第十一章 神奈川対決第二ラウンド
「俺たち……船橋に勝ったんだよな」
ホテルに戻って感慨深げにつぶやいたのは鬼神だ。ほかの四人も、ついにベスト4に残ったことに重圧を感じている。真琴がなにか言おうとする前に、血相を変えて由真が部屋に飛び込んできた。
「今、準々決勝の第二試合が終わりました!横浜西が埼玉代表の大宮工業に勝って……」
息を弾ませる由真に、真琴が歩み寄る。
「スコアはは?」
「一〇三対七二です」
肝の据わった幻舟も、愕然とした。
「約三十点差か。予選で手を抜いたわけじゃないだろうが、槙原たちはいよいよ本気になったということだろう」
「その槙原さんは三二得点。それ以上に気になるのは、後半だけ出場した塚本選手が二一得点よ。やはり、ただものじゃないわ」
参謀格のさつきが深刻な顔つきをしている。
「これでますますやりづらくなりましたね。スリーポイントのスペシャリストの桑谷、オールラウンダーの塚本。どっちが相手でも手強いですよ」
「さつきの言うとおりね。うちは控えがいないから役割がはっきりしている。幻舟がゲームを作り、小太郎が外から決め、後の三人はゴール下。横浜西は斉藤監督が策士の上に、こっちの試合運びしだいで複数のパターンを作れる。まあ、考えすぎて自分を見失っては意味はないわ。相手がどう出ようと、青雲のスタイルを貫くしかない」
真琴はあえて強気の発言をしたが、メンバーの元気がない。無理もない。船橋との激戦で疲労している上に、横浜西の圧勝報告を聞いて、精神的にもきついところだ。
「なんだ、お前ら、一度勝った相手にビビっているのか?」
ロビーでタバコを吸ってきた白石がうつむいている五人に声をかけた。
「覚悟がないならやめちまえ。俺は精神論が嫌いだが、気持ちで負けてるようじゃどうせ優勝は無理だろうよ」
あまりの暴言に、真琴は珍しく顔を紅潮させた。
「先生、言葉が過ぎますよ。予選で勝ったとはいえ、相手は百戦錬磨なんです。そもそも、うちには控えが……」
「それは最初からわかっていたことだな?」
白石の指摘に、真琴はグウの音も出ない。
「だいたい、大杉の膝はこの大会で壊れちまうかも知れないんだぞ?もし、ここで終わるようなら温厚な喜多村も呆れるだろうよ」
言いたいだけ言うと、白石は去っていった。その後姿を目で追いながら、青雲の六番は歯ぎしりした。
「悔しいが、じいさんの言うとおりだぜ」
鬼神が指を組んで虚空を睨んだ。
「優勝まであと二つなんだ。力を出し惜しみする余裕なんてない。死に物狂いでボールを追いかけなきゃ、俺たちはただの負け犬だ」
真琴の目には五人の体から炎が吹き出るような錯覚を感じた。
「さっき真琴さんが言ったとおり、僕らの役割は明確です。小細工は無用。相手のビデオを見る暇があったら体を休めるべきです」
さつきの提案でメンバーは解散した。真琴が一階のロビーに行くと、白石がビールをあおっていた。
「先生……」
「長谷川、俺を軽蔑するか?バスケのルールさえ知らない年寄りがわかったようなことをほざくなと」
「いえ、逆です」
真琴は白石に深く一礼した。
「あたしも、あの子達も甘えていました。先生の厳しい一言で目が覚めたようです。本当にありがとうございます」
「はは、なら結構。しかし、若い奴らの成長はすごいもんだな。大会の前は子供だった奴らが武士のような面構えになっている。長谷川、約束は覚えているぞ。優勝したら俺のおごりで最高の酒を飲ませてやる。忘れるなよ」
「はい、先生を後悔させないためにも、全力を尽くします」
こうして、夜は更けていった。
翌日、幻舟たちは練習用のコートで汗を流していた。反対側では横浜西のメンバーが黙々とシュート練習をしている。準決勝第一試合は藤森対茨城代表の常南高校。ちらっと、小太郎が様子を伺う。浅野、槙原、桑谷はもちろん、塚本もそとから狙いすましたようにネットを揺らす。
「幻舟、塚本君、僕らを挑発しているように見えませんか?」
さつきの口元は笑っているが、目つきはそうではない。
「確かにな。ダンクだけじゃない、スリーも打てることを隠さないあたり、自信はかなりあるようだ」
真琴の指示で、あえて幻舟たちはビデオを見なかったが、誰がどうマッチアップするかで試合展開は大きく変わってくる。インサイドは金田、堀川で決まりだが、後の組み合わせをどうするか。槙原はポイントガードもこなせるから、浅野を外す作戦もありうる。その浅野をシューターにして、桑谷でなく塚本をスタメンで起用するか。
「みんな、練習で張り切りすぎないでよ。白石先生のマッサージでコンディションは万全だろうけど、これが最後の試合じゃないんだから。横浜西を叩きのめして、決勝で藤森を倒す。わかってるわね?」
真琴の発言に、槙原たちがいっせいにこちらを振り返った。
「あーあ、俺たちは向こうの眼中にないらしいよ」
もうすぐ試合だというのに、桑谷の言葉には緊張感の欠片もない。
「なら、眼中に入れてやるさ。俺たちが二度負ける器か、相手に思い知らせよう」
槙原がキャプテンらしくチームを引き締める。浅野は幻舟を睨みつけ、塚本は無言で練習を続けた。その精鋭軍団を率いる男が腕を組んだまま低い声を出した。
「お前ら、気持ちはわかるがここで消耗するなよ。前回はうちの負けだが二度はない。神奈川の王者は俺たちだということを証明する、それだけだ」
常は沈着な斎藤も容赦なく挑発する。真琴はたじろぐ気配も見せず、斎藤と視線をぶつけた。 その頃、藤森と常南の試合は前半が終わっていた。六三対三八で藤森が大きくリード。エースの亮一は攻守に渡って大車輪の活躍で、一八得点。センターの相馬は全く相手を寄せ付けず、一五得点、七リバウンド、三ブロック。麻生、高村、服部も実力を遺憾なく発揮していた。ずっと試合を観ていた男女が納得のいかない顔をしている。
「藤森、おかしいと思いませんか?」
「君もそう思うか」
久美子が首をかしげ、遠藤も腕組みしてコートを見つめている。 いくら準決勝とはいえ、力の差は歴然だ。しかし、藤森は初戦から不動のスタメンを変更しない。インターハイ五連覇を目指す王者にしてはあまりにリスクの高い作戦だ。
「もしかして、藤森の久保監督は最初から青雲を意識してあえて同じ条件で戦うつもりでしょうか?」
「あるいは、そうかもしれないね。久保という男は結果と同じくらい内容を重んじる指導者だ。まして、北条と相馬が青雲と因縁浅からぬ関係と知って、わざと控えを使わずにたたきつぶす考えかもしれない」
その久保は、黒縁のメガネをかけ、ワイシャツにネクタイを締め、腰に手を当てている。身長は一八二センチと飛び抜けた長身ではないが、知的な風貌と落ち着き払った物腰は哲学者を連想させた。四三歳と強豪高校の監督としては若い部類だが、緻密な采配は専門家からも評価は高い。 結局、一一二対六七という大差で藤森が順当に決勝に進んだ。礼が終わると、高村を先頭にコートを去る。一人ひとりを、久保は肩を叩いて労った。
「真琴さん、藤森が勝ちました!」
由真の声に、両軍の視線が集まった。斎藤が手を叩く。
「よーし、全員アップは十分だな。すぐにコートにむかえ」
「はい!」
選手たちが練習場から消えると、真琴と斎藤が残った。
「まさか準決勝で横浜西と再戦できるとは思いませんでした。槙原くんたちは高校バスケ界で知らぬ者のないエリート。うちの三年生は中学の実績はあるものの、一年生が入部してくれなかったら大会にエントリーすらできません」
「確かに。大杉君たち三年生はもちろん、ふたりの一年生の成長ぶりはわたしも驚かされましたよ。小細工はなし、と言いたいところですが……」
斎藤はふっと笑みを浮かべた。
「こちらにはあなたたちを粉砕したくてウズウズしている選手がたくさんいるのでね。内容などどうでもいい。なりふり構わず、青雲を叩きますよ」
多少のことでは動じない真琴が圧倒されるほど、斎藤の目つきは凄みがあった。
幻舟たちがコートに入ると、客席から大きな声援が沸いた。青雲は高橋たちが作った横断幕を掲げ、横浜西はベンチには入れない選手たちが大声を上げている。
「舞台装置は文句なしだな。行くぞ!」
青雲の四番はいつになく気合が入っている。相手は同じ神奈川代表、予選ではわずか一点差で勝利した相手だ。鬼神たちもキャプテンの心中を察して堂々と列を作る。
「これより横浜西高校と青雲高校の試合を始めます」
アナウンスが響くと、センターのさつきと金田がジャンプに備えた。一つ気がかりなのは、横浜西が堀川を外してきたことだ。
(これでうちのゴール下に対抗できるつもりか?)
一抹の不安を頭から振り払い、さつきは集中した。 審判がボールを上げる。さつきと金田が競り合う。僅差でさつきがタップし、ボールは幻舟に渡った。 横浜西はマンツーで当たる。幻舟には槙原、鬼神には塚本、小太郎には桑谷、雅和には浅野、そしてさつきには金田だ。
「幻舟!パスをくれ!」
怒鳴り散らしたのは鬼神だ。相手は一年生、しかも自分より十センチ以上小さい。鬼神にしてみれば、舐めるのもいいかげんにしろと言いたいのだろう。 エースの要求に応えて、幻舟は鋭いパスを出した。受け取った鬼神は素早いモーションでミドルシュートを放つ。こんな高いところから打たれたら止められるはずがない。誰もが思ったが、塚本はあっさりブロックした。
これには観客も度肝を抜かれた。
「嘘だろ?あの岩倉のシュートを、あんな小さいやつが!」
青雲の応援団も驚愕した。こぼれたボールを浅野がつかみ、横浜西がまず主導権を握る。青雲は素早く自陣に戻り、速攻を許さない。
「鬼神、落ち着いて!塚本の身体能力は日本人離れしてる!相手を一年生と思ったらあなたでもやられますよ!」
「おう、わかった!幻舟、俺のミスだ。だが、次もパスを頼む!今度は相手の頭越しにダンクを決めてやる!」
幻舟は鬼神が素早く気持ちを切り替えたのを察知して安心した。さつきにくらべるとムラはあるものの、鬼神の破壊力は亮一、相馬をもしのぐ。 ボールを運ぶ浅野には幻舟、槙原には鬼神、塚本には雅和、桑谷には小太郎、金田にはさつきがマークにつく。
「毎度のことだが、岸川のミスマッチをどうするかだ。横浜西は金田以外全員が外から打てる。青雲はリバウンドをものにしないと厳しいね」
遠藤が淡々と分析する。浅野が槙原にパスを渡した。インサイドに切れ込むと見せかけて、桑谷にボールをさばく。スリーを打つモーションで、桑谷が走り込んでいた塚本に電光石火のパスを供給し、なんなくレイアップが決まった。
「さすがインターハイの常連!流れるようなオフェンスだ!」
観客のどよめきが大きくなる。真琴は高さで劣る相手にあっさり得点を許したことに唇を噛んだ。ベンチから大きな声を出す。
「気にしない!ただ、同じミスはダメよ!相手のパターンは無限にあるわ!まずは一本決めて、流れを引き戻そう!」
さつきから幻舟にボールが渡る。自然と塚本と視線がぶつかって、幻舟は頭を振った。この一年生を過剰に意識したら負ける。司令塔として、敵味方全員を把握しなければいけないことを幻舟は理解していた。 槙原は両手を大きく広げて幻舟にプレッシャーをかけている。キャプテン同士の対決に、藤森のメンバーもついつい熱くなる。
「麻生、どう見るよ?お前なら、どっちと対戦したい?」
からかうように笑ったのは服部だ。麻生は苦笑する。
「その質問は試合後に聞いてくれ。ただ、この二人がチームの精神的支柱であることは確かだな」
幻舟は右手で突破をはかりながら、股下でボールを通した。
(レッグスルー!)
麻生の目つきが鋭くなる。槙原を振り切って、幻舟はゴール下に切れ込んだ。そこに塚本が立ちふさがる。幻舟は後ろを見ずにパスを出した。コートを蹴り、空中でボールをキャッチした鬼神が豪快なダンクを決める。
「来た、岩倉のダンク炸裂!」
高橋たちがメガホンを叩く。幻舟と鬼神はハイタッチした。(やはり危険だな、このホットラインは)
斎藤はベンチで腕組みしている。
横浜西は動じた様子もなく、浅野がゲームメイクをする。ドリブルで突破すると思いきや、槙原に強いパスを出した。金田、塚本がスクリーンをかけてそのまま槙原がシュートを決めた。
「まだ試合はこれからよ!失点を引きずらないで自分たちのバスケを貫いて!」
由真がメンバーを激励する。幻舟がボールを運ぶが、槙原のディフェンスは隙がない。と、幻舟は相手の股下を通してパスを供給した。これにはさすがの槙原も面食らった。ボールを受け取ったさつきが確実にゴールを決める。試合を見守っている藤森のキャプテンもハイレベルな試合に胸を熱くしていた。
「一進一退だな。横浜西は試合慣れしている上に控えに堀川がいる。青雲は司令塔の大杉が今見せたように絶妙のアシストを出す上に、自分で切れ込んでシュートも打てる。しばらくは膠着状態が続くだろう」
高村が言ったとおり、第一クオーターは点差が開かず、二一対一九で青雲が僅かにリードを保って終わった。ベンチに戻った幻舟たちに由真がドリンクとタオルを配る。真琴は腰に手を当てて五人を見下ろした。
「この後、相手がどんな手で来るか予想できないわ。堀川を投入してゴール下を厚くするか、四人のシューターがスリーを打ってくるのか。いずれにせよ、幻舟、うちの大黒柱はあなたよ。小太郎もノーマークになったら外から打って。リバウンド争いで負けるわけないんだから、鬼神も無理に塚本を意識しないで、さつきと雅和がスクリーンをかけたらどんどんシュートを打ちなさい。以上!」
第二クオーターが始まった。堀川は出てこない。横浜西のボールで試合は再開され、相変わらず浅野が試合を作る。
(予選でもいい動きだったが、さらにできるようになったな)
幻舟は二年生ガードの成長ぶりを実感した。左右両手で自在にボールを操り、外からも決める。と、浅野がドリブルを止めた。
(スリーか?)
幻舟は両手を挙げる。だが、浅野から放たれたボールは矢のように、さつきのマークを振り切って思い切り飛んだ金田の手に収まった。そのまま、金田は両手でリングに叩き込む。これには真琴も度肝を抜かれた。客席からどよめきの声が漏れる。
「なんだあ、あいつ、アリウープもできるのか!」
まだリングが揺れている。金田は薄笑いを浮かべてさつきを振り返った。
「意外だろ?だが、俺たちに負けは許されない。予選の借りはきっちりかえさせてもらう」 さつきは呆然としている。スタンドから見守っていた麻生も感嘆した様子だ。
「あの金田というセンター、パワーだけかと思ったらあんなプレーもできるとはな」
服部も横浜西が去年と一味違ったゲーム運びをしていることに興味をひかれた。
「横浜西にとって、インターハイの準決勝は初めてだろう。まして予選で負けた青雲が相手なら、燃えないわけがない」
鬼神はさつきの尻を叩いた。
「お前のミスじゃない!あいつがどれだけ凄かろうと、お前のフックは無敵なんだ!自信を持て!」
さつきは我に帰った。金田がどんなプレーをしようが、重要なのはチームの勝利だ。いつもの冷静なさつきにもどると、大きな声でチームを鼓舞した。
「まずは一本返しましょう!幻舟、小太郎くん、どんどんシュートを打って!リバウンドは僕らが確保しますから!」
参謀格のさつきが落ち着きを取り戻したのを見て、ほかの四人も安心した。浅野、金田のスーパープレーで一時は動揺したものの、誰か一人が声を出せば青雲は自分たちを見失うことはない。幻舟も負けじとチームを鼓舞する。
「まだ試合は半分も終わってないんだ!ここからエンジン全開で行くぞ!」
高橋たち、応援団も声を枯らして背中を押す。 ボールは幻舟から小太郎に渡った。シュートのモーションに入るのを見て、桑谷が抑えにかかる。
「簡単に打たせるか!」
だが、小太郎は低いパスをゴール下にいた雅和に出した。ボールはコートで跳ね、雅和の手に収まる。そのまま雅和は近距離からシュートをうって、これが決まった。鬼神が雅和の頭を撫でた。幻舟が一年生コンビとハイタッチする。
「よくやった!小太郎もナイスアシストだ!ガンガン攻めるぞ!」
両軍とも、気迫のこもった攻防を続けた。負ければ終わりのトーナメント。 藤森のメンバーも真剣にコートを見つめている。
前半が終了した。四四対四二でわずかに青雲がリードしている。 控室に戻ると、真琴は給水している幻舟たちを見渡した。
「わかっていると思うけど、このリードを守るなんて考えないで。まだ相手は全てを出していないわ。堀川が出てくる可能性が高いけど、どんな戦術で来るかは予測できない」
さつきが手を挙げた。
「気になるのは、四人のシューターがいたのにほとんど外から打ってきませんでしたね?それでも、僕らに食らいついてるのは、金田、槙原、塚本がインサイドで果敢に点を取っているからだと思いますが?」
「俺もそう思うな。金田のアリウープでさつきを牽制して、後のふたりが中に切れ込んできた。高さというより、スピードでやられた感じだ」
鬼神が冷静に分析する。真琴もうなずいた。
「二人の言うとおりね。これに堀川が加われば、さらにゴール下が手強くなるわ。そうなれば」
指揮官が司令塔を見据えた。
「幻舟、あなたがアシストだけじゃなくてドリブルでミドルを打たないと、うちが不利ということ。膝は大丈夫?」
「心配いりません。小太郎がフォローしてくれれば、僕も中で勝負できます。ここぞという時は、鬼神のダンクとさつきのフックで流れは変わる。頼んだぞ、二人とも」
幻舟の言葉に、ダブルエースは無言で首を縦に振った。
「幻舟がインサイドに入れば、必然的に向こうの注意はゴール下に集まる。そこで小太郎がスリーを沈めれば、ダメージは大きいわよ。雅和、リバウンド、逃さないで」
「任せてください!小太郎、わしら三人に大杉さんが加われば鬼に金棒じゃ!遠慮なく打ってくれ!」
「うん、頼りにしてるよ。雅和君にも、フリーになったらパスを出すからね」
真琴は満足そうに微笑んでいる。幻舟たちが技術、精神ともに成長するのが、なにより嬉しい。同時に、斎藤がどんな策に出るのか、試合前の不敵な笑みが頭をよぎった。 後半が始まった。両メンバーがコートに戻る。アナウンスがなった。
「横浜西高校、メンバーチェンジです。九番の浅野くんに代わって、六番の堀川くん」
やはり勝負に出たか。幻舟たちは気迫に満ちた堀川の表情を見て、負けじと睨み返す。気になるのは司令塔の浅野を下げたことだ。代わりを務めるのは、槙原か、塚本か? 横浜西のボールで後半が始まった。槙原がボールを運ぶ。幻舟がぴたりとマークについた。(俺がこいつを封じない限り、あっさりひっくり返される。責任重大だな)
槙原は桑谷にパスを出した。素早くボールは塚本に渡る。鬼神が堀川についたため、雅和が塚本に当たった。横浜西の一年生はシュート体勢に入る。雅和がブロックに飛ぶと、体をひねって堀川に鋭いパスを供給した。鬼神を振り切っていた堀川が無難にネットを揺らす。
「真琴さん、相手のオフェンス、さらに早くなってますね」
心配そうに由真が指揮官を仰ぎ見た。真琴は無言で笑うと、手を叩いて檄を飛ばす。「さあ、ここからが本当の勝負よ!相手にあわせるな!青雲のバスケがどれほどのものか、見せつけなさい!」
幻舟はドリブルをしながら左手の人差し指を掲げた。
「確実に一本決めるぞ!向こうは間違いなく本気モードだ!集中していけ!」
真琴と幻舟の声で、四人の闘志は燃え上がる。鬼神は動き回って塚本のマークから逃れようとするが、チャンスを作れない。さつきにも金田がきっちりディナイし、パスコースを消す。と、なんと小太郎がゴール下に走りこんだ。桑谷はついていけず、堀川は雅和にブロックされている。幻舟は迷わずパスを出し、受け取った小太郎がレイアップを決めた。「おいおい、あのちっこいの、スリーだけじゃないのか!」
客席がどよめく。横浜西のメンバーも、まさか小太郎が中に入ってくるとは予想できず、あらためて青雲の底力に驚嘆した様子だ。
「岸川選手、迷いがありませんでしたね」
久美子がふっと息をついて小柄なヒーローをたたえた。
「まったくだ。横浜西にしてみれば、堀川を投入してインサイドを固めたつもりが、完全に裏をかかれた。青雲のチームワークはまたレベルアップしている」
遠藤も息のあった幻舟たちのプレーに驚きを隠せない。ただひとり、斎藤だけはじっと腕組みしたままベンチに座っている。やられたらやり返せ。無言の叱咤が槙原たちに届いているのだろうか。
槙原がチームメイトに大声で指示を出す。
「桑谷!岸川が小さいからといって油断するな!相手のスピードとアシストを警戒しろ!」
「おう!」
「塚本!大杉が俺を抜いたら素早くディフェンス!高校ナンバーワンガードを甘く見るなよ!」
「はい!」
「金田、堀川!ゴール下を守るのはお前たちの役目だ!青雲に俺たちの気持ちをぶつけてやれ!」
「了解!」
幻舟が青雲の大黒柱であるように、槙原が横浜西の精神的支柱だ。リーダーシップを発揮するとともに、ハイレベルのオールラウンダーとしてゲームメイク、自ら得点、隙あらば相手のボールを奪い、泥臭いプレーも厭わない。
「槙原のやつ、相当気合が入っているな」
藤森の麻生がつぶやく。公式戦で直接対決はないが、昨冬の練習試合で藤森と横浜西がぶつかった。二〇点差をつけて藤森が勝ったが、槙原を始め、レギュラー陣の闘志は鬼気迫るものがあった。
「横浜西にしてみれば、同じ相手に負けは許されない上に、ここで勝てば俺たちと対戦できる。モチベーションは高いだろう」
高村が淡々とコメントする。キャプテンの高村にとっても、どちらが勝ち上がるか予測できない。はっきりしているのは、高校バスケ界の王者として敗北など考えもつかないということだ。 横浜西は槙原からゴール下の金田にパスが通った。さつきがぴたりとマークする。と、金田はボールをワンバウンドさせて、一瞬の隙を付いた堀川に渡した。堀川はコートを蹴って、力強くダンクを決める。
「おおー、すげえぞ堀川!」
「金田のパスも冴えてるな!青雲のふたりが何もできなかったぞ!」
観客の声援が大きくなる。さつき、鬼神も相手のスピーディかつ頭脳的なプレーに言葉が出ない。 と、雅和が二人の背中を叩いて怒鳴った。
「これくらい、どうということはないでしょ!インターハイの準決勝じゃ!天野さんも岩倉さんもエンジンかかっとらんじゃないですか!」
一年生に喝を入れられて、さつきと鬼神は戸惑った。
「雅和くんの言うとおりですよ!ここで苦しむようなら、決勝で藤森に勝てるわけがない!僕らの全力を見せつけましょう!」
いつもは控えめな小太郎も顔を真っ赤にしている。その様子を、ベンチから真琴たちが見守っていた。
「雅和くん、小太郎くんも随分図太くなりましたね」
「そうね。あとは三年生トリオが発奮するかだわ」
再び青雲の攻撃になり、幻舟は槙原の頭越しに矢のようなパスを出した。 受け取ったさつきが体をひねってフックの体勢に入る。
(ボールにさわるのが無理なら少しでも体勢を崩す!)
金田が必死に飛んで右手を伸ばすが、それを超えてボールはリングをくぐった。
「でた、天野のスカイフック!」
「いよいよ青雲のセンターが本気になったぞ!」
客席から歓声があがる。相馬は目を細めて唇を閉ざしたままコートを睨んでいる。さつきと幻舟がハイタッチした。
「ナイスパス、幻舟」
「よく決めてくれた。それにしても……」
早くもディフェンスに戻っている雅和と小太郎を見て、幻舟は微笑んだ。
「あの二人、地区予選の頃とは別人だな。この試合、最低一〇点差は付けるぞ。そのくらいでないと、藤森には対抗できないからな」
横浜西も黙ってはいない。幻舟が腰を落としているのを見て、槙原はスリーポイントを打った。が、リングにはじかれ、雅和がリバウンドを取る。
「雅和くん、こっち!」
既に走り出していた小太郎に、雅和から鋭いパスが通った。塚本が立ちはだかるが、小太郎はフェイクをいれて相手を抜き去ると、綺麗なレイアップを決めた。
「青雲の動きが流れるようですね」
久美子が熱気に包まれて、額の汗をハンカチで拭きながら言った。
「地力ではそんなに差はないだろう。横浜西が少し気負っているのに対し、青雲はのびのびプレーしている。ただ、横浜西はいったんベンチに下げた浅野を使えるのに対し、青雲に切り札はない。斎藤監督の采配が気になるね」
遠藤は冷静にコメントしたが、さつきのスカイフックといい、塚本を手球にとった小太郎といい、青雲の方に分があるのは明らかだ。 第三クオーターが終了した時点で六七対六二。青雲がリードを広げたが、勝敗の行方は見えない。




