第2話 ~哲人side~ 吸えなくなったスポンジ
僕は、『できる子ども』だった。
思春期特有の、『根拠のない無敵感』ではない。
もっと実務的で、もっと始末の悪い意味で。
少なくとも周囲はそう信じていたし、僕自身も疑わなかった。
僕は、近隣では名の知られた私立の中高一貫校に通っていた。
毎年のように難関大学への合格者を出す学校だった。
失敗する生徒のほうが珍しい。
教師たちは半分冗談みたいにそう言っていた。
中等部までの僕は、たいていのことを人より早く覚えられた。
一度説明を聞けば、頭の中で勝手に整理された。
勉強も、スポーツも、人付き合いも。
努力というものを、僕はあまり知らなかった。
乾いたスポンジみたいだった。
知識も、技術も、言葉も、深く考えなくても吸い込めた。
けれど、そのスポンジは、ある時から水を吸わなくなった。
高等部一年の春だった。
最初は些細な違和感だった。
解けるはずの問題に手が止まる。
英文を読んでも意味が滑っていく。
昨日まで見えていた数式の構造が、急に輪郭を失う。
寝不足かと思った。
疲れているだけだと思った。
だが、違った。
何も入ってこなかった。
焦るほど、頭の奥が硬く閉じていく。
それまで自然にできていたことが、一つずつ壊れていった。
やがて僕のスポンジは、水を吸わないだけでは済まなくなった。
内側に溜まっていた水が、腐り始めた。
腐った水は静かに広がっていった。
音もなく、けれど確実に。
最初に異変へ気づいたのは父だった。
父は大学教授だった。
専門分野ではそれなりに名前が知られていて、たまにテレビにも出ていた。
人間は環境によって設計できる。
父は、かなり本気でそう信じている人だった。
僕の周囲には、いつも「優秀な大人」がいた。
研究者。
経営者。
海外から来た学者。
父はそういう人間を家へ呼び、僕に会わせた。
当時は、自分は恵まれているのだと思っていた。
けれど今ならわかる。
あれは多様性なんかじゃなかった。
父が「僕に有益だ」と判断した人間だけが、丁寧に配置されていたのだ。
父は僕に英語を学ばせた。
最初は自然だった。
海外の研究者の家族と交流するうち、少しずつ英語が生活へ入り込んできた。
だが、それだけでは足りなかった。
週に二回来ていたハウスキーパーが、フィリピン人の女性へ変わった。
彼女はよく笑う人だった。
僕と話す時は英語だけ。
それが家のルールになった。
だから僕は、日常会話程度なら英語を話せる。
けれど今の僕は、新しい単語を覚えられない。
言葉が、自分の中へ沈んでいかない。
スポンジが腐ると、周囲はその臭いに気づく。
最初、家族は心配していた。
父は参考書を増やした。
有名塾の講師を呼んだ。
大学の同僚に家庭教師まで頼んだ。
「誰にでも壁にぶつかる時期はある」
最初、父はそう言った。
次に叱咤した。
父は自ら勉強を教えた。
朝はランニングへ連れ出した。
大学時代、ラガーマンだった頃の話を何度もした。
次に、疑った。
脳の異常かもしれない。
精神の病気かもしれない。
父は僕を病院へ連れて行った。
カウンセリングも受けさせた。
だが、何も変わらなかった。
期待が裏切られるたび、父は怒った。
父が初めて僕を殴ったのは、高校一年の夏だった。
大きな音だった。
それまで父に怒鳴られたことすらなかった僕は、先に頬の痛みより音を覚えた。
父は、失敗を許せない人ではなかった。
ただ、「理解できない失敗」を受け入れられない人だった。
なぜ突然できなくなったのか。
なぜ壊れたのか。
父にとって僕は、自分の教育論の証明だった。
だから僕の崩壊は、そのまま父自身の敗北だった。
母は、静かに僕を見なくなった。
壊れた置物を、視界の端へ追いやるみたいに。
弟は露骨だった。
兄としてではなく、家族を狂わせた異物を見る目をした。
それだけは妙に純粋だった。
もちろん、僕も抗った。
生まれて初めて、本気で勉強した。
深夜まで机に向かった。
理解できない問題に、必死にしがみついた。
それでも駄目だった。
昨日覚えたはずのものが、翌朝には崩れている。
砂みたいだった。
手の中へ残らない。
僕は、自分自身に絶望した。
挫折という言葉では足りなかった。
もっと冷たい場所だった。
以前、知人がこんなことを言っていた。
「明けない夜はないし、止まない雨もないよ」
昔の僕なら頷いていたと思う。
けれど今ならわかる。
夜は、もっと深くなる。
雨脚は強くなる。
そして人間は、その暗さに慣れてしまう。
家でも学校でも、僕は居場所を失った。
カーストの最下層ですらない。
そこに存在すること自体を避けられる、『触れてはいけないもの』だった。
そんな日々の中で、ひとつの考えだけが静かに育っていった。
消えてしまいたかった。
学校を辞めたいと思った。
「自分を見つめ直したい」
そう言った。
けれど本当は違う。
ただ逃げたかった。
学校から。
家族から。
そして、「期待されていた自分」から。
その話をした時、父は少し黙り、それから諦めたように息を吐いた。
母は泣きながら笑っていた。
感情の輪郭が壊れた人間の笑い方だった。
父は調べに調べた末、通信制高校への転入なら許可すると言った。
中卒にはしたくない。
それが父の最後の矜持だったのだと思う。
選ばれたのは、通信制高校の中でも大学進学率の高い学校だった。
登校は週に一度。
父は、
「週に一回でも外へ出れば、引きこもりにはならない」
と、言った。
その言葉には、父なりの祈りと計算の両方が滲んでいた。




