03-104 カワイイ担当神
『お待たせしました!』
「ぜんぜん待ってないよ。ホント何秒も待ってない」
何を話していたかは知らないが、こういうところはやはり機械知性体なのだなとトーマス達は思った。
「エムロードワンとは何を話していたんだ?」
『挨拶と、リライト装置借りる許可です。こんな風に』
ハイペリちゃんはトーマスの手をそっと取った。柔らかくて暖かな肌の感触がトーマスの手には感じられた。娘がまだ幼かった頃、何もしなくても自然と手を繋いでくれたあの頃が思い出された。
「あ~いいなトーマスさん。……何泣いてるんですか」
「少し……娘の子供の頃を思い出してな」
「パパちょっと止めてよ恥ずかしい。それに若い娘の手を握って泣くのはヤバい絵だよ……」
娘はブリッジ勤めの通信員で、親子仲はとても良好だ。
「ほらほら、トーマスさん次は俺ですよ」
「男は触らないでね!ふわぁ温かい……」
次は取り合いが始まった。暖かいとはどういうことか、まるで実体の体があるみたいに緻密なホログラムだとか、可愛い、撫で撫でしたい、柔らかい、などなど。女神降臨と同時に実体化していたハイペリちゃんだったが、実体化のことは知らない野次馬達は、可愛さと興味で一斉に詰め寄った。
『ええっと~』
「オイ、早く食堂に連れて行ってやれよ」
『シャルルさん!』
怯えるハイペリちゃんを取り巻く人だかりの外からシャルルが声をかけた。ハイペリちゃんは一瞬の隙をついて群衆を抜け出し、シャルルの背中に隠れた。
「はしゃぐのは分からんでもないが、お客さんだぞ」
「出たなシャルル」
「妹を守るお兄ちゃんってか?カッコつけやがって」
「なんでそんなチンピラになってるんだよ。ほらほら、すぐ泣くんだから、エレナが戻ってきてお客が泣いてたら、またキレられるぞ。ハイペリちゃんも付いて行きな」
あの人の名を出すのが、クルーを冷静にするに手っ取り早い。元がまじめな彼らは、自分達のやり過ぎに気付き、謝罪していった。
ごめんね、びっくりしたね。ホントに温ったけぇ。普通に身体あるんだけど。ホログラムじゃないの。服もシルクの手触り。
パーティ会場に移動する間も質問は多かった。
「シャルル、どうなってるんだ?ホログラムじゃなかったのか」
「ああ、第三形態だ。俺とハイペリオンが最初に作ったときはまだアニメ顔のペラペラで声も……」
『シャルルさん、それは乙女の秘密ですよ』
「……すまん」
声がハイペリオンそのままだったのは流石に秘密にしたいか。
「プルミエルで、ハイペリオン達から提案があって。ホロ投影機とレプリケーターのハイブリッドにしたんだ。その後は知らん」
「なる程、「肉」か。どうやって動いているんだ?」
「骨に肉を付けたんだっけ?」
『そうですね。今骨格の関節部分を動かしています。フレームを操作すれば肉は付いてきますから、計算が楽ですよ!有り余る計算力を使って骨格と循環系と神経系はほぼ再現しています』
ハイペリちゃんはシャルルの傍に回り込んできて、手を繋いだ。
『ほらほら、自然な握手。これが第四形態レベル2.2です!次のレベル2.3で筋肉も再現するのでパルス一発打てば動きますよ。さらに計算要らずです!』
それとそれと、と親がいない間にこれだけの事が出来るようになったよと自慢してくる子供のように、ハイペリちゃんの報告は続く。
『目を見てください』
「ああ、よく作りこんでるな、本物みたいだ。あんまり近づくなって」
間違えばキスできる近さだ。ハイペリちゃんがそのことに価値を見いだしていなくても、青年シャルルは気になってしまう。
『実はこの目は、見えているんですよ。凄いでしょう?ついでに人間の目より解像度も可視波長帯も数倍良くしました』
視覚データを本体に送る工夫大変でした、五感は全部ありますよ、周囲に気を配るって全周のものを見るって意味ですよね?目玉いっぱい付けたらおかしいですよね?。
次々にまくしたてるハイペリちゃん。
「シャルル、この子可愛いけどちょっとコワいよ……」
「ストッパー付けてるの?AIの反乱とか、洒落にならないからね」
『大丈夫ですよ。ハイペリオン号のクルーには手は出しませんから。船長と私ですね』
「大丈夫じゃないよね」
「俺は?」
『シャルルさんは真っ先にやっつけます』
「知ってたよ。それで、君は何を目指して自分を進歩させているのさ」
『今の目標はこの世界に私を認めさせることですね』
「みんな君を認めているだろう?もっと広い世界って言うことか?」
『この感覚は、うん、分からないでしょうね。そうだな……そしたら、人類を支配しちゃうのも良いかもですね』
「俺は……付いていくぜハイペリちゃん!」
「私も私も!」
「ていうか宇宙港の管制達はもう落ちたろ」
「この勢いじゃ、トレジエム系くらいすぐ堕ちるんじゃない?」
『ふっふっふ~。下等な人間共よ、お前達の支配者は誰だぁ~。私の前に跪いて見せよ~』
たどり着いた食堂の上座に座らされたハイペリちゃんが声を掛けると、シャルルを除く全員が打ち合わせたかのように頭を垂れた。中には跪いている者もいた。
『アレ?皆さんノリが良い?』
近くで話していた数人が話を合わせてくれるかなとは思っていたが。
『……シャルルさんだけですよ、ノリが悪いのは』
冗談ぽく話を振るが、ハイペリちゃん自身も戸惑っている。
「俺は動けなかっただけだ。何か馬鹿なことやり出したなと思っていたんだけど、その考えがすごく何だろう、罰当たり?何かの怒りをかったみたいに萎縮して動けなかったんだ。何をしたんだ?」
『特に何も……私が何かやったんでしょうか?』
「多分な」
『どうしよう、私みんなから怖がられちゃう?』
未だに跪き頭を上げないクルー達は意識がないのかトランス状態なのか。赦されるまで動けないのだろうか。
「多分だけど、ここは誤魔化せばいいんだと思う。皆ノリが良いんですね、顔を上げてくださいよねとか言って。君のせいじゃなくて、皆が勝手にやったことにするんだ」
『でも……』
「君が許可するまでは皆動けない。……意識はないみたいだけど、動き出したときに君がオドオドしていたら、不思議に思うだろ?さあ、いつもみたいに可愛く笑って」
『……うん』
感情シミュレーターで強めのフィルターをかけてみる。感情の揺れが収まり、普段通り笑えそうだ。
「それはダメだ。悪い顔だ、ニヤリってなってる」
『やっぱり落としてきますね!?爆上がりだった好感度も符号反転しましたよ!』
「アドバイスだろ、怒るなよ」
『ホント、私のトキメキ返して下さい』
これも私をリラックスさせるための計算かな?とハイペリちゃん内心のトキメキは続く。
『皆どうしたの?この船の人達ってノリが良いんですね。起きて、可愛い担当神ハイペリちゃんの歓迎会を始めましょうよ』
その一言で食堂のざわめきが一瞬で戻ってくる。
「可愛い担当神か……」
「確かに。信仰できる」
「神社つくっちゃおうか」
会話の内容は怪しげだが。
『戻った……』
「俺には酷くなったような気もするが。原因は……」
『NEMOさんのさじ加減間違い、かな?』
「そうなんだろうな」
『それはともかく、ありがとね、お兄ちゃん!』
「……あ、ああ」
可愛く造られているので可愛いに決まっている。アカリの言うように全てはコンピュータの計算結果。そこに感情はない。しかしこんな親愛に満ちた笑顔を向けられると、不覚にもドキリとしてしまう。
落ち着け、元はハイペリオンだ。
「ホント可愛い担当神だな」
「可愛い神だ」
クルー達に再び沸いてくる謎の信仰心。
『原因はほぼ確定。距離は関係あるのかな?どちらにせよ定量的に計測できるように……』
「どうした。心当たりでもあるのか?」
『いえ、その……乙女の秘密?とでも言うのでしょうか』
「それを言えば何でも通ると思うなよ。それと秘密なら口にするな」
『ゴメンナサイ。実は』
「秘密なんだろ?言わなくていい」
『シャルルさんってモテないんですか?見た目はカッコいいし、立ち振る舞いも素敵じゃないですか?』
「それは、そいつから漂う下僕臭のせいだ」
「だけどハイペリちゃん、シャルルを嫌ってやらないでくれ。理不尽に強い姉妹から弟を守るため身につけざるを得なかった、それは勲章みたいな物なんだ」
『私まだお会いしたことないんですが、それほどまでに苛烈なのですか?ハルナさんとエレナさ……』
「名前を言ってはいけない!」
「噂をすると八割は背後にいるからな、あいつ」
「俺、息子が寝ないときエレナが来るぞって言ってる」
「名前言っちゃったじゃん」
「やべえ~」
エレナネタが出ると皆が我先にと食いついてきた。
『これは虐め、ですね?』
じろりと部屋のクルーをひとしきり睨む。ぜんぜん怖くない。でも気分を害したことは皆理解できた。
「違うよハイペリちゃん!これは暴君に対して民衆が漏らすグチみたいな?」
「そうそう?いわばは民主主義の夜明け?みたいな?」
ホントに?ハイペリちゃんは視線でシャルルに答えを求めた。
「宇宙船内のコミュニティは特殊だから、と言ってしまうとダメだよな」
『ええ、特殊な環境下でこそ陰湿な虐めが蔓延るのですから』
「クルーの皆はエレナを信頼しているのは間違いない。そこから来る遊びみたいなもの……なんだけど」
「怖いのはマジだぜ!そっちの信用の方が大きい!」
シャルルが言うならばそうなのだろうと、ハイペリちゃんは引き下がる。
『あとで教えて下さいね』




