20話 黄昏の城へ
皆で学園へ戻る。
先ほどまでの戦闘が嘘だったかのように、学園には静けさが戻っていた。
しかし、生徒達の中には記憶や感情を奪われた者もいる。
完全に元通りになったわけではない。
そんな状況の中、クラウスがレイへ声をかけた。
「レイ、学園長室に来てくれるかのぉ」
「分かった」
レイはクラウスと共に学園長室へ向かった。
扉が閉まる。
クラウスは椅子へ腰を下ろし、レイを見る。
「これからすぐに、ゼファーの拠点を攻める」
「拠点はどうやって見つけるんだ?」
「闇ギルドじゃ」
「闇ギルドって……」
レイは少し嫌そうな顔をする。
クラウスは苦笑した。
「そうじゃ。違法者の集まりじゃな」
「……思いっきり危ないところじゃん」
「じゃが、あいつらは情報屋もやっておる」
クラウスは机の上に地図を広げる。
「だから、今回は情報屋を頼るのじゃ」
「なるほどな」
「本当なら使いたくなかったのじゃが……」
クラウスは地図を見ながらため息をつく。
「今回ばかりは時間がないからのぉ」
「そ、そうだな。しょうがない」
クラウスは地図を畳む。
「拠点には、わし一人で攻めたいのもやまやまじゃ」
「爺ちゃん一人で?」
「あぁ。じゃが、また逃げられるとめんどい」
クラウスはレイを見る。
「だから、レイ。生徒会長、ユージ、アルス。この四人を連れて行こうか迷っているのだ」
「まぁ、さっき行くって言ってたしな」
「じゃが……」
クラウスの表情が真剣になる。
「それで記憶や感情を盗まれると、流石に無理じゃ」
「確かに。無慈悲だもんな、忘却は」
ゼファーの能力。
触れられれば、記憶を奪われる。
そして、感情まで奪われる。
普通の人間にとっては、あまりにも厄介な能力だった。
「レイは酒呑童子がいるから、忘却は効かないだろうが……」
クラウスは少し考える。
「生徒会長達は分からんのぉ」
「意志さえ強く持てたらいいんだけどな」
「そうじゃの」
レイは腕を組む。
「とりあえず、皆に伝えよう」
「そうじゃの」
「それに……」
レイは拳を握った。
「俺も、もっと強くならなくちゃな」
「強く、か」
クラウスが呟く。
「爺ちゃん」
「なんじゃ?」
「俺と訓練に付き合ってくれないか?」
クラウスが少し驚いた顔をする。
「いいのじゃが……何をするつもりじゃ?」
「どうしても使いこなしたい技があるんだ」
「……もしかして、鬼化かのぉ?」
「なんでも分かるのか、爺ちゃん」
レイは苦笑する。
「そうだよ。鬼化を使いこなせるようになりたいんだ」
そして、少しだけ目を伏せる。
「俺の力じゃ、暴走してしまう」
クラウスは静かにレイを見る。
「レイよ」
「ん?」
「これだけは言える」
クラウスの声が少し低くなる。
「レイには、まだ早いのぉ。鬼化は」
「……そうか」
「レイの鬼化はのぉ、酒呑童子の力を100%扱える」
「100%……」
「あぁ」
クラウスは頷く。
「じゃが、その力に耐えられなくなると暴走する」
「……」
「しかも、その鬼が酒呑童子じゃ」
レイは黙り込む。
酒呑童子。
自分の中にいる存在。
その力を100%使えるということは、それだけ危険でもある。
「酒呑童子の力を100%使いこなそうなんて……儂にも難しいのぉ」
「そうなのか」
「正直に言って、レイにはまだ使いこなせないじゃろう」
「……まだ使いこなせないか」
レイは悔しそうに呟いた。
クラウスが尋ねる。
「鬼化を使用したことはあるのかのぉ?」
「師匠との修行で一度だけ」
「その時はどうじゃった?」
「暴走したけど、師匠が止めてくれた」
「暴走を止めるのも中々やるのぉ」
レイは苦笑する。
「まぁ、師匠もイカれてるほど強いので」
「確かに、あいつも強いのぉ」
クラウスも懐かしそうに笑った。
「剣術だけなら、この世界で一番強いんじゃないかのぉ」
「確か、剣豪って呼ばれてた」
「そうじゃな」
レイは少し気になったように尋ねる。
「爺ちゃんは、昔パーティー組んでたのか?」
「あぁ」
クラウスは椅子に深く腰掛ける。
「儂がレイぐらいの歳の頃に、一緒だった仲間じゃの」
「誰がいたんだ?」
「儂とソフィア」
「2人だけのパーティー?」
レイが即答する。
クラウスは笑った。
「そうじゃよ」
そして、少し遠くを見るような目をする。
「あの頃に……酒呑童子とも戦ったのぉ」
「え?」
レイが目を見開く。
「酒呑童子と?」
「あぁ」
「爺ちゃんの全盛期って、どんな感じだったの?」
クラウスは少し考える。
「普通じゃよ」
「絶対普通じゃないな」
即答だった。
「ほっほっほ」
クラウスは笑う。
そして時計を見る。
「レイよ、儂はそろそろ闇ギルドに行かなくちゃならなくてのぉ」
「もう時間か」
「そうじゃ」
クラウスは立ち上がる。
「それじゃ、またのぉ」
「またな、爺ちゃん」
クラウスが部屋を出ていく。
レイも自分の部屋へ戻った。
そしてベッドへ腰掛ける。
「……」
レイは目を閉じる。
意識を集中させ――精神世界へ潜った。
◇
「酒呑童子、起きてるかぁー」
返事はない。
「おーい」
「……」
「おーい、酒呑童子」
しばらくして、ようやく声が返ってきた。
「……黙れ」
「お?」
「黙れ、小僧……」
声には明らかな眠気が混じっている。
「睡眠の邪魔をするな……」
「寝てたのか」
「小僧……焼き殺すぞ」
「ごめんって」
「何だ、要件は?」
酒呑童子は面倒くさそうに言う。
「要約して言え」
「鬼化を手伝ってもらいたかったが、辞めた。少し話そう」
「俺は眠い」
「はぁー……」
レイはため息をつく。
「欲しい酒やるから」
「……」
一瞬の沈黙。
「少しは聞いてやろう」
「現金だなぁ」
「何か言ったか?」
「何でもない」
レイは苦笑する。
「奈落の悪魔って何だ?」
酒呑童子の表情が僅かに変わる。
「酒呑童子は何百年も生きてるから、知ってるかと思ってな」
「あいつか」
酒呑童子は嫌そうな顔をする。
「あいつは……俺でも引くほどのゴミだ」
「酒呑童子が引くほどって……」
レイは少し驚く。
「そんなにやばいのか?」
「あぁ」
「酒呑童子は倒せるのか?」
「はぁ?」
酒呑童子が睨む。
「あぁ? 知らん」
「え?」
「倒せるって言えないのか」
「……」
酒呑童子の目が細くなる。
「ガチで殺すぞ、小僧」
「ごめんごめん!」
レイはすぐに謝った。
「お酒と、ついでに何か食べ物も持ってくるから」
「……今回は許そう」
「チョロいな」
「何か言ったか?」
「何でもない」
レイは話題を変える。
「爺ちゃんが強いって言ってたけど、本当なのか?」
「お前らで言う最上位の悪魔だからな」
「最上位……」
「あいつの場合は、能力がめんどくさい」
レイが目を細める。
「能力、知ってるんだな」
「……」
酒呑童子は無言でレイを見る。
「出てけ、小僧」
「おう」
「おう、じゃない」
「じゃあな」
レイはそのまま精神世界を離れた。
◇
レイが目を覚ます。
「……だる」
その時。
コンコン。
部屋のドアが叩かれた。
「おーい!」
「なんだ」
「作戦会議!」
「え?」
扉を開ける。
そこにはユージが立っていた。
そして、その後ろにはアルス達もいる。
「なんでこんなにいるんだよ」
アルスが答える。
「大切なことだろ」
「ルナ達もいるよ〜」
「私もです!」
「私もよ」
レイは頭を抱える。
「待て。俺の部屋に集まりすぎだ」
「いいだろ、楽しいから」
「作戦会議だぞ?」
「いいじゃん!」
「はいはい……」
レイは諦めて、皆を部屋へ入れた。
「作戦会議だっけ?」
「おうよ!」
ユージが元気よく答える。
「なぜカナ達も……」
ルナが笑う。
「友達でしょ〜」
「そうですよ!」
カナも頷く。
「私達、友達だし仲間です!」
「カナちゃんの言う通り」
セニアも微笑む。
レイは皆を見る。
「こんだけの知恵があれば、いい作戦も出るかもな」
「そうだな」
アルスが頷く。
「まず、触れられたらほぼお終い」
「そういえばそうだったー!」
ユージが頭を抱える。
「今さら思い出したのかよ」
「忘れてた!」
「お前、よく生きてたな」
アルスが苦笑する。
「でも、レイは互角に戦えてたよな」
「気のせい」
「いやいや!」
ユージが口を挟む。
「めちゃくちゃ戦えてたじゃん!」
カナも頷く。
「互角に戦えてましたよ!」
「……まぁ、いい」
レイは話を戻す。
「最優先にすることは、感情の魔道具を奪うこと」
皆が真剣に聞く。
「それと、記憶も取り戻せるなら取り戻したい」
「だな」
アルスが頷く。
セニアが腕を組む。
「なら、奪うだけなら戦う必要はないかもしれないわね」
「いや、戦う必要はあるだろうな」
「そうね」
ユージがため息をつく。
「でも、本当最悪だ。大会がぶち壊されたんだから」
「だな。ほんと最悪だ」
「しばらくは大会、再開できそうにないな」
ルナが残念そうにする。
「せっかく頑張ったのに〜」
「これに関してはどうしようもないな」
カナも小さく呟く。
「私も頑張ったのに……」
「……」
レイは皆の顔を見る。
するとユージが突然言った。
「レイ、なんか食べたい」
「空気でも食べとけ」
「冷たくない?」
「気のせい」
レイは立ち上がり、部屋を出ていく。
しばらくして戻ってきた。
その手には――。
「あるじゃん!」
ユージが目を輝かせる。
「ケーキだ!」
「気のせい」
「いや、あるだろ!」
「気のせい」
「流石に無理よ、それ」
セニアまで呆れたように言う。
「流石に無理か」
レイは諦めたようにケーキをテーブルへ置く。
ルナが目を輝かせる。
「ルナ達も食べた〜い!」
「はいはい」
ケーキを並べる。
すると――。
「……」
ユージがケーキを見る。
「丁度六個あるじゃん」
「そうだな」
「俺らが来るの分かってた?」
「まじでたまたま」
「怪しい……」
「本当にたまたまだ」
皆でケーキを食べ始める。
「美味しい〜!」
ルナが嬉しそうに声を上げる。
「うまい」
ユージも満足そうだ。
カナも笑顔になる。
「ほんと美味しいです」
「ならいいか」
セニアも一口食べる。
「美味しいですわ」
レイも自分のケーキを食べながら、ふと尋ねる。
「……作戦会議はどこに行った?」
「やっぱ俺は外側から食べるタイプ」
ユージがケーキを食べながら答える。
「ケーキを食べる作戦か?」
「違うのかぁー」
「違うだろ」
アルスが苦笑する。
「学園長もいる時にした方がいいんじゃないか、やっぱ」
「……もうそれでいいわ」
その後、全員でケーキを食べ終えた。
作戦会議らしい作戦会議は――ほとんど進まなかった。
◇
数日が経った。
学園内も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
そして――。
クラウスからレイへ連絡が入る。
「レイ、奴の拠点を特定した」
「ってことは……攻撃を?」
「そうじゃの」
クラウスが地図を広げる。
「拠点は――黄昏の城じゃ」
「黄昏の城……」
レイはその名前を聞き、地図を見る。
「あそこか」
「行ったことないけど、どんな場所なんだ?」
「霧に包まれていてのぉ」
クラウスは地図を指差す。
「道に迷う」
「だるいな」
レイが即答する。
「だが、そこに奈落の悪魔の封印もあると?」
「そうじゃな」
レイの表情が変わる。
「……なら、行くしかないな」
「そうじゃ」
「いつ攻めるの?」
「明日じゃ」
「分かった」
そこへソフィアがやってくる。
「レイ、行くの?」
「ああ」
レイは少し笑う。
「正直、あいつが嫌いだし」
そして、少しだけ目を細めた。
「師匠を少し侮辱した」
「分かったわ」
ソフィアが頷く。
するとクラウスが反応した。
「ほぉう……侮辱したのか、あいつ」
「そうだよ」
「何をしたんじゃ?」
「あいつ、師匠の技を再現してたけど――」
レイは呆れたように言う。
「あまりにも弱かった」
クラウスは少し考える。
「それは侮辱なのかのぉ?」
「俺からしたら侮辱だな」
「なるほど」
クラウスが頷く。
「なら――」
拳を握る。
「ボコボコにしに行こうかのぉ」
「おう」
レイも拳を握る。
「久しぶりに腹立った」
その時、レイがふと思い出す。
「爺ちゃん、酒ちょうだい」
クラウスが固まる。
「れ、レイ……」
「ん?」
「お前には少し早いのぉ」
ソフィアも頷く。
「そうよ。まだ早いわ」
「ち、違うよ!」
レイが慌てる。
「酒呑童子への酒!」
「……」
クラウスとソフィアが顔を見合わせる。
「あぁ……」
「そういうことね」
クラウスが苦笑する。
「分かったのぉ。用意するのぉ」
「助かる」
「じゃあ、また明日な、爺ちゃん」
「また明日」
レイは自室へ戻る。
扉を開けると――。
「ガウ!」
アカマルが迎えてくれた。
「よっ、アカマル」
「ガウ?」
「そうなんだよ。奇襲作戦とかいいよな」
「ガウガウ」
「え、まじ?」
アカマルが尻尾を振る。
「ついてくるつもりか?」
「ガウ」
「いや、カナ達と一緒にいてくれ」
「ガゥ!」
アカマルが不満そうに鳴く。
「……分かったよ」
レイが苦笑すると、アカマルがレイへ飛びつく。
「おっと」
そのままアカマルを抱き留める。
「寝るか」
「クゥゥン……」
アカマルは安心したように鳴いた。
そして二人は静かに夜を過ごした。
◇
――次の日。
朝。
クラウスが全員を集めていた。
「皆んな、準備はできたかのぉ」
「おう」
レイが答える。
「ガウ!」
アカマルも元気よく鳴く。
「はい!」
ユージも手を上げる。
「はい」
アルスも頷く。
「できてます!」
クウガも準備を終えていた。
クラウスは全員を見る。
そして――。
「行くかのぉ」
黄昏の城へ。




