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報復の航路【第二作 ルー・ブレス】1・2巻「誕生編」  作者: セキユズル
第四章「明けの明星……夜明け前の暗闇に先んじて現れ、闇を照らす」
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第四章③ ???

 夜の穏やかなさざ波を子守唄に、俺はハンモックに身を沈めていた。


 さっきまで甲板の上が少し騒がしかった気もするが、知ったこっちゃない。

寝られるときに寝る、これが下っ端の処世術ってやつだ。——と、足の裏にいきなりバシッという衝撃。思わず蹴り返そうかと思ったが、構わず無視した。


「おい、起きろ」


 荒っぽい声とともに肩を揺さぶられる。舌打ち混じりに目を開ければ、見慣れた木の天井と、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、先輩乗組員の顔。湿った夜気と油の匂いが漂い、船体の軋む音が耳に刺さる。

 ……寝たいのに、こういうときに限って起こされるんだ。


「……なんすか、こんな夜更けに」


 寝起きの声でそう言うと、先輩はつまらなそうに鼻を鳴らし、「仕事だ。お前には掃除をしてもらう」と告げてきやがった。

 ……はあ? こんな時間に? 馬鹿じゃねえの。


「明日やっとくよ」


 わざと気怠そうに言ってやった。


 ゴッ!


 拳骨が俺の頭に炸裂した。ハンモックごとガタンと揺れて、頭蓋が割れんばかりに痛え!


「いってえなああ! 何すんだよ!」

「口答えすんな、小僧!」


 先輩の怒鳴り声が船底に響いた。頭を殴られた痛みがじんじん響く。……けどそれ以上に、鼻を刺すような匂いに俺は思わず眉をしかめた。

 鉄を舐めたような、生ぬるい血の臭い。魚や海水の生臭さとは明らかに違う、人の血の匂いが、夜風に混じって船内まで染み込んでいた。眠気も文句も吹き飛ばすほどに生臭い。


「なんすかこれ、ひでぇ臭いっすね」


 思わず吐き出した言葉に、先輩乗組員は口端を吊り上げて見下ろす。


「まあ、そのうちわかるさ」


 わざと含みを持たせるような声音に、胸の奥がざらついた。悪態をつきそうになったが、堪えてやった。俺はハンモックから飛び降り、壁際のバケツとブラシを手に取る。


「事態は思ったより深刻なんだ」


 俺の背中に、先輩の声が追いすがった。


 「夜明け前には終わらせろよ。——フランソワ」


 今度の声音は笑いも皮肉もなく、底冷えするほど真剣だった。船体の軋みと同じくらい重たい響きが残る。

 甲板に出る前、ふと目をやった壁際。そこには釘で留められた鏡の破片があった。

 欠けた破片に映る顔は、灯りに揺れてわずかに歪んでいた。

 茶色の髪は潮に晒されてぼさつき、顎の線はまだ細い。悪ガキめいた鋭い目は夜の海と似た冷たさを宿しながらも、その奥底に消えかけの火のような熱を隠していた。

 それは情けない、十八になる雑用係の顔か。


 それとも——まだ誰も知らぬ未来の「大海賊」の片鱗か。


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