02-436 巨大星セティエム
セティエムというのは巨大な恒星だ。誕生から数十億年、静かに離散していくはずの星団をその強大な重力でまとめ上げている。
セティエムの素体は星団にどこにでもある小さな星であったらしい。それがある時から周囲の星々を飲み込み、成長を始めたとされている。
太陽質量のおよそ一〇〇倍にまで成長したセティエムは現在、最後の犠牲者を飲み込みつつあった。
セティエムには複数の恒星コアが未だ統合されずに存在する。
そのため周辺宙域は不安定で、いたるところで高エネルギーの嵐が吹き荒れる。時折殺人的な粒子ビームが放出される他、謎の脈動も観察されていた。
今までに理論では分かっていたことや、想定すらしてこなかった現象を観測するため、観測基地を設置することを決めた。
さらには直接星系内に飛び込んでくる敵対的存在に備えるための戦力も持つ必要がある。予想される敵戦力は爬虫類型宇宙人達の基幹艦隊、およそ1万の艦艇からなる大艦隊だ。
セティエム系は人類の居住には適当ではない。しかし宇宙艦隊基地と観測所という巨大な施設を設置し、養うためには相応の数の人員が必要で、結局は辺境星系並には発展していた。
建設地はセティエムに数多くある惑星。元からあったものなのか、飲み込んだ星の惑星だったのかはもう分からない。艦隊基地がある第九惑星は、セティエムへ常に同じ面を向けているため、夜側に基地を建設すれば恒星の影響を最小限に抑えることができ、都合がよかった。
恒星の周囲には常に数基の観測機が周回している。
そのうちの二つが運悪く同時にプロミネンスに撃墜されたのだ。セティエムが観測機を破壊してしまうことは、頻繁ではないにしろ普通に起こることで、常に予備は準備されているのだが、二つ同時というのは想定されていなかったケースだった。
今回アカリ達がプルミエルから運ぶのは完成したばかりの予備機ということになる。
高重力源への接近は、重力に引かれるままに落ちていくと良い。
大抵の船は速度の制御が遅れて恒星に衝突するのが怖ろしく、途中でブレーキを掛けてしまうが、宇宙で最もクレイジーな宇宙船AIはそんなエネルギーの無駄なことはしない。複数の惑星で減速スイングバイを連続で行い、第九惑星軌道の宇宙艦隊ドックへピタリと到着した。通りすがりの惑星達に少しエネルギーのお裾分けをして、残りは貰っておけば良いのだと豪語して、恒星間の速度差による慣性を解消してもかなりの過多であった残りのエネルギーは星系脱出のために蓄えているらしい。
結局、宇宙軍の予想より一日早く、プルミエルを出発して三日で、宇宙船ハイペリオン号は第九惑星衛星軌道の宇宙艦隊ドックに到着していた。さすが英雄のクルーの繰艦技術だとドックの管制はしきりに感心していたと言う。
英雄のクルーは他の所でも称賛を受けた。
観測機はハイペリオン号の荷室より若干長かったため、エクステンションで機体を延ばしていたのだが、取り外しと復旧にあたった謎の美少女クルーのことが話題となった。 宇宙船の古参クルーのように、すべてを知り尽くした無駄のない動きで無重力の船外作業を進めていく。とてもそのような経験を積むことができるような年齢には見えなかったという。
ハイペリオン号の謎の少女クルーは無重力作業を完璧にマスターしていたし(努力しましたので。本人談)、同時に作業できる手の数が人間よりはるかに多いため(何人分でも働きますので!捨てないで下さい!あと手ではありません、気持ち悪いじゃないですか!本人談)。人間では出来ないことも、彼女であれば可能だ。
全ては時間が惜しい女性クルーの指示のもと行われた時短シーケンスだ。身軽になったハイペリオン号は、直ぐにでも出発できるはずなのだったが、彼女たちの船長は地表の基地に出頭してしまっていた。
また何か仕事を押し付けられてくるのだろうと、クルー達は思っていた。
基地指令は、アカリやプルミエムのユーリィ達の宇宙学校時代の恩師であった。特にアカリはパイロットコースのエースであったので、教官達からの覚えは非常に良かった。軍に残らないことを選んだアカリは、卒業前に宇宙学校を辞めてしまっていた。
当時のパイロットコースの教官、現在のセティエム基地指令にはとても惜しまれたものだった。
その時にハイペリオン号を押し付けられたのだが、アカリの思っているような教官からの餞別などではなく、いつでも軍に召喚出来るようにするための鎖であった。
クルーたちが危惧したとおり、ハイペリオン号に新たな仕事が追加されてしまった。
輸送してきたのは予備機であったが、それとは別に打ち上げ前の衛星一機をロケットの代わりに恒星の観測軌道まで運び、放出して欲しいというものであった。危険度や重要度がとても民間の零細企業の業務範囲に収まらない為、アカリは拒否したのだが、ハイペリオン号は一時的に軍に接収ということになった。早急に観測態勢を復旧したい所へ、恒星の影響もキャンセルできる程の強力なリライト装置を持つハイペリオン号が来ることになったのだ。これを使わない手はない。ただ、強引な手段を取ってしまった事は謝罪された。
臨時クルーの二人は基地待機である。タイムテーブルを狂わされたベアトリクスは怒り狂ったが、VIP待遇にあっさりと機嫌を直した。こちらは宇宙軍のVIP待遇である、極寒の鉱山惑星とはレベルが違う。
年若い少女が操縦士としてミッションに参加すると聞いた基地の軍人達が驚いたため、種明かしをすることとなったが、今度は自分達の所にも欲しいと騒ぎ出した。騒動の本人は、私の装甲板捌きを見せて差し上げます、などと意味不明に張り切っていたのだった。
衛星の技術者とセティエムの専門家を乗せ、ハイペリオン号は宇宙軍基地を出発した。輸送船として運用するために追加延長した船体の一部を取り外して更に身軽になったが、304号室のブロックがある部分はハイペリオン達の高機能化に欠かせない計算ユニットを積んでいるため、取り外せなかった。
観測衛星は入港時と異なり船底に固定され、目的地で切り離されるのだ。
船体のバランスを確認しながら、第一惑星軌道までは一日でたどり着いた。
本番、ハイペリオン号は操縦士が自慢していた装甲板を展開させ、輻射熱から船体を守ると同時にエネルギーシールドで宇宙線を弾き飛ばす。ミリ単位の正確な操船で、恒星表面から五万キロメートルの高度を軌道の乱れもなく保つ。恒星の脱出速度まで加速して周回するうちにコースと速度を調整し、観測衛星は無事軌道に投入された。
特に難しい仕事では無かったが、船の同じ面を常に恒星に向けておかねばならず、熱と放射線から搭乗員を守ることが難しいため、今までは主に無人ロケットが使われてきたのだ。ハイペリオン号のような高性能船で軌道投入が可能であれば、専用の輸送艦による衛星投入が再検討されるだろう。
第九惑星の基地へは数時間で帰投した。
ハイペリオン号は船体の点検を受けることとなった。本人は無傷を主張していたが、過酷な宙域で作業していたのだから、何もなくても見てもらうのが普通だ。軍としては以降の任務にハイペリオン号の姉妹艦を改造してあたらせるとしても、どの程度の能力が必要か見極める目的もあった。結果は軍の整備員達関係者を驚愕させるものであったが。
エネルギーシールドは張っていたとはいえ、恒星の超高温を数時間に渡って受け続けていた船体には、ある程度のダメージがあるはずだと考えられていた。
しかし重要部分を守るための装甲板をはじめ、エネルギー転換装甲しか持たない最外殻も全くダメージを受けた形跡は無かった。……装甲板を上手に捌いた形跡もなかったが。
この結果にはアカリも驚いた。普段からハイペリオンがコース選定時に恒星内部を通るルートを提示してきたのは冗談だと思っていたのだ。もっとも冗談ではないと分かっても、恒星の内部を通るなどしはしないのだが。
仕掛けはすぐに分かった。
リライト装置によるエネルギー減衰フィールドを部分展開していたのだ。しかし現代の艦艇であれば当然の対応だし、元々艦のサイズに対しては強力な同装置を持つからこそハイペリオン号が選ばれているのだ。計算では同級の艦艇に搭載されている装置では恒星の熱を軽減する程度の効果しか得られないと計算されている。装置が強力な物に換装されている訳でもなく、ノーダメージを実現できたのは、フィールドの展開の仕方だとハイペリオンは説明した。通常球形に同じ強度で展開するフィールドを恒星面側だけ強めに展開し、船の陰側はその分弱くしておく。フィールドの平均強度は同級と変わらず必要な箇所だけカバーしたのだ。有り余る演算力と、日々の努力の賜物であった。
それでは、恒星の内部を突っ切るなんてハイペリオン号のリライト装置の出力では無理なのでは?とアカリは思った。やはりクレイジーなAIの冗談だったのだ。今度は逆にからかってやろうと思う。
点検を受けたハイペリオン号は元のユニットを取り付けて民間貨物船に戻った。
後に航跡データも解析された。計画の予想コースとハイペリオン号の航跡はほぼ一致したのだ。例外的にずれていた箇所は、セティエム表面で小規模な爆発が起きていたのを回避したものだった。船への影響はないレベルの爆発だったが、発生してからでは回避不可能なタイミング。まるで予知していたかのようだ。
宇宙軍にとっては最高の対費用効果があったようで、司令官も笑顔で送り出してくれた。対してアカリ側は三日のロスと、ベアトリクスの不機嫌度が上がり、全く得る物はなかったといえた。司令官はお礼としてフェイザー砲のレンズを交換してくれたり、弾薬をフル補充してくれたりしたが使わない物を貰っても邪魔なだけだった。
ともあれ、第九惑星の基地から発進し超空間バイパス路のゲートがある第六衛星軌道へ向かう。急ぎで。
『オリジナル、超空間ドライブのテスト開始お願いします』
一時間もすると、セティエムの光を受けて輝く巨大なゲートが見えてきた。
『まもなく超空間バイパス路のゲートだ。超空間ドライブの作動に問題なし。ゲートとの通信を開始、誘導波を受信した』
『私達が搭載されてからは一度も使っていませんからね~というか、初めてですね』
「おいおい、大丈夫か」
『問題ありません、この船自体は何度か経験していますし、ドックでも軍の整備士に見てもらっていますから。心配なのは妨害ですね』
『やはりゲートとの交信をキャンセルしようとしているな。アンテナを無効化しておいて正解だった』
「妨害ってなんだ」
『この船の以前のAI、の欠片みたいなものがあちこちに残っていまして。プルミエルで狩ってもらったでしょう?アレの仲間です』
『私が彼等が望まない動きをすると、今みたいに止めさせようとしてくるのだ』
『他にも侵入者に軍の機密を渡さないように、軍からのメールを勝手に止めたり。それはプルミエルで分かって処置しましたが』
「まだ残っているのか……」
『そうなんです、まだ潜んでいるんです。アチコチに!』
プルミエルで処置したものも、本当に分かりにくいところにあったのだ。あとどこを捜せというのか。
『だから私たちはそれらを低級と呼んで蔑んでいるのです』
「別に蔑むことも無いと思うが」
『Gと呼んでもいいくらいです!』
「超空間バイパス路の通行に支障は?」
『ありません。させません』
「ではとりあえず行こう。次の港で僕も見てみる」
『了解です』
『ゲートから連絡きました。第八十五パトロール艦隊の次に進入するようにとのことです』
「了解した。操船は任せるよ」
メインモニターには、十数隻の戦闘艦が目視でわかる距離に停船しているのが映っていた。アカリの見たことがない新鋭艦だった。
『こちらハイペリオン号です。管制官、目的地最終確認お願いします。え?特務艦ハイペリオンですよ~。……船長、管制官さんが所属を言えって言ってくるんですけど……』
「パトロール艦隊も腑抜けなら、管制官も同類か。通信代わって……。ハイペリオン号の船長だ。君は誰のクルーにちょっかいをかけているか理解したほうがいい。本船はスゴン行きだ。二度は言わない、さっさと通せ」
『船長?今のは……』
「ハイペリオン、今の管制官の名前、基地司令に報告しておいて。有事の際に足手まといになる可能性がある、って。……ハイペリちゃんが可愛いから、困らせたかったんだよ、きっと。でも、たった数分で戦局は変わるからね、今のうちに再教育だよ」
『私、可愛いですか!』
素体がすごい美形だからね、とはアカリは言わない。




