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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】1・2巻「誕生編」  作者: セキユズル
第四章「俺たちも、海で生き直した奴らだ」
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第四章⑦ 五人組海賊、誕生

 港の入江では、エドガー海賊団の連中が再び出航準備に戻っている。帆を整え、ロープを巻き、船体に点検の声が飛び交う中、ルキフェルはひっそりと立ち尽くしていた。そんな彼の隣にフランソワが歩み寄り、何も言わずに肩を並べて立つ。風が二人の間を通り抜け、まだ海に漂う血の匂いを運んできた。ルキフェルは遠くを見つめ、カットラスを軽く握りながら呟く。


「……なぜ俺を戦場に立たせてくれなかったか、今なら分かる」


 ルキフェルは手元の剣についた血をやや乱暴に振り払った。雨のように飛び散る赤に目を向けながら、ルキフェルの声が震える。


「守るために、あんだけ人を殺したのに、なんでこんなに虚しいんだろう……」


 フランソワはため息交じりに応えた。


「お前にだけはその想いをさせたくなかった」


 ルキフェルはわずかに震える声で呟いた。


「俺にだけは……?」


 フランソワは彼の横顔を見つめ、ルキフェルはフランソワに顔を向けて問いかける。


「なら、ジャスパーは? マテオは? それに、ニールもだ。あいつらだって人を殺した。なぜ俺だけはダメなんだ……」


 フランソワは少し間を置き、沈痛な口調で答える。


「ルキフェル。俺と、リュウの意志だ」


 ルキフェルの瞳が僅かに揺れるのを、フランソワは見逃さない。彼は続けて言葉を重ねる。


「お前が強くなりたいと言ったからだ。こんなことのために、俺とリュウは力を授けたわけじゃない」


 ルキフェルは肩をわずかにすくめ、荒い息を吐きながら反論する。


「こんなこと? 仲間を守るために、こんなこと……?」


 ルキフェルの声は次第に力を帯びる。目の奥には熱が灯り、握りしめた手のカットラスがわずかに震えた。


「フランソワ……俺は、誰かを守りたくて力が欲しかった」


 フランソワは彼の表情を見据えて告げる。


「だからと言って、多くの命を奪う理由にはならない」


 フランソワは言葉を探すが、ルキフェルの揺るぎない意思に押された。ルキフェルの視線は港の混乱した遠景ではなく、自らの仲間たち——ジャスパー、マテオ、コリン、ニール——を思い描く。


「それでも……俺は仲間を守りたい。仲間を守るために戦ったんだ。俺にも戦わせてくれ」


 フランソワは深く息を吐いた。ルキフェルの声に込められた決意は、すでにただの青年ではない。戦場をくぐり抜け、命の重みを知った彼の「守る」という意思は、恐ろしいまでの強さを帯びていた。港の喧騒の向こうで、仲間たちはまだ戦いの余韻の中にいる。その中でルキフェルは、守るためならどんな危うさも抱え込む。そんな危険な存在として、誇り高く立っていた。フランソワはルキフェルの肩にそっと手を置いた。


「仲間を守る方法は、剣だけじゃない」


 ルキフェルはわずかに目を伏せたまま息を整え、フランソワは続ける。


「忘れるな。お前は今日、多くの命を奪った。その重さと罪を、これからも忘れるな」

ルキフェルは黙って頷き、手元のカットラスを握り直す。剣に残る血の感触を指先で感じながら、その重さを噛み締めた。そして、深く息をつくと彼は帆船の甲板へと向かった。


 陽光に照らされる海風が髪を揺らし、仲間たちの姿が視界に入る。甲板の中央まで歩みを進めると、仲間たちの視線が一斉に集まった。ジャスパーはまだ少し息を整えながら剣を握り直し、マテオは義手の腕で短銃を確認する。ニールは冷静な目で周囲を見回していたが、どこか微かな安堵を滲ませている。ルキフェルは深く息を吸い込んだ時、甲板の端から小さな足音が近づく。


「ルキフェル!」


 ルキフェルが振り返ると、コリンが駆けてきた。息を切らしながら彼の隣に立つ。


「無事だな、コリン」


 ルキフェルが笑みを浮かべて言うと、コリンも少し照れくさそうに頷いた。

 

 五人組——ルキフェル、ジャスパー、マテオ、コリン、そしてニール——が甲板上に揃った。


 ルキフェルは自分の血まみれの外套をチラリと見下ろし、眉をひそめながらコリンに向かって言った。


「……子どもには刺激が強いぞ」


 コリンは一瞬目を細めてルキフェルを見上げると、少し斜に構えた表情で答えた。


「そんなの承知の上だし。だからここにいるんじゃん」


 ルキフェルは思わず吹き出しそうになったが、すぐ顔を引き締めた。ジャスパーは手元の汚れた剣を帆布で拭きながら、少し口元を緩めてニールに尋ねた。


「そういや、名前を聞いてなかった。なんて言うんだい?」


 ニールは微笑み、落ち着いた口調で答える。


「ニール・セイルハート。ニールって呼んで」


 マテオは甲板の端で肩をすくめながら言った。


「さっきの戦いぶり、なかなかだったぞ。お前、手練れだな」


 ニールは一瞬目を見開き、苦々しい表情を浮かべながら返す。


「それはどうも……」


 ジャスパーはニールの反応に小さく吹き出し、マテオも微かに笑いを漏らす。ルキフェルは彼らの様子を冷静に観察しながらも、どこか安心したように肩の力を抜いた。コリンは甲板の端でちょこんと足を組みながら、自慢げに言った。


「ぼく、コリン。昨日、初めて船に乗ったんだ」


 ニールは目を丸くし、微笑みながら言った。


「こんな小さい子も乗るんだね」


 コリンはぷいっと不貞腐れて、腕を組み直す。彼の様子を横目で見ながら、マテオがゆったりとした口調で言った。


「オレはマテオ。喋る時はカスティーリャ語で」


 マテオは呆れたように付け加える。


「にしても、オレの周りは賢い奴しかいないのかよ。まあ、心強いけど」


 ジャスパーもニールに向かって自己紹介する。


「おれはジャスパーってんだ。ルキフェルとフランソワとは長い付き合いだよ」


 マテオはニールをじっと見つめ、少し眉をひそめて言った。


「それにしてもお前、頭はいいのに顔が無理してるな」


 ニールは一瞬驚いた表情を見せた後、爽やかな笑顔を浮かべて答えた。


「笑顔は武器だよ。君は正面からぶつかることしか知らないみたい」


 ジャスパーは肩を揺らして笑いながら、ぽつりと呟いた。


「それだよ、それ。その爽やかさの裏にある腹黒さ」

 

 ルキフェルはくすりと笑みを浮かべながらもニールに視線を向けた。


「なるほど。お前の笑顔の裏、少しは見えた気がする」


 ニールは軽く肩をすくめ、さらに爽やかに笑った。


「まあ、笑顔は得意だからね」


 ルキフェルは顔を真剣にして核心を突くように訊ねる。


「ニール。本当の名前はなんて言うんだ?」


 ニールは一瞬だけ目を伏せて言った。


「そんなもの、もう海に流したよ」


 彼の青い目にほんの一瞬だけ苦しみと切なさが覗いた。ニールは真剣な表情でルキフェルを見つめて口を開いた。


「失礼、君は?」

 

 ジャスパーは顔をしかめ、手を振りながらからかうように言う。


「あ、また自分で名乗るの忘れてるー」


 ルキフェルはジャスパーの言葉を無視して落ち着いた声で答えた。


「ルキフェルだ」


 ニールの瞳が一瞬見開かれる。


「ルキフェル……それは、凄い名前だなぁ」


 コリンが小さな声で興味津々に訊ねる。


「あ。ニールも、もしかして分かる人?」


 ニールは眉をひそめ、少し考え込むように答えた。


「うん……らしいような、らしくないような」

 

 ジャスパーは不満そうに腕を組み、軽く首を傾げる。


「なんだぁ? ルキフェルって名前、変な響きではあるけど、そんなにビビることか?」


 ニールはふっと笑みを浮かべ、落ち着いた声で解説を始めた。


「ルキフェルっていう名は、神学的には堕天使の一人として知られている。光を運ぶ存在でありながら、その高慢ゆえに堕ちた。つまり、かつては神に近しい存在だったけれど、自らの意思で道を外れた者の象徴なんだ」


 ルキフェルの視線が少し鋭くなるも、ニールはそのまま見据える。


「語源的には、ラテン語の luxと ferreから来ていて、光を運ぶ者という意味になる。だから、名前だけで背負う意味が深い。信仰や神学の文脈だけでなく、言語学的にもその響きには重みがある」

コリンは驚いた顔でニールを見上げ、囁くように言った。


「……ニール、すごい知識だね」


 ニールは肩をすくめて付け加えた。


「歴史や神学、言語の知識は役立つんだ。名前ひとつにも、背景や意味がある。それを理解しておくことは大事なこと」


 ルキフェルは一瞬、言葉を飲み込むように口を閉じた。その時、甲板上に堂々と現れたエドガー・ロジャースが海風にたなびく赤いマントを翻しながら、力強い声で宣言した。


「今、この瞬間から我々は国家のためではなく、自らの自由を掲げる海賊となる! 誰の支配も受けず、己の信念に従い、海を行くのだ!」


 五隻の船団は入江を静かに抜け出し始めた。潮の香りとともに帆は膨らみ、船底が波を切る音が甲板に響く。仲間たちの歓声、潮風に舞う旗、そして海上に広がる太陽の光。

 自由を象徴するすべてが船団を包んでいた。入江に残した拠点の屋根や桟橋が徐々に遠ざかり、五隻の船は次第にイングランドの沿岸を後にする。

 ルキフェルたち五人は甲板に立ち、風に吹かれながら新たな航海の始まりを胸に刻んだ。その時、フランソワが静かに五人のもとに歩み寄る。


「この船は直ちにガーンジー島に寄るそうだ。その後はフェルナンドが小舟を用意して、俺たちはサン・マロに帰還する」


 ルキフェルはフランソワの言葉に頷き、マテオ、ジャスパー、ニール、コリンも同じように目を輝かせて航路を見つめた。


 新たな自由、新たな絆、新たな戦い。

 全てが、今ここから始まろうとしていた。

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