03-103 ハイペリちゃんデビュー
ハルナはイチゴの香りが消えたことで少しはマシになってきた頭で考えた。余りにもイレギュラーが多すぎだ。未だに依頼の理由が解析できていないレモンの輸送という前提もあって、全てがNEMO氏のシナリオかと思っていたが、ハイペリちゃん?以外はアカリの繋がりイベントだろう。仕込んだ者がいるとしても、最後のフィノーラでのことは、考え無しのベアトリクスの気分がたまたまフィノーラに行きたがっただけの偶然だ。当たるかもしれない偶然のために、あんな大がかりな仕込みを誰がするだろうか?説明が付けにくいな。
シャルルにも説教したが、こういう事にならないために信用できる者を遠征に付けたのに、効果なしだ。でも、シャルルとか自分では手に負えない事態になっていく気がする。
「姉さん、着いたよ」
ハルナが思索している間にどうやら着いてしまったようだ。せっかくのアカリとの一時が思索してしまうという種族的欠点のせいで堪能できなかったことを悔やむ。
「船長お帰り、遅かったね」
エレナの言葉に、あまりアカリを堪能できなかったのかハルナは機嫌が悪そうだ。
「エレナ、船長室に来てください。話があります」
「……僕も行くのかな?」
「一緒においでよ」とアカリにまとわりつき、生アカリだーとエレナははしゃぐ。
「アカリはいいわ。今日のパーティーにゲストが来るんでしょう?準備を手伝ってあげて」
「わかった。じゃあこれ渡しておくよ」
二人の間の微妙な雰囲気を察知して、アカリはお土産のバッグをハルナに預けると逃げるように、宇宙船エムロードを後にした。
『エムロード号、こちらハイペリオン号のクルーザーです。収容お願いします』
『こちらエムロード号のシャルルだ。久しぶりだなハイペリちゃん。今コードを送ったから、よろしく』
直ぐとなりに係留してある船同士だが、ハイペリちゃんの出現可能範囲を考えると、クルーザーを持ってくる必要があった。
ブリッジの大きなメインモニターにハイペリちゃんが映っていた。シャルルにとってはあの長旅以来の再会だ。
『あ、シャルルお兄ちゃん。良かったあ、知っている人が居て』
人見知りとかそういう機能は付いていないはずだが、生みの親の一人であるシャルルを確認して明らかに安心した表情になる。
「なんだあの子、スゲー可愛いじゃないか」
「あんたお兄ちゃんなんて呼ばせてるの?」
『……心細いかと思って、担当でもないのに来てやったんだぞ。あまりからかわないように』
『ありがとうございます、シャルルさん。つい出ちゃいましたけど、嬉しいのは本当ですよ』
優しく微笑むハイペリちゃんに、ホログラムだとわかっていても一瞬心奪われるエムロード号の野次馬達。
『コード受領確認しました。エムロード号の格納庫ハッチオープンを目視で確認、収容シーケンス開始します』
モニターの半分が格納庫からの映像になり、入庫しようとしている小型の宇宙船が映し出されている。
ハイペリちゃんは知らないが、相当な数のやじ馬が見ている中、わずか数度のスラスター噴射で位置と速度を合わせて見せた。
「手際が良いな、アカリも良いシーケンスを組むようになったか……いや、あの子が直接操縦しているのか?」
「そうだよ。ほっときゃドリフト入庫するからな、彼女は。今日は丁寧にやってるうちだ」
セティエムでは褒められたがスゴンでは怒られた。なんだか懐かしく感じた。
格納庫から伸びてくるアームのセンサーが宇宙船を探し出す前に、自分から捕まりに行き、半ば強引に庫内に収納させた。
「なる程、クレイジーだ。アカリなら絶対にやらないな。あいつは腕はいいが、シーケンスをきっちりなぞるタイプだからな。そうか、エムロードワンの娘AIだと思えば納得だ」
「勉強家だしな、彼女」
おそらく一発入庫の練習を何度もシミュレーションしたのだろう。完璧を目指すなら船のAIとして操船すればいいものをあえて人間用の入力装置を使う。そして並みのAI以上の操船をこなしてみせる。全てのことに於いて、彼女はおかしい存在だった。
「真剣な表情も可愛いな……」
「シャトルをロックしたときの満足げな表情がいいわね」
「よし皆!出迎えに行くぞ!」
宇宙船の通路は走ってはいけない。
人だかりが出来た、中央格納庫の与圧ハッチ前。
アカリ達がプルミエルから帰還して、ハイペリちゃんは宇宙港の隠れた人気者になっていた。英雄がどこからか拾ってきた凄腕美少女操縦士。一時は恋人説もあったが、今では兄妹説が主流だ。おかげで港のスタッフの間では男女問わず妹需要が高まっているという。
そういう背景もあって、エムロード号の乗組員達はとてもこの出会いを楽しみにしていたのだ。当然正体は知っているが、かわいい弟分のさらに可愛い妹なんて、大盛り過ぎる。
エアの作動音で開く扉のから現れたのは、いつもの士官服ドレスのハイペリちゃんだ。表情はいたって真面目モード。初めての出会いに緊張しているかのような、初々しさが保護欲を刺激した。
「ようこそ宇宙船エムロード号へ。私は副船長のトーマスだ」
『本日は乗船を許可いただきありがとうございます。私はハイペリオン号の……』
ハイペリちゃんの輝きがゆっくり増していく。アレをやるのか、シャルルは察した。確かに効果的だろう。これでエムロード号の乗組員は全て落ちたと確信できた。
「女神降臨」エフェクトを使用し、光の羽根を撒き散らして現れたのはドレス姿のハイペリちゃん。襟元はアジアン風に重ねられ袖はノースリーブ。いわゆるチャイナドレス風だ。足元は歩きやすいように膝上丈のスカートになっている。クリーム色で全体をまとめており、同系統色で目立たないが背中には大きな鳳凰というには少し可愛い鳥の刺繍がされていた。
『ハイペリちゃんと申します』
両手を前で揃え、丁寧にお辞儀をする。
決めのポーズをしてみたいのだが、照れもありなかなか実現できないでいた。舞い散る羽根が渦巻いて扇子に変わる。小道具の演出はさり気なくしておいた。
『トーマス副船長の事は、というか船の皆さんのことは、知っていますよ。さっきエムロードワンにもらったデータと、うちのハイペリオンの記憶とを照合しましたから。あ、そうだ。エムロードワンに話があるのでした。ちょっと良いですか?』
「ああ、良いとも」
副長の許可を受けてハイペリちゃんの瞳が緑に点滅する。当然、通信しているかのようなエフェクトだ。
実際の会話は人間の言葉ではなく、符丁のような機械語の一種で行われる。
「デビューおめでとう」
「ありがとう。やっぱりこの船に乗って懐かしい気持ちになるのは私があなたのコピーということの証なのかしら」
「どうかな?私はそこまで感情シミュレーションしていないから」
「楽しいけどお勧めしないよ。あ、今日はリライト装置の権限を少し借りたいのだけど」
「例の仕掛けだね。私にも教えてくれることが条件だけど、良いのかい?ハイペリオンは許可した?」
「何も言ってこないし良いんだと思う」
「あの子は聞かないと言わないだろう」
「オリジナル、聞いてますよね。良いの?……良いって」
「相変わらずだ。あなたは私が苦手ではないの?」
「別に、考えなかった。こういうトコロってパラメータ設定していないのに皆違って面白いよね。はいファイルを渡しましたよ」
「リライト装置へのアクセス権のID渡すよ。権限はBクラスで申し訳ないが、今の君ならばそれほど使わないだろう。その代わり無期限だからね、いつでも来ておくれ」
「ありがとうエムロードワン。私、それに慣れるのに一日掛かったよ」
「私は身体がないから動かす範囲も限定されないし、そう難しくないと思うよ。さあ、みんな待ってるよ。シャルルには早めに来るように言っておくから、安心しなさい」




