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第3話 ~哲人side~ そこ、私の席です

 僕がこれから通う通信制高校は、最寄り駅から電車で三十分、さらにバスで五分ほど揺られた場所にあった。


 始業式は午前十一時。


 その時間なら、以前の学校の生徒たちと顔を合わせることはない。


 それでも僕は急行には乗らなかった。


 各駅停車を選んだ。


 急ぐ理由がなかった。


 窓の外では春の日差しを浴びた住宅街がゆっくり流れていく。


 何度か急行列車に追い抜かれた。


 銀色の車体が一瞬だけ視界を横切り、すぐに遠ざかる。


 そのたび、なぜか目を逸らした。


 通信制高校は駅前の雑居ビルに入っていた。


 一階は中華料理屋だった。


 まだ開店前なのに、油と調味料の匂いが階段に染みついている。


 二階はカラオケ店。


 色褪せたポスターが壁から半分剥がれていた。


 三階は学習塾らしい。


 そして四階が学校だった。


 学校。


 そう呼ぶには少し頼りない気がした。


 学校のホームページには、受付だった場所は「開かれた職員室」となっている。


 会議室だったのだろう部屋が「教室」になっていた。


 壁紙の継ぎ目だけが、以前ここに別の時間が流れていたことを覚えている。


 始業式は教室で行われるらしかった。


 体育館がないからだという。


 僕は開始直前を狙って教室へ入った。


 誰とも話したくなかった。


 誰にも見られたくなかった。


 席は名前順だった。


 いつものように、一番前へ腰を下ろす。


 教室にはすでに人間関係ができあがっていた。


 笑い声。


 雑談。


 名前で呼び合う声。


 どこへ行っても同じだと思った。


 僕は机に突っ伏した。


 すると肩を軽く叩かれた。


 「そこ、私の席です」


 静かな声だった。


 顔を上げる。


 最初、何を見ているのかわからなかった。


 窓際に立つその人は、春の光の中で輪郭だけが浮いているように見えた。


 白かった。


 肌も。


 髪も。


 睫毛も。


 あまりにも白くて、一瞬だけ背景へ溶けかけているようだった。


 僕は慌てて立ち上がる。


 「あ、すみません」


 「大丈夫です」


 彼女はそう言って席へ座った。


 髪が肩のあたりで揺れた。


 白というより、色が抜け落ちたあとに残った何かだった。


 気づけば僕はその後ろ姿を見ていた。


 珍しかったからかもしれない。


 それとも、久しぶりに何かへ興味を持ったからかもしれない。


 彼女は不意に振り返った。


 目が合う。


 淡い瞳だった。


 ガラスの奥へ薄い緑を流し込んだような色。


 僕を見て、彼女は少しだけ首を傾げた。


 それから笑った。


 初対面の相手へ向けるには妙に自然な笑みだった。


 「見慣れないですよね」


 僕は返事ができなかった。


 彼女は気にした様子もなく続けた。


 「私、アルビノなんです」


 まるで、


 「今日は晴れてますね」


 とでも言うみたいに。

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