第十章 高校界ナンバーツーの実力
ホテルに戻ると、五人は入浴を済ませ、幻舟から白石にマッサージを受けた。特に右膝は鍼と灸で手入れをする。さつきたちも下半身を中心に筋肉をほぐしてもらった。一休みすると、真琴の部屋に集まってパソコンを開く。
「いよいよ準々決勝よ。今日の試合も楽じゃなかったけど、これからはまた一段ハードルが上がるから、気合を入れて」
指揮官の言葉に、全員が頷く。
「明日の対戦相手は、千葉県代表、船橋高校。知っていると思うけど、昨年の準優勝校よ」
真琴の指摘に、幻舟たちの顔つきが引き締まる。モニターの中で、王者藤森が苦しむ姿が映っている。最後は相馬のダンクと亮一のシュートで突き放したが、スコアは八六対八一。この数年、藤森がここまで苦しめられたことはない。
「このチームのスタイルはとにかく堅実。運動量が豊富なのは今日の高城に似ているけど、基本的に成功率の低い3Pは打たず、センターとフォワードがスクリーンをかけて、ガードのふたりがレイアップか近い距離からシュートを打つ」
「手堅い作戦ですね。真琴さん、対策は?」
さつきに問われて、真琴は組んでいた腕をほどき、腰に当てた。
「まずディフェンスだけど、簡単にスクリーンをかけさせないこと。当たり前だけど、ゴール下の三人は高さもあるし、試合慣れしているから甘く見ないでよ。鬼神と雅和は大丈夫だと思うけど、さつき、あなたはパワーで対抗しないで上手にポジションを取って。幻舟と小太郎は間合いを計って相手のドライブを阻止する。いい?」
五人は首を縦に振った。
「オフェンスは今まで以上に幻舟が積極的にインサイドに切れ込んで、ミドルからシュートを打つ。ただ、高城と違って高さも組織力も数段上だから、幻舟といえども簡単には突破できないわ。相手の司令塔、美濃部は一八二センチとそんなに大きくはないけど、少しでも隙を見せたらボールを奪いに来るから、緩急をつけてドリブルとパスを使い分けて」
「わかりました。小太郎、お前のガードとしての力量を見せてやれ。相手は外からのシュートを警戒するだろうから、スキあらばインサイドの三人にパスを出す。雅和、リバウンドだけで満足するな。関本先輩たちとの練習で培った近距離からの得点、期待しているぞ」
「はい!」
幻舟の言葉に小太郎と雅和の返事が重なる。真琴は幻舟が頼もしいリーダーシップを発揮していることに目を細めた。
解散すると、さつきはホテルのロビーに出向き、携帯電話を取り出した。ある人物を呼び出す。数回のコールの後、若い女性の声が帰ってきた。
「もしもし、永岡です」
「天野です。お仕事中恐れ入ります」
「いえ……いいんですか、疲れているのに」
「永岡さんだってお疲れでしょう。迷惑でしたか?」
「そんな……天野さんから電話を頂けるなんて、ようやくバスケに慣れてきた身分に不相応だと思っただけです」
「そういう謙虚なところが」
さつきは言葉を切った。好きです、とは簡単に言えない。うまい表現が見つからず、らしくもなくさつきは黙りこんだ。
「どうしました?」
「いえ、なんでも。ご存知のとおり、明日の相手は今までとは格が違います。永岡さんに恥ずかしいプレーを見られないよう、気を引き締めてかかりますのでしっかり見届けてください」
「わかりました。ゆっくり休んでくださいね」
「永岡さんこそ。おやすみなさい」
電話を切ったあと、さつきは虚ろな目で外の景色を眺めた。コートでは頭脳的なプレーと抜群の集中力でゴール下を支配するさつきだが、素顔は一七歳の少年である。久美子への気持ちが自分でもわからない。頭を振ってから携帯をしまおうとしたその時。
「こら!」
高い声がロビーに響いた。振り返ったさつきの額に、丸められた雑誌が叩きつけられる。
「真琴さん……」
「あなた、こんなところで何やってるの!明日の相手が誰だかあなたが一番分かっているわよね?」
さつきは長身を折り曲げるように頭を下げた。
「監督である真琴さんに無断で永岡さんに電話したことはお詫びします。申し訳ありません。ただ」
「ただ?」
「あの人の声を聞かなかったら、眠れないような気がしたんです。理由は自分でもはっきりしませんが」
「ふーん……」
真琴は裁判官のような目つきをしていたが、しばらくして組んでいた腕をほどいた。
「気持ちはわからなくはないけどね。幻舟の膝が不安な時に、チームをコントロールできるのはあなただけよ。永岡さんとのやりとりに口を挟む気はないわ。コートでは試合に集中して。じゃ、すぐに寝なさいよ」
「はい、真琴さんも」
去り際に真琴が見せた笑顔は小悪魔としか表現できなかった。
「とうとう準々決勝か……」
ベッドから起き上がり、小太郎が大きく伸びをした。その横で、雅和がだるそうに寝転びながら頭を掻いている。
「ええのう、寝起きのいいやつは……わしゃ、血圧は普通じゃのにお前のようにすかっと起きたことなどないんじゃ」
「はは、そう言って、試合になれば一番元気なのは雅和くんじゃない。今日の相手は昨年の全国ナンバーツーだよ。僕は体格で問題にならないけど、雅和くんにはみんな期待していると思うよ?」
「まあ、体力とパワーだけが取り柄じゃからな。いかん、大杉さんからリバウンドだけじゃなく、得点も頼むと言われとった」
雅和はあわててベッドから飛び上がると、洗面台ですごい勢いで顔を洗い、身支度を整えた。
「よし、これで準備は万全じゃ。小太郎、いざ出陣じゃぞ!」
時代劇の戦国武将のような雅和の言い草に、小太郎は失笑を隠しきれなかった。 両チームがアップを済ませ、コートに入ると大きな声援が客席から響いた。 幻舟たちが見ると、巨大な横断幕に書いてあった。今年こそ日本一に!精鋭軍団船橋高校と。
「向こうにしてみれば、我々無名のチームなんて眼中にないんでしょうね」
「だったら思い知らせてやろうぜ。バスケは実績じゃなく実力だってことをよ」
さつきのつぶやきに、鬼神は闘志をむきだしにしている。無理もない。本大会の三試合、得点ではいずれも鬼神はさつきに及ばないのだ。これは屈辱でしかなかった。ディフェンスで劣る分、自分がせめて攻撃ではさつきを凌ぎたい。相手が昨年の準優勝校なら、不足はない。鬼神の目つきは相手のレギュラー陣に突き刺さるかのようだった。 船橋高校の監督、伊達は幻舟たちの様子を伺いつつ、選手に指示を出した。
「相手は初出場だが、油断するな。お前たちは誰よりも努力してきた。自信を持て。自分たちの力を出し切れば負けることはないんだ。船橋のバスケを見せつけてこい」
「はい!」
遠藤と久美子が最前列に並んでいる。中学時代から顔なじみの幻舟たちがいよいよ準々決勝まで勝ち上がって、遠藤も感慨深い。一方、久美子はさつきの電話が気になっていた。バスケ界のスターとはいえ、まだ十代の少年。お互い、眠れぬ夜を過ごしたのだろうか。 アナウンスが響き、審判がボールを投げた。船橋のセンター、藤木とさつきが競り合う。わずか数ミリの差でさつきがタップし、ボールは幻舟に渡った。
「今のジャンプボール、ほとんど互角に見えたけどな」
「藤木浩二郎、高さでもテクニックでも天野に引けを取らない選手だ。青雲の強力なゴール下三枚でも船橋相手ではきついぞ」
横浜西のメンバーが真剣な眼差しでコートを睨んでいる。 幻舟は右手でドリブルをしながら相手の隙を伺った。小太郎には相手のシューター、石原がマークについている。さつきが藤木のマークを振り切った瞬間、幻舟のパスが通った。さつきはそのままフックの体勢に入る。
「いきなりスカイフックか?」
観客の声が大きくなった。しかし、さつきの背後に回っていた永井がファールすれすれのタイミングでボールを弾いた。
「うまい!さすが船橋のレギュラーだ!」
王者、藤森のキャプテン、高村が身を乗り出した。何しろ昨年はこのチームに最後まで苦しめられたのだ。インサイドでの堅実なプレーに、今見せた鉄壁のディフェンス。麻生が顎に手を当ててじっと両軍の攻防を見守っている。
「青雲としては出鼻をくじかれたな。さて、船橋はどう攻める?」
全力でゴール下に戻りつつ、さつきは幻舟に詫びた。
「すみません!まさかあんな形で奪われるとは」
「気にするな!それよりきっちりとめて俺たちが先制するぞ!」
船橋のポイントガード、美濃部はしばしコートを見渡すと、シュートのモーションに入った。(打たせない!)
幻舟がブロックに飛ぶ。だが、美濃部の手を離れたボールはリングではなく、藤木に渡った。 受け取った藤木は両手でボールを掲げ、ゴールに迫った。
(さっきの借りを返す!)
さつきは右手を伸ばし、ボールを止めに入った。藤木は臆することなく、さつきを吹き飛ばし、ダンクシュートを決めた。審判の笛がなった。
「ディフェンスプッシング、カウントワンスロー!」
さつきがあっさり弾き飛ばされただけでなく、ファールまでもらう。 青雲の応援団は言葉を失った。
「見たか、今のダンク……」
「ああ、あの天野を吹き飛ばしてファールまで取りやがった」
「これが船橋の実力か。伊達に昨年藤森を苦しめたわけじゃない」
観客がざわついている。遠藤は選手のデータを集めた資料を眺めた。
「藤木浩二郎、一九五センチ、九〇キロ。これまでの記録は一試合平均二四.七得点、一一.三リバウンド、二.五ブロック。立派な数字だ」
「高さはともかく、体重で天野選手が不利ですね。どう見ます?」
久美子が不安げに師匠に質した。
「厳しい言い方だが、藤木がレギュラーになったのは今年からだ。昨年から藤森のセンターとして活躍する相馬には及ばないと思うよ。ここで苦しむようでは、青雲も優勝は無理だろうね」
コートに座り込んでいるさつきに手を差し伸べたのは鬼神だった。
「大丈夫か?」
「平気です。それより、本当にすみません。さっきはフックをカットされて、今度はあっさりダンクを決められて……」
「試合は始まったばかりだ。ゴール下は俺たちで死守するぞ!」
青雲のボールで再開されたが、幻舟のマークにつく美濃部は全く隙を見せず、得意の攻撃パターンに持ち込めない。前方にパスを出せないのでやむなく小太郎にボールを渡すが、石原のディフェンスもタイトで、無理な体勢でシュートを打った。リングにはじかれ、リバウンドは永井が確保する。
「さあ、ここは止めるわよ!まずはディフェンスからリズムを作る!ゴール下で負けたらうちに勝ち目はないわよ!」
真琴がベンチから大声を出す。美濃部は果敢にドライブする。幻舟が止めに入るが、仁藤がスクリーンをかけ、藤木にパスを出した。難なくシュートを決め、早くも五点差が付いた。
「おい、天野のやつ、おかしくねえか?」
「お前もそう思うか?」
金田と堀川がつぶやく。予選の決勝リーグで圧倒的な存在感を示したさつきが藤木に手こずっているのを見て、槙原も首をかしげた。
「いくら船橋のセンターといっても、実績、実力とも天野の方が上だろう。いずれにせよ、このままやられっぱなしじゃ点差が開く一方だぞ」
幻舟もさつきの異変に気づいていたが、タイムアウトの権限は真琴にある。それに、再三青雲の危機を救ってきたさつきがこの程度で終わるとは思えない。
「焦るな!落ち着いてプレーすればうちが負けるはずない!それぞれマークを怠るなよ!」
幻舟が腹から響く声を出した。それに応えるかのように、四人がぴったりとマークにつく。美濃部はパスコースがないと悟ると、やや強引に幻舟を抜いて仁藤にパスを出した。
「これで七点差だ!」
美しいフォームで仁藤がシュートを放つ。そこに立ちふさがり、左手でボールを弾いたのは鬼神だった。
「すげえ、岩倉のブロックショット!」
青雲のスタンドが沸いている。遠藤は太い息をついた。
「驚いたよ。日本人離れした身体能力でオフェンスではあの北条を凌ぐと言われる岩倉だが、ディフェンスでは今ひとつだった。それが今のプレー……」
「一年生二人が成長しているのを見て、刺激を受けたのかもしれません。少なくとも、予選のときとは同じ人間とは思えないほど岩倉選手の守備は向上しています」
久美子は淡々と語ったが、鬼神の気迫あふれるプレーに感動しているのも事実だ。 再び青雲の攻撃になり、幻舟はまだ船橋のディフェンスが万全でないのを見越して、小太郎にパスを出した。クイックモーションからシュートを打つ。ボールはリングに吸い込まれ、同点になった。
「かーっ、岸川のやつ、涼しい顔してあざとい事するのな」
桑谷が苦笑をこらえている。その横で、浅野が冷静にゲームを分析した。
「単純にゴール下だけならほぼ互角でしょう。しかし、船橋に外から打てるシューターはいないし、今は美濃部もよくやっていますがやはり大杉を抑え切れるとは……」
その後は一進一退、船橋も石原が小太郎に一本もスリーを打たせず、息詰まる攻防が続いていった。
第一クオーターが終了した時点でスコアは一七対一七。お互いに一歩も譲らず、船橋は日本屈指のインサイドの強さを見せつけ、青雲は幻舟を中心としたスピード感あふれるバスケを披露した。 短い休憩時間が終わり、第二クオーターに入ると、なんと船橋はメンバーチェンジをした。美濃部、石原のガードコンビを下げ、控えを投入する。
「おいおい、いくら船橋の層が厚いったって、青雲に対抗できるのか?」
桑谷の疑問は当然だ。だが、真琴は伊達監督の意図を見抜いていた。
「おそらく、走ってあなたたちを疲れさせた上で、もう一度レギュラーを出すつもりでしょうね」
「大杉さん、僕がなんとか相手のマークを振り切りますから、パスをください」
小太郎が珍しく自己を主張する。全員の視線が小さなシューターに集まった。
「相手のインサイドが強力なのは分かりました。でも、こっちも負けてません。僕が一本でもスリーを沈めれば、うちが有利になるはずです」
「どう?幻舟?」
指揮官に問われて、青雲の司令塔は即答した。
「小太郎にかけます。ただし、小太郎の個人技に頼るのではなく、全員の力で勝つのが青雲のスタイルです。さつき、鬼神、雅和。リバウンドは頼んだぞ」
「任せとけ!小太郎、お前は思い切ってシュートを打てよ!」
鬼神の声が明るい。しかし、由真はさつきの視線が下を向いているのが気になっていた。「いい、控えといっても船橋のベンチに入る実力よ。油断しないで試合に集中すること。さあ、勝ってこい!」
船橋のボールでスタートする。ガードの直江は幻舟のプレッシャーに臆せず、ゴールしたの藤木にパスを出した。 藤木はくるっと体を回転させると斜め後ろに飛んでシュートを打った。さつきのブロックも届かない。ボールはリングをくぐる。
「あの藤木というセンター、パワーはあってもスピード、テクニックでは天野の敵じゃないな」
そういったのは藤森の高村だ。相馬は腕組みしたまま何も言わない。しばらく無言だったが、高村は再び口を開いた。
「それでも得点できたのは、天野のプレーが万全じゃないからだ。明らかに精彩を欠いている。ゴール下を守るセンターがあの調子じゃ、ほかのメンバーが頑張っても船橋には勝てないぜ」
青雲の攻撃になって、幻舟がドリブルで切り込む。直江ともうひとりのガード、毛利がふたりがかりで止めに入るが思うツボだ。完全にフリーになった小太郎に鋭いパスが渡る。放たれたシュートは放物線を描き、ネットを揺らした。客席がどっと沸いた。
「来た、ちっこい一年のスリーポイント!」
「この一本で試合の流れが変わるかもな!」
バスケは背の高い選手のするスポーツ。そんな決めつけを小太郎は一撃で粉砕した。
「服部、あの岸川という一年、どう思う?」
麻生に訊かれて、服部は慎重に言葉を選んだ。
「あれだけのシュート精度に加えて、大杉とのコンビネーション、パスやスティールも一級品だ。なにより、この大舞台で動じない強心臓は見事だよ」
「同感だ。大杉も岸川がマークを振り切ったタイミングを逃さずにパスを出している。同じ一年の西園寺もリバウンダーとして一九〇センチ足らずの身長でゴール下に欠かせない。岩倉の破壊力は説明不要だな。ただひとり……」
麻生の視線の先に、苦悩するさつきの姿があった。
「三回戦までスカイフックも含めて圧倒的な存在感を見せていた天野が問題だ。青雲の中でも安定感抜群で、攻撃守備両方で要になっていた天野がここまで不振だとな」
言葉を切り、麻生は相馬を振り返った。
「お前もここで青雲に消えて欲しくないだろう?」
相馬は眉間にシワを寄せ、吐き捨てるように言った。
「俺の要求は北条を通して伝えてある。あいつが俺のライバルにふさわしいセンターなら、こんなところで終わるはずはない」
言葉とは裏腹に、相馬は背中に汗をかいていた。
(天野……三年前の屈辱を晴らすために俺は厳しい練習に耐えてきたんだ。ここで負けるなんて許さないぞ……!)
前半が終了した。四二対三七で船橋のリード。小太郎も再三スリーを決めたが肝心のさつきに元気がなく、ゴール下の攻防で遅れを取っている。 船橋はインサイドを中心に得点を重ね、藤木は前半だけで一九得点をマークした。
「幻舟、さつきが復調するまで俺にパスをくれ」
鬼神が疲労した顔で、気力を振り絞るように言った。
由真から渡されたタオルで汗をぬぐい、ドリンクを飲み干すと鬼神は続けた。
「さつきが本調子に程遠いのはわかってる。俺はこれでもダブルエースの一角だからな。信じてくれ」
「鬼神……」
真琴はお調子者の鬼神がかなり疲れているのを察していた。安定感を欠くさつきのフォローに回り、前半で相当走っているはずだ。しかし、鬼神の口調に迷いはなかった。
「まず、俺がインサイドでガンガン点を取る。ダンクはもちろん、ミドルシュートも打っていく。そうすれば、相手の注意は俺に向くはずだ。そこへ小太郎がスリーを決めてくれれば、この点差なんて簡単にひっくり返せるさ。ただ、最後はさつき、お前がスカイフックをかましてやれよ。どうです、真琴さん?」
青雲の若き指揮官は全員の顔を見渡すと、笑顔で頷いた。
「いいわ、鬼神の作戦でいきましょう。ただし、幻舟と雅和も隙があったら遠慮なくシュートを打ってよ。小太郎が気持ちよく打てるよう、リバウンド争いはぬかりなくね。さつき、どんなに調子が悪くてもうちは五人しかいないんだから。勝つのはもちろん、青雲のセンターが本気になればどれほど怖いか、コートで自分を出しなさい。以上!」
ブザーが鳴り、後半開始のアナウンスが響いた。幻舟はさつきの背中を軽く叩いた。
「その様子だと昨日はあまり眠れなかったみたいだな。もっと自分と俺たちを信じろ。プレーに集中さえできれば、お前に勝てるセンターはいない。鬼神がゴールを量産するから、しっかりフォロー頼むぞ」
さつきは歩きながら、いかに自分がチームの足を引っ張っていたか、冷静に振り返った。久美子への気持ちはわからない。しかし、今やるべきことはゲームに集中し、勝利を掴むことだ。
(しっかりしろ!青雲のゴール下は自分にかかっているんだぞ!)
両手で頬を叩き、さつきは気合を入れた。 船橋のボールで試合が始まった。真琴の予想通り、ガードふたりはレギュラーに戻っている。美濃部は時間をかけずに藤木にパスを出したが、さつきが素早くカットした。すでに走り出していた鬼神にボールを渡す。
「鬼神!このクオーターだけあなたに任せます!ラストは必ず僕が決めますから!」
「そうこなくちゃよ!」
鬼神は立ちふさがる永井をかわし、藤木の守るゴール下へ力強くジャンプした。
「お前らごとき、俺たちの敵じゃねえんだよ!」
叫んだ後、鬼神はボールをリングに叩きつけた。藤木が吹っ飛ばされる。審判の笛がなった。
「ディフェンスファール、カウントワンスロー!」
青雲の応援団が沸いた。待ちに待ったエースのダンクシュート。だが、それ以上に高橋たちを喜ばせたのは、不振のさつきがきっちりディフェンスし、鬼神の得点を演出したことだ。
「関本さん、いけそうですね?」
高橋が顔を紅潮させて質問する。「そうだな。岩倉のダンクでムードも上がったし、俺も期待している」 関本は再びコートを見つめ、両軍の様子を伺った。(並みのチームならこれで決まりだが、船橋は格が違う。油断するなよ……!) 船橋の応援団も負けていない。メガホンを叩きつけながら必死の声援を送った。「気にするな!まだこっちがリードしている!もう一度突き放してやれ!」 藤木が美濃部にボールを渡し、船橋の攻撃だ。石原にパスを出す。ゴール下の三人がスクリーンをかけ、そのまま石原は切れ込んでレイアップシュートを決めた。「やはり堅実なスタイルだ。派手さはないが、確実に得点を重ね、結果的に勝利する。藤森を苦しめただけのことはあるな」
金田が腕組みしたままコートを見つめている。堀川がつぶやいた。
「だが、俺には青雲がこのまま終わるとは思えないんだ。前半、藤木にやられっぱなしだった天野が復調すれば。あいつのフックと岩倉のダンクは一撃でゲームの流れを変える威力を持っている。最後までわからないぜ」
青雲の攻撃になり、幻舟がさつきにパスを出す。フックの態勢に入った。
「来るか?」
観客が身を乗り出した。だが、さつきは空中でフックに見せかけてノーマークになっていた小太郎に鋭いパスを渡す。受け取った小太郎は得意の早いモーションでスリーを打ち、これが決まった。
「これだ!ゴール下にいながら広い視野でパスを出す天野と、確実にスリーポイントを決める岸川!司令塔の大杉なしでも得点できるのが青雲の強みだ」
遠藤が興奮気味に声を上げる。久美子もさつきの意表を突くプレーに目が覚める思いだった。少しずつ、だが確実にさつきの調子は上がっていた。
「ナイスアシストだ、さつき」
幻舟がさつきとハイタッチする。ベンチから真琴の声が響いた。
「よーし、流れはうちに来ているわよ!ディフェンス一本!最後まで集中を切らさないで!」
船橋の攻撃になるが、美濃部がせめあぐんでいる。前半絶好調だった藤木へのパスコースは塞がれ、苦し紛れにドライブをかけるが、青雲のゴール下三人はスクリーンをかけさせず、やむなくミドルシュートを放った。これが外れ、リバウンドは雅和が確保する。「行けいけ青雲!押せ押せ青雲!」
高橋たち応援団の声に熱がこもる。ボールは幻舟に渡り、船橋も素早く守備につく。と、ふわっとしたパスが幻舟から放たれた。空中でキャッチした鬼神がそのままリングにぶち込む。スタンドがどっと沸いた。
「すげえ、アリウープだよ!」
「ぴったり息の合ったコンビネーション……これが青雲か!」
ここで船橋のタイムアウトが宣告された。桑谷がふっと息をついて隣の槙原に囁く。
「どうやら完全に青雲のペースだな」
「ああ、並みのチームならもう試合を諦めていただろう。しかし、船橋の怖さはここからだ」 真琴は給水している五人に指示を与えた。
「よーし、みんなこの調子!このまま主導権を渡さずに一気に突き放すわよ!」
第三クオーターは残り約二分。スコアは六一対五八。青雲の猛追で三点差まで迫っているが、実績と層の暑さで船橋が圧倒している。勝つ術を知り尽くした強豪がどんな策を講じるか、内心真琴も気が気でならない。試合が再開される。船橋は素早くボールを回し、インサイドから得点した。 だが、ここからが強豪校の真骨頂。なんと青雲に対してオールコートであたってきた。これには観客もどよめいた。
「確か、去年の決勝であの藤森を苦しめたオールコートプレスに出るとは」
「藤森には勝てなかったが、スコアは八七対八四。ギリギリまで高校王者を追い詰めた」
「それだけ青雲の力を認めているってことだな」
数えきれないほどの試合を取材してきた遠藤もうなるしかない。
「さすがは百戦錬磨の船橋だ。疲労がたまっているだろうに、博打に出たな」
幻舟にふたりがかりで当たり、ドリブルもパスもさせない。あっという間に八秒が経とうとした、その時。
「大杉さん、こっち!」
ゴール下にいた雅和がヘルプに行った。時間ギリギリで幻舟がボールを渡す。当然、船橋は潰しにかかるが、雅和はあえてボールを下げ、小太郎にパスを出した。 受け取った小太郎はチェストパスでフリーになっていたさつきに強烈なパスを送る。さつきは長身をひねり、代名詞のスカイフックを決めた。
「すげえ、すげえよ五人とも!」
高橋が興奮で涙ぐんでいる。関本も船橋の強力なディフェンスをこじ開けた後輩に満足そうに笑みを浮かべた。 第四クオーターに入っても船橋は無尽蔵のスタミナでプレスをかけ続けた。 しかし、青雲の息のあったプレーは止めようがなく、やむなくファールで流れを変えようとするも、幻舟たちは確実にフリースローを決め、逆に青雲にリードを許した。「お前ら、試合を捨てるなよ!俺たちはここで終わるわけにいかないんだ!必ず逆転して、藤森に勝つぞ!」
美濃部の叫びは悲壮感すら漂っていた。ほかの四人も全力で走り回るが、三年生トリオと成長著しい小太郎、雅和のプレーは冴え渡り、八三対七五で試合終了。青雲の応援団は湧き上がり、船橋は落胆を隠せなかった。 礼が終わると、美濃部は幻舟に握手を求めた。
「悔しいが、俺たちの負けだ。お前たちはあと一つ勝てば藤森に当たる。その時は……」 美濃部はこらえていた涙で頬を濡らした。
「青雲が優勝してくれ……負け犬が言える立場じゃないけどな」
幻舟はそっと美濃部の震える肩に手を置いた。
「誰もお前らを負け犬なんて思ってないさ。本気の船橋はすごかった。必ず、なんて約束はできないが、全力を尽くすよ」
そのとなりでさつきと藤木が話している。
「前半は俺が勝っていたかもしれない。だが、後半はまるで通用しなかった。下馬評通り、お前に対抗できるセンターは藤森の相馬だけだ。高校最後の試合でお前にマッチアップできたことを誇りに思う」
「ありがとうございます。僕らは来年バスケ部が存続できるかも怪しいですが、船橋はインターハイの常連として、毎年優勝を狙える。楽しみにしています」
両軍のメンバーがコートを後にする様子を、高村と服部がじっと見守っていた。
「去年、俺たちを最後まで苦しめた船橋に完勝か……」
「大杉のゲームメイク、天野のスカイフック、岩倉のダンク、西園寺のリバウンド、岸川のスリー」
高村が淡々と青雲の役割と分析する。
「まあ、次の試合で横浜西が勝てばいよいよ神奈川対決だ。その結果いかんで、俺たちの戦略も変わってくる」
「そうは言っても、お互い横浜西が勝つと踏んでいるんじゃないか?」
服部に指摘されて、高村は意味深に笑った。
「それは相馬と北条に聞いてくれよ。あの二人は、決勝で青雲を粉砕することしか考えていないだろう?」
「まあ、たった五人でここまで生き残ること自体、奇跡みたいなもんだ。その奇跡が、どこまで続くかは楽しみではあるな」
藤森のレギュラー二人は無人のコートを見つめたままだった。




