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第8話 ~哲人side~ 最初のアルビノ

 それは小学五年の春だった。


 僕と学人は、おじちゃんの家へ遊びに来ていた。


 父の兄だった。


 けれど本人は「伯父」と呼ばれるのを嫌った。


 「おじちゃんでいい」


 会うたびにそう言った。


 おばちゃんも同じだった。


 二人には子どもがいなかった。


 だからなのか、僕たち兄弟を妙に可愛がった。


 おじちゃんの住む団地は古かった。


 同じ形の建物が並び、ベランダには洗濯物が揺れている。


 どの部屋にも人が住んでいて、


 どの窓にも生活があった。


 僕はその感じが好きだった。


 狭いリビング。


 擦り切れたソファ。


 冷蔵庫に貼られた買い物メモ。


 僕の家にはないものばかりだった。


 「どっちか、うちの子になるか?」


 缶ビールを持ったおじちゃんが笑う。


 「哲人か学人が来たら、団地中がお祭りだぞ」


 父も笑った。


 家ではあまり見ない顔だった。


 母だけは笑わなかった。


 けれどおじちゃんは気にしなかった。


 そういう人だった。


 しばらくして、僕たちは近所の公園へ出た。


 小さな公園だった。


 ブランコとシーソー。


 それからベンチ。


 春の風が吹いていた。


 その頃、僕たちはスケートボードに夢中だった。


 僕はもう乗れていた。


 学人はまだだった。


 「もっとこう、グイッて」


 「グイッて?」


 「だからグイッて」


 自分でも説明になっていないと思った。


 学人は困ったように笑った。


 それでも何度も挑戦した。


 転ぶ。


 立ち上がる。


 また転ぶ。


 膝を擦りむいても続ける。


 夕方になっても乗れなかった。


 それでも諦めなかった。


 僕は、そういうところが好きだった。


 ベンチへ座り、スポーツドリンクを飲む。


 風が気持ちよかった。


 しばらくして学人が僕を呼んだ。


 「見て」


 足元だった。


 一匹のダンゴムシがいた。


 白かった。


 灰色ではなく、


 白だった。


 学人の目が輝く。


 「アルピノだ」


 「アルピノ?」


 「ホワイトタイガーとかいるじゃん」


 学人はしゃがみ込んだ。


 嬉しそうだった。


 「かっこいいんだよ」


 そう言って両手を広げる。


 まるで自分まで特別な生き物になったみたいに。


 僕は笑った。


 学人も笑った。


 春の風が吹いていた。


 そのときだった。


 学人が黙った。


 白いダンゴムシを見つめる。


 少しだけ眉をひそめる。


 それから言った。


 「でも」


 小さな声だった。


 何でもないことを言うみたいに。


 「気持ち悪いね」


 次の瞬間だった。


 足が下りる。


 ぷつり。


 小さな音がした。


 白い殻が潰れた。


 学人は何も言わなかった。


 僕も何も言わなかった。


 潰れたダンゴムシの脚だけが動いていた。


 細く。


 頼りなく。


 まだ生きているみたいに。


 春の風が吹いた。


 ブランコが軋む。


 遠くで子どもの声がした。


 僕はそれを見ていた。


 ただ見ていた。


 胸の奥で何かが引っかかった気がした。


 けれど、その感覚はすぐに消えた。


 潰れた殻。


 動き続ける脚。


 夕暮れの光。


 僕はそれを見ていた。


 そして、自分でも驚くほど何も感じていなかった。

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