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この恋、止まれません! ④

 昨日は覚えることがたくさんあったのと、創が店を出てしまったことでいろいろとさぐれなかった。好きになったからには相手を知りたい。休憩時間に、どんな些細なことでもいいので、とスタッフたちに創のことを聞いてまわった。

「創さんかあ」

 皆ひと言目はそれで、ふた言目は「やめておいたほうがいいよ」。止めるのは実里を心配してくれているからだろう。それでも、と言うと知っていることを教えてくれるので、優しい人ばかりだ。

「丁寧な人だよ」

 スタッフたちは口を揃えてそう言う。詳しく聞くと、オーダーの仕方が物腰柔らかだし、会計のときに「ありがとう。ごちそうさま」と必ず言ってくれる。あまり表情は豊かではないけれど優しそうな雰囲気はある。いつも違う男を連れていて、人前でくっつくような相手だとあからさまに嫌な顔を見せる。本人と話したことがある人が言うには、束縛されるのが嫌いなのだそうだ。男たちとは一度限りというわけでもなく、何度か同じ相手を連れているのも見たことがあるらしい。でもそのあいだに他の男とも一緒にいるので、つき合ってはいない様子。現時点で特定の相手の影はまったくない、との重要証言も得た。

「なるほど」

 ふんふん、と仕事同様に真剣にメモを取る。もちろんメモは創用と仕事用で分けた。

 よく頼むのはステーキライスで、ドリンクはアルコールだったりノンアルコールだったり。スーツ姿を見たことがある人がいて、おそらく会社員だろうとの見解だ。こういうところではあまり職業の話をしないので詳しくはわからない、と目撃した人は首を傾ける。実里は初対面のときに彼は芸能人だろうかと思ったが、それは違うようだ。

「みなさん、創さんのことよく知ってますね」

 実里も彼をもっと知りたい。小さなことでもなんでもいい。自分自身で彼を知っていきたい。人からの情報ではなく自分で感じ取って、ゆくゆくはつき合いたい。

「あの見た目だから目を引くんだよね」

「うん。恰好いいし背も高いし。外見はいいんだけどね」

 創は恰好いいだけではない。咄嗟に人を助けられる男らしさも持っているのだ。自慢したくて唇がうずうずするが我慢する。あの出来事については誰にも言っていない。創と自分の秘密、と勝手に甘い思い出にした。あれは運命の出会いだ。

「村瀬さんって惚れっぽいの? 創さんと顔見知りじゃないんでしょ?」

「昨日自己紹介して、名前も教えてもらいました。惚れっぽいんじゃなくて、それだけ創さんが素敵なんです」

 キッチンのすみで休憩中の男性スタッフに力説すると、相手は曖昧に首をかしげたあとに実里の肩を叩いた。力づけるようなしっかりとした手つきだ。

「頑張れ!」

 皆が応援してくれているし、協力してくれている。ここまでしてもらったのだから精いっぱい頑張りたい。簡単に引いたら絶対に後悔する。それに振られるなら全力でぶつかってから振られたい――いや、振られるのは嫌だけれど、力を出しきらずに惨敗するのはもっと嫌だ。

「はい!」

 味方が増えていくのが嬉しい。皆、実里のような地味な男が創を好きだと言っても否定しない。そのことも嬉しかった。この気持ちは止められても止まれないから、行けるところまで突き進むのみだ。

「創さんのこともいいけど、メニューも早く覚えてね」

「はいっ!」

 もう一度ぽんと肩を叩かれ、もちろん張りきっていい返事をした。実里にとっては創のことだけではない。ずっと胸に秘めている夢があるのだし、そのためにもこの店で働ける時間を大切にしたい。

 休憩のあとに富永から仕事を教えてもらいながらバッシングや料理提供をしていたら、創が来店した。昨日とは違う男と一緒だ。店は地下にあるから窓がなく、夜になっていることに気がつかなかった。

「富永さんっ」

「はいはい」

 仕方ないからいいよ、と言ってもらい、創のいる四人がけ席にオーダーを取りに行く。背中に富永の視線を感じるのは、心配してくれているのだろう。

「創さん、いらっしゃいませ」

 創は実里を一瞥し、淡々とオーダーをする。一緒にいる男は爽やかな雰囲気のイケメンだ。昨日の男は創と向かい合って座っていたが、この男は創の隣に座っている。

 イケメンだろうとなんだろうと、実里の敵には違いない。地味な実里は見た目で負けていても、創が好きな気持ちは勝っている――はず、と闘志を燃やす。もしこの男が実里以上に創のことが好きだったら、実里はさらに上を行けるように努力しよう。なんにしても負けたくないし、見守ってくれているスタッフたちの期待にも応えたい。

「創さんの好きなタイプはどういう人ですか?」

「面倒じゃない男」

 すぐに答えが返ってきた。束縛されるのが嫌いらしいと聞いたとおりのようだ。実里が言うことはもちろん――。

「じゃあつき合ってください」

 自分は面倒くさくない。引くところは引ける――と思う。

「どう見ても面倒そうじゃん」

 創は黙って実里を見あげていて、隣の男が馬鹿にするように口角をあげた。見た目のいい人が皆創のように心まで恰好いいとは限らないとわかる。創がいろいろと揃いすぎなのかもしれないけれど。

「面倒はかけません。創さん、好きです」

「……」

 再度の告白を受けた創は、よくわからない表情をしている。呆れているわけでも嫌悪しているわけでもなさそうな、感情の読めない瞳だ。なんの気持ちもないようにも見える。動揺も感じられないから、実里は彼の心にまったく入れていないのだろう。わずかでも心を揺らすことができていない。

「では失礼します」

 オーダーを通さなくてはいけないので、名残惜しいが席を離れた。

 脈がなくても諦めない。ひとり奮起してオーダーのメモを富永に渡した。富永がハンディターミナルに入力してくれるのを見ながら、創さんはどうして遊ぶのかな、と思った。そこになにか理由があるのか。


 そのあとの休憩時間にはすでに彼が店を出てしまったので、創に近づくことはできなかった。寂しいけれど、まだ仕事があるから追いかけることはできない。

「村瀬さん」

「はい?」

 キッチンのすみでまかないを食べていると、男性スタッフが声をかけてくれた。

「創さんが行くバーのことは聞いた?」

「聞いてないです」

「俺もよく行くんだけど、けっこう頻繁に会うよ」

 それはぜひ教えてもらわなくてはいけない。

 実里が身を乗り出すと、男性スタッフは苦笑してからゲイバーの名前と場所を教えてくれた。メモを取りながら、あっという間に創メモが埋まっていくのが嬉しくなり、スタッフたちに深く感謝した。

「でも、創さんはやめておいたほうがいいと思うけど」

 やはりその言葉が出た。そこまで言うほどひどい人ではないと思うのは、まわりと実里で感覚がずれているからかもしれない。実里にとっては、創以上に素敵な人はいない。

「だって好きなんです」

 はっきりと言うと、男性スタッフだけではなく、会話を聞いていたまわりの人も苦い笑いを零した。困ったやつだと思われているかもしれない。

 働きはじめたばかりの実里をここまで心配してくれる人ばかりが集まるこの店が、どんどん好きになっていく。創も好きだし、この店も好きだ。好きなものに囲まれていることが嬉しい。

 男性スタッフが去り、実里はメモに書いた「CLEAR」という店名を眺める。仕事が終わったらこのバーに行ってみよう。

 好きだったら自分から手を伸ばさないといけない。手を伸ばせば振り返ってくれるかもしれないから。

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