12話 忘却の楽園
――バトルクロスまで、あと二週間。
魔法学園にも、少しずつ大会への熱気が広がり始めていた。
授業が終わり、教室に残っていたレイたちは、いつものように雑談をしていた。
「レイ、大会が近づいてきたな!」
ユージが勢いよく声を上げる。
「近いな」
レイは机に寄りかかりながら答えた。
「俺、最近めっちゃ鍛えてるからな! レイを超えられる自信しかない!」
「それは期待だな」
レイが笑う。
その隣では、アルスが疲れたように椅子へ腰を下ろしていた。
「……疲れたな」
「アルスが疲れるとは珍しいな」
「まぁな」
すると、レイが何気なくアルスを見る。
「同じ学年の女子からモテモテだもんな、アルス」
「え?」
ユージの動きが止まった。
「モテモテなわけじゃない」
アルスは淡々と否定する。
「お、おい……」
ユージがアルスを見る。
「ずるい」
「何がだ?」
「何人に告白された?」
「……八人くらいだったか」
「八人!?」
ユージが目を見開く。
「全部断ったのか?」
「ああ」
「…………」
ユージはゆっくりと立ち上がった。
「オッケー。アルス、お前の死に場所はここだーーー!」
「嫉妬しすぎだろ」
レイが呆れる。
「うっせぇ!」
ユージは机を叩く。
「モテモテなだけでもずるいのに、告白を全部断るなんて!」
「まぁ落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか!」
そんな二人を見て、セニアがため息をついた。
「男って、本当にしょうもないわね」
「だねー」
ルナも笑う。
しかしユージは胸を張った。
「しょうもなくていいさ。男にとっては二番目に大切な話だからな」
「二番目〜?」
ルナが首を傾げる。
「二番目だ」
レイも気になった。
「じゃあ、一番目は何なんだ?」
ユージは周囲を確認すると、レイとアルスの耳元へ顔を近づけた。
「……尻派か胸派、どっちが好きか」
「…………」
レイは無言になった。
アルスも少し考え込む。
「なるほど」
「納得するなよ」
レイが呆れる。
セニアは二人を見ながら、深いため息をついた。
「はぁ……どうせまた、しょうもないことでも話しているのでしょう」
「男にとっては一番大切な話だ!」
ユージが力説する。
「なぁ、アルス!」
「……間違いではない」
「お前そっち側だったのか……」
レイが少し驚いた顔をする。
アルスは逆にレイを見る。
「レイは違うのか?」
「何とも言えん」
「お前らしいな」
「何がだよ」
そんなやり取りをしていると、ルナが二人を覗き込んだ。
「何の話したの〜?」
「これは男だけの会議だ!」
「気になる〜」
そこへカナもやって来る。
「何の話をしてるんです?」
セニアが即答した。
「男共のしょうもない話よ」
「そ、そんな話が……」
カナは少し困ったような顔をした。
そして、思い出したようにレイを見る。
「あの、レイさん」
「ん?」
「今日の放課後も、能力を使う練習を手伝ってもらえませんか?」
「いいぞ」
「ありがとうございます!」
カナが嬉しそうに笑う。
その様子を見ていたルナが、ユージへこっそり耳打ちした。
「レイって、カナちゃんにだけ優しいよね〜」
「だよなぁ」
二人の会話が聞こえたレイが振り返る。
「何話してるんだ?」
「別に」
「何もないよ〜」
「ほんとか?」
「ほんとほんと」
ユージが誤魔化すように手を振った。
「そんなことより、昼休みだしご飯食べようぜ!」
「だな」
こうしてレイたちは、学園の屋上へ向かった。
◇◇◇
「ふぅ……いい天気だ」
屋上へ出ると、心地よい風が吹き抜けた。
カナも空を見上げる。
「めっちゃいい天気ですよね!」
「あぁーーー!」
ユージが突然叫ぶ。
「授業むずい!」
「まだ楽だぞ」
レイが平然と言う。
「頭良すぎ!」
「だな」
アルスも頷く。
「まだ全然楽だ」
「私も〜」
ルナも続く。
「私もよ」
セニアまで同意する。
「なんでそんなに頭いいんだよ!」
ユージが頭を抱える。
「分からん」
レイは本気で分からないらしい。
「それが一番腹立つ!」
そんなやり取りをしていると――。
屋上の扉が開いた。
「レイ、ここにいたか」
現れたのはローベルだった。
「ローベル先生?」
「学園長がお呼びだ」
「俺が?」
「ああ」
レイは少し不思議に思いながら立ち上がった。
「分かりました」
そしてローベルとともに屋上を後にした。
◇◇◇
学園長室。
レイが扉を開けると、クラウスが椅子に座っていた。
「レイ、来たかのぉ」
「じいちゃん。どうしたの?」
クラウスは少し困ったような顔をする。
「少々、格好悪い話なんじゃが……孫に手伝ってもらいたいことがあってな」
「俺に?」
「ああ」
レイは椅子へ座る。
「何を手伝えばいい?」
クラウスは少し間を置いてから口を開いた。
「レイは、『忘却の楽園』という名を聞いたことがあるか?」
「忘却の楽園?」
レイは首を横に振った。
「聞いことないな」
「簡単に言えば……悪の集団じゃ」
「その集団がどうしたの?」
「奴らが、バトルクロスの日に学園を襲うらしい」
「……え?」
レイの表情が変わった。
「学園を?」
「そうじゃ」
クラウスは頷く。
「もちろん、わしも黙って襲わせるつもりはない。こちらから奴らのアジトを攻撃するつもりじゃ」
「なら、なんで俺に手伝ってほしいんだ?」
「問題は、奴らのボスじゃ」
クラウスの声が少し低くなる。
「わしは奴らのアジトを直接攻撃する。じゃが、戦いの途中でボスに逃げられる可能性がある」
「逃げたら……大会に来るかもしれない?」
「そういうことじゃ」
クラウスはレイを見る。
「もし大会の日に奴らのボスが学園へ来た場合――お主に対応してもらいたい」
「他の先生たちは?」
「……恐らく、あやつには勝てん」
「そんなに?」
「ああ」
クラウスは真剣な表情で答えた。
「勝てる可能性があるとすれば、ソフィア、酒呑童子……そして、お主じゃ」
「俺も入るの?」
「お主もじゃ」
レイは少し黙った。
「そんなに強いんですか?」
「強いというより……能力が厄介すぎる」
「能力?」
「そうじゃ」
クラウスは目を細める。
「あやつの能力は――記憶の操作じゃ」
「記憶の操作?」
「簡単に言えば、人の記憶を奪う」
レイの顔から笑みが消える。
「……記憶を奪う?」
「ああ」
クラウスは続けた。
「ただ記憶を読むのではない。奪うのじゃ」
「恐ろしすぎる……」
「触れられたら終わりと思え」
レイは息を呑んだ。
「じいちゃんは以前、そいつと戦ったんだろ?」
「ああ」
「その時はどうした?」
クラウスは顎に手を当てる。
「あやつは触れただけで記憶を奪える。じゃが、一つだけ対処法がある」
「対処法?」
「意志の強さじゃ」
「意志?」
「そうじゃ。強い意志を持つ者ほど、記憶を奪われにくい」
「なるほど……」
レイは真剣に頷いた。
「分かった」
「まぁ、基本的にはわしが倒すつもりじゃ」
クラウスは少し笑う。
「お主には、もしもの時の対処を頼みたいだけじゃ」
「俺じゃ勝てないかもしれないぞ?」
「確かにのぉ」
クラウスはあっさり認めた。
「あやつは百年以上生きているとも聞く。以前はわしが倒したが……今はさらに強くなっている可能性もある」
「百年以上……」
レイは呟いた。
「そのボスの名前は?」
「……ゼファー」
「ゼファー……」
その名を、レイは頭の中で繰り返した。
「能力は記憶操作。そして、人間を超越した技術を持つ」
クラウスはそこで一度言葉を切った。
「もし最悪の事態になったら――酒呑童子の力を解放しなさい」
「酒呑童子の力を?」
「ああ」
「それなら……勝てるの?」
「少なくとも、簡単には負けん」
クラウスはそう言い切った。
「分かったよ、じいちゃん」
「ほんと、悪いのぉ。孫に責任を押し付けてしまって」
「大丈夫」
レイは立ち上がろうとした。
だが、その前に一つだけ気になったことがあった。
「じいちゃん」
「なんじゃ?」
「一つだけ聞いていい?」
「ああ」
「なんで忘却の楽園は、俺たちを襲おうとしてるの?」
クラウスの表情が変わった。
「……人の感情を奪うためじゃ」
「感情を?」
「そうじゃ」
レイは意味が分からず、眉を寄せる。
「どういうこと?」
「奴らは、ある存在の封印を解こうとしておる」
「ある存在?」
「奈落の悪魔――アビスじゃ」
「……!」
その名前を聞いた瞬間、レイは息を呑んだ。
「奈落の悪魔って……昔の?」
「ああ」
クラウスは頷いた。
「かつて、この世界を蹂躙した最上位の悪魔じゃ」
部屋の空気が重くなる。
「そして、忘却の楽園は人間から感情を奪い、それをアビスのもとへ集めておる」
「でも、アビスは封印されてるんだろ?」
「だからこそじゃ」
「……?」
「アビスは、人間の感情を好む」
クラウスは静かに説明する。
「奴らは何らかの方法で人の感情を奪い、封印されているアビスへ与えている。そして、その力を利用して封印を解こうとしているのじゃ」
「そういうことか……」
レイはようやく理解した。
「じゃあ、忘却の楽園が学園を襲う理由は……」
「大量の人間が集まるからじゃろうな」
「……なるほど」
レイは拳を握った。
「分かった。教えてくれてありがとう」
「うむ」
レイは学園長室を出た。
◇◇◇
屋上へ戻ると、ユージが真っ先に駆け寄ってきた。
「レイ! お前、何かやらかしたのか!?」
「違うわ。話してきただけ」
「何の話だ?」
アルスも尋ねる。
「まぁ、色々と」
レイは曖昧に答えた。
「隠すんだ〜」
ルナが楽しそうに笑う。
セニアは肩をすくめた。
「人には言いたくないこともあるわ」
「話が通じる人が一人いた」
「私も通じます!」
カナがすぐに手を挙げる。
「そうだな。カナも通じるな」
「えへへ」
そんな二人を見ていたセニアが、ふと思い出したようにレイへ声をかけた。
「あの、レイさん」
「なんだ?」
「以前、ルナちゃんたちから聞きました」
「何を?」
「グリードを倒したのは、レイさんだったんですよね」
セニアは頭を下げた。
「助けてくださって、ありがとうございました」
「今言うのか?」
レイは少し驚いた。
「もう過去のことだ。気にするな」
「言うタイミングを逃してしまって」
「律儀だな」
「貴族として、感謝しないわけにはいきませんから」
「……いい貴族だな」
「ありがとうございます」
セニアが微笑む。
その直後――。
「うわぁぁぁぁ!」
ユージの悲鳴が響いた。
「あぁーーー! また授業始まるーーー!」
「教室戻るぞ」
「いーーーやーーーだーーー!」
「次は歴史だ」
「もっといーーーやーーー!」
レイが呆れた顔をする。
「あと一週間で大会なんだから我慢しろよ。楽しみにしてるんだろ?」
「……うん」
ユージはしょんぼりと答えた。
「返事まで子供だね〜」
ルナが笑う。
「はぁ……」
レイはため息をついた。
「大きい子供だな」
皆が笑う。
――その笑い声の裏側で。
誰も知らない場所では、確かに何かが動き始めていた。




