02-332 復路の仕事
「トレジエム宇宙軍のヴェッソー退役中尉です。ルブラン少佐から出頭命令を受けて参りました」
ショッピングモールから車で宇宙軍施設まで乗り付けたアカリは、入門ゲートの警備兵に目的を告げる。
「ご苦労様です。……退役中尉殿?……少佐は執務室にいらっしゃいます。ナビゲーションデータ送ります」
「ありがとう」
広大な敷地で迷わないように、ナビの案内で進む。
トレジエムの宇宙軍施設とは異なり、近未来的で洗練されたデザインの建物だった。
十分ほど歩かされて、着いた部屋のドアをノックした。
「ヴェッソーです」
「入ってくれ」
自動ドアから入った先には、程々に広い空間。壁はほとんどガラス張りになっていて、少佐の執務室にしては無防備だなと思った。
「アカリ、久しぶりだな。来たのなら連絡くらいくれよ」
「久しぶりユーリィ。君がプルミエルにいるなんて知らなかったぞ。しかも少佐だなんて。でもよく分かったね、僕らがこっちに来てること」
ユーリィはアカリと同世代の青年で、佐官の白い制服によく映える、素晴らしい金髪の美青年だ。
「まあね、愛の力だよ」
握手を交わす二人が、愛などと言い出すのでユーリィの副官の青年は驚いた。
上官は美形だし、来客の青年も割と整った顔立ちだ。上官殿と歳は一緒らしいが、幾分若く見える。宇宙軍女性士官の間で好まれている組み合わせだった。本当にあるんだ……。
「秘書殿が本気にしそうな顔で見ているぞ」
「マシュー冗談に決まっているだろう。……すごく久しぶりなんだ。奇抜な挨拶は必要と思わないか?愛は宇宙を救うんだ」
「変わらないな、ユーリィ。マシュー君には同情するよ」
ユーリィの執務室のソファはアカリにでもわかるくらいには上等だった。
「少佐、その方が?」
少し意表を突かれてしまったが立ち直った副官の青年が、十パーセントくらい減った畏敬のこもった目で改めてアカリを見る。
「そうだ、君の憧れのヴェッソー少佐だ」
「マシュー=アンリオ少尉です。お会いできて光栄ですヴェッソー少佐!」
握手を求められ、ふかふかの椅子から立ち上がり応じる。英雄とか何とか言われるのは嫌なのだが、他人の想いまで否定することも出来ない。ベアトリクスはアカリの気持ちが分かっているはずなのに、たまにぽつりと言ってしまうのだ。そこはとても困る。
「あ、ああ。こちらこそ、よろしく。少佐ってなんだ?」
アカリはもう十年近く前に軍を辞めているのだ。最終は中尉、戦闘機乗りの小隊長クラスだ。少佐と言えば惑星航空隊のボスだ。
「いろいろ事情があってね。辞めた後も順調に昇進してるんだよね、君。今戻ってくれば僕を抜くぜ」
「なんだそれは」
「英雄をね、任期が過ぎたから辞めてもらいました、では済まないというかね。……それに、年内には「彼等」から連絡があると考えられている」
ユーリィはアカリが英雄と呼ばれたくないことをよく分かっていた。彼も、司令部と現場との違いはあったが、同じ出来事を体験していたのだから。
「……」
「そのときに君がいないと、困るわけだ。ましてやパイロットの頃から昇進もしていません、なんてのは有り得ない、と上は思っている。マシューや君の船のクルーの女性が考えている以上に、君は英雄なのだから」
「……」
話さなくなってしまったアカリの肩を叩き、この話題はここまで、とユーリィは切り出した。
「ちょっと重くなったね、さぁ、ともかく座りなよ、仕事の話しをしよう」
「すまない、まだ結構つらくてね」
「わかっている」
とりあえず伝えることは伝えた。彼等から連絡が来てまた落ち込んでいるようなら話し相手にでもなってやろう、それが愛ってことだろう。
「どうぞ」
マシューはコーヒーを持ってきた。
「ありがとう」
執務室の奥にはいわゆるコーヒーメーカーが見えた。豆から挽く本格的なコーヒーはレカンなど都会では一般的になってきているようだが、まだ辺境星ではあまり見かけない。最近ステーションでも『本格的』コーヒーチェーン店が出店して来たみたいだったが、儲かっているのだろうか?アカリはレプリケーター製で十分だった。
「君達がプルミエル外縁に着いてから、監視はされていたんだよ、さっきみたいな理由で重要人物だからね。船も特徴的だし。何でトレジエムからあんなものをわざわざ運んできたのかは聞かないけど」
「中身は僕も知らないんだけど、変わったお客でね。違法な品ではないはずだ」
アカリもシャルルも、コンテナの中身は全く見ていない。コンテナのことも認識していたかアヤシイものだったが、一応認識はしていたようだ。
「中身知らないんだ……。違法ではなかったよ、全く問題ない。意味が分からないってだけで」
一トンもの地球産レモンは軍の解析力を持ってしても意味が分からなかった。そしてそれがどこへ行ったのかも分からない。途中で見失ったのだ。
「それはいいとして、もう帰るだけだろう?空荷で帰るだけなら、ちょっと頼まれてくれない?」
「ここでの用事が終わったら、スゴンで社員旅行の予定なんだ。寄り道をするとクルーが恐い」
いくら遊びに見えるアカリの会社経営でも、復路を何も積まずに行くようなことはしない。企業として儲けることには既にほとんど意味はないのだが、経済を回すためにも空荷は推奨されていない。
ただし今回は社員、厳密には個人事業者なので社員はいないがいつもお手伝いしてくれる人達、のための慰安旅行も兼ねているので仕事は入れていない。
スゴン星系は軍事と観光の両極端に振り切った政策を執っていて、第四惑星軌道の双子惑星が有名である。
「フィノーラか懐かしいな、森の方は行くなよ?」
「分かってる、もうこりごりだ」
二人はトレジエム軍の学校のカリキュラムでスゴンの観光惑星フィノーラに行ったことがあるのだ。今回ベアトリクスが慰安先にフィノーラを挙げると真っ先に却下したくらい思い出深い場所だった。結局は押し負けたのだが。
「寄ってもらいたい所は、そんなに回り道じゃないんだ」
「行くのは決定なのか……」
「すまないね。こちらの荷主も変な人でさ。それで、セティエムの監視衛星が星に落ちちゃって、代わりが大至急必要なんだ。うちにある予備をセティエムまで運んでほしいというお願い」
距離で考えれば、確かに少し増えるのかも知れないが、使うエネルギーで考えれば二倍はかかるだろう。セティエムの重力が強すぎるのだ。
「軍で運べばいいじゃないか」
「そうなんだけどね。君が来るのが分かっていたから、帰るついでに運ばせろって、セティエムの基地指令が言ってきてさ」
「横暴だな。誰?今の基地指令」
「ジュルダン先生。顔見せろとも言ってた」
宇宙学校の恩師の頼みを断ることも出来ず、了承するしかなかった。断ったらそれはそれで面倒だ。次のハイペリオン号の点検の時に怒鳴り込みにくるかもしれない。無駄にフットワークの軽い人だった。
「ありがとう!助かるよ」
親友の助けになったのなら、と自分の中で折り合いをつける。
「積み込みがあるから、船を軍港の方へ移動するよう言ってくれるかな」
「今、クルーがみんな降りてるんだ。戻るまで待ってくれないか」
たぶんまだ、買い物の途中だろう。あの二人のことだから、たっぷり観光してから船に戻るだろうとアカリは予想した。
「上陸申請は三人だったよな。何人かは残っているだろう?さっき君の船に問い合わせたら、可愛い女の子が出たぜ。あの子はクルーじゃないのか?」
アカリはハイペリオン号にはもう一人クルーがいたのを忘れていた。調子に乗って、モニターで応対したらしいハイペリちゃんのことを。
「居たな。あと一人」
「まさかトレジエムからここまで通常空間を四人で回していたのか、狂気だな」
「最初は三人でね、何とかなると思ったんだよ」
一日目で心が折れそうになったと言うと、それは早すぎると返されてしまった。
「それで、なにを問い合わせたんだ」
「監視衛星も小さくはないからね、積み込み可能か聞いてみようと思って。荷室より少し長かったけど、延長して対応するからドック桟橋に着けさせてほしいとか言ってたね。クルーが一人いたら、自動で動かせるじゃないか。あの子じゃ駄目なのかい?」
「駄目じゃないけど」
むしろ操縦は専門家だ。
「ハイペリオン、聞いているね。少佐と話ししたんだろ?僕の方でも了承したから、君は移動してくれ。一応、クルーが一人いるパターンの自動操縦が許可された、慎重にね」
腕輪型の端末に話しかける。通話を切っていてもどうせ聞いているのは分かっているので一方的に通達した。帰ってきたのは何時もの機械っぽくしてある音声とは違い、少女っぽい方の声だった。画像付き。
『分かりました。シャルルさん達には私から連絡しておきます』
「君、さっきのドック桟橋だけど、許可が下りたよ。進路データは軍用のメールで送ったから確認しておいてほしい。まだ見れるだろう?」
『ありがとうございます。確認します……(オリジナル、低級がため込んでる。吐きださせて)……受領確認しました。船長、では行ってきます』
「……気をつけて」
なんかまた船の元のコンピューターを虐めていたみたいだ。彼等はなぜか仲が悪い。
「やっぱり可愛いなあ。どこで見つけてきたんだ?あんな子。彼女?にしては若いか」
「……彼女とかでは無いな。」
人間じゃないし。幼い感じがするのは、まだ稼働して十日も経っていないから。中身は数百年分の経験値を持つ老獪なAIのコピーのコピー。彼女と呼べる存在にするためにはかなり努力が必要だろう。アカリは人間の方が好きだが。
「そうか。マシュー喜べ。彼女とかじゃないそうだぞ」
「はい!今度紹介……いえ、自分で誘います」
「ああ、勉強熱心で良い子なのは間違いない。自由に動けるようになったら誘ってやってくれ」
マシュー君は研修期間か何かで自由時間があまりないのかと思っている。実際は言葉通り、自由に動くことが出来ないのだが。




