10話 秘密
翌朝。
レイはいつものように教室へ向かっていた。
昨日までは入学式やダンジョン実習などで慌ただしかったが、今日からはいよいよ本格的な学園生活が始まる。
教室の扉を開ける。
「おはよう」
「おはようございます!」
すぐにカナが返事をする。
「おはよ、レイ」
ユージも手を上げる。
「おはよう」
「おはよう」
アルスやルナもそれぞれ挨拶を返した。
レイは自分の席へ向かい、椅子に座る。
すると、アルスが口を開いた。
「今日から本格的に授業が始まるな」
「そうなのか?」
レイが聞き返す。
「昨日は実習だったからな。今日からが本当の意味で学園生活ってことだろ」
アルスは怪我のしてる体で話す
「なるほど」
ユージが腕を組みながら唸る。
「どうだろうなぁー。俺、授業って苦手なんだよな」
「まだ始まってないだろ」
「それでも分かる。俺には分かるんだ」
「何がだよ」
レイが呆れていると――
教室の扉が開いた。
担任のローベルが入ってくる。
「皆、おはよう」
生徒たちが一斉に挨拶を返す。
ローベルは教壇へ立つと、全員を見渡した。
「今日から本格的に授業が始まる。これから先、魔法や能力についてより専門的なことも学んでいくことになる。真剣に取り組むように」
「はい!」
カナが元気よく返事をする。
「よし。では、今日の連絡事項だ」
ローベルが黒板へ文字を書いていく。
「一つ、大きなイベントがある」
「イベント?」
ルナが首を傾げる。
「そうだ」
ローベルは振り返った。
「一ヶ月後、この魔法学園で大会が行われる」
「大会?」
ルナが目を輝かせる。
「何の大会ですか〜?」
「戦闘だ」
その一言で、教室の空気が変わった。
「この魔法学園には、かなり大きな闘技場がある。皆も知っているだろう」
生徒たちが頷く。
「そこで戦闘大会――バトルクロスが開催される」
「バトルクロス……」
ユージが呟く。
ローベルは続ける。
「ルールは簡単だ。魔法、能力、武器の使用は自由。相手が気絶するか、戦闘不能になるか、あるいは降参するまで戦闘を続ける」
「結構ガチな大会ですね〜」
ルナが楽しそうに言う。
「そうだな」
ローベルは頷く。
「ただし、無理に参加する必要はない。参加したい者だけ、私に申し出るように」
「いつ行われるんですか〜?」
「一ヶ月後だ」
「一ヶ月……」
ユージが考え込む。
「それって学年ごとにやるんですか?」
「あぁ。学年ごとに分かれて行われる」
「なるほどなぁ」
ローベルは一通り説明を終えると、教卓の上の資料をまとめた。
「それでは、朝のホームルームを終える。授業の準備をしておくように」
そう言って、教室を出ていった。
教師がいなくなると、すぐにユージがレイへ話しかける。
「なぁ、レイ」
「ん?」
「お前、大会参加するのか?」
「どうだろうな」
「レイが参加したら、優勝するよなぁ」
ユージが笑う。
しかし、レイは首を横に振った。
「アルスだろ」
「俺?」
アルスが振り向く。
「一応、Sクラスで一番の評価をもらってるんだから」
「いやいや」
ユージが口を挟む。
「グリードをあんなボコボコにしたレイの方が強いと思うぞ」
「それは……」
アルスがレイを見る。
しばらく考えたあと、立ち上がった。
「レイ」
「ん?」
「俺と参加しないか?」
「え?」
「全力で戦ってみたいんだ」
アルスは真っ直ぐレイを見る。
レイは少しだけ考えた。
「……考えとく」
「そうか」
アルスは満足そうに頷いた。
その様子を見ていたルナが笑う。
「わぁ〜。男って熱いね〜」
「ルナちゃんは参加するんですか?」
カナが尋ねる。
「どうしよっかなぁ〜」
ルナは楽しそうに悩んでいる。
「俺は参加する!」
ユージが勢いよく手を挙げた。
「がんば」
「レイも参加しろよ!」
「え、あ、考えとく」
「はぁ……」
ユージがため息をつく。
「そんなに強いなら参加して、全部蹂躙すればいいのによぉ」
「そういう趣味はねぇんだ」
「そうかぁ」
ユージは残念そうに肩を落とした。
⸻
その後。
レイたちは一日中、授業を受けた。
魔法の基礎理論。
魔力操作。
歴史。
能力についての講義。
昨日までとは違い、今日は本格的な学園らしい一日だった。
そして――放課後。
「うわぁーーー!」
教室にユージの声が響き渡る。
「疲れたー!」
「まだ授業が始まって一日目だぞ」
レイが呆れる。
「もう分からん!」
「はや」
カナが笑う。
「私は面白い授業ばっかりで楽しかったです!」
「だよな」
「レイ、助けてぇ……」
ユージが机に突っ伏す。
「はぁ……そのうちな」
「そのうちっていつだよ!」
「知らん」
「冷たい!」
ユージが騒ぐ。
カナはそんな二人を見ながら笑った。
「それで、皆さん今日はどうします?」
「遊びたい」
ユージが即答する。
「何して?」
レイが聞く。
「……分からん」
「そうか」
「そこは考えてくれよ!」
「俺に言うな」
ユージが頭を抱える。
すると、カナが手を合わせた。
「じゃあ、みんなで話しましょう!」
「それならいいな」
レイが頷く。
ユージも顔を上げた。
「じゃあ……」
ニヤリと笑う。
「レイの能力について話そうぜ」
「俺の?」
レイが嫌そうな顔をする。
アルスも興味を持ったようだ。
「面白そうな話だな」
「以下同文〜」
ルナも乗ってくる。
「はぁ……勝手に話しとけ」
レイは諦めたように椅子へ座り直した。
「冷たいなぁ」
ユージは腕を組み、真剣な表情を作る。
「俺の見解によると――」
一拍置いて。
「レイの能力は、炎を操る能力だと思う!」
「根拠は?」
アルスが尋ねる。
「グリードとの戦いのとき、レイが刀に炎を纏わせていたのを見たんだ」
ユージは自信満々に説明する。
「最初は魔法によるエンチャントかと思った。でも、あまりにも火力が出すぎてた。それに、あんなに自然に炎を扱ってたからな」
「確かに〜」
ルナも頷く。
「それなら、あれだけ炎を扱うのが上手いのも納得だね〜」
「確かにな」
アルスも同意する。
カナだけは、少し考え込んでいた。
「……」
レイが気づく。
「どうした?」
「いえ……ちょっと考え事です」
「そうか」
ユージが再びレイを見る。
「で、答えは?」
「教えるつもりはない」
「冷たい!」
「まぁ、能力を教えるのは弱点にもなるからな」
アルスがレイを庇う。
「確かに」
「むぅー」
ルナが頬を膨らませる。
「教えてくれてもいいじゃん!」
「俺は帰る」
レイは立ち上がる。
「じゃあ、また明日」
「じゃあなぁ」
「また明日です!」
レイは手を振り、教室を後にした。
⸻
寮へ向かう帰り道。
レイが一人で歩いていると――
「レイさん!」
後ろからカナの声が聞こえた。
振り返る。
カナが小走りで追いついてくる。
「寮まで一緒に行きましょう!」
「男子寮と女子寮、ちょっと離れてるだろ」
「大丈夫です!」
「そうか」
二人は並んで歩き始める。
しばらく沈黙が続いた。だが、気まずくはなかった
そして、カナが口を開いた。
「……レイさん」
「ん?」
「さっきの話なんですが」
「能力の話?」
「はい」
カナは少し考えながら言葉を選ぶ。
「レイさんが炎を操る能力だとしたら……以前、レイさんが私に言っていた『身体強化の能力』は何なんだろうと思いまして」
「そんなことも言ったな」
「はい」
カナは真剣な表情になる。
「レイさんが言っていたことが本当で、身体強化の能力だとしても……魔法によるエンチャントだけで、あんな火力を出すのは難しいはずなんです」
「……」
「しかも、あんな一瞬で」
レイは何も言わず、カナを見る。
「もしかして……」
カナは少し迷った。
「レイさんって、複数系能力者なんですか?」
「……」
レイは少し考える。
「正直、何とも言えない」
「え?」
「これが俺の答え」
「それって、どういう……」
「カナは頭めっちゃいいな」
「そ、そうですか?」
カナの顔が少し赤くなる。
レイは小さく笑った。
「これ以上詮索されるのも、ちょっと気が悪いしな」
「す、すみません……」
「いや」
レイは少しだけ考えてから続ける。
「カナなら信用できるから、話すか」
「……え?」
カナの足が止まりかける。
「私を……信用してくれてるんですか?」
「あぁ」
レイは普通に答えた。
「ユージたちよりもな」
「そ、それは……なんか照れますね」
カナは恥ずかしそうに笑う。
「じゃあ、今から話すことは誰にも言うなよ」
「はい!」
カナは真剣な顔で頷いた。
レイも周囲を確認する。
そして、静かに口を開いた。
「俺の中には、酒呑童子がいる」
「……え?」
カナが固まった。
レイはそのまま話を続ける。
自分が幼い頃から酒呑童子と契約していること。
身体強化や炎を操る力の一部が、酒呑童子によるものであること。
そして、自分自身にも別の能力があること。
カナは黙って話を聞いていた。
やがて、ようやく口を開く。
「つ、つまり……」
一つ一つ整理するように言葉を続ける。
「酒呑童子と契約していて、その力によって身体強化と炎を操ることができる。そして……レイさん自身の能力は別にあるということですか?」
「正解」
「れ、レイさん……凄すぎますよ」
「凄いのは酒呑童子だ」
レイは少し苦笑する。
「俺は酒呑童子がいなきゃ、一般人と同じだからな」
「そ、そんなことないですよ!」
カナはすぐに否定した。
「酒呑童子の力を使いこなしているのはレイさん自身じゃないですか!」
「……」
「それに……」
カナは少し考える。
「酒呑童子って、魔道具の国サーベルを蹂躙したって聞いたことがあります」
「あぁ。それはそう」
「……」
カナの顔が引きつる。
「そ、そんな大事なこと……私なんかに話して良かったんですか?」
「誰にも言うつもりはなかった」
レイはカナを見る。
「でも、カナは秘密を守るだろ?」
「そうですね!」
カナは胸を張った。
「誰にも言いません!」
「おう」
「絶対に言いません!」
「分かった分かった」
カナは少し安心したように笑った。
そして――
「……一つだけ、気になったことがあるのですが」
「何だ?」
「聞いてもいいですか?」
「おう」
カナは少しだけ迷った。
「身体強化と炎を操る力が酒呑童子のものだとして……」
そして、レイを見る。
「レイさん自身の能力って……」
「それは秘密」
「え?」
「これは親にも教えていない能力だからな」
「……」
カナは少し驚いた。
しかし、すぐに笑顔になる。
「でも……レイさんが三つの力を扱えるとは、本当に強いですね!」
「まぁな」
レイは笑った。
そのとき――
「何の話してるの、レイー?」
「……!」
聞き覚えのある声。
レイが振り向く。
そこにはソフィアが立っていた。
「お、おばさん……」
「ん?」
「一ヶ月後の大会についてだよ」
レイは目を逸らす。
「ほんとに〜?」
「ほ、ほんと」
「……」
ソフィアがじっとレイを見る。
そして――
「嘘ついてるねぇ」
「……」
レイは黙る。
カナも少し焦っている。
「ふ、副学園長がなぜここに……?」
「孫と話したいの!」
「……孫?」
ソフィアは満面の笑みを浮かべた。
「そうよぉ。レイは私の孫!」
「え!?」
カナの目が大きく見開かれる。
「えぇ!?」
「そんなに驚く?」
「だ、だって……!」
カナはレイを見る。
「レイさんって……副学園長の孫なんですか!?」
「そうだけど」
「初耳です!」
「言ってなかったからな」
「なんでですか!?」
「言う必要あるか?」
「……ないかもしれませんけど!」
ソフィアは楽しそうに二人を見る。
「カナさんでしょ? 知ってるわよぉ」
「え?」
「レイと何話してたの?」
「そ、それは……」
カナが困り、レイをキョロキョロ見て俯く
ソフィアがニヤニヤする。
「人に話せない話?」
「は、はい……」
「例えば――」
ソフィアがわざと間を置く。
「レイと酒呑童子が契約してたこととか?」
「え!?」
カナが驚く。
レイも固まった。
「うっ……」
「ばれた」
ソフィアはレイを見る。
「レイ〜。人に話したらダメって言ったでしょ〜」
「そ、そうだけど……」
「まぁ、カナちゃんの性格は知ってるから大丈夫ねぇ」
ソフィアはカナへ視線を向ける。
「この子は秘密を守れる子よ」
「……」
レイも頷く。
「おう」
「だねぇ」
カナは二人を交互に見る。
そして――
「……レイさんって、何者なんですか?」
「そうよねぇ〜」
ソフィアが楽しそうに笑う。
「酒呑童子と契約していて、魔法学園の学園長の孫なんて、凄いわよねぇ」
「すごすぎます!」
カナは思わず声を上げる。
レイは頭を抱えた。
「だから普通に接してくれ」
「はい!」
「おう」
ソフィアが笑う。
「これからもレイとよろしく頼むわね」
「こちらこそです!」
「またね、レイ。カナちゃん」
「また」
「副学園長、また!」
ソフィアは歩き出す。
少し進んだところで、振り返った。
「そうだ、カナちゃん」
「はい?」
「ソフィアでいいわよぉ」
「え?」
「孫のお友達なんだから」
「……!」
カナは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「はい! ソフィアさん!」
「うふふ。それじゃあ、またねぇ」
ソフィアはそのまま去っていった。
その背中を見送る。
「……なんか、疲れたな」
レイが呟く。
カナは笑った。
「でも、ソフィアさん優しい人ですね」
「まぁな」
レイは空を見上げる。
「じゃあ、カナもまた明日」
「はい!」
カナは笑顔で手を振った。
「また明日です、レイさん!」
レイも軽く手を振り返す。
「またな」
こうして二人は、それぞれの寮へ向かって歩き出した。




