03-101 仕事の打ち合わせ
仕事の依頼者から待ち合わせ場所として指定されたポイントは、トレジエム星系の第三惑星、「赤い惑星」の大渓谷上部だ。この惑星も居住可能だが星系政府は第四惑星の「青い惑星」開発に注力しているので、ほとんど手つかずだ。三十四世紀らしいものと言えば、惑星への出入り管理のための宇宙港が地上にあるのみであった。宇宙港の周辺には街らしい物が出来てはじめている。
積極的開発は行われていないが無秩序な開発も歓迎されていないため、星への出入りは厳重に管理されている。訪問者は衛星軌道上の駐機宙域に船を係留して、宇宙タクシーで地上の宇宙港へ向かうことになる。それでは宇宙港に着いた後何もできないため、多くの人は大気圏で運用可能な小型搭載艇で宇宙港に降りるようになっていた。アカリもシャトルで行く派だ。宇宙港で入管手続きを行い、すぐに大渓谷へ向かった。宇宙港から大渓谷まではおよそ五千キロメートル。超音速を出すことは禁止されているため、5時間程度かかってしまう。当然リライト装置で音速の上限を変更するようなことも禁止事項だ。
軌道上に宇宙港があれば、もう少しは惑星表面の行き来も楽になり、星も発展するだろうとは、この星を訪れたことがあるほとんどの人の思いだ。だが今は「青い惑星」に資本も労力も集中すべきであった。
それなりに美しい地上の景色を眺めながら、亜音速でのんびり進む。大渓谷には昼過ぎに着いた。
この辺りは木々はほとんどなく、地平線の向こうまで荒涼とした大地が続いていて、大地は網目状に浸食されている。浸食谷は深さが二千メートルもあり、削られずに残ってテーブル状になっている大地から谷を覗けば遥か下に激流が見える。無数にあるテーブル山の頂上は1つの都市が入るほど広大な物から、人一人が何とか立てる程度の広さしかないものなど様々。
その中のちょうど良い広さの台地の上が、いつもの待ち合わせ場所だ。低い草が生えた直径二百メートル程度の平らな山頂にシャトルを着陸させた。
これもいつものように相手はまだ来ていないようで、何の姿も見えない。アカリはシャトルから出て待つことにした。そうすればいつの間にか現れるのだ。
「ハイペリオン、一応、大気チェックだ」
『アカリ、シャトルのチェッカーを自分で起動させても構わないのだぞ』
ハイペリオン号はアカリのいるところから五千キロメートル離れた軌道上だ。ハイペリオンが指摘する大気チェッカーは、シャトルの出入り口の脇にあるパネルにもスイッチがある。アカリの手がちょうどいい具合に届く箇所だ。
「いいじゃないか、クルーの安全点検も君の仕事だろう?それに、君に確認してもらったほうが信用できるんだよ」
『船長はAIたらしですねえ』
今日は船にお留守番の元ホログラム娘も話に加わる。
『それで船長のおねだりを聞いてしまうオリジナルも甘いですね~。まぁ私も「お兄ちゃん」のおねだりなら聞いてしまいますが』
妹としての立ち位置を絶賛構築中の元ホログラム娘は、身内だけの会話ではアカリやハイペリオンのことを兄と呼ぶことがあった。
『表示されたデータの判定ができないだけだ。だいたい第三惑星の大気はチェックなどしなくても地球型人類の生存に問題はない。チェック完了、ステータスはオールグリーンだ』
「ありがとう、ハイペリオン」
アカリが2つ目の扉、外殻のハッチを開けて船外に出ると、青年が一人キャンプチェアに座って寛いでいた。
毎度のことではあるが、いったいどこから現れるのか。今回は外殻の扉を開ける前に周囲一キロメートルの生体反応をスキャンした。結果、人間大の生物はいないはずだった。
青年はアカリと目が合うと、片手をあげて気さくに挨拶をしてきた。
「こんにちは、今日はいい天気だ」
「こんにちは、NEMOさん。いつから居たんですか」
いつもの挨拶。そして答えも決まっている。
「それは君が知りたい事を知るための質問としては良い聞き方ではない。私はあらゆる場所と時間に存在するのだから。そんな事より、今日もお願いがあってね」
もとより氏の持ってきた仕事を断るという選択肢はない。長年に渡ってアカリ達の会社を贔屓にしてくれている富豪の一族なのだそうだ。
「これを、第四惑星の私の姪に届けて欲しい」
とNEMO氏は木陰に置いてあった箱を持ってきてアカリに渡した。シャトルが降りたときには木などはなかったが。箱からは甘い香りが漏れていた。
「イチゴですか?この香りは」
「よく分かったね!」
「香りがしていますから」
「そんなものだろうか?やっぱりアカリはすごいな。姪がねイチゴが好きなんだそうだ。だからちょっと良い物を取り寄せたんだよ。とても可愛い娘でね、叔父さんとしてはポイントを稼ぐのが普通なんだろ?」
「そういう話は聞きますね。ポイントは知りませんけど」
「言っていたのは自称姪の専門家なんだから、そういうものなんだよ」
姪の専門家ってなんだ。
「専門家の勧めで地球の日本という地域で採れたイチゴを用意してみた。冷凍じゃないよ」
その産地はアカリだって知っている。そしてかなりおかしいことになっているのも分かる。
「地球からどうやって生のものを持ってきたんですか。騙されていません?遠すぎとか言う距離ではないでしょう」
「君達は距離にやたらとこだわるね。遠いのが困るんだったらどうすればいいか考えればいいのにね、すぐに思いつくことなんだけどな」
NEMO氏はまるで古典数学の最初の問題が分からない子供に教えるかのように言った。
「今回はそれが本題ではありません。これを配達してほしい。姪は第四惑星に住んでいるよ、住所はここね」
NEMO氏がアカリの端末に向けて指を弾くと、送られてきたアドレスがポップアップする。
「……ここに来るために二日かけてその第四惑星から来たんですけど」
「明日中必着だ!」
NEMO氏はにっこりと笑って言い切った。
彼は基本的には善意の存在だが、気に入った相手を困らせて楽しむ悪癖を持っている。基準が一般とはかけ離れている辺りが非常にやっかいなのだが。
「わかりましたよ。本当にいつも無茶苦茶ですね……」
「まぁまぁ、その分オマケをつけるよ。ほら、イチゴを二箱あげよう。姉さんたちとお食べなさい。そうだな、あの子にももう1つあげておこうか、叔父さんポイント二倍だ」
「ありがとうございます。どこから出した……は、考えろって事ですよね」
「今は考えても分からないだろうけどね。いろいろ考えるのは悪い事じゃないよ」
「……では行ってきますね。毎度ありがとうございました」
時間がないので今回もまた、惑星の大気圏は垂直にショートカットする。出るときは連絡さえしておけばいいのだが、推奨されているやり方ではない。上昇していくシャトルの窓から先ほどまでいた台地が見えたが、もう誰もいないようだった。
シャトルは駐機エリアから大渓谷の上空に移動してきたハイペリオン号に速やかに収容された。
「二人とも聞いていたね、戻ろうか」
『はい、船長ルートはどうします?』
操縦士であり、搭載艇のAIでもある元ホログラム娘の通称ハイペリちゃんだ。元々が宇宙船ハイペリオン号のコピーAIの為、そう呼ばれている。
『向こうの宇宙港はそこまで込み合っていないようだ。NEMO氏がどの時間帯での明日中と言ったかは相変わらず分からないが、第三惑星標準時で現在一四時を回っている。今日は宇宙港までで配達は明日でよいだろう。0.5光速で北回りで行けば、ハルナがまだオフィスに居る時間には着くだろう』
「ありがとうハイペリオン。ハイペリちゃん、トレジエム北極周りで第四惑星宇宙港へ、0.5光速だ。あと悪いけど、こっちの宇宙港にも謝っておいてね」
『了解です。トレジエム北極周りで第四惑星宇宙港へ、0.5光速。ハイペリオン号出発します』




