02-537 憧れのスゴン航路
セティエム星系から超空間バイパス路に入り、GST(銀河標準時間)でおよそ二日。ナビゲーション画面に出口が近いという注意が表示された。
バイパス路とは言うが、道のような構造物があるわけではない。
超空間と呼ばれる空間に強制的に出入り口を作り、宇宙船が遭難しないようにその間をナビゲーションするようにしたものだ。空間の広さはこの宇宙と同じくらいだと考えられており、行こうと思えば経路を外れて何処まででも行くことができる。人類は強制的に出入り口を作っているが、他に出入り口が在るのかもしれない。
超空間バイパス路の内部は通常空間とは異なる物理法則が適用される。通常空間の10光年の距離を一日で進むことになるのもそのためで、今も周囲は様々な色の光が妖しく蠢いており、非常に不気味だ。
シャルルとベアトリクスにとっては慣れたこの超空間だが、アカリにとっては十年近くご無沙汰していた場所だ。かなり不安に感じていた。初めてだと期待を膨らませていたハイペリちゃんは珍しがっていたがそれもほんの数分、普段の落ち着いた様子に戻っている。
ナビゲーション画面に超空間バイパス路の出口到達の案内が表示された。
『ワープアウトします』
『ワープではないぞ。どちらか言うと……』
『雰囲気が大事!カウントは!?』
セティエム星系とスゴン星系の動く方向は異なる。広い宇宙空間に漂う星達の感覚ではほんの僅かな動きでも、人間などの小さい物にとっては無視できない大きな動きとなる。固有速度の差が大きければ大きいほど、致命的な事故につながるのだ。
そのためゲートを通る宇宙船は出口で強制的に速度を合わせられる。その時のエネルギーの放出でゲートを出る宇宙船は白く輝くのだ。
船の質量を管理局が正確に把握していれば、慣性による衝撃はほとんどないのだが、そうもいかず少し強めのブレーキが掛かった。大型船ではこれがかなり大きくなるため、なるべく正確に質量を申請するのだという。
『ゲートがどこまでサポートしてくれるか分からなかったので、すいません、皆さんお怪我はないですか?』
「いやいや、ハイペリちゃん、こんなモンだよ」
「そうねハイペリオン号は小さいし、空荷だし」
「うちの船でグラム単位まで申請してももう少しくるぜ。ゲートの装置が悪いんだろうよ」
ベテラン二人は慣れたものだったが、アカリは少しびっくりしていた。
一時間ほど進むと、二つの星が見えてきた。表面が青い海と緑の大陸が美しく配置された、惑星が二つ。スゴン星系の首都星、惑星フィノーラとイードであった。
「僕は怖いからホテルから出ないよ」
無事ホテルにチェックインして案内された部屋で、スタッフが退室した直後、アカリは宣言した。
観光惑星フィノーラの宇宙港は観光客にストレスを感じさせるような滞留は一つもなく、非常にスムーズに惑星へと降りることができた。そして丁度になるように迎えに来ていた送迎車でベアトリクス達を特別な区画に建つホテルへと案内した。
ベアトリクス情報によると特別区画の中でもさらに特別なそのホテルは、アカリから見ると単なる落ち着いた雰囲気の清潔な印象であった。入るなり「さすがね……」と呟いていたベアトリクスも実は内心拍子抜けしていたのだが、本当に相応しい人が見ると、豪華な中にも品のある素晴らしいホテルなのだ。
数度の予定変更で本来ならキャンセル扱いだったはずなのだが、そこを特別な計らいで無理矢理ねじ込んでもらったのだ。しかも今日は一般の部屋が空いていなかったため、いわゆるVIPルームを利用させて貰えることになった。
案内されたのは、本館の高い建物から少し離れた台地状の丘の上に建ち、周囲を木々に囲まれて喧噪から隔離された平屋の建物だった。海に面した一角は開けていて、入江の一番奥になっているホテル近くは真っ白な砂浜になっていた。入江の向こうには森が見える。当然、庭には大きなプールがあった。
季節は夏。ここは夏用の離れと言うことだった。家族用の大部屋から個室までおよそ十の部屋があって、どれも風の通りが良さそうな作りだった。
アカリ達はそれぞれ別の部屋を選び、食事はダイニングルームに集まってとるということにした。そして、周りの散策に行こうと、ベアトリクスが誘いにやってきたのだが、アカリは引きこもり宣言をしたのだった。
「ごめん。皆が楽しみにしているのは分かっているし、僕も楽しもうと思ってたけど、すぐには無理みたいだ。少し慣れる時間がほしい」
そう言えば最初から嫌がっていたなと、ベアトリクスは思い出す。往路で資料も見たではないですか。
「それじゃ、お昼はみんなで一緒に食べるわよ、街のほうで!」
「……わかった。ごめんね」
「それじゃ行くよ、シャルル君」
「え?俺もあんまり……」
「やかましい!行くよ!君はエレナが怖いだけでしょ。思いっきり楽しんで、悔しがらせてやりましょう!」
昼食はリゾート客向けのレストラン街。街全体が賑やかながらも落ち着き、異国情緒あふれる夏の街だった。その中でも一番の高級店に一行は案内された。
「散策はどうだった?」
自分のわがままが行楽気分に水を差したのは分かっていたので、アカリは楽しくなりそうな話題を振った。年頃の美男美女の組み合わせに見えなくもない、2人なのだから。
「んー綺麗だったよ。それなりのメンバーでそれなりの理由で来ていれば、抜群だろう」
「悪かったわね、役不足で」
「だって、なんかムーディなメンツじゃ無いじゃん」
「……そりゃそうだけどさ」
「仕事の打ち上げなら、あの二人も呼びたかったな」
「そんな事言うと本当に来るわよ、あの子なら」
食事は大層美味しいが、グルメレポーターではない三人にはそれ以上の感想が出てこない。シャルルに至っては「少ないな」とつぶやく始末。
「そう言えばさ、ホテルから見えた森は、怖い森じゃなかったんだ」
夜に不気味に光る森の側なんかに、高級ホテルは建てないだろう。
「そうか!」
「昼からは僕も外に出ようと思う」
「じゃあ、アカリ君の気分快気を祝って飲みましょう!おねーさん、ビール持ってきて!冷たーいヤツ!」
夕方までは街をぶらぶらした。
プルミエルの時のように目的があった訳でもなく、ただ観光地の賑わいを楽しんだ。
ホテルの大浴場は古代遺跡を模した温水プールだ。男女とも水着着用で温度もそう高くない、のんびりと温泉を楽しめた。温泉の説明に、「およそ十年前突如湧き出した……」と書いていたが、従業員にお願いしてさりげなく隠してもらった。……実はこれは本物の遺跡で、数十キロメートル先の同じような遺跡と繋がっていて、そこから湧いた温水が流れてきているのだが、調査はそれほど進んでいない。
アカリは何度かベアトリクスのラフな姿を見ているので、水着姿を見ても魅力的だなとしか思わなかったが、シャルルはかなり緊張していたみたいだ。遊び人ロールで何とか平静を装っているのをアカリとベアトリクスは優しく見守っていた。
そして夕食。どうやらVIPメニュー様に自分達は相応しくないと気付いた一行は、夕食のグレードを下げてもらい、一般客と同様の大広間でのビュッフェコースを堪能していた。これならば美味しさの違いが分かる。
「お昼のレストラン、ビールで騒いじゃったけど、結構迷惑だったのかしら?」
「多分ね……」
シャルルも満足な夕食が終わり、アルコールも入りのんびりと寛ぐ三人。キッチンやワインセラーの中身は使いたい放題飲み放題である。広いリビングの巨大なモニターには船に残してきたハイペリちゃんが大きく映り、騒いでいた。
「今のうちに溜まった計算を済ませておけばいいのにね」
「俺達がいい目を見てるから悔しいんだろう。でも慰労会といえば、間違いなくあの子が主役だな」
「確かに」
男達の呟きを拾ったハイペリちゃんは、ギャルピースで自慢げだ。
「あれなんか腹立つな~。でも食事が出来ないんじゃ、ムードも半減だろうけど!」
『そんなの全然羨ましくないです~!』
一晩は生みの親と言うことで敬意をもって対応されていたシャルルも、今では単なる罵り合いの仲間だ。打ち解けてきて、ハイペリちゃんが人に近付いてきたということだろう。この異常な進歩の裏に何かがいると、AI達は推測しているのだ。
「シャルル君も、あまり煽らないでね。ハイペリちゃんの次の野望が「食事すること」になったら、どうするの。ハイペリちゃんも「目をキラリン効果」を使わない」
『でも何か出来そうな気がする』
ハイペリちゃんの真剣な顔は、感情シミュレーションも忘れるほど何かに集中しているときの顔だ。
「それより明日は海に行くよ!ハイペリちゃんも準備しておくのよ」
『海……』
ハイペリちゃんに表情が戻るが、モジモジの照れ顔。これも面倒なパターンだ。
『お兄ちゃんは、どんな水着が好み、ですか?』
「……黒の、マイクロビキニ」
『分かりました。データ集めておきます』
「アカリ君!」
「それとハイペリちゃん、「恥ずかしい感情」は今日中に実装しなよ。水着はベアトリクスさんに選んでもらうこと」




