02-538 アカリの失踪
日が変わってもまだまだ好調な一行は、順調にVIPルームの食料を減らして行く。
『シャルル。アカリはそこにいるか?』
シャルルの通信機にハイペリオンから連絡が入った。モニターではベアトリクスとハイペリオンちゃんが酔っ払いのお作法を議論中だ。
「アカリならトイレに行ったよ。どうした」
『位置情報が一度途切れた。その後復帰したが、また現在は位置情報が受信できない』
「この腕輪もたいがい古いからな。壊れたんだろう。お~いアカリ~」
呼べども返事はなく。
「トイレで潰れてるか?見てくるよ」
トイレは数カ所あって、全てを回ってみたがアカリはいなかった。
「居ないな」
「散歩かしら」
「あれだけ怖がっていたんだ、安全だと判明しても一人で外には出ないだろう」
『上から見通せる範囲だけですが、通信波の精細スキャンで探知できませんでした』
つまり通信機の故障か、電波が届かない場所にいるか。
『位置情報を解析した。リビングのモニターに出そう』
離れの間取り図がモニターに表示された。
『これが二十分前だ。確かにトイレに向かっている』
「なんか嫌だわ」
『そして出て、リビングに戻ろうとして、部屋に向かい……』
「あ、消えた」
『この後、一度反応が出るのだが』
モニターの地図が切り替わった。
「どこだ?」
『森だ。それもアカリが一番嫌がっていた、不明者の出た森だ。ホテルからは21.33キロメートル離れている』
「どういう事?」
『分からない。ここには十分程度いたことになっている』
「部屋にはいなかったんだ。そこにいたということなんだろうな。どうやってかは分からないが」
『詳細に調べたいが、スキャナ波の届く範囲でもない。君達に森へ探しに行ってもらおうと思うのだが』
「無理よ。私達泥酔状態」
「泥酔かどうかは別だけど、今から探しに行くのは確かにリスクか高すぎる」
『わかった。この森では危険生物の目撃例は無いし、気温も問題ない。アカリなら、命の危険はないだろう。君達は明日の朝から動けるように準備しておいてくれ。クルーザーを迎えに行かせる』
「ん?」
「頼んだわよ~」
翌朝、捜査の準備といっても装備は持ってきていないので、森で動ける服装で連絡を待っていた。日の出頃にハイペリちゃんから通信が入る。
『シャルルさん。クルーザーを持って来たので来て下さい』
「なんで君が来れるんだ?」
『簡単です。クルーザーのリライト装置を乗っ取ったからです。と言うか、私がクルーザーです』
クルーザーにハイペリちゃんを計算ユニットごと移設したらしい。
「じゃあ今は、クルーザーちゃんな訳か」
『そうかも知れませんが、その名前で登録されるのは語呂が悪くて嫌なので、いつも通りでお願いします。と言うか早く来て下さい』
「どこにいるんだ?」
『ホテルの屋上です!ホテルの人には軍の都合と言ってありますので』
「そんな無茶な」
『船長が死んじゃってもいいのですか!シャルルさんのアホ~!』
アホはどっちだ。ホテルの忙しい朝にこんな迷惑かけちゃ、もう次は泊まれないぞ。
離れを飛び出し、ホテルのエレベーターで屋上まで。通常ロックされている屋上までのボタンは、シャルル達が乗り込むと勝手に点灯した。
「ホテルのセキュリティまで乗っ取ったの?」
「ちょっとやり過ぎだぞ!」
「ハイペリオン号は貨物船としてはハイスペックだけど……」
「宇宙軍の汎用戦闘艇では出来ないぞ、と言うか出来てもやらない!」
つまり船長のために暴走しているのだ。ハイペリちゃんも普段クールなハイペリオンも。
彼等の思考能力はこの数日で格段に向上しすぎた。それを扱う心がまだ追いついていないのだろう。最優先の存在の危機に後先考えず持てる力を最大限使う、そういう状態だ。
責任は本部と軍にとってもらおう。ひとまず問題を先送りにした二人は、屋上で重力コントロールで待機していたクルーザーに乗り込んだ。
躾とは間違った行いをした場合にすぐに訂正してやることだ。特にパワーを持った存在である彼らには、人の社会の考え方を知っておいてもらわなければならない。元々は社会経験も豊富なAIであるため、冷静になると反省しきりであった。
『この辺りですね、船長の位置情報が途切れたのは』
「この辺りと言うけど、どこだよ」
「森ね」
眼下は一面の森。時折見える岩山は、フィノーラに点在する古代文明の遺跡だ。この文明は近代に入る前に滅んでしまったらしい。
上空をしばらく旋回しているとクルーザーの探知機に反応があった。
『あれ?周期的な変化がある電磁波を検知しました。……消えました。船長の位置情報が復活しました』
三人は顔を見合わせる。
『着陸できそうな場所を探します』
アカリが戻ってきたなら、話を聞いた方が早い。先ずは回収するのだ。
「ちょっとゴメン」
シャルルに断りを入れて、お手洗いだ。ベアトリクスはモニターに大きく映るハイペリちゃん相手に酔っ払い方の講義をしている。実にクレイジーだ。
用を済ませてリビングに戻る途中で、アカリはあることを思い出した。
ここに来ることが決まった後、トレジエムの宇宙軍基地まで行って預かってきたのだ。行方不明になってしまった二人の「遺品」を。二人が生前大事にしていたという品々を供えてやって欲しいと頼まれたのだ。
部屋に置いてあるそれが何故か気になって、様子を見に部屋に寄ってみた。
『ああ、よかった。これで間に合うわ』
部屋に入った途端、女性らしい声がどこからか聞こえてきた。
「誰だ?」
『少しだけ、こっちに来て』
「何を……」
気付くといつの間にかそこは元の部屋ではなく、暗い森の中だった。
どこかで見たような、赤黒く渦を巻く光源を背に、一人の女性が立っていた。
『もう間に合わないかと思っていたのだけど』
その声はアカリの知るどの言葉でもなかったが、何故か意味は分かった。
『詳しいことを話すには時間がいるの。でも門をずっと開けておくわけにはいかないから、一度こちらの世界に来て欲しい。怪しいのは分かるけど必ず帰すから』
「そう言われても、信じようがないな……」
『二人をこの世界に返したいだけなの』
フィノーラで二人。アカリを待っていた。つまりは行方不明のあの二人のことだ。
「……生きているのか」
『でも長くは保たない』
「分かった、案内して」
『ありがとう。じゃこの門の中に。付いて来て』
門と彼女が言った渦を抜けると、明るい石造りの広間だった。フィノーラの遺跡ができた当時はこんな感じだったのだろうと想像させる。
『こっちよ』
女性はアカリを建物の奥へ案内した。
案内された部屋は医療器具は見あたらないが、病院のような場所なのだろう。いくつかベッドが並んでいたが、使われているのは二つ。眠っている二人は確かにアカリの知る人物だった。
「ゴードン!レベッカ!」
『やっぱり知り合いなのね』
この部屋に来る途中、少しだけ聞いた彼女の正体。彼女はよく知られた大魔導師なのだそうだ。
『自己紹介といきたいところだけれど、向こうの世界との繋がりを作るわけにもいかないから、名前は言わないし聞かないわ。向こうにはマーカーを置いてあるから、問題なく帰ることは出来る』
それでも痕跡は何か残っちゃうんだけどね。名前よりはいいでしょ、と女性は笑った。
この世界でおよそ四年前、とある魔法の創造に失敗して世界を渡る門を開いてしまったらしい。そこで見た巨大な鋼のサメや鋼の怪鳥に驚き破壊魔法を放ったが、世界が異なるためかうまく扱えなかったそうだ。
『サメを一匹深海に追い払うことしかできなかったの』
魔法の力も尽きかけていたため、急いで門に戻り帰還したら、現地人を二人巻き込んでしまっていた。すぐにでも返したかったが、力が復活した頃には彼等と彼らの世界をつなぐ触媒が探知できなくなっていた。
そして今日、触媒と安全に連れて帰って貰えそうな人物が揃ったため、強硬な手段に出たと言う。
「何だか強硬な奴等ばっかりだな……」
二人は見た目に悪いところはないのだが、ゆっくりと衰弱していっている。あと二ヶ月保つかどうかというところらしい。
元の世界に戻れば回復するか、そうでなくても故郷で最期を迎えさせてやりたいと彼女は思っていた。
「分かったよ。二人は僕の仲間でね、あの後結構探したんだよ。でも見つからなくて、死んだんだと思ってた」
『君もあのとき居たのね』
「ははは、鳥は僕だよ」
『それ何?異世界ジョーク?』
『さあ、そろそろ帰らないと』
「そうだね」
色々情報を得るチャンスだったが、帰還できなくては元も子もない。会話の録音も含め、この体験が真実だと証明できれば、あの事件の解明に繋がるだろう。
『門を開くわ』
アカリが一人ずつ門の外に運び出した。
『大丈夫?一人で運べるかしら』
「仲間を呼ぶから大丈夫だよ」
『そう、それじゃお元気で』
「君もね。二人を助けてくれてありがとう」
門は瞬時に閉じた。
森はもう朝をだいぶ過ぎていた。
通信機で宇宙港のハイペリオンを呼ぼうとしていた時、アカリを先に見つけていたシャルルがやって来た。
「アカリ、見つけた」
「あ、シャルル兄さん」
「無事か?一体どうしたんだ?」
「すまない、心配させてしまった」
ベアトリクスさんもありがとうと手を振り、自分は問題ないアピールをした。
「その二人は?」
「……十年前の演習で行方不明になったはずの、仲間」
「どういうこと?」
「うまく説明できないかも知れないけど、超常現象なんだろうな」
ひとまず二人を病院に連れて行くべく、シャルルと手分けして二人を背負ってクルーザーへ向かっている。
「にわかに信じがたいが、実際に存在しているんだからな……」
「森の中で遭難していたにしては見た目は汚れていないものね。どこかで保護されていたってことなのよね」
通信機がオフライン中の会話は機器にすべて録音されており、今はハイペリオンが内容を分析している。
近くに降りていたクルーザーにたどり着き、空き席に二人を座らせる。ベッドではないが背もたれを倒しておけば少しは楽だろう。
「おお、ほんとにハイペリちゃんがいる」
『船長!無事で何よりです』
「ご心配をおかけしました。ごらんの通り問題ないよ。強いて言えばおなかが空いたくらいだ」
何重も全身をなされるがままにスキャンされていたアカリだが、流石に一日の許容放射線量を越える辺りで止めさせた。AI達も気が済んだだろう。
二人を病院に連れて行かねばならないのだが、普通の病院だと説明が難しいと思われた。現象が超常過ぎるのだ。こういう時の為の便利な知り合い、プルミエルのユーリイにハイペリオン号を経由してタキオン通信で連絡を取ることにした。全兵装が開放されているのなら軍用通信機も使えるはずだ。
『船長、少佐と繋がりました』
『アカリ、まずは輸送任務完了のお礼を言うよ、ありがとう。どうしたんだ?休暇中だろう』
「ちょっと、スゴンの軍病院に話をしてもらいたくて」
『構わないけど、どうした』
「ゴードンとレベッカが見つかった。衰弱しているようだから、病院に連れて行きたいんだけど」
『……分からないけど分かったよ。イードの方に病院があるから向かってくれ、連絡しておく。移動中に詳しく話しておくれ』
意味不明なことでも現実に起こったことには対応することが出来る、優秀な指揮官なのだ、昔から。
「ありがとうユーリイ」
『いったん切るよ』
シャルル達には一度ホテルに帰ってもらっても良かったのだが、今帰ると怒られるとか、軍の関係者と一緒じゃないと怒られるとか言い出すので、とりあえず軍病院まで一緒に来てもらうことにした。
「ハイペリちゃん、イードの軍病院に向かってくれるか」
『分かりました。ですが、このクルーザーはまだ自動操縦に対応していません。なので手動操作の必要があります。私が操作してもいいのですが、その場合はリライト装置は通常の八十パーセント出力が最大になります。船長が操縦したほうが到着は早いですよ』
「それほどは急がないよ。あの人も向こうの世界の要素が抜けきれば大丈夫みたいな事言っていたし」
『分かりました。それではフィノーラから離脱しますね。一般航路を通りますのでイード到着は二時間後です』
『船長。オリジナルから通信です』
「ん?いつもみたいに普通に話しかけてくれば良いのに。どうしたハイペリオン」
『私も雰囲気が大事と言うことを学んだのだよ。ところでアカリと謎の女性の会話を分析していたのだが、相手の言語が同盟国のどこの言語にも該当しないのだ。ただアカリの応答は言語を理解している様子なのだが、意志疎通に問題はなかったのか』
「それは思ったんだけどね、お互い通じていたよ」
『少し再生するぞ』
「……ああ、こんな感じ。意味は分からない?事もないかな。この辺はあの人がフィノーラを襲ったときの話だな。僕の戦闘機を鋼の怪鳥って言ってたよ。あのとき威嚇だけで当てなくてよかった」
『そうか。今ので少し翻訳が進んだようだ。あと何箇所か解析できないらしいから協力してくれないか』
「ユーリイへの報告もあるから手短にね」
向こうであった出来事をハイペリオンに話してやった。翻訳が出来るようになっても、向こうとはもう繋がらないのだが、宇宙言語学者達にとっては実用ではなく未知の言語の研究が何より楽しいのだそうだ。
『船長とゴードンさん達から何か出ています』
「何だよ嫌な言い方だな」
『ハイペリちゃん気をつけな、きっと巻き込まれやすくなる未知のエネルギーだよ』
「なんだよそれは」
『……それは船長の船となったときに既に諦めています……ではなくて、きっと向こうの世界の「何か」なんでしょうね』




