第5話 ~哲人side~ その声のあとで
「私、アルビノなんです」
彼女はそう言った。
まるで、
「今日は晴れてますね」
とでも言うみたいに。
何かを告白する声ではなかった。
ただ事実を置いていく声だった。
そのあと、僕は何を話したのか覚えていない。
始業式が終わり、教室を出て、階段を降りて、バスに乗った。
気づけば帰り道だった。
車窓の外を景色が流れていく。
住宅街。
ドラッグストア。
信号待ちの自転車。
見慣れたものばかりだった。
なのに、どこか遠かった。
午後の光だけがやけに白く見えた。
家へ帰る。
母が何か話しかけてきた。
僕は適当に返事をした。
階段を上がる。
部屋へ入る。
鞄を床へ落とす。
そのまま机へ向かった。
パソコンを開く。
画面が光る。
検索窓が現れる。
カーソルが点滅している。
しばらく見ていた。
何を入力するか決まっているのに、一度だけ躊躇した。
それから打ち込む。
アルビノ。
変換する必要もなかった。
今日だけで何度頭の中に浮かんだかわからない言葉だった。
検索する。
白い画面が切り替わる。
その瞬間、少しだけ後ろめたさを感じた。
勝手に人の日記を開いてしまうような感覚だった。
記事を読む。
次を開く。
また読む。
さらに別の記事を読む。
時間の感覚がなくなった。
気づけば窓の外の日差しが傾いている。
額から流れた汗が机へ落ちた。
それでも席を立たなかった。
アルビノ。
色素欠乏。
視覚障害。
紫外線。
遺伝。
差別。
迫害。
迷信。
神聖視。
希少性。
無数の言葉が並んでいた。
どの記事も親切だった。
どの記事もわかりやすかった。
だからこそ不思議だった。
読めば読むほど、彼女が遠ざかっていく。
記事の中のアルビノと、
教室で振り返った彼女が、
どうしても結びつかなかった。
父はよく言っていた。
ひとつの情報だけを信じるな、と。
だから僕はいくつも読んだ。
海外の記事も読んだ。
当事者の文章も読んだ。
研究論文まで開いた。
それでも足りなかった。
凶兆。
美しい。
醜い。
画面の中には様々な言葉があった。
けれど教室にはなかった。
あったのは、
「そこ、私の席です」
という声だった。
そして、
「私、アルビノなんです」
という声だった。
それだけだった。
夕方になってようやくパソコンを閉じた。
部屋は薄暗くなっていた。
窓の外では鳥の声がしている。
僕は椅子にもたれ、天井を見上げた。
結局、何もわからなかった。
アルビノについては朝より詳しくなった。
けれど彼女については、ほとんど何も知らないままだった。
なのに。
何も知らなかった朝よりも、ずっと彼女のことを考えていた。




