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第八章 名門のプライド

「よくやったわね!まずは初戦突破おめでとう!特に雅和、小太郎は頑張ってくれたわ」

「まったく、俺たち三年の立場がないぜ。けど、この借りは次の試合できっちり返すからな」

 興奮気味の真琴に対し、鬼神は暴れたりないようだ。後半だけで三本のダンクを決め、圧倒的な破壊力を示した青雲のエースは、タオルで汗を拭きながらキャプテンを見つめた。

「幻舟、脚は大丈夫か?」

「何の問題もないよ。お前の言う通り、俺たちは十分に働いたとは言えないからな。さつきの意見は?」

「同感です。しかし、強豪校が二人に注目してくれたら、こちらの思惑通り。明日以降は僕も遠慮なくフックを決めて見せますよ」

 さすがに中学時代に修羅場をくぐり抜けただけあって、三人の精神力は桁外れだ。客席がざわついている。圧倒的な高さを誇る松本に完勝したことで、青雲への注目度は一気に増した。

「喜んでいるところ悪いが、長谷川、早くホテルへ引き上げるぞ。すぐに五人を風呂に入らせ、マッサージをしなければならん。由真、手伝ってくれるな?」

「はい」

 マスコミが来る前にあわただしく青雲のメンバーはホテルに引き返した。

「くーっ、生き返るぜ」

 鬼神が湯船につかりながらため息をつく。さすがにサウナの設備はないが、五人が同時に入れるだけの浴槽は解放感満点だ。小太郎は酷使した右手を確かめながら、シャンプーで短い髪を洗っている。

「だけどよ、正直あいつらのでかさにはビビったぜ。二メートルが二人なんて社会人バスケじゃあるまいし」

「はは、僕も気圧されましたよ。でも、小太郎君がそこを救ってくれましたね」

 鬼神とさつきが一年生シューターをほめたたえる。だが、本人は黙り込んだまま鏡を見つめていた。

「大杉さん、僕がスリーを決められたのは皆さんのおかげですよね?」

「うん?まあ、そうだが、決めたのはお前自身だ。胸を張っていいと思うぞ」

「北条さんならそう思うでしょうか?」

 小太郎の口から天才プレーヤーの名前が出て、一同は唾をのんだ。

「大会前に北条さんのプレーをビデオで見ました。外角からのシュートはもちろん、ミドル、岩倉さんとは違った意味での豪快なダンク、ダブルクラッチ、絶妙なアシスト、鉄壁のディフェンス」

 小太郎はシャンプーをお湯で流しながら、淡々と語った。

「王者、藤森の看板を背負って立つ人のすごさを、僕なりに感じました。現状で満足したらあの人たちには勝てないって」

「小太郎……」

 幻舟がうまく言葉をかけられない。自分たちが初戦突破して浮かれているのに、小太郎は次の次まで見据えている。鬼神が頭から水をかぶって息を吐いた。

「確かに、小太郎の言う通りだよな。一回戦突破といったって、あいつらに挑戦するには決勝まで残るしかねえ。このくらいで浮かれている場合じゃないな」

「僕も同感ですが、あくまで挑戦者の立場ですからね。あまり遠くを見ずに、一歩一歩確実に勝ちましょうよ」

 さつきが冷静に諭した。小太郎がうつむいて、寂しげに言う。

「すいません、二回戦が待っているのに生意気なことを言って」

「いや、目標を高く持つことはいいんだ。それと同時に、目の前の敵に集中する。そうだろ、さつき?」

 幻舟の言葉に、青雲のセンターは大きくうなずいた。

「小太郎君、君のシュートは僕らの大きな武器です。自信を持ってください。そして、君が思い切りよくスリーを打てるよう、ゴール下の僕らが体を張ってリバウンドを取る。亮一君に匹敵する天才はいなくても、チームワークと精神力で決勝まで残れるよう、全員が団結しましょう」

 さつきの冷静だが力強い口調に、全員がうなずいた。


「痛え、痛えよ!頼むから手加減してくれ!」

「何を甘いことを言っとるか。若いくせにだらしない」

 風呂から上がった鬼神のふくらはぎを白石が指圧したのだが、もろにツボに入っているので鬼神が泣き言を言った。

「だいたい、決勝まであと何試合あるんだ?この程度で音を上げるようじゃ優勝なんぞ夢のまた夢だぞ」

「それとこれとは関係ないって!痛たた!」

 怖いもの知らずの鬼神が死にそうに悶えている。それを見つめながら、さつきは失笑した。

「鬼神、この姿を見たら相手チームはあなたを恐れないでしょうね」

「さつき!お前は爺さんにもまれたことがないからそんなことが言えるんだよ!実際にマッサージされたら……ぎゃああ!」

 鬼神の悲鳴が室内にこだまする。小太郎と雅和も笑いを隠すのに必死だった。

 その頃、既に膝の手入れを済ませた幻舟が真琴の部屋に入り、由真とともにパソコンを見つめていた。二回戦の相手は葵高校。練習試合では快勝したが、相手が本気だったとは思えない。インターハイ常連校としてどんな策を練ってくるのか、気が抜けない相手だ。

 映像の中では葵はハーフのマンツーで相手に当たっている。それを眺めつつ、幻舟は真琴に質問した。

「僕らとの試合でもただのマンツーでしょうか?」

「どういうこと?」

「オールコートプレスの可能性はないか、それが気になります」

 キャプテンの指摘に監督はうなった。高さだけだった松本と異なり、葵は完成度の高いチームだ。幻舟の言う高度な戦術を駆使しても不思議ではない。

「いまのところは何とも言えないわね。オールコートは仕掛けるほうもリスクが高いし、はまればよし、突破されればもろい作戦よ。仮にそれに打って出てくるとしたらリードされた後半でしょうね」

「心配なの、幻ちゃん?」

「いや、そうでもないよ。練習試合ではお互いに腹の探り合いだったから、本番ではどんな策で来るのか気になっただけ。もしもオールコート出来ても俺たちなら打開できる自信はある」

 由真を安心させるように、幻舟は穏やかに笑って見せた。

「言うまでもなく、わたしたちに一人のけがもファールアウトも許されないわ。試合巧者の葵がそこをつかないはずがない。言葉は悪いけど、あくどいプレーも覚悟しなければならないわ」

「大丈夫ですよ、真琴さん。僕ら三年の連携は十分ですし、雅和、小太郎が一回戦で自信を付けました。僕がきっちり四人のポテンシャルを引き出せれば、十分勝算はあります」

「頼りにしてるわよ。同時に、これで燃え尽きないでね。目標はあくまで決勝で藤森を倒すことなんだから」

 その言葉を聞いて、幻舟に複雑な感情が芽生えた。相手のセンター、相馬はさつきに任せるとして、天才、北条亮一をだれがとめるのか?鬼神はかっとなりやすく、ディフェンス力は高いとは言えない。雅和はゴール下でリバウンドを確保しなければならない。必然的に、自分が亮一を抑える役割を担うだろう。

先は長いが、負傷を抱える膝で高校界ナンバーワンプレーヤーに対抗できるのか?一抹の不安がよぎった。

「まあ、わたしはみんなを信じているからね。とにかく、幻舟は強気のリードパスとドリブルでゲームを作ること。それを第一に考えて。いい?」

「はい、任せてください。ダブルエースに加えて小太郎が得点源になり、雅和がリバンを取ってくれる。ガードとして、やりがいがありますよ」

 幻舟は微笑した。四人がマッサージを終えて集まると、真琴が簡潔に指示を与えて、各人は解散した。

「あーあ、時間がたつのが早いよ」

 ベッドに寝そべり、鬼神がつぶやいた。さつきは窓から外の景色を眺め、ささやくように言った。

「今日の試合は小太郎君の奮闘で圧勝でしたが……」

「明日はそうはいかないだろうな。葵は全国でも屈指の強豪だ。幻舟と小太郎のガードコンビが安心できるように、俺たちが点を取るぞ」

 こういう時の鬼神は怖いくらい迫力に満ちている。さつきはパートナーを頼もしく思いつつ、眠りについた。

  インターハイ二日目。シード校も登場し、スタンドの雰囲気も緊迫感に満ちている。

 人ごみをくぐり抜け、遠藤と久美子がやってきた。会社のミスで一回戦を見逃した彼らだが、百戦錬磨の遠藤と急成長を遂げる久美子の目は輝いている。見晴らしのいい椅子を見つけると、どっかりと腰を下ろした。

「青雲は今大会最高の高さを誇る松本を圧倒したみたいですね」

「ああ、正直、競った試合になると思っていたが、青雲の強さは本物ということなんだろう。今日の葵戦でその真価が試される」

 遠藤は愛用して五年以上たつデジタル一眼レフを取り出し、コートでアップをしている青雲と葵の写真を何枚か撮った。

 両軍とも気負いのない表情でシュート練習をしている。真琴は背筋を伸ばしながら葵のベンチに向かい、監督の宇田川にあいさつした。

「おはようございます。練習試合の件ではお世話になりました」

「こちらこそ。一回戦の様子は見させてもらったよ。いきなり優勝候補を粉砕するとは、そちらの戦力は確実にアップしているようだ」

 宇田川は嫌みのない口調で相手をほめた後、ふっと笑った。

「だが、こちらにも静岡代表のプライドがある。練習試合ではラフプレーでペースを乱せなかったが、手の内はまだまだ明かしていないのでね。今日はお互いにとって忘れられない日になるだろう。では、失礼」

 右手を振って、宇田川は去っていった。その後ろ姿は自信に満ちており、経験豊富な監督の威厳があった。真琴は内心圧倒されたが、自分が弱気になってはいけないと言い聞かせ、ベンチに戻った。

「そろそろ試合開始ですね。何か指示はありますか?」

 さつきに問われて、真琴は明確に言った。

「いつもの通り、幻舟を起点に攻めるわよ。ディフェンスはボックスワンで幻舟が西木を抑える。ただし、向こうがオールコートで当たってきたらつぶされる前にパスを回すこと。いい?」

 全員がうなずいた。ブザーが鳴り、試合開始を告げるアナウンスが響く。

「作戦は昨日言った通りだ。全力でぶつかっていけ!」

 宇田川の檄で葵の五人がコートに向かう。一礼した後、散らばって両センターがジャンプに備えた。

 高々と上げられたボールに、さつきと渡会が手を伸ばす。わずかの差でさつきがボールに触れた。だが、幻舟にわたるはずのボールを加藤がすばやく奪った。

「くそ!」

 幻舟が歯噛みする。さつきがせっかくタップしたボールを渡されるなど、

今までにないケースだ。真琴が大声を出した。

「ドンマイ!相手は百戦錬磨のチームよ!まずは一本ディフェンスに集中して!」

 青雲のメンバーは気を取り直して陣形を組んだ。幻舟がシューターの西木をマークし、他の四人はゾーンを敷く。加藤はドリブルをしながら隙を伺い、コートを見渡す。と、何の前触れもなく遠目からシュートを打った。青雲は対応できず、リバウンドに備える間もなくネットが揺れ、スコアボードに三点が表示された。

(どういうこと?あの選手がスリーを打つなんて練習試合にはなかったわよ?)

 真琴は眉をひそめた。幻舟たちも唖然としていたが、すぐに気を取り直してさつきがボールを入れる。

「みんな、落ち着いて!松本と違って相手はインターハイの常連よ!」

 由真が奇襲に戸惑っているメンバーに声をかける。幻舟がドリブルを仕掛けたが、加藤と西木が二人がかりでマークに付いた。

(ダブルチームか!)

 一人で幻舟を抑えられる選手はそうはいない。葵とはいえど、圧倒的な攻撃力のある司令塔を封じるため、あえてリスクを冒してきたのだろう。さらに、小太郎へのパスコースは西木が切っている。

「葵、相当青雲を警戒しているな……」

 遠藤が難しい表情でつぶやく。久美子は練習試合の光景を思い出しながら、師匠に質した。

「大杉選手が封じられ、岸川選手のシュートもなければ、青雲はかなり苦しいですね?」

「ああ。天野と岩倉のオフェンスも大杉のパスがあってこそだ。長谷川監督がどう打開策を見つけられるかだね」

 遠藤も始めてみる焦燥感に満ちた幻舟の顔。それは青雲の危機を象徴していた。

 「幻舟!こっち!」

 ゴール下のさつきが手を挙げた。幻舟はパスを出すが、二人がかりでマークされてはやはり無理がある。あっさり渡会にカットされた。

「よし!もう一本決めるぞ!」

 倉橋の声が響く。青雲は素早くディフェンスの態勢に入った。加藤がボールをキープするが、またもやスリーを打った。これが決まり、早くも六点差がついた。

「真琴さん、あの人……」

「ええ、フロックじゃないわ。本物のシューターよ。宇田川監督、かなりの策士ね」

 腕組みする真琴も表情が厳しい。誰を加藤にぶつけるか?小太郎では高さが足りないし、さつきと雅和はゴール下の要だ。

「幻舟!俺があいつとマッチアップする!向こうは本気でお前をつぶす気だ!苦しいだろうが何とか打開してくれ!」

「鬼神……」

 幻舟は普段は能天気な鬼神が必死にゲームの流れを変えようとしている気迫に圧倒された。同時に頭を切り替え、キャプテンとしてどう行動すべきか考えた。

 青雲の攻撃だが、変わらず加藤と西木が幻舟をマークする。高さだけだった松本と違い、二人のディフェンスには隙がない。高校界ナンバーワンガードの幻舟ですら、ファールすれすれのダブルチームには手を焼いた。

 あっという間に時間がたつ。小太郎が幻舟の斜め後ろに回り、ボールを要求した。何とかパスを回す。すると、今度はシュート体勢に入った小太郎を加藤と西木がふさぎにかかった。

「すげえぞ!青雲のガードコンビが何も出来ねえ!」

 観客がうなっている。遠藤と久美子も神奈川最強の二人が封じ込められている光景に驚愕した。

「葵の二人、完全に青雲のラインを切っていますね」

「そうだね。最初は大杉だけかと思ったが、岸川のシュート力も計算に入れている。このプレッシャーはかなり厳しいぞ」

 小太郎が幻舟にパスを戻すと、加藤がスティールした。

「ディフェンス!まだ試合は序盤よ!あなたたちなら十分ひっくりかえせる!落ち着いて一本止めよう!」

 真琴が声をからした。加藤が切れ込むと、鬼神が決死の形相で立ちふさがった。

「来い!お前にはこれ以上うたせねえ!」

 加藤は臆した様子もない。冷静にコートを見渡すと、倉橋がノーマークになっている。鋭いパスを出し、受け取った倉橋が確実に決めた。

「やはり岩倉なしではゴール下が手薄になるな」

 遠藤も葵の的確なゲーム運びを認めた。。おそらく、練習試合の教訓と松本戦を分析して万全の策を練ってきたのだろう。インターハイという舞台に慣れた試合巧者ぶりに、宇田川の采配がマッチし、青雲はまだ一点も取れていない。

 流れを変えられないまま、試合は進んでいった。葵は統率のとれた軍隊のように各人が役割をこなし、青雲に主導権を渡さない。真琴はタイムアウトを取ったが決定的な打開策は見つからず、点差は開いていった。

 前半が終わった時点で五二対三六。明らかに葵の作戦が的中し、青雲のメンバーは疲労の色が明らかだった。

「どうします、幻舟?相手はこっちの手の内を完全に読んでいますよ」

 さつきの声に元気がない。得意のフックを打とうにも、ろくにゴール下にパスさえ来ないのだ。葵のシュート精度が高いので雅和のリバウンド数もわずか。

ただひとり、全く気落ちしていない鬼神が提案した。

「真琴さん、俺が幻舟と小太郎の後ろに回って何とかします」

 これには真琴も言葉がない。しばらく黙り込んだ後、エースと視線を合わせた。

「まさかあなた一人で葵のディフェンスをこじ開ける気なの?」

「残り二〇分、俺だけでひっくり返すつもりはありません。ただ、俺の突破力とダンクで雰囲気を変える自信はあります。そうすればさつきと小太郎のマークが甘くなるはず。信じてください」

「わかったわ。他の四人もいい?」

 幻舟たちは無言でうなずいた。後半が始まり、両軍がコートに入った。幻舟が鬼神にささやく。

「大丈夫なのか?ただでさえ加藤のマークで疲れているのに」

「心配するな。ひざを痛めてるお前がこの大会にかけているんだ。俺にも少しくらいいい格好させろ」

 この窮地において、鬼神の目は死んでいない。中学時代から何度も試合を決めるゴールを挙げてきたエースに、幻舟も腹をくくった。

  青雲のボールで後半が始まった。前半と同じく、幻舟に厳しいマークがつく。作戦通り、鬼神が下がって幻舟からパスをもらった。これには葵のメンバーも面食らった。

 一呼吸置くと、鬼神はいきなりトップスピードでドリブル突破を図った。西木、加藤をあっさり抜くと、そのままゴール下に切れ込む。

「来い!岩倉!」

 倉橋が立ちふさがる。鬼神はその一歩手前でストップすると、ジャンプシュートの態勢に入った。

「くうっ」

 決死の形相で倉橋はブロックに飛ぶが、到底届く高さではない。さつき、雅和もスクリーンアウトをかけ、ボールはゴールに吸い込まれた。

「来たよ、岩倉のシュート!」

「すげえ高さだ!黒人並みのジャンプ力だぜ!」

 観衆がざわついた。幻舟と鬼神がハイタッチする。

「よく決めてくれた。それでこそ青雲のエースだ」

「まだまだこれからだぜ?お前こそ前半の鬱憤を晴らしてくれよ」

 鬼神のムードメーカーぶりは健在だ。真琴もベンチから両手を叩いて指示を出す。

「よーし、ディフェンス一本!ここで決められたら何の意味もないからね!きっちり止めて、確実に点差を詰めるわよ!」

 葵の攻撃が始まった。だが、鬼神が完全にゴール下から離れ、加藤を封じにかかる。身長差もさることながら、無尽蔵のスタミナを生かした鬼神のディフェンスに、加藤は何もできない。一瞬のスキをついて鬼神がボールを奪う。幻舟が叫んだ。

「もう一本頼む!ゲームの流れを呼び込むんだ!」

「了解!」

 鬼神は無人のコートを走り抜け、力強くステップを踏むと、宙を舞った。左手でボールをリングのど真ん中にたたきつける。バークボードはおろか、支柱を破壊しかねない迫力満点のダンクシュートが炸裂した。

「なんだよ、あいつ、本当に高校生か?」

「スピードといい、ジャンプ力といい、規格外だぜ」

「三人がかりでも止められるかどうか……化けもんだ」

 バスケの試合というより、サーカスの曲芸を見せつけられたかのような客の反応に、久美子は太い息をついた。

「負けん気の強い岩倉選手がだまっているはずはないと思っていましたが……」

「ああ、たった二本のシュートで流れを変え、観客の度肝を抜く。岩倉鬼神、恐ろしい選手だ」

 中学時代からそのすごさを知る遠藤から見てさえ、鬼神のプレーは気迫に満ちていた。頭脳的、しなやかなプレースタイル、華麗なフックシュートを持ち味とするさつきとはまさに対極にある鬼神の豪快なダンク。

「ナイス、鬼神!これで相手はビビッているわよ!一気に追いつこう!」

 真琴の声が明るい。葵のメンバーは愕然としている。自分たちが幻舟と小太郎を封じて大量リードを奪うも、鬼神の圧倒的な破壊力で雰囲気は変わってしまった。

「チャージドタイムアウト、葵」

 アナウンスが流れ、両軍のメンバーがベンチに戻る。双方汗だくになっているが、勢いは青雲にあった。

「さすがに宇田川監督ですね。せっかくこちらのペースになっているところをついて流れを変えようとしています」

 参謀格のさつきが苦笑した。だが、経験値で真琴をしのぐ宇田川がどんな策を練ってくるのか、さつきにも測れない。青雲のメンバーは由真から渡されたドリンクを飲み、疲労の回復に努めた。

「鬼神のおかげで流れは来ている。でも、言うまでもなくさつきと小太郎の得点、雅和のリバウンド、そして幻舟のゲームメイクなくして勝ち目はないわ。鬼神もディフェンスのことも考えて、途中で燃え尽きないでよ」

「大丈夫ですよ、真琴さん。俺から体力を取ったらただのバカですからね。幻舟、青雲のかじ取り役はお前なんだからな。さつきと小太郎がフリーになったら見逃すなよ」

「わかっている。みんな、ここが勝負どころだ。集中力を切らさずに一気に逆転するぞ」

 試合が再開された。葵のメンバーは怖いくらいの形相でコートに入る。迎え撃つ青雲も、気迫に満ちた表情で相手と視線を合わせた。

 葵のセンター、渡会が加藤にボールを渡す。鬼神がすばやくマークに付くが、加藤はボールをさばき、倉橋にパスを出した。そのままシュートが決まり、葵の応援団がどっと沸いた。

「気にするな!残り時間はまだあるわよ!二回戦で苦戦するようじゃ、優勝なんて夢のまた夢よ!」

 真琴が怒鳴りつける。さつきがコートにボールを入れようとするが、予想通り、葵はオールコートプレスで当たってきた。

(やはりそう来るか!)

 ボールを渡された幻舟に加藤がぴったりとマークに付く。そして、すべてのパスコースをふさぐように、葵のメンバーがタイトに各人にプレスをかけた。

 並のチームなら、ここであっさりボールを奪われて自滅しただろう。だが、三年生は中学時代にこの戦術を経験済みで、小太郎と雅和も関本たちとの練習でどう動くべきかわかっている。まず幻舟が一瞬で加藤をかわすと、立ちふさがる西木を抜こうとせず、小太郎にパスを出した。

 今度は倉橋が小太郎をつぶしにかかるが、意表を突き、小太郎はゴール下にいたさつきに長いパスを回した。これが通り、さつきは難なくシュートを決める。

「おいおい、葵のオールコートがあっさり破られたぞ!」

「やはり青雲の強さは次元が違う。あの横浜西が負けたのも無理はない」

 観客はどよめいている。久美子はノートをめくりながら遠藤に確認した。

「昨年、葵はこの作戦でベスト八に進みました。予選から大差をつけてです」

「そう、これは全員がかなりのスタミナと頭脳を持っていないと成り立たない高度なチームプレーだ。しかし、青雲はおそらく計算済みだったんだろう。長谷川監督の采配と、司令塔の大杉の表情でそれが分かるよ」

 その後は青雲が主導権を握り、幻舟のゲームメイクとダブルエースの攻撃に加えて小太郎のスリーが連続で決まり、逆転に成功する。リバウンドも雅和が相手に渡さない。宇田川はメンバーチェンジを図るが勢いを変えるには至らず、最終スコアは九三対七六で青雲が強豪を破った。

「終わった……」

 倉橋が天を仰ぎ、ため息をついた。静岡の代表として全力を尽くしたが、練習試合に続いて、青雲に屈した。礼をした後、幻舟は倉橋に手を差し伸べた。

「葵に勝った以上、俺たちは優勝するしかない。そうだろう?」

「ああ。お前たちの引き立て役になっちまったが、決勝ではおそらくあの藤森が上がってくる。健闘を祈るよ」

 加藤が鬼神に歩み寄り、ふっと小さく笑った。

「お前みたいな化けもんに対戦できただけでもこの大会に参加した意義がある。俺たちの負けだ」

「いさぎいいな。けど、これでバスケを辞めるなんて言うなよ?大学だって、社会人だって、いくらでも舞台はあるんだからな」

「そうだな。高校最後にお前らとやれてよかったよ。頑張ってくれ」

 真琴は宇田川に頭を下げた。

「練習試合でわがままを聞いてくださって、なんだか複雑な心境です。でも、最初から私たちは優勝しか狙っていません。静岡の名門を破った以上、負けは許されませんから」

「君は選手時代から変わっていないな。頭脳明晰でも、闘志は抜群だ。この試合、我々の敗因はわたしの采配かもしれん。君たちがどこまで勝ち上がるか、見届けるとしよう」

 宇田川は最後まで威厳に満ちた態度を崩さなかった。 

「青雲が三回戦に進出か……」

 藤森のシューター、服部が客席からつぶやいた。その隣にいるエース、亮一も真剣なまなざしでコートを見下ろしている。

「どんな気分だ?かつてのチームメイトが着々と勝ち上がってくるのは」

 服部の口調に嫌味はない。亮一はにこりともせず、冷静な態度で応じた。

「まだ大杉さんたちの本気ではないですよ。岩倉さんでさえ、全力で来たら高村さんをもってしても止めるのは容易じゃない」

「言うな。まあ、そうでなくちゃ面白くない。俺たち三年はこの大会で引退だが、お前は来年もこの舞台で大暴れするんだから。気になるのは……」

 目を伏せて服部は声を落とした。

「大杉の膝がどんな状態かだな。この試合を見る限り、大事には至ってないようだが、これからどんどん厳しくなるぞ」

「大丈夫ですよ。ここで燃え尽きる人じゃない。ちゃんと決勝まで計算してコンディションを万全にしてきます」

 服部と亮一は悠然と客席を後にした。

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