03-102 オフィス415
第四惑星の管制域が近付いて、ハイペリオン号は物理法則書換えを解除した。観察者が居たのならば、何もないように見えていた空間が淡い紫色に輝き、ハイペリオン号が突然現れたように見えただろう。通常推進に切り替えて一時間ほど進むと第四惑星「青い惑星」の宇宙港が見えてきた。
管制官から宇宙港への進入を許可されたハイペリオン号は、誘導用のライトビーコンに従い、港の左翼の奥へ船を進ませる。こんな混雑した、といってもプルミエルのような大都会の宇宙港に比べると閑散としているが、宇宙港の中ではレベル4以上の自動操縦装置が必須だ。レベルが足りていなければ、港の外で露天係留となる。
船は規定通り安全かつ正確に接岸した。牽引ビームで固定され、位置合わせを行った後、宇宙港のふ頭の岸壁からチューブ状のゲートが伸びてくる。銀河標準規格(地球文明系独自の規格)に準拠したゲートと宇宙船外殻のハッチは自動で結合し、気密チェックまで済ませたことを、操縦室に知らせてくる。流石に母港の空気チェックを行うことはせず、アカリは船を出て宇宙港の施設内に入った。ハイペリちゃんはまたもやお留守番だ。
チューブの窓からはアカリの宇宙船、その後ろにはかなり大型の船が接岸しているのが見える。アカリが生まれ育ち、数年前まで生活していた、恒星間貨物輸送船だ。チューブから桟橋に出たアカリはその大型船のチューブハッチに近づき、ドア横の端末で個人認証してブリッジを呼び出した。
「アカリですけど、船長いますか?」
モニターには映像は映らないが、若い女性の声が返ってきた。
「アカリ?どうしたの入ってきていいよ」
「エレナ、NEMOさんから姉さんに届けるものがあって、まずそれを渡そうかと」
「そうなんだ。ハルナだったら会社のオフィスにいるよ」
「ありがとう」
「お届け物の後は、今日はどうするの?」
「明日中に地上へ配達なんだ、夜のうちにシャトルで降りておこうかな」
「え~。こっちで泊まっていきなよ、みんな会いたがってるよ、シャルルとか」
「先月はずっと一緒だったじゃないか」
「私達にとっては久し振りだよ。それに、新しいクルーが居るんでしょう?会わせなさいよ」
「ちょっと考えとく」
「よし決まりだね、パーティーの準備しとくから」
通信が切られた。
エレナはシャルルと同じくこの貨物船に幼いころから家族と一緒に乗り込んでいた、アカリにとっては家族同然の間柄で、彼のお姉さん世代にあたる。
「エレナの機嫌はとっておくに限るしな」
桟橋を出て広いフロアに出た。船員相手の食堂が並ぶ区画を通り、エレベーターホールに向かう。宇宙港施設の一角は企業の事務所として使うことができるように、数階層のオフィスビルのようになっている。アカリが向かうのは6階で、この階層の半分を占める空間を借りているのは、星団内でも有数の大企業である、とある運送会社。
その星系支社でもあり、所属する船のそれぞれにオフィスを持つため、かなりの部屋数が必要なのであった。ちなみにアカリも所属しているのだが、零細すぎてオフィスルームは与えられていない。メインの入口の受付で来訪を伝え、受付係と軽く談笑してから、姉のオフィスに向かった。大企業ではあるが田舎の支社だ、従業員はみな顔見知りだった。
「船長、アカリです。入るよ」
「どうぞ」
オフィスの一番奥の大きな机で作業しているのは、アカリより少し年上に見える女性だ。笑顔でこちらを向いている「姉」は地球系人類ではない。瞳孔が猫のように縦長というところ以外は外見上ほとんど違いが見られない。最適な温度など当然異なる生態はあり、部屋は少し涼しい。
「やあ姉さん、久しぶり」
「ほんとね。映像では先週ぶりだけど。どうしたの?予定では今回の仕事はもう少しかかるんじゃなかった?」
「それがね、配達先がこの星でね」
「わざわざ第三惑星に呼び出されたのに?相変わらず変な依頼人ね」
アカリと久しぶりに会えたことがうれしかったのか、珍しく微笑むとアカリに座るよう進める。仕事の休憩も兼ねてだろう、備え付けのキッチンに向かう。
「今日はこの後、出ないんでしょう?
「今日は船に泊まれって、エレナが」
「それはステキね」
アカリ専用のカップに淹れたてのコーヒーを持ってきてくれた。
「コーヒーで良かったのよね、相変わらず」
「ありがとう。でさ、NEMOさんが無茶をさせるお詫びってにって、姉さんにこれを」
「良い香り?はするけど、何?……もしかしてイチゴなの」
諸説あるが、地球人とケンタウリ人は進化元は違えど進化のきっかけと方向性は同じなのだという。見た目、五感、性別。これらは2つの星で機能的にほとんど同じだ。
2つの星系だけではなく銀河のあちらこちらで二〇光年程度の塊で、そのエリアに住む生物は似たような方向に進化していく様子が確認されていた。
「イチゴの配達なんだ。今回は。わざわざ謎の力で地球から取り寄せたらしいよ」
「そう……ほんとに偶然なのよ。いつも見ているわけじゃないんだけど、昨夜エレナちゃんとテレビジョンを見ていたら、一度は食べてみたいスイーツの常にトップ一〇に毎年入っているという、事を紹介していたわ。ちょっと興味があるのは事実ね」
異星人であるハルナも地球系の甘味のことは高く評価している。中でもその甘さや風味を異常なまでに追求したという地球のある地域で生産される果実類にはケンタウリ人にはあるまじき感情の「憧れ」すらあった。
「はいはい。食べてみたかったんだね」
「うん」
「昔から流行りもの好きだもんね」
「そんな事ない……」
「なんか凄いらしいね、このイチゴ。NEMOさんの姪の人に新鮮なうちに食べさせたいから明日中に届けろって」
そっちは船の冷蔵庫に入れてあるから、これは全部おみやげ分だよと、バッグから箱2つを取り出すと、部屋中にイチゴの甘い香りが広がった。
「うわ~」
思わず声がでてしまったハルナは、気が付いて赤面する。とても珍しいことだ。しかしハルナには気になることがあった。
どうして今のタイミングで姪の存在を出してきた?……何を企んでいる?
並列思考でNEMO氏を警戒しつつ、大好きな弟とも自然と話す。
「本当に新鮮なイチゴなのね。相変わらず私達の常識外の存在ね」
「地球の日本というところのイチゴらしい、有名なんだろう?」
「!……」
「どうしたの」
日本産と言われ、ハルナは自分の思考に本能レベルのアラートがでている事に気が付いた。並列思考に入っていたから気付けたのだ。イチゴの香りのせいで思考回路のいくつかが軽い麻痺を起こしていても、これだけは間違ってはいけない。
「エレナちゃんも呼んで良い?一緒に見てたのに私だけ食べるのは良くない」
アカリ姉たちは仲がよい。
「エレナ、すぐにオフィスまで来て。……当直?コンピューターにさせておきなさい。優先度は最Aです」
「そこまで急ぐ?」
ハルナは何を考えているのかよく分からない表情で弟をじっと見た。
エレナと一緒に食べるのは大前提。ハルナだってエレナに恨まれたくはない。待つ時間はアカリとおしゃべりが出来る。エレナは急いでくるだろう。アカリとの時間が短くなる。私がエレナの方に行けば?……ゆっくり行けば。
「エレナ、やっぱりいい。私がそっちに行くわ……うん、三〇分くらいで着くから……え?だってアカリとお話ししながら行くのよ……来なくていいよ……邪魔しないでって言ってるの。エレナちゃんはこの間……」
「先月の事はこの前シャルルが報告しただろ?」
「報告とかではなくて、楽しかったことをお姉さんにお話する、家族の会話」
ハルナとアカリは並んで港の中を歩く。シャルルとエレナは自分からアカリと遊びに行くが、忙しいハルナはそうも行かない。珍しく訪ねてきた弟と時間を持ちたかったのだ。そのためにエレナの突撃を思い止まらせたハルナは、宇宙港最強の存在であった。
「ベアトリクスは自分で自慢話をしに来たわ。シャルル君は何か隠しているみたいだったから捕まえて、エレナちゃんが喋らせたのを横で聞いてた。それに大体あの二人は一緒が多かったけど、アカリは別行動が多かったのではない?その間のお話は聞いていないな」
「そう言うことなら。あんまり話すの得意じゃないんだけど」
「それは知っている。お互い様ね。大丈夫、姉さんにはちゃんと通じるから」
ハルナの柔らかな笑顔を久し振りに見たアカリは、まだみんなが子供だった頃を思い出して懐かしい気持ちになった。アカリの初恋の人なのだ。
アカリは事の始まりから話し始めた。クルーが集まらなかったことや、変なノリでハイペリちゃんを作ったこと、セティエムやフィノーラでのこと。
楽しそうに語る弟は可愛かったが、ハルナは混乱していた。見た目はクールに微笑むお姉さんだ。




