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第十三章 頂上対決開幕

インターハイ最終日、午前九時半。 両軍のメンバーは朝食を済ませ、練習用のコートで汗を流していた。 青雲の五人はいささか緊張した様子だったが、それぞれ得意の距離からシュート練習をこなし、順調な仕上がりを見せた。

「練習で疲れたら意味がないからね!相手が誰であろうと、自分たちのスタイルを信じる!相手をこっちの土俵に引きずり込めば、ぐっと勝利は近づくわ」

 メンバーに声をかける真琴も言葉とは裏腹に重圧で肩が震えていた。白石が近づき、肘で真琴の腕をつついた。

「おい、おまえが気負ったら試合は終わりだろうが。選手を信じろ。お前らがこの大会、修羅場をくぐり抜けて成長したのはわしもわかっとる」

 指摘されて真琴ははっとした。白石を振り返ると、悟りきった顔をしている。この老人がいなかったら、ここまで勝ち上がることなど不可能だっただろう。真琴は、喜多村の妹を救えずに涙を流した白石の姿を思い出した。その白石が目で語っている。無心でいけ。ごちゃごちゃ考えずに、直感でプレーすればいい。真琴は頷くと、無言で幻舟たちを見守った。 反対側のコートでは藤森が練習している。センターの相馬以外全員が高いシュート精度を誇る高校王者。中でもエース、北条亮一はキレのある動きを見せていた。 マネージャーの日下が腕時計を見て、久保に進言した。

「監督、試合まであと一五分です」

 久保は頷くと、腰に手を当てたまま響く声をあげた。

「そろそろ最後の試合だ!十分体は暖まっただろう。行くぞ!」

 指揮官に先導されて、高村たちは練習場をあとにした。 すでに客席は満員になっている。藤森の横断幕には、常勝不敗!インターハイ五連覇に向けて、と白地に赤い文字で大きく描かれている。 反対側、青雲の横断幕は五人で奇跡を起こせ!俺たちがついていることを忘れるな、と黒い筆で書かれていた。 遠藤と久美子は最前列に陣取り、横浜西の顔も見える。それぞれが複雑な思いを胸に、最終決戦を待ちわびていた。

「これより、高校総体男子バスケットボール、藤森学院高校と、青雲高校の試合を行います」 

 女性のアナウンスが響くと、割れんばかりの歓声が沸き起こった。

「白のユニフォーム、藤森高校四番、高村君」

 高校一のエースキラーが登場すると、藤森のスタンドから大きな声援が送られた。

「頼むぞ!お前のディフェンスで藤森は勝って来たんだ!」

「高村先輩、いつものブロックショット、期待してます!」

 藤森のキャプテンは落ち着き払った表情でコートに立った。

「続きまして、青のユニフォーム、青雲高校四番、大杉君」

 幻舟が力強く入場すると、高橋たちがメガホンで怒鳴り散らす。

「大杉、高校界ナンバーワンガードの底力を見せてやれ!」

 槙原がつぶやいた。

「とりあえず、膝は心配なさそうだな」

 となりの浅野も気が気でない。二度も青雲に屈したのは、幻舟を抑え切れるガードがいなかったからだ。麻生は幻舟とは異なるタイプの司令塔だが、どちらがゲームを支配するか、浅野の目はぎらついている。

「藤森の五番、相馬君」

 二メートルの巨体が現れた。肩をいからせて、相馬はゆっくりとコートの中央に歩み寄る。幻舟と視線が交錯する。相馬はしばらく青雲のキャプテンを睨んでいたが、自分からそらせた。俺の相手はお前じゃない。そう、表情が語っている。

「青雲の五番、天野君」

 さつきがしなやかな長身を躍動させるように歩くと、青雲側の女性陣が黄色い歓声を上げた。男をも魅了する甘いマスク、華麗なスカイフックはとりわけ若い女性のハートを掴んだようだ。幻舟の隣に並ぶと、相馬と正面から向き合う形になる。相馬は敵意をむきだしに、さつきは無表情で対峙した。

(天野選手……あなたの勇姿を見るのもこれが最後です。悔いの残らないよう、精一杯プレーしてください)

 久美子は祈るような気持ちでコートのさつきを見つめている。

「藤森の六番、麻生君」

 相馬、亮一のゴールを演出する司令塔が右手を上げて声援に応える。相馬の隣に並ぶと、ちらっと幻舟に目を向け、すぐに反らせた。

(残念だがお前とマッチアップするのはうちのエースだ。せいぜい楽しませてくれ)

「青雲の六番、岩倉君」

 鬼神が左手で拳を作り、右手の平を叩いて登場する。列に並ぶと、気迫に満ちた視線を高村にぶつけた。

(俺がこいつを粉砕しない限り、勝ち目はない。死ぬ気でやるぞ)

「藤森の七番、服部君」

 亮一に匹敵するシュート精度を誇るスナイパーが軽快に歩み寄る。

「青雲の七番、西園寺君」

 ひときわ目立つ坊主頭のリバウンダーがコートを小走りに駈ける。鬼神の隣に立つと、服部と正対した。

(こいつにリバウンドを確保されると厄介だ。まあ、ゴール下に入らせなければ問題ない)

 服部は進境著しい一年生を警戒する。

「藤森の一二番、北条君」

 亮一の姿が現れると、藤森のスタンドが大歓声で揺れた。

「北条、今年も主役はお前だ!青雲など叩きのめしてやれ!」

「お前のプレーで相手を黙らせろ!格の違いを見せて来い!」

 体育館が亮一コール一色に染まった。桑谷が興味深そうにコートを見下ろしている。

「さて、この天才くんを青雲がどう止めるか?弱点らしい弱点はないぜ?」

 亮一は幻舟たちと目が合うと軽く頭を下げた。かつての先輩に対する礼儀だろう。だが、その余裕に満ちた態度が鬼神たちの闘争心に火をつける。

「青雲の八番、岸川君」

 一六〇センチのシューターが最後の選手だ。雅和の隣に立つ。藤森の五人がいっせいに目を向けるのを感じて、小太郎は胸に手を当て、深呼吸した。

「スタッフの紹介です。藤森高校ヘッドコーチ、久保真一さん」 

緑のワイシャツにネクタイを締めた久保が一礼した。

「マネージャー、日下聡君」

 右手にノートを持った少年が頭を下げる。

「続きまして、青雲高校ヘッドコーチ、長谷川真琴さん」 

白いブラウスに紺色のスカートをはいた真琴が腰を折った。

「マネージャー、喜多村由真さん」

 半袖のセーラー服を着た由真が緊張しつつ、礼をする。

「チームドクター、白石健二さん」

 汚い白衣を着た白石が愛想のない表情で少しだけ頭を下げた。 観衆が固唾を飲んでコートを見守る中、各メンバーは散らばって両軍のセンターがジャンプボールに備えて腰を落とした。

「再びお前と戦えるとは、嬉しい誤算だ」

 鋭い目つきでさつきを睨みつつ、相馬がつぶやいた。

「だが、お前たちに勝ち目はない。総合力で上回る上に、うちには天才がいる。北条亮一という天才がな。ハードな試合になるだろうが、勝つのは俺たちだ」「その言葉、そっくりお返ししますよ」

 え?相馬は瞬きした。常に冷静沈着なさつきが不敵な笑みを浮かべている。

「あなたの言うとおり、何もかも藤森が上でしょう。しかし、こちらにも発展途上の一年生が二人いることをお忘れなく。そちらが一二〇パーセントの力でうちを叩きに来るなら……」

 さつきの口元から笑いが消えた。

「こちらは一五〇パーセントの力で迎え撃つ。それだけのことです」

 審判が高々とボールを上げた。相馬とさつきが競り合う。

「どっちだ!」

 高橋も、遠藤も、横浜西のメンバーも身を乗り出して注目する。 僅差で相馬の指がボールを弾き、麻生に渡る、そのはずだった。 この時、猫のような俊敏な動きでボールを奪ったものがいた。鬼神は左手でボールをつかみ、ベンチの真琴に向かって笑顔でVサインを送った。

「さすが岩倉!いまのスティール、速すぎて誰も反応できなかったぜ!」

 桑谷が絶賛する。鬼神はボールを幻舟に預けた。真琴が大きな声を出す。

「作戦通りよ!じっくりパスを回してまずは先制しよう!」

 高村は舌打ちした。相馬の身長は二メートルちょうど、さつきは一九七センチ。だが、リーチは相馬の二〇六センチに対してさつきは一九八センチ。ジャンプ力がほぼ互角と考えると、青雲は最初から一番瞬発力のある鬼神がボールをカットするつもりでいたのだ。

「うろたえるな!きっちり止めて、力の差を見せてやれ!」 

久保は低いが響く声でチームを落ち着かせた。この程度、どうということはない。いささかも動じない久保の態度に、真琴は恐怖すら感じた。

(さすがに常勝軍団の指揮官ね。全員が力を出しきらない限り、勝ち目はないわ)

 藤森対青雲。それは同時に、久保と真琴の戦いを意味していた。

 幻舟はドリブルをしながら相手の隙を伺う。と、いきなり藤森のエース、亮一が目の前に立ちふさがった。

「おい、北条が大杉のマークについたぞ!」

「高校界ナンバーワンガードには天才か!すげえ対決だ!」

 観客も興奮している。亮一は腰を落とし、幻舟のドライブを警戒していた。

「どう見るよ、槙原?」

 桑谷に聞かれて横浜西のキャプテンはうなった。

「麻生をぶつけても問題ないと思うが、藤森はそれだけ大杉の力量を認めているということだろう。この二人の攻防が試合のカギを握ることは間違いない」

 幻舟と亮一の視線がぶつかった。あなたの好きにはさせない。そう、亮一の目が語っている。

(上等だ!)

 青雲の四番が突破にかかる。亮一はぴったりと吸い付くように離れない。と、幻舟は左足を踏み出し、股下でボールをくぐらせた。さらに右足を出すと、今度は左手から同じ要領でボールを持ち替えた。

(クロスオーバードリブル!)

 浅野は息を飲んだ。NBAのスター選手も使う高等技術だ。これには亮一も対応できず、幻舟はゴール下に切れ込んだ。 すると麻生が防ぎに来る。幻舟は軽くジャンプして麻生の頭越しにゴール下のさつきにパスを出した。

「来たよ、注目のセンター対決!」

「大杉のドリブルもすごかったな!あの北条が置き去りにされたぜ!」

 体育館の熱気が高まってゆく。ボールを持ったさつきには相馬が威圧感たっぷりにディフェンスにつく。さつきはドリブルをせず、右手を高く掲げてジャンプした。

「来るか?」

「天野のスカイフック!」

 相馬は両手を伸ばし、シュートコースを塞ぐ。だが、さつきは空中でボールを下げ、相馬をかわすと、レイアップを放った。ボールはバックボートに当たり、ネットに吸い込まれた。「ダブルクラッチか」

 金田がつぶやいたが、同じセンターとして驚愕を隠せない。コートでは鬼神がさつきとハイタッチしている。

「さすがさつきだ!相手の攻撃を止めて、流れをモノにしようぜ!」

 青雲の攻撃を見届けた遠藤と久美子は複雑な表情をしている。

「いまの天野のプレー、君はどう思う?」

「天野選手が自分のスカイフックに自信があるなら、迷わず打っていたと思います」

「僕もそう思う。表面上は青雲が先制したが、次に天野がフックをブロックされたら、流れは藤森に行くだろうね」

 久美子には、何よりさつきの表情にさほど喜びが浮かんでいないことが引っかかっていた。得点しても、相手から逃げたのでは意味がない。久美子は半ば自分に言い聞かせるように心中でつぶやいた。

(天野選手……迷いは禁物ですよ。自分の力を信じてください)

 藤森の攻撃に移り、麻生がボールを運び、大声を出す。

「よーし、まずはオフェンス一本!きっちり借りを返して主導権を握るぞ!」

 だが、観客はもちろん、藤森を驚かせたのは亮一に幻舟がマッチアップしてきたことだ。「すげえな……天才対大黒柱!どっちも譲らないつもりだ!」

「さっきは大杉が見事なドリブルで北条を抜いたが、北条がどうリベンジするか、見ものだな」

 相馬にはさつき、高村には鬼神、服部には雅和、麻生には小太郎。青雲もまた、マンツーで当たってきた。 遠藤はメモを取りながら愛弟子にたずねた。

「永岡くん、この試合にはいくつものポイントがあると思うが、君はどのあたりに注目している?」

「はい、まずはセンター対決。バスケットはなんだかんだとゴール下の攻防が大きなウエイトを占めます。高さとパワーでは相馬選手、テクニックと頭脳では天野選手。全くタイプの異なる二人です。先程は天野選手がゴールを決めましたが、相馬選手が黙っているはずがありません」

「同感だね。その次は?」

「天才、北条選手を青雲がどう抑えるか。同じポジションの岩倉選手はディフェンスが得意とは言えない。長谷川監督は大杉選手をぶつけました。この判断は正しいと思いますが……」

「それでも、彼を三五得点以内に封じることは難しいだろうな」

「はい。そして、攻撃の起点である大杉選手が疲労すれば」

「青雲のオフェンス力は大きくダウンするだろうね」

 久美子は無言で頷いた。

「僕から一つ付け加えるとしたら、麻生に岸川をつけることによって、どんどん頭越しにパスを入れられる。仕方ないことだが、彼のゲームメイクのセンスはかなり高い。青雲にとっては厳しい試合になるだろう」

「それでも、わたしは最後まで竸ったゲームになると思います」

 弟子がいつになく強い口調で断言するのを聞いて、遠藤は迫力を感じた。

「予選から、青雲は常に崖っぷちの戦いを勝ち抜いてきました。なにより、一年生二人がこの試合中にも成長すると思うんです。決して、青雲を応援しているわけではありません。試合終了のブザーが鳴るまで、わからない展開になると読んでいます」

「くどいようだが、君は強くなったよ」

 遠藤は目を細めた。

 麻生はドリブルしつつ、コートを見渡した。各人にぴたりとマークが付いている。藤森の司令塔は今まで経験したことのない圧力を感じていた。

(さすがに修羅場をくぐり抜けてきただけのことはあるな。しかし、俺たちに負けは許されない)

 ボールを右手から左手に持ち替え、麻生は突破を図った。小太郎が食らいつく。しかし、一六〇センチの身長では一八三センチの麻生と差が大きすぎる。麻生は高村に鋭いパスを出した。背後に鬼神の気配を感じつつ、高村は雅和を振り切ってインサイドに切れ込んだ服部にノールックでボールを渡す。受け取った服部は楽々ミドルシュートを決めた。

「さすが藤森、ケレン味がない」

「すべて計算ずくだな。麻生が岸川との身長差を活かして、高村が絶妙のアシストを決め、服部がきっちり得点する。一連の動きに無駄がない」

 横浜西の金田と堀川が王者の試合運びにうなった。

「ドンマイ!気持ちを切り替えて、取られたら取り返す!幻舟、相手が亮一だからって遠慮は無用よ!」

 この大舞台で、真琴の指示には迷いがない。体育館いっぱいに響く声量で、青雲の五人を鼓舞する。 幻舟は両手を広げて立ちはだかる亮一に圧倒されることなく、司令塔として冷静にパスコースを探した。しかし、藤森にも隙はない。ふっと小さく息をつくと、いきなりトップスピードに乗ってインサイドに切れ込んだ。

(速い!)

 ディフェンスの名手でもある亮一が反応できないほどのスピードだった。完全にノーマークになると幻舟は矢のようなパスを出す。すでにジャンプしていた鬼神がボールをつかみ、そのままリングに叩き込もうとしたその時。 高村が激しく鬼神の背中にぶつかり、審判の笛が鳴った。

「ディフェンス、プッシング!ツースロー!」 

 せっかくのアリウープが失敗したが、立ち上がった鬼神は笑いながら高村を挑発した。「おいおい、しれっとした顔でえげつないファールだな。けど、この程度じゃ俺たちは崩れないぜ?」

 高村は無言だ。鬼神はフリースローラインに立った。

「まったく、しょっぱなから熱い試合だな。あの高村が第一クオーターから汚いプレーでファールを取られるなんて、この大会で初めてだろ?」

 桑谷が渋い顔をしている。槙原は腕組みしたままコートを見渡した。

「仮に大杉と岩倉が狙って高村からファールを取ったとしたら、見事と言うしかない。まあ、いまのアリウープが決まっていたら流れは青雲に傾いただろうから、高村の判断は正しいと思うがな」

 鬼神は冷静に二本のフリースローを決め、再び青雲がリードする。両軍の応援団がヒートアップするばかりだ。

「このままぶっつぶせ!相手の不敗伝説を、お前らが打ち砕くんだ!」

「たかが二点のリード、すぐにひっくり返せる!本気の藤森が負けるはずがない!」

 すぐに試合はリスタートし、麻生がボールを運ぶ。と、まだ相手のエリアに入っていないのに、長く正確なパスが通った。ゴール下で受け取った高村があっさりゴールを決める。「おおーっ、さすが麻生、すげえパスだ!」

「青雲が無警戒だったからな!あっさり同点にしたぞ!」

 スタンドが揺れ、麻生と高村がハイタッチする。

「いまのオフェンス、青雲は何も出来ませんでしたね」

 久美子が鮮やかな藤森の得点に驚愕しきりだ。

「これこそ、藤森が常勝たる所以だ。相手が少しでも隙を見せたら確実に決める。全員にその意識が根付いているから、リードされても全く動じないんだよ」

 藤森の凄さを知り尽くしている遠藤ですら、高校生離れしたプレーに感嘆の息を吐いた。 一進一退の攻防が続いた。幻舟は膝を負傷し、さらに亮一にマークされている状況でいくつものアシストを決め、麻生は小太郎との身長差を活かして味方のゴールを演出する。コートの一〇人はもちろん、監督、観客さえ気の抜けない試合に最大の集中力を注いだ。 

 第一クオーターが終了した。一八対一六で藤森がわずかにリード。だが、両軍のメンバーにさしたる疲労は見えない。いつもは由真から渡されるドリンクを一気に飲み干す鬼神も、半分以上残したままだ。

「向こうはまだ本気じゃないですね」

 参謀格のさつきが藤森のベンチを見ながらつぶやいた。

「おそらく、第二クオーターからエンジン全開で来るだろう。鬼神、お前の得点はフリースローの二点だけ。そして、亮一もミドルシュート一本決めただけで二得点。高村から点を取るのは簡単じゃないが、どんどんパスを入れるぞ」

 幻舟がキャプテンらしく重みのある口調で言うと、鬼神は不敵に笑った。

「おうよ。俺があいつを翻弄すれば自然とさつきと小太郎に注意が向くはずだ。個人技でも総合力でもこっちが上だと思い知らせてやろうぜ」

 いついかなる状況でも、鬼神が弱気になることはない。真琴は自分が指示を与える前に幻舟たちがきちんとゲーム展開を考えていることに成長を感じた。 一方の藤森も冷静に第一クオーターを振り返っている。両者ともまだ一本もスリーを打っていない。勝負どころで決めれば相手に与えるダメージは大きいが、外したら意味がなくなる。久保は静かに言葉を紡いだ。

「うちのエース、北条に青雲は大杉をぶつけてきた。予想していたが、やはり彼は厳しいディフェンスをするな。しかし、膝を負傷して、最後まで北条を抑え切れることはないとわたしは見ている。焦る必要はないが、そろそろ心理的に相手を追い詰めておいて損はない。服部、第二クオーターでお前の恐ろしさを見せてやれ」    指揮官の指示に、服部は不気味な笑みを浮かべた。 アナウンスが響き、試合が再開される。さつきがボールを入れ、幻舟がドリブルでゲームを作る。相変わらず亮一がぴったりとマークについていた。幻舟は藤森のエースと視線を合わせつつ、ワンバンドで強烈なパスを出した。 受け取った鬼神がシュート体勢に入る。

(打たせん!)

 高村が猛然とブロックに飛ぶ。と、鬼神は空中でパスをさばいた。ふわっとしたボールを、さつきがタップする。なんなくリングに吸い込まれた。

「見たか、今のプレー……」

「エースキラーの高村を岩倉が手玉にとった上に、天野があっさり決めやがった。相手は藤森だぜ?」

 華麗な連携に、観客は酔いしれている。藤森の攻撃に移り、麻生がボールを運ぶ。鋭いパスが服部に通った。マークにつく雅和は長い手を挙げてプレッシャーをかけていた。 服部は一回だけドリブルをすると、軽くジャンプして美しいモーションでシュートを放った。雅和のブロックが、一瞬だけ間に合わない。ボールは弧を描いてリングに吸い込まれた。

「出た、服部のスリーポイント!」

「一度決め始めたら止まらないぜ、あいつは!」

 藤森のスタンドがはやし立てる。屈辱ので肩を震わせる雅和に幻舟が歩み寄った。「気にするな。相手は高校界ナンバーワンシューターだ。パスコースを塞げばいい。お前の運動量なら出来るはずだ」

「はい!」

 小太郎は気持ちを切り替えて自分を鼓舞するように大きな声を出した。 青雲の攻撃になる。幻舟は厳しい亮一のマークにあいながら、懸命にゲームメイクをした。小太郎に素早くパスを回す。 ボールを持った小太郎に、服部が右手を上げ、左手でパスコースを消し、仁王立ちになった。お前には打たせない。今までに味わったことのない重圧に、小太郎は気圧された。 服部は絶妙の距離でディフェンスについている。近すぎるとドリブルやパスで突破され、遠すぎると簡単にスリーを決められる。何度も青雲の映像を見て、小太郎が何もできない間合いを掴んでいた。(さすが藤森のレギュラー……でも!)

 小太郎は無謀にもスリーを打った。

(無駄だ!)

 服部がいとも簡単に叩き落とす。すると小太郎はこぼれたボールを拾い、強引にドライブにかかった。 相馬にはさつきが、高村には鬼神がスクリーンをかけ、青雲の小柄なシューターは見事なレイアップを決めた。 

「見たか、槙原……」

「ああ、準決勝で俺たちがやられたのと同じプレーだ。しかし、藤森相手に再現するとは……」

 桑谷と槙原が呆然としている。してやられた藤森の五人も、ただ立ち尽くすだけだ。

「よくやった!こういう泥臭いプレーが流れを呼ぶのよ!つぎはディフェンスに集中!相手に食らいつくわよ!」 

 真琴が興奮気味に声を上げる。鬼神が小太郎の肩を叩いた。

「よーし、今度は俺たちが奮起する番だ!相手の攻撃をしのいで、逆転するぞ!」

 青雲のメンバーがディフェンスにつくのを、服部は歯ぎしりして見ていた。

「高村、俺たちに同じミスは許されない。そうだろ?」

「ああ、その通りだ。もう一本外から決めて地力の差を思い知らせてやれ」

 服部は無言で頷いた。 藤森の攻撃になり、麻生がボールを運ぶ。雅和は服部にぴたりとマークにつき、パスを通させない。

(甘い!)

 服部は一瞬で雅和を振り切り、麻生からボールを受け取った。 雅和は長身を活かしてシュートコースを塞ぐ。服部は股下でボールを通しながら退き、スリーポイントラインから一メートル以上遠く離れて素早いモーションでシュートを放った。

「嘘だろ?あんな距離から!」

 観客がどよめく中、ボールは乾いた音とともにネットに吸い込まれた。

(くそお……)

 雅和は歯噛みする。服部はそんな一年生を挑発した。

「おい、悪いがお前じゃ力不足だ。なにしろ、俺のスリーを止められるのはうちでも高村だけなんだからな。体力と根性は認めるが、それで俺を止められるほどバスケは甘くない」     その言葉には、シューターとしての揺るぎない自信があふれていた。

「鬼神、あなたが服部について!雅和は高村に!これ以上好きにさせると取り返しがつかない!」

 ベンチから真琴が指示を出す。幻舟は二人に声をかけた。

「とにかく、服部を調子づかせると厄介だ。亮一は俺に任せろ。そろそろ、麻生がどんなタイミングで誰にパスを出すか、つかめているはずだ。ディフェンスから流れを呼ぶ。いいな」

「おう!」

 青雲の攻撃。幻舟には亮一が立ちふさがり、どんどんプレッシャーをかけてくる。パスを出そうにも全員に厳しいマークがついていた。

(俺がなんとかしなければ……)

 幻舟が攻めあぐねていると、一瞬の隙を突いて亮一がボールを弾いた。

「さすが藤森のエース……!」

「あの大杉からあっさりボールを奪うとは、いよいよ本気だな」

 槙原と桑谷が唾を飲んだ。亮一はそのままドリブルで駆ける。と、いち早く戻っていたさつきが立ちはだかった。 亮一はジャンプすると、反対側にいた服部にパスを出した。完全にノーマークの状態で、スリーを打つ。難なくボールはリングを潜った。

「まずいぞ、完全に流れは藤森に来ている。これ以上離されると青雲といえども致命的だ」

 遠藤が額の汗をぬぐいつつコメントした。久美子は両手を握り締めて、じっとコートを見つめている。

「チャージドタイムアウト、青雲!」

 審判がコールする。両軍がベンチに下がるが、幻舟たちの表情は冴えない。

「みんな、ここが前半の勝負どころ。オールコートプレスをかけるわよ」

 真琴の言葉に、全員が驚愕した。

「意図はわかりますが、リスクがあまりにも……」

 幻舟が不安げな顔をすると、真琴は意味深に笑った。

「いい、相手は服部が連続でスリーを決めて、こっちの注意を彼に向けさせてる。おそらく、エースの亮一を使ってくるはずよ」

「機先を制するということですか」

 さつきが問うと、真琴はうなずいた。

「このクオーターで離されると逆転は難しくなる。まさか藤森はこっちがこんな博打を打つとは考えもしないだろうから、そこを突いてまずは同点に持ち込む。本当の勝負は後半になるわ」

 幻舟は鬼神の背中を叩いた。

「お前の破壊力にかける。エースキラー、高村を粉砕してやれ」

「おう!相手にとって不足なしだ。後半はさつきと小太郎に頑張ってもらうから、この場は俺に任せろ」

 頼もしいエースの言葉が終わると同時に、試合再開のブザーが鳴った。

 亮一の厳しいディフェンスをかいくぐって、幻舟がさつきにパスを出す。ややゴールから離れた位置から冷静にさつきがシュートを決めた。

「さあ、ここが前半のポイント!相手に自分のバスケをさせるな!」

 真琴の怒声が響く。藤森のメンバーも、遠藤と久美子も、横浜西のメンバーも自分の目を疑った。ボールを入れようとする相馬にはさつき、麻生には幻舟、服部には小太郎、高村には雅和、亮一には鬼神がぴたりとマークについている。

「正気か、長谷川監督。藤森に対してオールコートプレスなど……」

「確かにリスクは大きいですが、ここが勝負どころと見たのだと思います」

 驚愕する遠藤に、久美子は思いのほか落ち着いていた。視線の先に、必死の形相で相馬に立ちはだかるさつきの姿があった。この少年ほど、バスケをしている時とそうでない時の落差が激しい人物も珍しい。休憩時間など、のんびりとした口調で、しかし、しっかりと幻舟をサポートする名参謀。それがコートに入ると温和なプライベートから想像もつかないアグレッシブなセンターになる。 なんとか相馬が麻生にボールを渡すと、今度は幻舟が激しく当たってくる。とても膝を負傷しているとは思えない、ファールすれすれの厳しいマークだ。加えて、一九〇センチ近い長身と長いリーチを活かして、麻生に何もさせない。亮一がヘルプに行き、かろうじてパスコースを見出すも、鬼神がカットした。

「いただき!」

 高々とジャンプして鬼神がミドルシュートを打った。これが入り、青雲のスタンドは歓声で揺れた。

「さすがだな、岩倉。ゴール下に相馬がいることを考えて、ダンクでなくミドルシュートを打ったか」

「あいつのオフェンス力は桁外れだからな。それにしても、王者相手にオールコートプレスとは……」

 金田と堀川が真琴の采配に驚嘆している。藤森がこの戦術を使ったことは多くあったが、逆に使われた経験はほとんどない。

「慌てるな!丁寧にパスをつないでいけばいい!ここで流れを持っていかれるのは避けるぞ!」

 高村がキャプテンシーを発揮する。しかし、この日を想定してみっちり練習を積んできた青雲のプレスは想像以上に厳しく、なかなかボールを運べない。 相馬から麻生、服部につないだが、小太郎がスティールした。すでにゴール下にいた鬼神にパスを渡すと、連続ゴールが決まった。

「これで三点差だ。そろそろ藤森も手を打たないとひっくり返されるぞ」

 遠藤がつぶやく。久美子は自作のノートをめくった。

「ここまでの四試合で藤森は前半で最低、五点差をつけています。逆に言えば、藤森相手にここまで食い下がったチームはいない。精神的にも追い詰められていると思います」

 またもや鬼神がゴールを決めて、ついに一点差まで詰め寄った。歯ぎしりする高村たちに、エースが大声を出した。

「相馬さん、こっち!」

 亮一が鬼神のマークを無視して相手のゴール下に走っている。相馬は右手一本で矢のようなパスを出すと、受け取った亮一が難なくレイアップを決めた。

「さすがだな。三年生が浮き足立っている中、局面を打開した」

「あれの冷静さが北条の天才たる所以だ。厳しい状況で、最高のプレーをする」

 槙原と桑谷が賞賛を惜しまない。真琴はメガホンで怒鳴った。

「よーし、オールコートプレス、解除!ハーフのマンツーに戻すわよ!」

 全員のスタミナ、幻舟の膝を考えればこれ以上無理はできない。久保は的確な判断だと真琴の采配を認めた。腰に手を当てて、指示を出す。

「まだこっちがリードしている!慌てる必要はいささかもない!じっくりパスを回して一本返すんだ!」

 藤森は服部が連続スリーを決めて突き放しにかかったが、青雲はまさかのオールコートで点差を詰めることに成功した。亮一をマークする幻舟は膝の違和感をおぼえながら、真琴と白石、チームメイトを信じた。

(頼む……この試合だけ持ってくれ!あと少しなんだ!)

 だが、天才、北条亮一を抑えるのは不可能に近い。知らず知らずのうちに、幻舟の右膝は消耗していった。

 麻生から亮一にパスが通った。幻舟に密着されながら、藤森のエースはチャンスを伺う。くるっとターンして、ミドルレンジからシュート体勢に入った。 気迫と技術、高さで幻舟は抑えにかかる。しかし、亮一は斜め後ろに飛ぶ、フェイドアウェイ・ジャンプショットを打った。数センチの差でブロックを交わし、ボールはゴールに吸い込まれた。

「さすが北条!大杉でも止められないぜ!」

「二年生とはいえ、北条のレベルは高校生離れしてる!このまま一気にゴールを量産だな!」

 藤森のスタンドがどっと沸いた。高橋たちも負けじと声を出すが、亮一のあまりに高いスキルに押されている感は否めない。

「関本さん。やっぱり大杉を持ってしても北条を抑えるのは無理でしょうか?」

 高橋が悔しそうに唇を噛んでいる。バスケを知らない素人から見ても、亮一のプレーは次元が違う。

「確かに、単独であいつを止めるのは難しいだろう。だが、大杉をマークする北条にも疲労は溜まっているはずだ。青雲の司令塔である大杉がそれを計算しないはずがない。まだ前半、俺たちの役目はコートの五人を信じて応援するだけだ」

 関本の言葉には経験者の重みがある。高橋たちは気を取り直して、喉を潰す覚悟で大きな声援を送った。「永岡くん、今の北条のプレー、どう思う?」

 遠藤は拭いても湧き出る汗をタオルで拭いながら質した。

「一見、北条選手のスピード、高い技術が大杉選手を上回ったように見えます。しかし、彼は天才と呼ばれながらダンクなど派手なプレーは好まず、確実なレイアップ、ノーマークでミドル、スリーポイントを決める選手。後半の勝負どころでもないのに、あれだけ高度なシュートを打つところを見ると、大杉選手の力量を認めつつ、少しは焦っているかもしれません」

「僕もそう思う。少なくとも、前半で北条がフェイドアウェイを決めるなんて、見たことがない。さらに言えば、青雲のダブルエースは本領を発揮していないね。リードしているのは藤森だが、精神的にはきついだろうな」

 二人の指摘するとおり、麻生はかなりのプレッシャーを感じていた。自分をマークするのは一六〇センチの小太郎。二三センチの身長差を生かし、どんどんアシストを決めたいところだが、小柄な青雲のシューターは思いのほか手ごわい。さらに、二枚看板の相馬、亮一になかなかパスコースが見いだせず、ポイントガードとしてやりづらいことこの上ない。

(高村を使うか……) 

小太郎の頭越しにパスを出す。が、雅和がこれを読んでいて、高村の隙を突いてカットした。

「おお、一年生があの麻生のパスを止めたぞ!」

 歓声が飛び交う。しかし、藤森の戻りも早い。ところが、雅和は幻舟ではなく、いち早くゴール下に走り込んでいたさつきにボールを渡した。当然、相馬が立ちはだかる。

「さて、天野はどうするかな」

「今度こそスカイフックを決めるか、相馬がブロックするか」 

金田と堀川が真剣な目つきで両者の攻防を見守っている。 相馬は少し腰を落とし、さつきのオフェンスに対応する。

(来い!おまえがどんな手を打っても止めてみせる!)

 さつきはゆっくりと体を反転させ、右手を掲げた。伝家の宝刀、スカイフック。相馬は両手を伸ばし、シュートコースを塞ぐ。

「センター対決!制するのはどっちだ!」

 観客が身を乗り出した。さつきはしなやかな長身を翻し、右手のスナップでシュートを打った。ボールは相馬のブロックを超え、ネットに吸い込まれた。

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