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詠唱殺しの剣士  作者: 源三郎
第一部 奪われる者たち

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第四話 従卒という名の盾

入学して三月が過ぎたころ、僕たちは「従卒制度」というものを、体で知ることになった。


朝の集会で、バルガスが一枚の布告を読み上げた。


「今日から貴様らの一部を、魔法学校の従卒として登録する。荷物持ちだ。盾持ちだ。あちらの生徒が野外演習に出るとき、貴様らはついて行って荷を担ぎ、いざとなれば体を張って主人を守る。断る権利はない。国の制度だ」


ざわめきが起きた。魔法学校の下働きをさせられる。それがどういうことか、誰もが察していた。あちらは選ばれた者、こちらは使い捨て。その差を、これから毎日、目の前で突きつけられる。しかも演習で魔物が出れば、真っ先に前へ押し出されるのは従卒のほうだ。盾持ちとは、要するにそういう意味である。


「冗談じゃねえ」と、後ろで誰かが吐き捨てた。「剣を習いに来たのに、貴族のかばん持ちかよ」


その気持ちは、痛いほどわかる。わかるけれど、誰も逆らえない。逆らえば、この学校からも弾き出される。ここより下は、もうない。坂の下の、そのまた底で、僕たちは黙ってうなずくしかなかった。


去年の演習では、従卒が三人死んだ。そんな噂が寮を巡っていた。主人をかばって魔物の牙の前に体を投げ出し、名前も記録に残らず、家族に届いたのはわずかな弔慰金だけだったという。盾は割れても補充がきく。国はそう考えている。


ガロが舌打ちした。


「荷物持ちかよ。剣を習いに来たのに、結局あいつらの召使いか」


僕は黙っていた。内心では、まったく逆のことを考えている。


これは、好都合だ。


従卒として魔法学校に出入りできる。あの白い尖塔の内側へ、僕が堂々と近づけるということだ。エレナがどこにいるのか、どんな連中に囲まれているのか。生贄の選別が、いまどこまで進んでいるのか。それを確かめる手段を、国のほうから差し出してくれたようなものだった。泥をすする覚悟でここへ来たのは、まさにこの一点のためである。


数日後、割り当ての日が来た。


魔法学校の生徒が剣術学校を訪れ、自分の従卒を「品定め」するという。まるで市場で家畜を選ぶような話だ。僕たちは訓練場に一列に並ばされ、白いローブの生徒たちが、その前をゆっくり歩いていく。


彼らは、こちらを人間として見ていなかった。体格を見て、腕の太さを見て、傷の数を見て、値踏みする。ある令息が、ガロの前で立ち止まった。


「これにしよう。頑丈そうだ。多少手荒に使っても壊れまい」


壊れまい。その言葉に、僕は思わず拳を握った。ガロは表情を殺していたが、耳が赤くなっている。それでも言い返さない。言い返せば、故郷に送る手当が減る。彼はそれを、ぐっと飲み下していた。


そして、白ローブの一団のなかに、僕は探していた姿を見つけた。


エレナだった。


数か月ぶりに見る彼女は、少しやつれていた。以前の屈託のない明るさはなく、うつむきがちに列の後ろを歩いている。頬がこけ、目の下にはうっすらと隈。あの光の塔で、いったい何が彼女をそんなふうにしたのか。想像するだけで、胸の奥が鈍く痛んだ。


その隣に、背の高い少年がぴたりと寄り添っている。灰銀の髪をきっちりと撫でつけ、氷のように色の薄い目で、あたりを見るともなく見ていた。端整な顔立ちなのに、そこには温度というものがまるでない。銀縁の徽章。生徒会長の印だ。


あれが、噂の生徒会長か。


頭のなかへ、その少年の思考の芯が、うっすら流れこんできた。冷たい。氷のような思考だ。感情のゆらぎがほとんどない。すべてを数字と効率で測る頭の作りをしている。エレナを見る目にも、恋情のようなものはまるでなかった。ただ「価値ある資源をそばに置いている」という、それだけの目だ。人ひとりを、国庫の帳簿の一項目のように見ている。


その冷たさに、僕はぞっとした。あの男のそばにいるかぎり、エレナは人としてではなく、数字として扱われ続ける。守ってくれる者の顔をして、いちばん確実に、あの子を炉へ運ぶ。クラウスとは、そういう男だった。憎めればよかった。けれど、憎しみをぶつける隙すらない冷たさが、そこにはあった。


そのとき、エレナがふと顔を上げた。


視線が、列のなかの僕をとらえる。


一瞬、彼女の瞳が大きく揺れた。頭のなかの詠唱の芯が、ぐしゃりと乱れるのが伝わってくる。驚き。戸惑い。そして――隠しきれない、ほんの一瞬の喜び。それがすぐに、固い拒絶の色に塗り替えられた。彼女は目をそらし、生徒会長のローブの陰へ隠れるように歩を速めた。


胸が締めつけられた。当然だ。僕は彼女を、あんな形で突き放したのだから。恨まれて当たり前だ。それでいいと決めたのは、ほかならぬ僕自身である。


けれど、去りぎわに届いた心の欠片が、小さな棘のように残った。


どうして、わたしを置いていったの。


それはやはり、怒りではなかった。まだ解けない悲しみだった。怒られるより、そのほうがずっとこたえる。


結局その日、僕を選ぶ生徒は現れなかった。当然だ。ひょろひょろで腕も細い、役に立たなそうな新入生など、誰も欲しがらない。選ばれなかった者は雑用係に回されるという。エレナに近づく手段は、まだ手に入らないままだった。せっかく橋が架かったのに、僕はその橋を渡る資格すら得られなかった。


その夜、ガロが暗い顔で寝台に腰を下ろした。


「明日から、あの令息のところに通うことになった。荷物持ちだとよ」


「……つらいな」


「別にいいさ。殴られようが罵られようが、剣を握れる時間は減らねえ。俺はここで強くなって、いつか村に帰る。それだけだ」


ガロには帰る場所がある。守りたい家族がいる。少しだけ羨ましかった。僕の目的地は、たどり着いたところで、僕自身がぼろぼろに壊れていることが、最初から決まっている。


翌朝、ガロが令息のもとへ発つのを、僕は寮の窓から見送った。荷物を山ほど背負わされ、それでも背筋を伸ばして坂を上っていく。その背中に、坂の下の意地がにじんでいた。あいつは、殴られても罵られても折れないだろう。守りたいものが、はっきりしているからだ。


僕にも、守りたいものはある。ただ、その相手は、僕を憎んでいる。守ろうとしていることさえ、知らない。滑稽な話だ。滑稽で、少しだけ、寂しい。それでも、知られなくていい。感謝されなくていい。あの子が生き延びてくれるなら、僕の名前なんて、最後まで泥のなかに埋もれたままでいい。


数日後、従卒仕事から戻ったガロが、いつになく難しい顔をしていた。


「なあシオン。あそこ、変だぞ」


「変って」


「魔法学校の、いちばん奥の塔だ。ふつうの生徒は近づけねえ。白い壁で囲われて、見張りの魔術師がうろついてる。荷物を運んでるとき、ちらっと聞こえたんだ。『次の中枢炉の候補が決まった』とかなんとか」


中枢炉。その言葉に、心臓がひとつ、大きく跳ねた。帝都の大結界を維持する炉。生きた人間を薪にする、あの檻のことだ。


「候補が誰か、聞こえたか」


「いや、そこまでは。ただ、聖魔力がずば抜けて高い特待生だとよ。かわいそうにな。選ばれたら、二度と塔から出てこられねえって噂だ」


平静を装って「そうか」とだけ返した。けれど内側では、血の気が引いていた。聖魔力がずば抜けて高い特待生。心当たりは、ひとりしかいない。想像より、刻はずっと早く近づいている。のんびり泥を掘っている場合ではなかった。


その夜、僕は決めた。次の割り当てでは、なんとしても選ばれてみせる。あの塔の内側へ入りこみ、エレナの居場所と選別の進み具合を、この目で確かめる。そのためなら、役立たずの新入生という看板くらい、どうとでも塗り替えてやる。


翌日から、僕は自分を売りこむ努力を始めた。力自慢では勝ち目がない。だからこまめに動いた。魔法学校から視察に来る教師の荷を、誰より早く運ぶ。訓練場の隅で使い走りを買って出る。目立たないなりに、「気の利く従卒候補がいる」という評判を、少しずつ積み上げる作戦だ。地味だが、僕にできるのはこういうことしかない。


「おまえ、最近やけに愛想がいいな。何かたくらんでんだろ」


ガロに見透かされて、僕は苦笑した。


「たくらんでるように見える?」


「見えるね。おまえは体は弱いくせに、目だけは妙にぎらついてる。何か狙ってるやつの目だ」


図星を突かれて、肩をすくめた。この男は意外と鋭い。けれど、本当の目的までは、さすがに見抜けまい。見抜かれるわけにはいかない。


窓の外の尖塔を見上げる。エレナのあの悲しみの色を、いつか、僕はほどいてやらなければならない。憎まれたままでいい、と口では思っても、心のいちばん奥では、そんなふうに割り切れてなどいなかった。


そしてこの数週間後、思いもよらない令嬢が、僕を名指しで選ぶことになる。あの尖塔の内側へ、僕は、まるで予想もしなかった形で引きずりこまれていくのだ。その令嬢が、この重苦しい日々のなかで、数少ない笑いを運んでくる相手になるとは、そのときの僕は、まだ知るよしもなかった。

盾は割れても、補充がきく。国はそう考えている。

光の塔のエレナは、少しやつれていた。

刻は、思っていたより早く近づいている。

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