03-108 魔境グリーンヒルズ!
昨日は仕事を終えて帰る途中で、レティシアを見かけてアカリはつい手を振ってしまった。
すごい勢いで手を振り返したレティシアが手に持っていたソフトクリームを落としてしまったのが見えたが、ちょうど信号が変わって進み始めたのでどうすることも出来なかった。
会社の二輪車で街に配達来ていた。アカリの移動道具は宇宙用でどれも大きいので、今日のような住宅地での配達には向かない。何より、宇宙的デザインが街にそぐわないのだ。
「今どこだ?」
アカリは迷っていた。
どこを向いても似たような家が立ち並ぶ。どんな意図があって設計したのか、道幅と角度だけは綺麗にそろった既視感しか生まない街路。街路に関係なくマトリクス状に割り振られた区画番号。そしてアクセントとしてたまにある行き止まり。
二輪車に搭載されているナビゲーションは、目的地周辺と冷たく言い放った後は沈黙している。再検索はしたくないようだ。
「グリーンヒルズ七番街の五六区画」
現在は五四までたどり着いたが、行き止まりだ。
回り込む必要があるのだが、どうせまた別の区画に出てしまう。
出かける前に心配していたハイペリオン達には、楽勝宣言してしまったため頼るに頼れない。今頃二人で不甲斐ない船長と笑っているのだろう。
「四〇?さっき通らなかったか。地図……今どっち向いてるんだ~!?」
「アカリさん、叫ぶと近所迷惑ですよ?」
「そんなこと言ったって……」
不意に後ろからかけられた声。さっきまでの疲労が嘘のように消えていく。
「レティシア……さん?」
第四惑星の青くて高い空に、薄い金色の髪が良く映える。鍔の広めな麦わら帽子に、赤白のチェック柄のワンピース、白いサンダル。その美貌には、アカリに向けて親しげな笑みが浮かんでいる。
「そうですよ。レティシアですよ、アカリさん」
名前を呼ばれて呼んで、少し照れて、手に持ったレモネードを飲んで顔をしかめる。……酸っぱかったようだ。そんな顔も美しい。
「……アカリさんはお仕事ですか?」
「うん、ちょっと配達にね」
「なる程、理解しました。グリーンヒルズは初めてですね!アカリさん」
「ん?そうなんだ。区画番号がわかりにくくてね、つい叫んじゃった」
「ふふ……貴方は運が良いよ、アカリさん。サントルの徘徊グルメ美人と言われる、レティシアに会えたのですから!……アカリさん」
「徘徊グルメ?それって誉められてないんじゃない?でなんか、名前入れ過ぎじゃない?」
「栄誉ある二つ名だよ!……名前は……呼びたいから呼んでるの、アカリさん……」
再びストローでチューと飲む。
「ああ、なんだその、いくらでも呼んでくれて良いけどさ、徘徊グルメのレティシアさん」
「今その二つ名要らない!」
酸っぱすぎてむせたのか、レティシアは若干涙目で抗議してきた。
「難しいな……それで?僕の運が良いとは?」
「私、このあたり分かるから、案内してあげるよ」
「ホントに?そりゃありがたいけど、レティシアさんも何か用事があるんじゃないの?」
「徘徊するくらいなの。基本、自由人なんです」
確かに、しっかりとお出かけ着という感じではない、割とラフな格好でドリンク片手にぶらぶら歩いて回っている。それが缶入りビールとかなら、立派な徘徊自由人だ。美人だからそうは見えないだけで。
「それじゃ、素敵な自由人に仕事を手伝ってもらおうかな」
「えっ、す、素敵ですか!」
やっぱり大人は余裕で返してくるな……素敵だって。とぼそぼそ呟くレティシア。
「君も十分大人な女性でしょ?」
「少女です!」
それでも特に気分を害したようには見えず、レティシアは案内をしてくれた。
「ホントだ、五六に着いた」
「じゃあ、お仕事がんばって下さいね。アカリさん」
「お礼に何か……」
「ふふ、それはまた今度お願いします」
そう言うとレティシアは路地を曲がって行ってしまった。




