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第七章 インターハイ開幕

 関本たちとの練習は順調に進んだ。

 彼が持ってきたビデオを見ながら、実戦を想定して試合をこなす。終わるたびに指揮官の真琴が各メンバーにプレーの確認をする。高橋たちも熱い声援を送ってくれるので、士気は高い。

「いよいよ本大会まであと一週間だな」

 関本が意を決したように幻舟に告げた。大阪中央体育館で開催されるインターハイは、七月末から八月の初めに行われる。シード権のない青雲は、六試合をすべて勝って、初めて栄冠を手にすることができるのだ。

「幸い、藤森は反対側の組み合わせになったわ」

 真琴が全試合の日程表を広げ、五人に確認する。

「途中で練習試合を組んだ葵と横浜西とも再試合がありそうですね」

 参謀格のさつきも慎重な口調だ。同じ相手に二度負けるなど、彼らのプライドが許さないだろう。一方、ムードメーカーの鬼神は緊張感とは無縁の様子だ。

「なに、俺のダンクでどんな相手も吹き飛ばしてやるよ。なにせ、うちには高校最高のガードがいるんだからな」

「強気なのはいいが、ファールアウトだけは勘弁してくれよ。お前に限らず、うちには一人の欠員も許されないんだから」

 幻舟にぴしゃりとたしなめられて、鬼神は苦い顔をした。小太郎は苦笑をこらえているが、三年の絶妙なやり取りがムードを和らげていることは間違いない。どっしりとした幻舟、冷静なさつき、おちゃらけた鬼神。この三人に、自分と雅和が追い付ければ、全国制覇も夢ではない。そう考えるだけで、小太郎の背中は震えるえた。

「それから、体に異変を感じたらすぐに白石先生に報告すること。特に鬼神と雅和。そりが合わないからと言って大事になったら手遅れだからね」

 真琴の指摘に、ふたりはむっつりとした。典型的な頑固爺さんの白石と、今どきの若者である鬼神と雅

和は水と油だ。だからといって、他に頼れるドクターがいるわけでもない。しばらく黙り込んだのち、雅和は苦言を呈した。

「白石先生は名医ですが、どうも人間としては……わしや岩倉さんと大杉さんたちでは態度が変わりますし、今一つ信用できんのです」

 そう言われると、真琴も反論できない。実際に白石は暇さえあれば由真を溺愛するか、昔話を延々と繰り返すだけだ。それが治療に当たると神がかりの腕を発揮するのだから、得体のしれない妖怪のようなものである。

「まあ、二人の気持ちもわかるけどね。六試合走り回ることを考えると先生の存在は欠かせないわ。わたしと由真ちゃんがうまく立ち回るから、大人になって。それしかない」

「真琴さんがそこまで言うなら努力はしますけどね……」

 鬼神の声が低い。指揮官として絶大な影響力のある真琴でも、男同士の人間関係までは調整は難しい。何とか折り合いをつけてもらうことを祈るばかりだ。

一抹の不安を抱えながら、青雲は最後の調整に入った。

 七月二八日。会場に向かって、幻舟たちは新幹線に乗った。人数がちょうど八人なので、真琴、由真、白石、さつき。別グループは幻舟、鬼神、小太郎、雅和。小太郎がバスケ雑誌を取り出し、インターハイ特集のページを広げた。

「俺たちの前評判はどうだ?」

 鬼神が小太郎に確認する。

「ええと、予選で横浜西を下したものの、チームが五人しかおらず、上位進出は厳しいと思われる。以上です」

「そんなところだろう。一発勝負のトーナメントで控えがいないなんて、俺自身聞いたことがない」

 幻舟の口調はむしろそっけない。あるいは、白石のことを考えているのか。雅和はあえて追及はしなかった。

 そこへ、因縁の男たちが姿を現した。

  神奈川の王者、横浜西のメンバーがドアを開けて幻舟の前に姿を見せた。決勝リーグで敗れたとはいえ、彼らの自信に揺らぎはない。槙原は幻舟と向き合ったのち、真琴に頭を下げた。

「お久しぶりです。その節はお世話になりました。またあなたたちと戦えるよう気合は十分ですので、再戦の時はよろしくお願いします」

 とても高校生とは思えないほど落ち着いた語り口の槙原に、真琴は立って会釈した。

「こちらこそ、よろしくお願いするわ。でも、どうしてここの車両に?」

「ああ、隣に座っていた酔っ払いが因縁をつけてきたので、車掌さんにお願いして座席を変えてもらったんです。しかし、まさか同じ列車とはね」

 槙原は笑っているが、その背後に控える浅野、塚本たちは早くも戦闘モードだ。形式通り挨拶を済ませると、横浜西の面々は青雲を通り過ぎ、次の車両に移動した。

「まったく、のっけからピリピリさせやがる」

 鬼神は毒づいたが、それは相手の実力を認めている証拠だ。彼らと対峙している間、青雲メンバーの緊張が解けることはなかった。決勝リーグではさつきのフックが決まってかろうじて勝利したが、同じ手は通用しないだろう。なにより、最終兵器の塚本が気になった。隙のないディフェンスといい、驚異的なダンクといい、彼を封じない限り勝ち目はない。

 大阪駅にたどり着いた。すでに駅の周辺はバスケ選手と思しき背の高い少年やジャーナリストであふれている。駅からすぐそばに立派な体育館があった。

「ここで俺たちが闘うのか……」

 幻舟が感慨深そうにつぶやく。夢にまで見たインターハイ。予選を勝ち抜いてきた者たちだけが集う、最高の舞台。しばし呆然と遠目から体育館を眺めていた青雲のメンバーに、声をかけるものがあった。

「よう、誰かと思ったら大杉達じゃないか。今着いたのか?」

 葵のキャプテン、倉橋だった。彼らもまた、静岡県予選を勝ち抜いてこの戦場にやってきたのだろう。しばし雑談すると、倉橋は真剣な表情で切り出した。

「今回の主役は俺たちじゃない。言うまでもなく、王者、藤森だ」

「確かに、雑誌でも大きく取り上げられていたな」

 幻舟の言葉に倉橋は声を落とした。

「昨年、一年にしてエースだった北条がさらに伸びているらしい。ゴール下には相馬が君臨し、この二枚看板に加え、選手層の厚さ、オフェンスの破壊力、鉄壁のディフェンス、どれをとっても頭二つは抜けている」

 言ってから、倉橋はふっと笑みを浮かべた。

「まあ、一発勝負に絶対はないからな。俺たちも少ないチャンスをものにするだけだ。お互いに全力を尽くそうぜ」

「ああ、勝ち上がれば葵と再戦があるだろう。俺たち三年にとっては最後の大会だ。悔いの残らないよう、死ぬ気でやるだけだ」

 お互いに健闘を誓って青雲と葵は分かれた。

 五分ほど歩くと小規模だが清潔感のあるホテルがたっている。約一週間、青雲の拠点になる場所だ。ロビーで受付を済ませると、荷物を部屋に置き、真琴と由真の部屋に全員が集まった。

「明日の開会式が終わったすぐ後に、一回戦があるわ」

 真琴の声にも緊張感がある。

「初戦の相手は長野代表の松本高校でしたね」

 さつきの口調もいつになく固い。いくら予選を一位で突破したとはいえ、全国大会では相手のレベルも会場の雰囲気も違う。全中を制してから三年間、ブランクを取り戻すのは容易ではない。

「プレッシャーをかけるようだけど、相手の高さは今大会の目玉よ」

 指揮官の言葉に全員が息をのむ。関本から渡されたノートパソコンを開き、松本の映像が映った。

「スタメン全員が一九〇センチ以上。平均身長は一九七センチ。そのうち、二メートル台が二人いるわ」

 幻舟たちは愕然とした。予選でも自分たちより大きい相手とやりあってきたが、二メートルの選手はいなかった。それも二人とは。

「相手の監督、江村さんはアメリカ相手でも通用する高さのバスケを信念にチーム作りをしてきたそうよ。しかも大きいだけじゃない。戦術、スタミナ、スピードでも予選で他校を圧倒してきたわ」

 真琴の厳しすぎるセリフに、怖いもの知らずの鬼神ですら言葉を失った。

 しばしの静寂の後、真琴は映像を流した。一人ひとり説明する。

「四番、ポイントガードの青柳。三年、一九〇センチ、八二キロ。おそらく、今大会で幻舟より大きい司令塔は彼だけね」

「特徴は?」

 この状況においても、青雲の大黒柱は動じない。それを頼もしく思いつつ、真琴は続けた。

「大きなサイズに似合わず、ドリブルとパス、ゲームを作るセンスは一級品。ただし、ガードになったのは高校から」

「なら、本物のガードがどれほどのものか、思い知らせてやります」

 めったに大口を叩かない幻舟の目つきが威圧感を帯びていた。それでこそキャプテンよ。心中でほめつつ、真琴は説明を続けた。

「五番、スモールフォワード、佐々岡。三年、一九五センチ、八六キロ。シュートの精度は並だけど、強引にリバウンドを奪いにくる闘志はチーム一かもね」

「俺がこいつに当たりますか?」

 鬼神が指揮官に質した。

「わたしの考えでは、状況に応じて鬼神と雅和はマッチアップの相手をチェンジさせるつもり。相手に的を絞らせず、自分たちの土俵で勝負するためよ」

 指揮官の柔軟な意見に、鬼神はうなずいた。

「次は六番、センター、吉本。三年、二〇六センチ、九八キロ。今大会最高の高さを持ち、ダンクはもちろん、リバウンド、相手センターを引き付けての絶妙なアシストも光る。さつきにとって、最初の難関よ」

「任せてください。相手がどれほど大きい選手であろうが、僕のフックで黙らせますから」

 いつもは冷静なさつきも完全に燃えている。いい傾向だわ。真琴は愛弟子たちの戦意が高まっていることに手ごたえを感じていた。

「七番、パワーフォワード、松平。三年、二〇三センチ、九五キロ。派手さはないけど、泥臭い守備で貢献するエースキラー。ブロック、スティールの技術はかなり高いわね」

「わしが踏ん張ります。身長では負けても、きっちりスクリーンアウトをかけて、リバウンドは渡しません」

「雅和、頼んだわよ。最後は……」

 真琴はモニターに映る選手を指さした。

「一二番、シューティングガード、楠瀬。唯一の二年生レギュラーよ。一九二センチ、八三キロ。スリーはないけど、中距離から確実に決めてくるわ」

「この人、知ってますよ」

 小太郎が驚きを隠せない。全員の視線が小さなシューターに集まった。

「知ってるって、どういう関係なの?」

「中学の先輩です。ただ、僕が二年でレギュラーになったのに、楠瀬さんは控えでした。そして、僕にいつも言ってました。お前みたいなチビ、高校で通用すると思うな。俺が必ず倒してやるって」

「なら、そのセリフ、そっくり返してやろうぜ」

 鬼神が強気な言葉を吐くと、雅和もうなずいた。

「小太郎、お前のスキルを見せつけたれ。なに、図体だけの輩なんぞ、外からスリーを沈めればいいんじゃ。リバウンドはわしらがとるから、どんどん打てよ」

「うん、ありがとう」

 小太郎は笑顔で応じたが、いささか元気がなさそうだった。

「作戦としては、無理にインサイドで勝負をせずに、幻舟、鬼神、小太郎を中心に攻撃を組み立てる。リバウンドはさつきと雅和がものにして。これだけの身長で、後半は必ず足に来るわ。そこを一気に突き放す。以上だけど、質問は?」

 だれも手を上げないので、真琴は解散を命じた。

 真琴と由真、幻舟と白石、鬼神とさつき、小太郎と雅和が同部屋になった。広くはないが落ち着ける洋室の部屋で、大きなベッドが二つ置いてある。

 雅和はごろりと寝ころんだが、小太郎が黙り込んでいるので声をかけた。

「大丈夫か?明日は開会式もあるんじゃ。しっかり休んでおかないと試合に響くぞ」

「平気だよ。こんな大きな大会は中学以来だから、少し緊張してるだけ」

 小太郎はどこまでも穏やかに笑っているが、雅和には親友が変な気負いを抱えているのを感じていた。

 各人がそれぞれ明日からの道のりに思いをはせながら、夜は更けていった。

  いよいよインターハイ開催の日がやってきた。全国の代表が大阪中央体育館に集まり、開会式が催された。その後、一回戦の試合が始まる。青雲はロッカールームに入り、準備を済ませた。

「作戦は昨日言った通りよ。付け加えるとしたら、体に異変があったらすぐに言って。白石先生、お願いします」

「任せろ。大杉、お前の膝はこの腕にかけて守ってみせる」

 いつもはつかみどころのない老人の目が鋭く光っている。幻舟は力強くうなずき、五人はコートに向かった。

「よう、久しぶりじゃねえか、岸川」

 松本のユニフォームを着た長身の男が気安く声をかけた。楠瀬である。

「お久しぶりです」

「まさかお前と対戦できるとはな。その体格で生き残れたことは褒めてやるが、所詮バスケは高さだ。この試合、俺たちが勝って一気に頂点まで行く。まあ、せいぜい楽しませてくれ」

 明らかに小太郎を馬鹿にした態度だった。唇をかんでいる小さなシューターに、幻舟が肩を置いた。

「挑発に乗るな。お前はお前にしかできないバスケをすればいい。相手はインサイドを固めるだろうから、外から決めてくれ。頼んだぞ」

「はい。自分を見失ったらおしまいですよね。気を取り直します」

 両軍がアップを済ませると、アナウンスが響いた。

「これより松本高校対青雲高校の試合を始めます」

 選手たちが一礼し、コートに散らばる。さつきと吉本がジャンプボールに備える。その様子を槙原達が客席から眺めていた。

「あの天野が小さく見えるぜ」

 桑谷がつぶやく。飄々とした彼も、松本の高さには圧倒されている様子だ。主審がボールを上げると、両軍のセンターが競り合った。

「どっちだ!」

 観客がどよめく。さつきの指先と吉本の手がボールをはじくと、こぼれたボールを幻舟が拾った。

「さすが天野……あの身長差で互角とは……」

 金田が驚きを隠せない。幻舟は速攻に出ようとするが、既に松本はディフェンスを固め、ブレイクを許さなかった。

「松本はボックスワンで来ましたね」

 浅野が冷静にコメントする。唯一、外から決められる小太郎を封じて、圧倒的な高さでインサイドを固める方針だ。さすがの幻舟もどこにパスを出していいか戸惑った。時間が迫ってきたので、やむなく小太郎にボールを渡す。立ちはだかるのは楠瀬だ。

「時間がない!リバウンドは俺たちがとるから打ってくれ!」

 鬼神が叫ぶ。それに応えて小太郎がクイックモーションでシュートを放つ。それを見透かしたように、楠瀬がブロックした。

「やはりこの身長差は致命的か……」

 堀川も自分たちを苦しめた小太郎のシュートが通じないことにショックを隠せなかった。青雲は素早く戻った。松本はパスを回し、ミドルレンジの楠瀬が小太郎の上からシュートを打つ。ネットが揺れ、先制点が入った。

「どうした?中学のころはスピードとテクニックでレギュラーを奪ったが、俺の高さに対抗できないだろ?どんどんお前のところから点を取っていくぜ?」

 楠瀬は勝ち誇った表情で小太郎を侮蔑する。今度は鬼神が気落ちしているシューターの尻を叩いた。

「これくらいで動じるな!試合は始まったばかりなんだぞ。全員でお前をフォローするから自信を持って行け!」

「は、はい」

 小太郎はうなずいたが、動揺は隠せない。何とか動き回ってノーマークをつくろうとするが、松本のディフェンスは固く、楠瀬をかわしても各人がカバーに入り、小太郎のスリーは打ってもリングにはじかれる。

 幻舟も鋭いパスをダブルエースに供給するが、さつきと鬼神の力量をもってしても身長差は大きかった。松本は派手さはないものの、確実にゴール下から得点を重ね、前半が終わったところで五三対四四と青雲はリードを許したままだった。

 ベンチに戻った青雲のメンバーは、明らかに気落ちしていた。由真がドリンクを配っても反応はない。真琴もどうチームを立て直していいかわからず、難しい表情をしている。

「小太郎、一つだけ言っておくぞ」

 雅和がタオルで汗をぬぐいながらチームメイトにささやいた。

「一六〇センチのお前があの大男たちに対抗するには、泥臭いプレーがいるということじゃ。前半のお前は確かにきれいなフォームでシュートを打っていた。だが、それが通用しなかった。予選を思い出せ。お前の武器はシュートだけじゃないじゃろ?それともわしらを信用できんのか?」

 お世辞にも口数の多いとは言えない雅和が淡々と語るのを、幻舟たちは茫然と見つめていた。白石が膝をパンと叩いた。

「岸川、同じ一年生の言葉は響いただろう。大杉、お前の膝は大丈夫だ。負けたら最後、悔いのないよう全力で戦って来い」

 老医師に背中を押されるように、五人はコートに向かった。真琴は白石に頭を下げる。

「先生、ありがとうございます。監督のわたしが言いたいことを見事に代弁してくださいました」

「はは、褒められるほどじゃないな。それより、西園寺は一皮むけたようだ。体力だけの男と思っていたが、あいつの言葉で岸川が覚醒すれば、この試合わからんぞ」

 後半戦が始まった。青雲の攻撃に対し、松本は徹底してインサイドを固める。

幻舟のセンスをもってしてもチャンスは見いだせない。と、雅和が大声を出した。

「大杉さん、遠慮せずシュートを打ってください!リバウンドはわしらが確保しますから!」

 この言葉には槙原達も唖然とした。塚本が首を振りつつ冷笑する。

「何考えているんだか……いくら大杉がミドルを打てるといっても、この身長差で制空権を取れるわけないだろうに」

 だが、幻舟は雅和を信じた。時間ぎりぎりでマークをかわし、シュートを打つ。ボールはリングにはじかれたが、奪ったのは雅和だった。

「なんだあ!一九〇足らずの一年がリバウンドを取ったぞ!」

 観衆がどよめく。雅和はすぐに幻舟にボールを渡した。

「もう一回!言うたでしょ、リバンはわしらが取るって!」

(雅和……)

 一年生の気迫にこたえて、幻舟は再びシュートを打った。これも決まらない。

今度は鬼神が左手一本でボールをつかむ。そして、完全にノーマークになっていた小太郎に鋭いパスを出した。

「行け、小太郎!お前のスリーで試合をひっくり返すんだ!」

 鬼神の声には全員の気持ちがこもっていた。小太郎は小さな体躯を躍動させ、美しいフォームでシュートを放った。

(来い!)

 真琴が心中で叫ぶ。ボールは弧を描いてゆっくりとネットを揺らした。観客が太い息を吐いた。

「あの小さいのがスリーを決めやがった」

「その前に、あの松本相手に青雲が連続でリバウンドを取った」

「前半、明らかに青雲の選手は動きが硬かったが、この一本は大きい」

 雅和が笑顔で小太郎の髪をつかんでくしゃくしゃにかき回す。

「ナイスだ、小太郎!ここから反撃にかかるぞ!」

 幻舟がキャプテンらしく声でチームを鼓舞し、ディフェンスの態勢に入った。

 楠瀬は顔を赤くして怒りをあらわにした。

「くそ、一発決めたくらいで調子に乗るなよ……つまるところ、バスケは高さなんだからな」

 松本は素早いボール回しでチャンスをうかがう。楠瀬にパスが入ると、小太郎がきっちりマークに付いた。

「お前みたいなチビにやられるほど間抜けじゃねえんだよ!ここで決めて戦意を喪失させてやる!」

 楠瀬は小太郎の頭越しにシュートを打った。が、その背後にいた幻舟が右手でボールを叩き落とし、こぼれ球を小太郎が拾う。

「ナイスディフェンス!もう一本決めて流れをものにしよう!」

 ベンチから真琴が熱い声をかける。小太郎はそのまま相手ゴールに走るが、松本の戻りも早い。いったん幻舟にボールを戻し、今度はゴール下のさつきに矢のようなパスが渡った。

「来るか?天野のスカイフック!」

 客席が揺れている。さつきはシュートモーションに入ったが、フックを打たず、またしてもフリーになっていた小太郎に絶妙なパスを放った。受け取った小太郎は目にもとまらぬ素早い動きでスリーを打つ。再びネットは揺れ、一気に六点の差を縮めた。

 「すごい、小太郎君!やっぱりあなたのシュートがなければ青雲は成り立たないわ!」

 由真が興奮を抑えきれず、ベンチから殊勲のシューターに熱い声援を送った。

 松本のメンバーは愕然としている。高さを武器に予選を勝ち抜いてきた彼らにとって、小太郎にスリーを   決められるなど、屈辱でしかない。攻撃に移ったが苛立ちは明らかで、あっさりボールを奪われた。

「何としても止めろ!これ以上点差を詰められたら致命傷だ!」

 松本の監督、井上が怒鳴るが、幻舟は冷静にドリブルしつつ、コートを見渡した。楠瀬はぴたりと小太郎をマークしている。と、いきなりトップスピードでゴール下に切れ込んだ。松本の二メートルコンビがブロックに飛ぶ。幻舟は空中で体をひねると、わずかだが自分に気を取られている楠瀬を確認し、強烈なパスを小太郎に供給した。

 もはや何のためらいもない。小太郎はボールの感触を確かめた後、スナップをきかせてシュートを打った。ボールは乾いた音とともにゴールに吸い込まれる。

「なんなんだよ、青雲の八番!あっさり同点に追いついちまったぞ!」

 観客は無名の小太郎が連続でスリーを決める光景に驚愕している。

「岸川のシュートも見事だが……」

 槙原が腕組みしたままじっとコートを眺めていた。

「一年生ながら味方を勇気づけた西園寺、あえて無謀なミドルを打った大杉、リバウンドを制した岩倉、センターとは思えないアシストを決めた天野」

「やはり青雲の結束力は固いですね。一人として替えのきかない緊張感が最高の集中力を産み出している」

 浅野も幻舟たちの力量を認めざるを得ない。同時に、神奈川の王者として同じ相手に二度は負けられないプレッシャーも感じていた。

 その後の試合は一方的な展開になった。真琴が昨日指摘した通り、松本のフットワークは急激に鈍った。小太郎に連続で決められた精神的ダメージが疲労を倍増させ、パス回しもままならず、青雲の速攻を許した。

 幻舟のアシストでダブルエースが得点を稼ぎ、雅和がリバウンドを確保する。小太郎はスリーだけでなくドリブル、パスでもチームに貢献し、一〇五対六二の大差で試合は終了した。

「どう思う?青雲が大男たちを喰っちまったぜ」

 藤森のユニフォームを着た男が二人、アリーナから試合を見守っていた。

 司令塔の麻生とキャプテンの高村。シード権のある強豪校とともに神奈川を制した青雲を注目しないはずがない。すでにエースの亮一と相馬は予選を見ているので、久保監督の命令で二人が一回戦をチェックした。

「まあ、順当な結果だろうな。松本がいくら大きいといっても、大杉達のレベルじゃない。問題は、三年についてきている一年生二人だ」

 高村は感情を抑制しながらコメントした。エースキラーといわれる彼にとって、標的は鬼神。その破壊力をまざまざと見せつけられても、動じる気配はない。決して派手ではないが、確実に相手チームのエースを封じるディフェンス力と人望の篤さは藤森の中でもぬきんでている。

「確かに、ゴール下の西園寺と外から確実に決める岸川はたいしたもんだ。俺たちと当たるまであと四試合、さらに伸びてくるだろう」

 麻生は同じポイントガードの幻舟に注目していたが、やはり目につくのはグングン成長している二人。

「そろそろ帰るか?明日は俺たちも試合があるし、二回戦の偵察は一年たちに任せるべきだろう」

「そうだな。仮に決勝まで上がってくれば、相馬と北条が燃えてくれるだろうよ。いずれにせよ、俺たちに死角はない」

 つぶやくと、二人は客席から去っていった。

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