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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】1・2巻「誕生編」  作者: セキユズル
第五章「これは、逃げじゃない。——“選択”だ」
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第五章② フランソワ

 フランソワは酒場の重い扉を押し開け、室内に足を踏み入れた。

 すると、空気が一変する。木造の梁や暖炉の赤い光が、普段なら和やかに映るはずの店内を、異様な緊張感で満たしていた。フランソワは視線を巡らせる。


 自分の傘下にある他船団の船長たちが、顔を硬くして一箇所に集まっていた。その傍らでは、フランソワの管轄外ながらも同じ私掠船団として海を駆ける連中が、互いの動向を睨み合っている。

 さらに目を上げれば、サン・マロの港で駐在しつつ裏では泥沼のような暗黙の関係を築いている海軍員たちも座している。いつも以上に険しい顔つきだ。


 フランソワの目は瞬時に、この場が単なる酒宴ではないことを告げていた。空気に含まれる微妙な緊張、声のトーン、椅子や机の配置が不自然に整えられている。


「……これは、事前の報告以上にややこしいことになりそうだな」


 フランソワの体は自然と戦闘態勢というわけではないが、あらゆる可能性に備える緊張を帯びていた。酒場の中央に視線を置くと各船長、海軍、傭兵らが小さな輪を作り、彼らの目は一斉にフランソワに向けられた。迎え入れるような笑みはない。歓迎でもなければ単なる偶然でもない。フランソワは息をつき、胸の奥で一瞬だけ覚悟を固める。


 この酒場は、今や別世界だ。裏切りと策略、利害と駆け引きの渦が渦巻く密室。フランソワはその中心に立った。まぎれもなく、ここからが本番だった。酒場の空気が張り詰めたまま、駐在する海軍員のひとりがゆっくりと立ち上がる。フランソワと視線がぶつかると、その口が冷たく開く。


「フランソワ、ずいぶん遠くへ出かけていたんだな。何をしていた?」


 フランソワは一瞬間を置き、椅子に腰掛けながら平然と答える。


「商取引についてだ。わざわざ俺から会いに行っていた」


 海軍員は軽く肩をすくめ、やや興味なさげに頷く。


「あ、そう。まあいい。全員揃ったところで、本題に入らせてもらう」


 彼の声に合わせて、酒場内の視線が一斉に海軍員に向いた。重々しい沈黙が漂う中、彼は静かに言葉を紡ぐ。


「お前たちは用済みだ」


 一瞬、室内がざわめく。傭兵も船長も、瞬間的に互いの顔を見交わす。そして、海軍員はゆっくりと口を開く。


「私掠免状は、今夜をもって無効となる」


 海軍員の一言を境に酒場の空気が裂けた。最初に椅子を蹴り飛ばしたのは、白髪混じりの私掠船長だった。


「はあ? 何を言いやがる!」


 怒声が飛び、すぐに他の船員たちも立ち上がる。


「ふざけんな!」

「おれたちを誰だと思ってやがる!」

「いままで王の名のもとに戦ってきたんだぞ!」


 怒号が渦巻き、拳が机を叩き、酒瓶が床に転がる。たった一枚の紙切れで、彼らの「国家公認の海賊」という立場が、音を立てて崩れていった。裏切りとも絶望ともつかぬ叫びが酒場を満たす中、海軍員は騒ぎに眉ひとつ動かさず、懐から一通の書簡を取り出した。上質な封蝋が淡い蝋燭の光を反射する。


「落ち着け。——これがすべてだ」


 海軍員は封を切り、はっきりとした声で読み上げた。


「フランス国王ルイ二十五世の御名のもとに告ぐ。この度、王国の方針転換により、すべての私掠免状を無効とする。以後、王国の旗を掲げての私掠行為は、国家反逆に準ずるものと見なされる」


 ざわめきが一層深まる。海軍員はさらに別の封書を取り出し、まるで判決を読み上げるように言った。


「同じく、海軍大元帥エリオット・ド・レオパード閣下による通達。『これをもって、フランス王国が発行した全私掠免状の効力を失効させる。各船団は直ちに寄港し、武装を解除せよ。従わぬ場合は、敵対行為と見なす』」


 その名が読み上げられた瞬間、酒場の空気が凍りついた。誰もがその名を知っている。


 王国最強の提督にして、英雄と呼ばれる男——エリオット・レオパード。


 怒号は次第に怒りから恐怖へと変わっていく。


「……レオパードが? 本気なのか……?」

「俺たちを切り捨てる気か、国は……!」


 木の床を踏み鳴らす足音、拳を握りしめる音。誰もが、信じていた秩序の終わりを肌で感じていた。フランソワはそんな中で一人、海軍員をじっと見据えていた。その瞳に宿るのは怒りでも困惑でもなく、冷たい決意の色だった。静まり返った酒場の中で、フランソワが口を開く。


「それで……仕事を失った俺たちに、どうしろと言うつもりだ?」


 フランソワの問いに海軍員は少しも悪びれず、むしろ面倒くさそうに肩をすくめた。


「簡単なことだ。——サン・マロの街をただちに明け渡せ。そして陸に上がり、陸での生活に順応しろ。“ただの船乗り”にでもなればいい」


 その言葉が放たれた瞬間、空気が弾けた。


「ただの……船乗り、だと?」


 誰かが震える声で繰り返す。次の瞬間、椅子の脚が軋み、机の上のランプが倒れ、再び怒号が渦を巻いた。


「冗談じゃねえッ!」

「オレたちが、あの地獄に戻れってのか!」

「三食どころか、一杯の水にもありつけず、鞭で打たれて死んでいった仲間を見ろってのか!」

「海で誇りを持って生きてきた俺たちに、“ただの船乗り”だと……?」


 叫び声、泣き声、笑いともつかぬ嗤いが入り混じる。酒瓶が投げつけられ、壁に当たって砕け散る。床には酒と血の臭いが混ざり合い、海賊たちの怒りはもう誰にも止められなかった。

 フランソワは何も言わなかった。握りしめた拳を見下ろしている。指先には血が滲んでいたが、彼は顔を上げなかった。


 ただの船乗り。その一言が、彼らにとってどれほどの侮辱で、どれほどの恐怖を呼び覚ますものか。海軍員には、それがまるで分かっていない。

 彼らにとって船乗りとは、名もなく、自由もなく、鞭と飢えに支配された地獄の象徴だった。

 そこから這い上がって、ようやく海賊として誇りを手にした彼らにそれを奪い、また沈めようというのか。


 怒号と罵声が渦を巻く酒場の中、狂気と絶望の濁流はもう誰にも止められないように思えた。椅子が蹴り飛ばされ、瓶が割れ、テーブルの上には拳と刃が並ぶ。誰かは頭を抱えてしゃがみ込み、誰かは笑いながら天井を見上げていた。もう仲間という意識すら失われかけている。


「もう終わりだ! 王も海軍も、俺たちを見捨てたんだ!」

「このまま陸に上がるくらいなら、今ここで血を流した方がマシだ!」


 怒りが一点に収束する瞬間、何人かが腰のカットラスを抜き、海軍員へと一歩踏み出した。その刃先にランプの炎が淡く反射するが、海軍員は一歩も退かず、鼻で笑った。


「おっと。今ここで俺を殺せば、お前たちの首には立派な縄がかかるぞ?」


 その一言で、空気が完全に弾けた。刃が振り上げられる瞬間、冷たい声が酒場の騒音を切り裂いた。


「やめろ」


 一瞬で全員が動きを止める。フランソワだった。彼は椅子にもたれかかったまま、動じることなくその光景を見据えていた。


「やめろと言った。……剣を下ろせ」


 命令ではなかったが、誰も逆らえなかった。フランソワの声、嵐のあとに残る海のように静かで——それゆえに恐ろしく、重かった。刃が次々と下ろされる音が、金属の鈍い響きとなって床に落ちる。誰もが己の震える手を見つめていた。フランソワはゆっくりと立ち上がり、海軍員を真正面から見据える。


「……続けろ」


 沈黙が重くのしかかる中、駐在海軍員は一歩前に出た。無数の視線を受け止めながら、彼は書簡を机の上に叩きつけ、淡々と告げる。


「七日間だ。お前たちに七日間の猶予を与える」


 ざわりと空気が揺れた。怒鳴り出す者、息を呑む者、ただ虚ろに海軍員を見上げる者。海軍員は声の調子を変えずに続けた。


「今後のことを、自分たちでよく考え、慎重に行動しろ。もし反逆の意思を見せたら、容赦はしない」


 酒場の奥で椅子が軋む音がした。七日間という長すぎる猶予。それが気遣いであることを、誰もが理解していた。かつて裏取引や密輸、血と金のやり取りで泥沼のような関係を築いてきた、この男なりの全く嬉しくない、薄っぺらな同情だった。海軍員はフランソワの方へ視線を移し、乾いた笑みを浮かべる。


「忘れるな。フランス国王は、恐ろしい御方だ。陛極端に善悪を峻別する。悪は排除し、善は守る。その理屈のもとに、全ての秩序を作ろうとしている」


 海軍員は吐き捨てるように続けた。


「おそらく国王は、民衆の支持を得るために悪を作り出したんだろう。その悪は他でもない。——お前たちだ」


 酒場の誰もが息を止めた。


「私掠免状を取り上げられた瞬間、お前たちはもう合法的な船乗りではない。明日からはただの略奪者、つまり犯罪者だ。自由を求める者が、悪として断罪される。それが今の王のやり方だ」


 言い終えると海軍員は深く息を吐き、机の上の紙を一瞥した。フランソワはほんの囁きにも満たない声で言った。


「……自由を悪とするのか」


 駐在の海軍士官は鼻で嗤った。馬鹿にしたように、ゆっくりと言葉を返す。


「自由? はは……そんなもの、最初から存在しないよ。お前たちは国王陛下と、フランス海軍の下で首輪を付けられた飼い犬に過ぎなかったんだ」


 その声には冷たさと軽蔑が混ざっていた。海軍員の目は場内をゆっくりと泳ぎ、酒場に居合わせた一人一人を品定めするように見渡す。反論の口火を切ろうとする者がいたが、海軍士官は続けた。


「首輪を付けられていたのに、なにが自由だ。好き勝手に跳ね回っていたのはただの錯覚だ。国が許していた、それだけだ」


 言葉は重く、鋭かった。酒場の中の男たちの頬にざわりとした寒気が走る。誰も反論できない。拳を握りしめる者、俯いてしまう者、茫然と天井を見上げる者——様々な反応が同時に起きた。海軍士官は肩をすくめると、身を翻して扉の方へ向き直った。冷たい声音のまま、吐き捨てるように言う。


「俺は街を出る。せいぜい、好きに足掻けばいいさ。だが覚えておけ。所詮お前たちに最初から道なんてなかったんだよ」


 そう言い捨てると、海軍員は酒場を後にした。彼の足音が夜の路地へ消えると、その場に残されたのは生温い沈黙と、胸の奥に伏せた怒りと恐怖だけだった。フランソワはゆっくりと顔を上げる。眼差しは澱んでいるが、声は静かだった。


「……自由を、悪だと言った」


 吐かれた言葉は誰の耳にも届いたが、答えはどこにもない。椅子が軋む音だけが虚しく響き、やがてそれぞれが無言のまま立ち上がる。酒場を出たあとも、誰一人として言葉を発する者はいなかった。海賊たちは重い空気と悔しさを背負ったまま、それぞれの船へと戻っていく。夜の潮風は冷たく、街の灯が遠のくたびに、胸の奥に沈む鉛のような思いだけが残った。


 フランソワは人気のない埠頭を歩いていた。波止場の端には、彼の本艦〈リュシアン号〉と、傘下にある二隻の船影が並んでいる。艦首の灯火が夜気の中にぼんやりと揺れ、海面にはゆらめく金の線がいくつも伸びていた。桟橋に足をかけると古びた板が軋む。その音がまるで彼自身の心の軋みのように響いた。フランソワが甲板に上がると、見張りをしていた若い部下がすぐに気づき、帽子を取って敬礼した。


「船長、お帰りなさい!」

「ああ……」


 フランソワは短い返事だけを返すと、次々と顔を見せる部下たちに軽く頷きながら歩を進める。彼らの顔に浮かぶ安心の色が痛いほど眩しく見えた。仲間を守るために立ち上がったはずの自分が、今はただ空虚な影のように感じられる。


 灯火が揺れる甲板を抜け、フランソワは静かに船長室の扉を開いた。中は薄暗く、机の上には書きかけの航海記録と、まだ乾かぬインクの染みが残っている。扉を閉めると、船の軋みと波の音だけが沈黙の中で微かに響いた。彼は外套を椅子に掛け、灯りを灯すと重い息を吐き出した。あの酒場で吐かれた言葉が、まだ胸の奥で燻っている。


 ——首輪を付けられていたのに、なにが自由だ。


 思い出すたび拳が震えたが、怒りの先に何を掴むべきなのか、今の彼にはまだ分からなかった。


 やがて、扉がノックされてルキフェルの声が扉の向こうから飛んできた。ルキフェルのノックは控えめだったが、船長室の沈んだ空気を切り裂くには充分だった。扉が開くと、やつれた顔つきのルキフェルが入ってきて、いつものぶっきらぼうさでフランソワに声をかけた。


「フランソワ、やっと帰ったか」


 フランソワは椅子の背にもたれたまま頷く。ルキフェルはため息ひとつ吐いてから、表情を引き締めて言葉を続けた。


「ニールのことなんだけど、航海士はどうかな。あいつ、博識だし賢い。二等航海士のジェラルドのもとで知識と経験を積ませれば、誰かが船を降りても即戦力になるはず。どうだろう? ニールは了承してるけど」


 ルキフェルの声は抑えられているが、期待が含まれていた。新しく仲間に加わった者の才能を糧にしようという、クォーターマスターらしい実務的な判断だ。フランソワはゆっくりと立ち上がり、ルキフェルの目をまっすぐに見据える。表情には疲労と重みが滲んでいた。


「ルキフェル、聞いてくれ」


 フランソワの声に、ルキフェルは一瞬だけ胸騒ぎを覚えたが、問いを差し挟む前にフランソワは砕けたように言い放った。


「……私掠免状を剥奪された」


 ルキフェルの笑みが凍りついたように固まる。言葉が耳に届いてから、身体がゆっくりと反応した。


「は……何だって?」


 ルキフェルの声が震える。そこから先の言葉を紡ごうとすると、フランソワが続けた。


「さっき、サン・マロの駐在海軍が通告していった。国王の方針転換だそうだ。『今を以て私掠免状は無効』──だと。七日の猶予はあるが、その後は……俺たちは、法の眼では単なるならず者になる」


 ルキフェルの胸に重たい何かが落ちる。目の前が遠くなるような感覚。ニールのことを口にした直後のこの告知は、刃となって突き刺さった。


「……どうして、今それを言うんだ?」


 ルキフェルは必死に平静を装おうとするが、声には怒りと狼狽が混じっていた。フランソワは首を振った。


「お前がニールを引き入れた判断は間違ってないが、状況が変わった。もし俺たちがこの港にとどまれば、追い詰められるのは時間の問題だ。七日の猶予。その間に、船と乗組員の処遇を決める。選択肢は限られている。逃げるか、隠れるか、それとも戦うかだ」


 ルキフェルは言葉を失い、床を見つめる。


「七日……」


 仲間たちの顔が次々と浮かぶ。クォーターマスターとしての責務が血のように重くのしかかる。フランソワは椅子から立ち上がり、ルキフェルの肩に重々しく手を置いた。


「落ち着け。慌てて動けば足をすくわれる。だが時間はない。夜明けとともに、動き出そう」


 ルキフェルはゆっくりと顔を上げ、フランソワの手を見返した。


「分かった。やることを整理しよう。ニールには……絶対に負担をかけさせたくないが、あいつが戦力になるなら活かす。だが、誰も見捨てない」


 ルキフェルはしばらく沈黙していた。船長室の窓の外では、波が桟橋に打ちつける音だけが響いている。灯りの落ちた甲板からは、わずかに人の声がする。けれどこの狭い室内だけは、まるで世界から切り離されたように静まり返っていた。その中で、ルキフェルは口を開いた。


「……それでも、苦しいな。悔しい。悔しすぎる。こんなに、あっさり用済みにされるなんて」


 フランソワは何も言わない。ただ、机の上に置いた拳を固く握りしめる。


「七年だぞ」


 ルキフェルの声が震えた。


「七年もこの国に尽くして、命懸けで戦って、仲間を失って、それでもフランスの旗のもとで戦った。それがこんな形で終わるのかよ。俺たちは……所詮、ただの駒だったのか?」


 ルキフェルの言葉は怒りというよりも、哀しみに近かった。長い航海で焼けた彼の手が、机の縁を掴んで離さない。


「国の方針って……なんだよ」


 ルキフェルが絞り出すように問うと、フランソワはゆっくりと目を伏せた。


「国王陛下にとって、俺たちは悪の権化だそうだ。」


 ルキフェルは息を呑む。


「悪の……権化……?」

「民衆に善悪を示すための象徴だ。国を新しくするための犠牲」


 フランソワの目に宿る怒りは炎というより、灰の奥でまだ燻る火のようだった。ルキフェルは拳を握り、天井を睨みつける。


「……あぁ、そうか。自由を掲げた俺たちが、悪か」


 その言葉は誰にも届かぬ空に溶けるように消えていった。ルキフェルはしばらく何も言えなかった。灯火がわずかに揺らぎ、その影が彼の横顔を淡く照らす。


「……フランソワ。これからは誰を……何を信じればいいんだろう」


 フランソワは椅子の背にもたれ、しばし黙考する。


「——今、この船に集まっている同志たちだ」


 ルキフェルが顔を上げると、フランソワの視線はまっすぐ前を向いていた。


「国に裏切られたなら、同じように陸の世界に裏切られて、逃げてきた者たちと手を取り合おう。俺たちの自由は、彼らと共にある」


 一瞬だけ、希望の灯が揺れるような静寂があったが、フランソワはすぐに目を伏せる。


「……また裏切りを経験する奴らにとっては酷だな」



 その声音には、彼自身の傷と後悔がにじんでいた。フランソワはルキフェルを見つめて口を開いた。


「今夜、伝えられたことは……明日の朝、俺の口からみんなの前で言う」


 ルキフェルが何か言いかけたが、フランソワはそれを静かに制した。


「ルキフェル、苦しいかもしれんが……今夜はもう休め」


 フランソワの言葉は命令ではなく、仲間への気遣いとして響いた。ルキフェルは息を吐き、そして無言のまま頷く。夜風が〈リュシアン号〉の帆をわずかに鳴らしている。

 嵐の前の静けさのようにひどく脆く、どこか悲しい音だった。

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