……」
クラウスの表情が変わる。
「そうした場合は――」
一瞬の沈黙。
「本気で殺す」
「ハハハッ……怖い怖い」
ゼファーは笑った。
「とりあえず帰ろう」
クラウスが歩き出す。
「はい」
ユージが続く。
「分かった」
アルスも続く。
「は、はい」
クウガも後に続く。
アカマルも小さな姿でその後ろを歩いていく。
しかし――。
レイだけは動かなかった。
城の奥。
祭壇の前に立っている。
黒い魔力が漂う祭壇。
そこには――。
何かがいる。
レイは祭壇を見つめる。
「……お前、そこでずっと何見てるんだよ」
返事はない。
レイが一歩近づく。
「バレてないとでも?」
静寂。
「……まぁいいか」
レイは祭壇に背を向ける。
クラウスたちのいる方向へ歩き出そうとした。
――その瞬間。
ほんの一瞬。
瞬きをするほどの時間。
祭壇から――。
ドクン。
凄まじく禍々しい魔力が放たれた。
それは一瞬にして城全体を包み込む。
「……!」
レイが振り返る。
「グゥルルー!」
アカマルが祭壇へ向かって唸る。
レイはアカマルを見る。
「……行こう」
「ガウ」
レイとアカマルはクラウスたちの後を追う。
そして――。
黄昏の城から離れていった。
誰もいなくなった祭壇。
その奥から、低い声が響く。
「どれだけ俺の邪魔をしようと……」
静寂の中、その声だけが響き渡る。
「お前らの進む道は――奈落だ」
「ガハハハハッ!」
高貴な王も。
一度世界を救った英雄さえも。
まだ誰も知らない。
この世界が――。
奈落に包まれることを。




