第7話 魔王不予
翌日、一旦エルシルの町に戻ってログインしていた佳織たちはある噂を耳にした。
――魔王様不予
「ワルターさん、どういうことでしょうか?」
「ひょっとして、宿川原会長の病状が悪化したのかも……」
「そうなら、この急な和睦も説明が付きますね」
「なら急いで問題を解決しなくてはいけませんね。もう一度、イーゼル砦を訪問して、アンネさんに会いましょう」
「あの。私、少し気づいたことがあるんですけど……昨日お会いした時、アンネさんの宿川原会長への態度は、娘が父親に対する態度ではないと思います。」
佳織たちはもう一度イーゼル砦を訪問した。アンネさんに面会を求めると、すんなり会うことができた。
応接室でアンネに会った。
アンネは赤い目をさらに赤くはらしているようだった。
「あなたたちは何者なの? ラインハルト様を倒しに来たの? ラインハルト様が『来るべき人たちがやってきたのかも』と言っていたわ」
佳織が話はじめた。
「私はあなたたちを倒しに来たのではないのよ。あなたに身を引いてもらいたいの。」
「何のこと?」
「あなた、ラインハルト様が好きなのね。女性として」
「……」
「私たちはラインハルト様の奥様に頼まれたの」
アンネは佳織をにらみつけた。
「ラインハルト様に奥様などいないわ」
「あなたはラインハルト様を昔から知っているわけではないのでしょう」
「私とラインハルト様はずっと昔から結ばれる運命にあるのよ。私の魂がそう告げているわ。……たとえ奥様がいても」
矢向が言った。
「オリビアさん。いったん引きましょう。彼女の意思は固いようです」
佳織もどうしたらよいかわからず、矢向に同意した。
佳織たちは、一旦、エルシルの町の宿に戻った。
「こんな交渉は苦手です」
「私もだよ」
佳織と矢向はため息をついた。
中原は何かを思い出したようにつぶやいた。
「僕も、もうこりごりだね」
「会長夫人の桜子さんにお願いしてみませんか」
「桜子さんの話なら考えてくれると思うんです」
佳織たちは一旦ログアウトし、桜子に会いに行った。
「桜子さん、昨日、会長が娘さんだと言っているアンネさんにお会いしました」
「宿川原会長は病気で寝込んでいることになっているようです」
「昨夜から少し意識がなくなっていたみたいなの。でも今は落ち着いたわ」
「アンネさんに桜子さんの思いを伝えてみてはいかがでしょうか。アンネさんも宿川原会長のことを第一に考えていらっしゃるので、説得できるかもしれません」
会長夫人が仲間になった。
桜子は自分によく似たアバターを作成し、素敵なドレスを着ていた。思い出のドレスと同じデザインらしい。
名前は……中原の勧めで「ヒルダ」にした。
佳織たちはイーゼル砦を訪問した。
応接室に通されてアンネと対面した。
「そちらの方は?」
アンネは何かを感じたようであった。
「転生される前のラインハルト様の奥様、ヒルダ様です」
佳織が紹介するや否や桜子はアンネに詰め寄り言った。
「あなた。私の主人をたぶらかさないで」
「あなたは杏じゃないわ。杏は私と主人の大切な記憶なのよ」
「私は確かに転生者です。何度も転生を繰り返しています。その中で、あなたの娘だったことがあったのかもしれません。その時、魔王様とも出会っていたのでしょう」
「私には、すべての記憶があるわけではありませんが、魔王様と運命を感じています」
「そんなことはないわ。杏は死んだのよ。転生なんてしないわ」
「今の私の望みは魔王様の幸せ。そのためには何でもします」
応接間に宿川原会長がやってきた。体調が良くなったようだ。
二人のやり取りが聞こえて慌てて来たようだった。
ドレス姿の桜子を見て、言い訳するように言った。
「桜子、ちがうんだ、彼女は杏そのものなんだ」
「あの事故の前、杏はアルバイトをしていたんだ。この『異世界転生サービス』のNPCと呼ばれる人を育てる仕事だ」
「そしてその育てた魂が宿るのが彼女だ。杏が転生したんだよ」
アンネは何かを決心したように言った。
「違いますわ。魔王様。私はアンネ」
まっすぐにラインハルトを見る。
「私の中にあなたの娘さんの心の欠片が宿っているかもしれませんが、私は私です」
「私は魔王様の望む役割をしていただけです」
「……杏」
「これからは、私は私として見てくれませんか。私はずっと変わらぬ忠誠を申し上げます」
宿川原会長は茫然としていた。
「みな下がれ。一人になりたい」
「桜子、お前もだ……」
佳織たちは応接室を出ていった。
「今はそっとしておきましょう」




