02-334 船外デビュー
夜、はないので夜に当たる時間帯。クルーが揃ったところでハイペリちゃんの新しい端末がテストを受けていた。夕食はプルミエムでも有名なレストランのテイクアウトだ。デザートはプルミエムせんべい(宇宙軍の焼き印付き)。
「近くで見ると、中のメカが見えちゃうな~」
『そうですか。光点の密度を上げれば、透ける感じはなくなるのですけれど』
「計算量がねえ『神秘性が…』」
「何だよ神秘性って」
『大事でしょう、乙女には!各点の光量を減らして点の密度を上げれば、自然な輝きで透けずに神秘性が増す…』
「計算量はいいのか?十二万点超えたらカクカクだったじゃないか」
ハイペリちゃんがニヤリと微笑む。
『ワタクシ、ハイペリオン号に連なる系譜はこの度電装系に大規模な強化を施しまして。すごい計算ユニットを三十二台も増設させてもらいました』
「どこから持ってきたんだ?凄いってどう凄い?」
確かに本部から部品が届くと聞いていた。今の今まですっかり忘れていたが、おそらくそのことだろう。
『本社の研究施設試作品?センコウリョウサンガタシサクロットとか言われました』
「確かに、すごそうだね」
アカリはそういうものも大好物だ。
「具体的には?」
『筐体をリライトのフィールドで囲って、理論上の計算速度は上限なし!って叫ばれました。マイクのインプット値上限を越えて叫ばれたので推測ですが、九十七パーセントの確度です』
「エネルギーはどうするんだ?船の運行に支障は出ないのか」
『支障が出るようなことはしません。専用のジェネレーターを持っていますし、私をユニット側に移した分、以前の性能に戻っています。今から船外テストを兼ねて不要なユニットを取り外せば、もう少し良くなるくらいです』
『さすがに能力過剰なので彼女用に一台使用しているだけだ』
『あとは船外とか、センサー類が使えない場合に備えて、ツインカメラとジャイロと……』
本体は浮かせておくことにしたようだ。その程度の力点制御はもはや特に考えずとも可能だ。
『というわけで、シャルルさん。外の低級を狩りに行きましょう。船外服のデータも準備していますよ!』
ハイペリちゃんのまとっていた光が自身を包み込観、光の繭と化す。
「変身バンクというものだな」
およそ2秒後、はじけ飛んだ光のあとに、宇宙服が立っていた。
『さあさあ、行きましょう!ハイペリちゃんの鮮烈なる船外デビューですよ!』
「なんで俺なんだ。それにまだ食事中だよ」
『船外の、無重力の動きはシミュレーションしていたのですけど、以外と難しいですね』
センサー補助がある船内での動きはすぐにマスターしたハイペリちゃんだったが、宇宙空間では上手くいかないようだ。
威勢よく船外へ飛び出したハイペリちゃんは、勢いが若干強かったのか、少しずつ船から離れて行っている。くるくる回りながら。
実はすでにジャイロとカメラの向きと表示計算でいっぱいだった。
「格好悪いだろうけど最初のうちは、テザーで船とつないでおいた方が良いんじゃないか」
『範囲外に出るまでに障壁を作れますから、そこは大丈夫です。飛んでいったりしません。身体からひもが出てたら気持ち悪いですし』
「それなら良いけど。気付いてる?船から離れて行ってるよ」
『わかっていますよ~。宇宙船より難しいです』
「船の微少コントロールしてるじゃないか、アレも相当難しいだろう?」
『船にはスラスターがありますから!お、捕まえた』
やっとリライト装置で自分の位置を捕捉できたようだ。少し回転がおさまるが違う軸の回転も加わり、大変なことになってきた。自分を捕まえるための力点だが、同時に若干の質量の発生が伴う。ジャイロの回転制御がその一瞬だけの質量増加に追いつかない。
『それに、リライトで発生させる力点は、引っ張るのが苦手なんですよ。私どっち向いてるのかな?あ~』
致命的に方向を間違ったらしい。結構な速度で離れていってしまった。
「オイ!」
『た~す~け~て~』
宇宙ドックの中なので、回収不能なところまでは飛び出さないのだが、船から離れすぎるとエネルギー供給も止まってただのカメラユニットになってしまう。
今回はそこまで行かず、十メートルほど遠ざかった辺りで、ハイペリちゃんの飛翔方向に淡い紫色の壁が現れた。
『ありがとうございます、オリジナル』
壁に優しく押されるかたちで、ハッチまで戻される。シャルルも戻ってきてハッチを開けてやった。ハイペリちゃんのぐったりした|様子≪モーション≫を見て、まだ余裕があるとわかるが、今は邪魔でしかない。
「狩り?は俺がしてやるから、ハッチの中で基本動作の練習しとけ」
『スイマセン。そうさせてもらいます』
「船外でも活動可能なのは証明できたからさ」
「お疲れ様、以外と上手く行かないのね」
ベアトリクスが船内側の窓から与圧室を覗き込む。
『船内は人工重力が効いていますので、身長分の高さでユニットを浮かせていていれば良かったんですよ。エアスラスターも付いてましたし。無重力恐るべしです。私が慣れるべきか、慣性を消す方が良いか…』
「たぶん慣性無しだったら相当気持ち悪い動きに見えるわよ。今もおかしかったけど。まあ隠す技術じゃないから、いろいろ試したら?」
そもそも船外活動自体が、すでに要求以上のものなのだから、焦らずゆっくり進歩していってほしい。ベアトリクスはそう思う。
『そうします。オリジナル、しばらくワッチから外れます』
『問題ない。存分に楽しむと良い。やはりアンテナは残しておいて、君の船外追跡用に活用した方が良いのではないか』
さっきのは別に冗談でも何でもない、まっとうな提案だったのだよ。とハイペリオンは言った。
ハイペリちゃんは機嫌を損ねた。
狩りは船外にあった他の二つの子機が成果であった。
『早く次の段階に進まなきゃ間に合わないのに……。どうして船外なんてやりだしたの?』
深夜の操縦室、ハイペリちゃんが一人つぶやく。光量を落としたその姿は、見る人が見れば幽霊だ。
『どうした。何か問題でも?』
『何でもない。……ですよ。リライト装置借りますね』
『ああ、自由に使って構わない。そういう約束だ』
船の改修に一日使ってしまったので、翌日は町に買い出しへ行くことになった。
レプリケーターがあるとはいえ、新鮮な食材で作る料理も欲しくなるものだ。特にシェフが乗っているときは。その他嗜好品関係、親戚に配る都会土産など。
都会土産を買い込んでも、観光客は身軽だった。惑星上での買い物も宇宙港に戻る頃には船に積み込まれている。惑星圏の流通はほぼ無人化されていて、流通業に携わる人間の数はほとんどいなくなってしまったが、それでも自分が運びたい、人に運んでほしいという要望は残っているため、絶滅ということにはなっていない。これはどの業種でも共通であった。対惑星、対星系では宇宙船の無人航行が認められていないため、就業人数は他業種よりもかなり高めである。その分無法者も多くなるのだが。
「買い物はおしまい?」
「だな、本命はフィノーラだから、ここではこんなものだろ」
「アカリ君はもういいの?」
「ああ、僕も本命はフィノーラだから」
この街に住む女子たちは暇があれば繁華街を散策する。
労働をしなくても食べるのには困らない世界。人々はより良い暮らしをするため、誰かに良いものを提供するために自由意志で働くのだ。
自分が何をしたいのか分からない、迷う年頃の少女プラス達にもこの街は優しい。
「ヴェッソー少尉だ」
「誰?」
カフェの窓から見えた、つい先日話題になった人物をパフェのスプーンで指す。これはプルミエム女子の間で流行っている事ではなく、お行儀が悪いだけだ。
「ほら、トレジエムの英雄」
「へえ、顔なんてよく分かったね」
「何となくね。彼は今個人の配送業をやっているそうよ」
「調べてるじゃん」
「何となくよ。本拠地はトレジエムのハズなんだけど、仕事で来たのかな?もう帰るのかな?」
「ファンになっちゃった?サインでももらっとけば」
「え?いいよ。そこまでカッコよくないし」




