第九章 高さ以上の脅威
初戦に続き、強豪を破ったことで青雲の注目度は更に高まった。多くのバスケ関係者が幻舟たちのプレーに驚愕している。翌日の試合に備え、メンバーは足早にホテルへ引き返した。
ゆっくりと風呂に浸かり、白石のマッサージを受ける。そこへ、ある人物が姿を現した。
「お疲れ。客席から試合は見届けたぜ」
スーツ姿の関本が照れくさそうに笑いながらドアを開けた。おそらく仕事を途中で切り上げたのだろう、やや疲労が顔に残っていたが、後輩たちの奮闘ぶりに唇がほころんでいた。
「先輩、お忙しいのにありがとうございます。先輩が渡してくれたビデオ、しっかり試合に役立てました」
幻舟が立ち上がって頭を下げる。関本は慌てて手を振った。
「やめてくれよ。勝ったのはお前らがそれに見合った実力を持っていたからだろう。それより、明日から野球部の高橋たちも応援に駆けつけるらしい。とにかく、少しでも体を休めてくれ。俺がいるとお前らが気をつかうから引き上げるよ。じゃあ、明日も頑張ってくれ」
そそくさと関本は去っていった。鬼神がさつきに囁く。
「まったく、不器用な人だな。俺なら情報料をよこせというところだぜ?」
「鬼神、あなたの物差しで他人をはからないでください。冗談もほどほどにしないと、真琴さんがキレますよ?」
さつきと鬼神のやりとりは漫才だ。小太郎と雅和が笑いをこらえていると、真琴が神妙な顔つきで告げた。
「みんな、わかっているとは思うけど、全国レベルの葵に勝ったこと、明日の試合が三回戦であることを考えると一つのミスが敗北に繋がりかねないわ」
「相手は宮崎の高城高校でしたね。確かそれほど大きくはないチームだと思いますが?」
幻舟の問い掛けに、真琴はパソコンの画面を開き、全員に見せた。
「平均身長一七七センチ。今大会で下から五番目に小さいチームよ」
青雲の平均身長が一八五センチだから、その差は大きい。
「そして、おそらく予選を通じて今まで対戦したどのチームにも当てはまらない、高さに頼らずに圧倒的なスタミナと高度なディフェンスを駆使するやりづらい相手ね」
真琴が白いユニフォームを着た選手たちを一人ずつ解説した。
「四番、キャプテン、ポイントガードの赤松。一七五センチ。幻舟、小さいからといって油断したらあっさりボールを奪われるわよ。外からのシュートはもちろん、インサイドに切れ込んで絶妙のアシストを決める。最大の武器は無尽蔵の体力。高城の中でもその運動量は抜きん出ている」
指揮官の注意に、幻舟は無言で頷いた。
「五番、スモールフォワードの豊村。一七六センチ。一瞬のスピードで相手を置き去りにし、中から外から正確なシュートを決める。ファールをもらうのが上手くて、ボディコントロールに優れているわ」
「真琴さん、俺をマッチアップにつけてください。決勝まで、少しでもディフェンスを磨きたいんです。こういう相手なら不足なしですよ」
鬼神が真剣に訴えるので、真琴は了承した。
「六番、センターの山岡。一八六センチ。高さはないけどディナイに長けていて、簡単にゴール下にパスを通させないセンスがあるわ。オフェンスでも遠目からシュートを決める。厄介よ」
「任せてください。青雲のセンターがどれほどのものか、見せつけてやります」
さつきが珍しく闘志をむき出しにする。真琴は満足そうに頷いた。
「七番、シューティングガードの吉良。一六八センチ。タイプは小太郎と似ていて、高確率のスリーとスキのないディフェンスが持ち味よ。小太郎、ある意味、あなたにとって一番やりづらい相手かもね。今までのシューターにないスピードと上手さがある」
「わかりました」
小太郎は怖いくらいの形相でパソコンの画面を見つめている。
「八番、パワーフォワードの工藤。一八三センチ。抜群の嗅覚でリバウンドを取り、泥臭いプレーでチームを引っ張るプレーヤー。雅和といえども簡単にはリバウンドは取らせてもらえないわよ?」
「心配いらんです。センスでは負けても体力では負けません。四〇分走り回り、相手が疲れたところでわしの真価が問われると思っとります」
雅和が冷静に自己分析しているのに真琴は成長を感じた。
「はっきりしているのは走り負けするようではこの試合、勝ち目はないということ。自分たちが大きいと思わず、常に集中力を高めてひとつひとつのプレーを大事にする。その積み重ねが勝利につながるわ。じゃ、気が済むまでビデオを見て、キリのいいとことで寝ること。解散するわよ」
真琴は打ち切った。そこにはメンバーに対する全幅の信頼感があることを幻舟立ちは感じ取っていた。
初戦に続き、強豪を破ったことで青雲の注目度は更に高まった。多くのバスケ関係者が幻舟たちのプレーに驚愕している。翌日の試合に備え、メンバーは足早にホテルへ引き返した。
ゆっくりと風呂に浸かり、白石のマッサージを受ける。そこへ、ある人物が姿を現した。
「お疲れ。客席から試合は見届けたぜ」
スーツ姿の関本が照れくさそうに笑いながらドアを開けた。おそらく仕事を途中で切り上げたのだろう、やや疲労が顔に残っていたが、後輩たちの奮闘ぶりに唇がほころんでいた。
「先輩、お忙しいのにありがとうございます。先輩が渡してくれたビデオ、しっかり試合に役立てました」
幻舟が立ち上がって頭を下げる。関本は慌てて手を振った。
「やめてくれよ。勝ったのはお前らがそれに見合った実力を持っていたからだろう。それより、明日から野球部の高橋たちも応援に駆けつけるらしい。とにかく、少しでも体を休めてくれ。俺がいるとお前らが気をつかうから引き上げるよ。じゃあ、明日も頑張ってくれ」
そそくさと関本は去っていった。鬼神がさつきに囁く。
「まったく、不器用な人だな。俺なら情報料をよこせというところだぜ?」
「鬼神、あなたの物差しで他人をはからないでください。冗談もほどほどにしないと、真琴さんがキレますよ?」
さつきと鬼神のやりとりは漫才だ。小太郎と雅和が笑いをこらえていると、真琴が神妙な顔つきで告げた。
「みんな、わかっているとは思うけど、全国レベルの葵に勝ったこと、明日の試合が三回戦であることを考えると一つのミスが敗北に繋がりかねないわ」
「相手は宮崎の高城高校でしたね。確かそれほど大きくはないチームだと思いますが?」
幻舟の問い掛けに、真琴はパソコンの画面を開き、全員に見せた。
「平均身長一七七センチ。今大会で下から五番目に小さいチームよ」
青雲の平均身長が一八五センチだから、その差は大きい。
「そして、おそらく予選を通じて今まで対戦したどのチームにも当てはまらない、高さに頼らずに圧倒的なスタミナと高度なディフェンスを駆使するやりづらい相手ね」
真琴が白いユニフォームを着た選手たちを一人ずつ解説した。
「四番、キャプテン、ポイントガードの赤松。一七五センチ。幻舟、小さいからといって油断したらあっさりボールを奪われるわよ。外からのシュートはもちろん、インサイドに切れ込んで絶妙のアシストを決める。最大の武器は無尽蔵の体力。高城の中でもその運動量は抜きん出ている」
指揮官の注意に、幻舟は無言で頷いた。
「五番、スモールフォワードの豊村。一七六センチ。一瞬のスピードで相手を置き去りにし、中から外から正確なシュートを決める。ファールをもらうのが上手くて、ボディコントロールに優れているわ」
「真琴さん、俺をマッチアップにつけてください。決勝まで、少しでもディフェンスを磨きたいんです。こういう相手なら不足なしですよ」
鬼神が真剣に訴えるので、真琴は了承した。
「六番、センターの山岡。一八六センチ。高さはないけどディナイに長けていて、簡単にゴール下にパスを通させないセンスがあるわ。オフェンスでも遠目からシュートを決める。厄介よ」
「任せてください。青雲のセンターがどれほどのものか、見せつけてやります」
さつきが珍しく闘志をむき出しにする。真琴は満足そうに頷いた。
「七番、シューティングガードの吉良。一六八センチ。タイプは小太郎と似ていて、高確率のスリーとスキのないディフェンスが持ち味よ。小太郎、ある意味、あなたにとって一番やりづらい相手かもね。今までのシューターにないスピードと上手さがある」
小太郎はパソコンの画面を見つめたまま、小さく首肯した。
「八番、パワーフォワードの工藤。一八三センチ。抜群の嗅覚でリバウンドを取り、泥臭いプレーでチームを引っ張るプレーヤー。雅和といえども簡単にはリバウンドは取らせてもらえないわよ?」
「心配いらんです。センスでは負けても体力では負けません。四〇分走り回り、相手が疲れたところでわしの真価が問われると思っとります」
雅和が冷静に自己分析しているのに真琴は成長を感じた。
「はっきりしているのは走り負けするようではこの試合、勝ち目はないということ。自分たちが大きいと思わず、常に集中力を高めてひとつひとつのプレーを大事にする。その積み重ねが勝利につながるわ。じゃ、気が済むまでビデオを見て、キリのいいとことで寝ること。解散するわよ」
真琴は打ち切った。そこにはメンバーに対する全幅の信頼感があることを幻舟立ちは感じ取っていた。
午後11時すぎ、真琴は隣で寝息を立てている由真を起こさないよう、静かにベッドから起き上がって部屋を出た。エレベーターで二階に降り、自販機でミネラルウォーターを買う。キャップを開けようとしたところへ、さつきが現れた。
「珍しいわね。あなたも眠れないの?」
「ええ、体は疲れているんですが、どうにも神経がピリピリして……」
そう言って、さつきもコインを入れてスポーツドリンクを買った。
「幻舟の膝も心配ですが、白石先生に任せるしかないとわかっています。ただ、相手の高城高校がどんな策を打ってくるか、それが頭から離れないんです」
「わたしもよ。一回戦の松本は見掛け倒しだった。次の葵は強かったけどお互いに手の内を知っていた。高城は違う。平均一八〇センチ足らずの高さでどんなゲーム運びをするのか、ビデオだけではなんともね」
真琴は冷えた水を飲み込むと、右手で髪をかきあげた。不安げな表情がなんとも艶っぽい。二十歳とは思えない大人の雰囲気と、重圧に苦しむ若い女性の目つきが同居して、えも言われぬ魅力を醸し出していた。
「真琴さん、僕が言うまでもなく、幻舟は一人で背負い込む性格です。小太郎くん一人でフォローしきれるものでもない。生意気を言うようですが、彼に負担のかからないよう、真琴さんの采配に期待してます」
「ありがとう。あなたこそ、ゴール下を一人で守らないで。鬼神と雅和を上手く頼って、決勝までなるべくスカイフックは温存しておいてよ。もっとも、あなたのフックを止められるセンターなんて……」
「はい、藤森の大黒柱、相馬くんが黙っているはずがありません。二回戦で攻守両面で大車輪の活躍でしたから。ただ、まずは明日を勝たないとね」
さつきの言葉に、真琴は頷いた。
三回戦の開始が迫り、両軍のメンバーはアップを済ませ、指揮官の言葉に耳を傾けていた。
「昨日言ったとおり、走り負けたらそこで負けよ。なるべく高い位置でパスを回し、リバウンドを支配できればうちが有利だわ」
真琴が真剣に作戦を伝える一方、高城の監督、明神は気負いのない口調で選手を諭した。
「相手に合わせるな。高さで負けても、お前たちの運動量と正確なシュートで主導権を握れ。自分の力を信じる者が勝つんだ」
「はい!」
アナウンスが響き、三回戦が始まった。
と、客席から青雲コールが沸き起こった。高橋たちが作った横断幕が垂れ下がり、三〇名ほどの男女が声を枯らしている。その脇に関本の姿があった。
「あいつら、本当に……」
鬼神がメガホンを叩いている応援団に感激している。雅和、小太郎も言葉を失った。キャプテンの幻舟がさつきの背中を叩いて気合を入れた。
「みんな、あいつらのためにもこの試合、勝つぞ!」
「おう!」
同じ光景を、その後ろで見守る姿があった。
「どう見ます、槙原さん?」
横浜西の浅野が客席からコートを眺めつつ、キャプテンに問うた。
「青雲が一試合ごとにレベルアップしているのは間違いない。特に一年の二人はな。だが、高城のゲーム運びは今までとは違う。小さいからといって舐めたら大杉たちどいえども足元をすくわれるかもな」
ジャンプボールはさつきが制し、幻舟に渡った。が、高城は思いもよらないディフェンスに出た。ガードの二人とセンターの山岡が三人がかりで幻舟に厳しいプレスをかけている。
これには真琴も面食らった。ダブルチームですら突破は難しいのに、トリプルチームとは。幻舟は必死にボールをキープするが、どうすることもできない。
「白四番、五秒バイオレーション!」
審判の笛がなった。何もできないまま青雲の攻撃が終わり、高城のボールでスタートする。
赤松がドリブルで切れ込んだ。幻舟がきっちりマークする。と、急にステップを変え、逆方向にいた豊村にパスが渡る。そのままシュートの態勢に入った。
「打たせるか!」
鬼神がブロックに飛ぶ。しかし、豊村はシュートのモーションのままパスを出し、受け取った工藤が難なくレイアップを決めた。
「見たか、今の攻撃……」
「あの青雲が何もできないまま得点されちまったぞ」
「それ以前にディフェンスだ。大杉相手に三人がかりで、パスさえできなかった」
スタンドがどよめいている。心配そうに高橋が関本を振り返った。
「先輩、大丈夫ですよね?大杉たち、こんなところで負けたりしませんよね?」
「ああ、今のは奇襲を食らっただけだ。すぐ立て直すさ」
しかし、関本は内心で高城のプレーに圧倒されていた。
(あの身長で大杉を封じ、流れるようなオフェンス……手こずるかもしれん)
さつきがボールを入れ、青雲の攻撃だ。いつものように真琴が腹から声を出す。
「取られたら取り返す!自分たちのバスケをやりなさい!試合前に言ったでしょ、走り負けるなって!」
指揮官の声に背中を押されて、幻舟はドリブルをしながら各人に指示を出した。
「気負うな!いつもの俺たちのバスケを貫くぞ!高さではこっちが有利なんだからミスを気にせずどんどんシュートを打っていけ!」
「おう!」
高城はシューターの吉良が小太郎にマークにつき、あとはゾーンを敷いている。幻舟は果敢に突破をはかり、ほぼフリーになっていた鬼神に強烈なパスを出した。
ボールをもらった鬼神はゴール下に切れ込み、シュート体勢に入った。そこへセンターの山岡が飛び、二人は激しくぶつかりあった。審判の笛がなる。
「オフェンスチャージング!」
ファウルを取られた鬼神が愕然としている。山岡は静かに立ち上がり、無言で笑った。
「今のは計算づくだな」
横浜西の金田がつぶやく。頷きながら、堀川が指摘した。
「おそらく、高城の監督はまともにやりあっては勝ち目がないと踏んだんだろう。あえてリバウンドは捨て、早いパス回しとわざとファウルをもらう作戦だ。
あざといが、やられた方はダメージがでかいぜ」
再び高城の攻撃で始まる。幻舟はキャプテンらしく大声で味方を鼓舞した。
「まだ始まったばかりだ!ここで一本止めて、流れを変えるぞ!」
赤松が相手を伺いながらパスを出した。ボールを受け取った工藤は雅和がぴたりとマークについているのを確認し、ノールックパスを山岡に渡す。
相手がシュートを打つタイミングをはかってさつきがブロックに飛んだ。が、山岡は打たない。さつきが着地する寸前、シュートを打つ。両者の腕がぶつかった。ボールはネットに吸い込まれる。
「ディフェンスファウル、カウントワンスロー!」
ベンチの真琴と由真が唖然としている。さつきがファウルを取られるなど、めったにないことだ。なにより、山岡が意図的にファウルをもらい、三点プレーをモノにしたことに、言葉が出なかった。
山岡は冷静にフリースローを決める。青雲の攻撃だが、全員が流れに乗りきれず、動きが硬い。対する高城は各人がきっちり役割をこなし、のびのびとプレーしている。
「おいおい、青雲、やばいんじゃないの?まだ一点も取れてないし、完全に高城のペースだぜ?」
桑谷が軽薄そうに言い放ったが、本音は自分たちを負かした青雲が一方的にやられていることに焦っていた。
「長谷川監督も思案のしどころだろうが、控えがいないとな。三回戦ともなると青雲といえども簡単にはいかないということだろう」
槙原が重々しく言った。そして流れを高城に渡したまま、第一クオーターが終了した。二三対八。予選を通じていきなりこれまでの差をつけられたことはない。幻舟たちは無言でベンチに戻り、饒舌な鬼神も口をつぐんだままだった。
「みんな、自分たちのバスケを見失っていない?もう全国大会の三回戦よ。高さだけで勝てるレベルじゃない。こっちには幻舟、小太郎のガードコンビがいるんだからここを封じられるようじゃ勝ち目はないわ」
真琴の言葉が各人の胸に突き刺さる。指揮官の言うとおり、相手がシュートを落とさなければリバウンドで勝っても意味はない。なにより組織力抜群の高城を攻略するにはスピードが不可欠だった。
「さあ、このまま敗退なんて許さないからね。一気に逆転してこい!」
第二クオーターが開始した。高城のボールでスタートする。赤松からボールを受け取った吉良が3Pを放つ。リングにはじかれ、リバウンドは雅和が奪った。
「来い、速攻だ!」
幻舟の叫びに応えて雅和が弾道のようなパスを出す。しかしさすが高城、すぐにディフェンスに戻って青雲の好きにはさせない。
ドリブルをしつつ、幻舟は相手の隙を伺った。わずかだが赤松がドライブを警戒して距離を取っている。そこをつき、インサイドに切れ込むと、幻舟はミドルシュートを放った。
(入ってくれ!)
青雲の四番が祈りを込めたシュートは音を立ててネットに吸い込まれた。
「ナイスだ、幻舟!」
鬼神がキャプテンの肩を叩く。高橋たち応援団が一気に盛り上がり、青雲コールが響き渡った。ベンチの由真が頬を紅潮させた。
「真琴さん、流れが来ましたね」
「ええ。さすがはうちの大黒柱だわ。でも、このあとに止めないと意味がない」
すぐにボールがコートに入り、赤松がドリブルする。幻舟を警戒しつつ鋭いパスをアウトサイドにいた豊村に渡すと、何のためらいもなくシュートを打った。
「あいつが!」
無警戒だった鬼神が声を上げるうちに、3Pが決まった。これで高城のリードはまた一点広がった。
「やることにそつがないねえ。いくら岩倉がディフェンスを苦手にしているとはいえ、いやらしいプレーをしやがる」
桑谷が苦笑交じりに肩をすくめた。槙原は腕組みしながら淡々と語る。
「3Pシューターが三人いるのはうちと同じだが、全くゲーム運びが違うな。
青雲が正統派のチームなら高城は異端のチーム。相手の弱点を正確につき、ディフェンスにも隙がない。そろそろ点差を詰めないと青雲は苦しいぞ」
鬼神が幻舟に詫びた。
「わりい、俺のミスだ。まさかあいつまで外から打てるとは……」
「気にするな。お前の持ち味は豪快なオフェンスだろ?取られたら取り返せばいい。落ち込んでる暇はないぞ」
幻舟の指摘に鬼神は頷いた。
「さあ、そろそろ派手にいきましょうか!神奈川の王者を本気にさせたらどれほど怖いか、思い知らせてこい!」
真琴の怒声はやくざ顔負けだ。だが、それがどれほどチームの士気を上げてきたか、青雲の五人は身に染みている。幻舟が力強く突破を図るが、わずか一七五センチの赤松が立ちふさがり、無言の重圧をかける。さらに小太郎にマッチアップしていた吉良が赤松と幻舟を挟み撃ちにし、高校ナンバーワンガードの幻舟もこれには何もできない。
一瞬の隙を突いて吉良がボールを奪うと、速攻に出た。しかし、小太郎が自陣に戻って許さない。今度は小太郎に気を取られている吉良の後ろから幻舟がスティールをすると、一気にゴールしたのさつきに長いパスを出した。皐月は体をひねり、右手を掲げてフックシュートを放った。これが決まり、スタンドは一気に沸いた。
「今のフックは天野の頭脳プレーだな」
金田が笑いながら言う。さつきの高さと技術があれば普通のシュートで難なくゴールを奪えたはずだ。あえてスカイフックを選んだのは苦しいゲームの流れを変えるため。鬼神のダンクとさつきのフックは二点以上の価値がある。味方のムードを上げ、相手の士気を下げ、観客を虜にする。
「点差は大きいが、徐々に青雲のペースになってきた。高城はどうくるかな?」
堀川が興味津々といった表情で語る。第二クオーターが終了した時点で四一対三二。高城のリードだが、少しずつ点差は縮まっていた。
高城の明神監督は汗だくになっているメンバーを見下ろしつつ、余裕たっぷりの表情だった。
「さすがにたった五人でここまで勝ち上がってきただけはある。あの体格でうちのスピードについてくるとは予想外だ」
明神は的確に青雲の試合巧者ぶりを褒めつつ、新たな指示を出した。
「後半は例の作戦で行くぞ。せいぜい焦らしてやれ」
ブザーが鳴り、後半がスタートした。高城のボールでスタートするが、赤松はドリブルするだけでいっこうに攻めて来ない。
(どういうことだ?時間は限られているぞ?)
幻舟は疑問を持った。残り一〇秒を切った時点でいきなり赤松は矢のようなパスを工藤に出す。雅和は対応できず、簡単にゴールを許した。
「ディレイドオフェンスか」
槙原がつぶやく。あえて攻め急がず、二四秒いっぱい使って攻める作戦のことだ。当然、全員の意思が統一されていないと成り立たない高度な戦術である。
「みんな、油断しないで!相手のペースに飲まれたらおしまいよ!」
由真が大声を出す。応援団も今までにない気迫を見せた。
「俺たちの応援しだいで流れは変わるんだ!青雲ファイト!」
「青雲ファイト!」
幻舟がさつきからボールを受けると、高城はゾーンを敷いている。今までの相手なら高いパスをゴール下にだしてダブルエースが決めるところだが、高城の選手は全員が幻舟からのパスコースを切っており、鬼神とさつきはどうすることもできない。
ひと呼吸つくと、幻舟は鋭いドリブルで赤松をかわし、ゴール下に切れ込んだ。さつき、鬼神、雅和はスクリーンをかけ、難なくレイアップシュートが決まった。
「浅野、気づいているか?大杉のプレースタイルが変化していることに」
槙原に問われて、浅野は頷いた。
「はい、予選の頃はアシスト役に徹していましたが、インターハイに入ってアグレッシブな動きを見せています。僕も対戦したからわかるんですが、あれだけ高さがあるのに突破力は図抜けている。さらにミドルシュートの精度も高いから、単独で止めるのは不可能に近いですよ」
「同感だ。俺が知る限り、今の大杉に対抗できるのは……」
槙原は自分たちと同じく客席から試合を観戦する藤森のメンバーに視線を流した。
「天才と言われる、北条亮一くらいだろう。だが、その対戦は実現しない。俺たち横浜西が青雲を叩きのめすからだ」
決勝リーグ、最後の最後で敗れてから、槙原たちの目標は単に日本一になるだけでなく、その過程で青雲を倒すことになった。あの試合で負けてから今日まで、さらに厳しい練習をこなしてきたことが彼らの自信になっている。そして、切り札の塚本は無言でコートを見下ろし、試合の行方を凝視していた。
高城も負けていない。司令塔の赤松を中心に素早くパスを回し、フリーになっていた吉良が遠目からシュートを打つ。これがリングに嫌われ、リバウンドは雅和がしっかりと奪った。
「来い、雅和!」
すでに走り出していた鬼神が叫ぶ。雅和は絶妙のパスを出した。受け取った鬼神がコートを蹴り、代名詞のダンクを炸裂させた。
「来たよ、岩倉のダンク!」
「西園寺もいいパスを出したな。これで青雲のペースか?」
観客の声が大きくなる。ベンチの真琴は両手を叩いてメンバーを鼓舞した。
「ナイスプレー!3Pはそうそう入るものじゃないわ!リバンをきっちり取って、一気に点差を詰めるわよ!」
明神も負けていない。両手で口の前にメガホンを作ると、選手たちを激励した。
「慌てるな!最後に笑うのは自分のプレースタイルを貫いたものだけだぞ!じっくりボールを回して確実に決めればいい!」
しかし、高城のチームワークをもってしても青雲のディフェンスをこじ開けるのは困難だった。必然的に外からシュートを打つが、リバウンドは青雲の誇るゴール下三人が確保し、じりじりと点差は詰まってきた。
第三クオーターが終了した時点でスコアは六五対六三。高城のリードは無きに等しく、スタメン五人の疲労はピークにあった。
監督の明神は奮闘する選手たちを見て、覚悟を決めた。
「みんな、泣いても笑ってもあと十分だ。お前たちはプロと違う。最後まで高城のスタイルを貫いて来い。結果の責任は全て私が負う」
赤松たちは指揮官がむしろ晴れ晴れとした表情で語る姿を見て、闘志を燃やした。
「よし!まだわずかだが俺たちがリードしている!最後のクオーター、走り回ってかならずかつぞ!」
「おう!」
キャプテンの声に刺激されて、高城の五人はコートに入った。
青雲のボールで試合は再開される。幻舟はドリブルで赤松をかわし、シュートを打つがリングにはじかれ、山岡がボールを奪った。
「すげえな、あの体格で……」
「ああ、バスケは高さだけじゃない。高城のプレーを見ていると勝利への執着心が伝わって来るよ」
山岡は赤松にパスを出すが、青雲は素早く戻り、速攻を許さない。豊村が一瞬の隙を突いてミドルシュートを打つが、これも入らず、さつきがリバウンドを制した。
「よーし、じっくり攻めるわよ!疲れているのはお互い様!簡単にシュートを打たず、パスを回していこう!」
真琴の声が響く。幻舟はドリブルをしながらコートを見渡すが、ずっと小太郎をマークしていた吉良がかなり疲れているのを見越して、ドライブに見せかけて小太郎にパスを出した。
(頼む!)
全員の祈りが通じたのか、小太郎の打った3Pシュートは美しい軌跡を描き、ネットに吸い込まれた。
「来たよ、岸川のスリー!」
「とうとう逆転だぜ!地力の差が出たのか!」
幻舟は試合をひっくり返した小太郎の頭をクシャクシャになでた。
「よく決めてくれた。吉良は明らかに疲れている。どんどんパスを出すから頼んだぞ」
「はは……」
小太郎自身、興奮で言葉が出ない様子だ。明神がなにか言おうとした寸前、赤松の叫びが轟いた。
「まだだ!時間は十分にある!高城のバスケはこんなもんじゃない!もう一度逆転するぞ!」
この状況において、赤松の心は折れていなかった。誰よりもバスケを愛し、血の滲むような厳しい練習に耐えてきたのはインターハイで優勝するため。
ほかの四人も、司令塔の言葉に喝を入れられて、落としていた視線を上げた。
「最後まで諦めるなよ!高さで勝負するな!走って走って運動量で掻き回せ!」
青雲に劣らず、高城の応援団も声を枯らしてコートの五人を励ました。
だが、現実は無情だった。小太郎に決められたダメージが重くのしかかり、前半のように脚が動かない。外からシュートを撃っても疲れきった状態ではリングにはじかれ、青雲の三人にリバウンドを奪われた。
逆に青雲は司令塔の幻舟がどんどんインサイドに切れ込み、マークを引き付けると鬼神、さつき、小太郎に絶妙のアシストを決め、点差は広がっていった。
それでも試合を捨てずにボールを追いかける高城のメンバーの闘志は見る者の心を打ち、両軍の応援団は腹の底から声援を送った。
「試合終了!」
ブザーが鳴った。スコアは八六対七三。青雲の完勝だった。お互いに礼をすると、赤松が息を弾ませながら幻舟に握手を求めた。
「スタミナとスリーポイントではどこにも負けない自信があったんだけどな。さすがは全中を制した大杉だ。優勝を目指して頑張ってくれ」
「ああ、お前たちみたいに精神力のあるチームを倒したことは自信になる。必ず勝って、高城のバスケは間違っていなかったと証明するさ」
吉良は疲労困憊で紫色の顔をしていたが、小太郎の肩を叩くと小さなシューターをたたえた。
「その体格、しかも一年で大したもんだ。自慢じゃないが、自分より小さな相手に負けたのは初めてだ。恐ろしいやつだよ」
「ありがとうございます。次の試合はさらに厳しくなると思いますが、よかったら見てください」
「おう、お前たちがどこまでやれるか、しっかり見届けるよ。じゃあな」
それぞれ互いのプレーをたたえ合った。その様子を、王者、藤森と横浜西が見下ろしている。
「ついに青雲がベスト八か」
淡々と語るのは藤森のキャプテン、高村。そのすぐ横で麻生がつぶやく。
「あと二つ勝てば俺たちと当たるが……」
ちらっと麻生は横浜西のレギュラー陣を視線に入れた。
「神奈川代表対決がどう転ぶか、それが見ものだな」
藤森は相馬を先頭に去っていったが、横浜西はじっとコートを見つめたままだった。




