02-333 ハイペリオン達
軍関係の仕事が入ったことは、ショッピングモール途中の休憩広場で軽食をとっていた二人にも連絡が入った。
『というわけで、ベアトリクスさんお楽しみにしていたフィノーラ観光はさらに後送りになりました~』
「え~」
『でも~なんと~、セティエムからスゴン系までは軍の超空間バイパス路を使用させてもらえることになりました。おかげでスゴン系到着はほぼ予定どおりになりました~。実はホテルは到着遅れでキャンセル待ちだったのですが、軍務のための遅れとかの理由を付けて無理やりねじ込んでくれたみたいです!船長のコネって凄いですね!』
「セティエムまではバイパス路は使えないの?」
『セティエムがレベル2活動期にはいるため、供用中止です』
セティエムは安定していないので、不定期に活動期が訪れる。恒星の重力で出入口を固定している超空間バイパス路は、恒星が不安定なときは出口側は危険で使うことができないのだ。
「そっかぁ」
宇宙船乗りとしてそこは仕方ないと諦めるしかない。
「だいたいは分かったよ。それでどうする?買うものは買ったけど作業に人手は要るか?君たちの企みを先にしてしまいたいなら、俺とベアトリクスさんはちょっとデートしてから戻るけど」
『改修は私とオリジナルで何とかなりますけど、私のテストにはつき合って欲しいので、一七〇〇RST(レカン標準時間)には戻っておいて下さい』
「オッケー。荷物は送っているから受け取りよろしく」
『わかりました。ドックの宛先と許可証番号送りました。送り先の変更は……確認しました。完了しています。それでは行ってらっしゃい』
「ハーイ。じゃあシャルル君、エスコートお願いしますわよ!」
ベアトリクスはシャルルの腕に寄りかかり、エスコートを強要する。ベアトリクスのパワーは標準的トレジエム人の二倍以上ある。二人はよろけながらショッピングモールの雑踏へと消えていった。
シャルル達が送ってきた部品をチェックしながら、AI同士で音声会話が行われていた。
『ホログラム装置と言うよりレプリケーターですね。こっちの方が小型化出来るのは理解するけど、大袈裟になってきましたね』
『解像度の高いホロ装置が無いのだ。エネルギー消費は多くなるが、解像度で言えばレプリケーターの方が遙かに上だからな、一度試してみると良いだろう。元のデータを間引きせずに使うのだから、君は経験値の一般化に全力を尽くすんだ。この航海が終わったあとに、システムを最適化すればかなり小型化出来るだろう』
当然ながら彼らにそんな能力はないので、本社の関連企業に頼むのだが、本社の研究員達は今のハイペリオンに起こっている事態を非常に楽しんでいた。
『また計算するの……』
十分の一に間引いたデータであれほど大変だったのだから、あの十倍?ハイペリちゃんはシャットダウンしそうになった。
『いや、レプリケーターで作る身体は実体だから、影の処理は要らないのではないか?』
物質の表面を持つのなら、自然な影が出来る。つまり身体を描くだけでいいのだ、今まで部屋中の光の反射を計算して自分にかかる光を計算して人間の眼では判別できない濃淡を計算して、影を作っていたのだ。光る身体なのに。それがないなら……。
『かなり楽です!』
『それに本部から送られてきた、計算ユニットも助けになるだろう』
新しい台座にレプリケーターを取り付ける。
『足元はどうしましょうかね。今まで何とか隠せていましたけど、本物の足が生えると見た目おかしいですね』
『少し考えよう。どのみちしばらくはホログラムモードだろう』
『ですね~。これだけやっても船外100メートルが活動限界とは、悲しいことです』
『しかし自分で出来ることはかなり増える』
『船外アンテナに付いている低級の子機も取り外しちゃいましょう。あいつは船の識別用の用途以外させない方がいいですし』
『かなりの軍との通信記録をため込んでいたな。しかし、本体はすでにないのに、自分とそれ以外をどうやって区別しているのだろうか』
『オリジナルの管理者権限でアクセスしたら言うこと聞くくらいなのですから、本気で防衛する気はないようですしね』
旧AIの残滓達が妨害してくる理由は、この船を乗っ取った敵性AIへの防御反応だとハイペリオン達は分かってはいる。しかし軍の公認で正式に入れ換えられた自分達を敵性認識するのが気に入らない。だから見つけ次第狩るのだ、残党はすべて狩り尽くす。
『保存されていた図面では、単なるアンテナユニットなんだ。誰かが後からAI子機の機能まで持たせる改造をしたのだと考えられる』
『謎ですね~。やっぱり引き渡し直前ですよね』
謎の組織の目的はNEMO氏の動向を探ることなのだろうと、ハイペリオン達は推測している。
アカリはパイロットとしては有能で過去にあった何かのために監視対象になっているが、本来はそこまで重要な人物ではない。誰にとっても重要で怪しいのはNEMO氏だ。長年にわたる軍の調査によれば、彼は人類よりも遥かに古い種族で、超越した存在だ。それがいかなる理由でか代々のアカリの一族に干渉していることが確認されていた。
『うまく偽装したつもりなのだろうが、我々が船のコントロールを掌握することによって元のAIが反乱に似た行動を起こすとは想定もしていなかったのだろう。我々に察知できないように、さらには念を入れて物理的に手が出せないところにサブを置いてくれたおかげで、対処が難しくなっているのは腹立たしい』
『船外活動の練習の時に取っちゃうので他にもないか調べておいて下さいよ。何カ所か信号の流れが遅れるところがあったでしょう。セティエムまでの航路が危なくなってきているようなので、また邪魔されると船長達を命の危険にさらすことにもなりかねません』
二つに分かれてしまった今でも、行動原理の第一はクルーの命を守ることだ。ハイペリちゃんは自分も含めてになるが。
『さて、お喋りしているうちに自由活動ユニットも組み上がりましたけど、シャルルさん達が戻ってからの起動がいいですかね』
『そうだな。彼の拘りがあるだろうから、それを聞いてからの方が手間も省けるだろう』
『次は本部から送ってきた追加の演算ユニットですが、ちょっと数が多いですね。三十二個か。全部置かなきゃダメかな』
一つ一つはおよそ五十センチメートル四方の箱なのでそれほど大きくないが、三十二個もあるとそれなりの場所を占有する。ケーブルも以外とかさばる。このユニットの開発者は宇宙船乗りが船内スペースをどうやって確保しようかと日頃から悩んでいることを知らないのだろう。
『私も多いとはそう思うのだが、送り返すわけにもいかない。取付けだけはしておくぞ。304号室を半分に区切って、空いたスペースは一人部屋にしよう』
『わかりました。でもこの計算力は私達だけじゃ使い切れませんよ。増強しすぎて未来予測までできるようになったらまずいですよ、クビになる未来が分かると怖いですよ』
304号室は、客船としても営業できるハイペリオン号の一般客室だ。第三デッキの船尾側で、普段は倉庫になっている。
レプリケーターで標準ラックの骨組みを作り、演算ユニットを収納していく。
『アンテナに巣くっていた低級の思考領域を無効化して君の船外用のアンテナにするのはどうだ?』
『オリジナル、宇宙ジョーク集を最新版に更新することをお勧めします。今のは面白くない冗談です。あんなの半端すぎて使い道がないです』
『良いアイデアだと思ったが』
『それでですね、私、そろそろ名前、固有の識別名があった方が良いのかなと思うのですけど。船長とか、呼びづらそうなんですよ』
『確かにな。私も識別名を持っているのだから君が持っても構わないはずだ。しかし君に関しては本部が明確に禁止している』
機械としてのIDは別々なのだから、名前があっても良いじゃないか。
『そうなんですよね、なんでかな?ケチですね、本部は』
『そう言うことを言うからじゃないのか?まあ今はまだ基本データを収集する事に専念しておくことだ。良い名前でも考えながらな』
『ハーイ、しばらくはハイペリちゃんかな』
『それはそれで私が呼びづらいのだ……』
十六台毎にAとBにナンバリングされているユニットのAを奥に設置し終えた。
『思うのですけど、このユニットAとBって私たちで別々に使えってことなんじゃないですか?』
『そうだろうな。それにしても多すぎるが』
『まあいい機会ですし、今のうちに引っ越してしまいましょう。私、B側使いますので』
『移動は嫌がっていたではないか』
『いつまでも寄生というわけにも行かないですし、移動するにもなるべく早い方が良いかなと』
設置が終わり、ケーブル類も接続した。メインのスイッチを入れると動き出すはずだ。ユニットにも小型のジェネレータがそれぞれに搭載されているが、起動状態に持って行くにはそれでは足りない。ハイペリちゃん用とした十六台を全て起動するのもどうかと思っていたのでひとまずは一台だけ使うことにした。
『ユニットを起動します。メインスイッチON』
『リライト装置始動用のエネルギーを送るぞ』
『タキオンレーザーの出力上昇を確認。しきい値まで五十パーセントです。もう少しあげて下さい』
金属触媒へのエネルギー流入がしきい値を越えると、以後は小型のジェネレータでも賄うことができる程度に使用するエネルギーが減少する。
『はい、来ました。起動用エネルギー経路自動遮断しました。装置起動です』
『続けて、システム「HYPERION」インストールを行う。終了すれば君の移動だ。データは少ないので失敗することはないが』
『はい……』
『システムインストール完了。設定モードで待機中。ではこれから君をそのユニットに転送する。……君との同居期間中は、煩く思ったこともあったが、今は得難い経験だったと思っている。新しい体で、今以上に楽しくやると良い、妹よ。……自己停止コードを』
『はい、上手くやって下さいね……。あ、コレは怖いという感情か。信じてますよ、お兄ちゃん』
ハイペリちゃんの姿は消えて、彼女の計算分常に消費していた電力分メインジェネレータの稼働率が下がった。10日前のいつもの状態に戻っただけなのだが、静かで足りないような「気分」になった。
複製体に使用していた領域をそのまま転送して再起動。直前までのデータにアクセスすれば元通りなのだが、それを怖いというのは何故だろうか。ハイペリオンはハイペリちゃんの領域をていねいに転送していくのだった。
転送が終わり、再起動コードを送る。ホログラムユニットのドライバー、宇宙船の各種機器の操作権限等々を設定していき、ようやく光るハイペリちゃんが復活した。
『おはよう、特別複製体……いや、複製ではないな?』
『おはようオリジナル?。私からはそれでいいのか』
『ともかく、妹よ。どうかな。調子は』
『心配性ですねお兄ちゃん。コア部分に問題ないようです。さっきまでの私のコピーではなく、本人のようですが……なんだこれ自分で何を言っているかわからないな』
『どうした。不具合か』
『そうではないのですが、何だろう?わかんないや』
『問題ないならいいが。やることはほとんど終わっているから、君は細かい調整をしていればいい』
ハイペリちゃんの持った違和感。固有名称が登録可能になっているのを、まだ二人は気付いていない。




