02-331 キャピタル=プルミエル
プルミエル星系外縁のビーコンを捕らえたハイペリオン号は、超光速から亜光速へ一瞬で減速した。その際に掛かる巨大な慣性力は、物理法則の書き換えで強引に消去する。ハイペリオン号の周囲の空間が薄い紫色に輝いた。
宇宙港まではおよそ十光時、惑星七つ先だ。
星団標準の航法機器を搭載していれば、この先のチェックエリアに誘導され、そこで船体をスキャンされたあと、問題なければ星系内に入ることができる。チェックを受けずに進入した場合は宇宙軍がスクランブル発進で駆けつけることになる。
ハイペリオン号は当然のことながら問題なくチェックを通過できた。
主要な多くの星系では最も外側の惑星軌道より内側は基本的に光速以上の速度は出せないため、この先は亜光速でのんびり目的地に向かうことになる。
第六惑星近くには超空間バイパス路の巨大な出入口ゲートが見えた。超空間への進入時にチェックが行われるため、こちらは内惑星軌道内まで直接来ることができる。完全に民間用の星間定期航路や輸送船であればそちらを使う。
ゲートは遠くて船はよく見えないが、時折青白い発光があり到着があったのだとわかる。
プルミエル星系の第四惑星である首都星レカンは地球とよく似た美しい星だった。
宇宙港はレカンの天然衛星を改造した直径五百キロメートルの非常に広大な構造物だ。
常に数百の宇宙船が行き交う港は惑星と向き合う側には旅客と荷役のエリアが、反対側には宇宙軍の巨大な造船所が建設されている。
宇宙港からはレカンに向けて数分間隔で連絡シャトルが飛んでいて、その数が余りにも多いため、レカンの上空の軌道エレベーター駅とは光の紐でつながっているように見える。軌道エレベーターの地上駅からは惑星全土に向けて放射状に鉄道が伸びているのが見える。
レカンは銀河系で最も繁栄している星の一つとなっていた。
ハイペリオン号は予定通り銀河時間で十時頃到着した。
宇宙港の管制コンピューターに従えば安全に荷役ヤードまでたどり着くことができる。ハイペリオン号が荷役ヤードに接舷すると、標準コンベアが宇宙船の貨物ハッチに自動で接続され、一トンのレモンが入ったコンテナをあっという間に回収してしまった。なおアカリとシャルルは旅の途中いっさい中身の話をしなかったため、どこへ送られていったかはクルーの誰も知らなかった。
先を急ぐ貨物船はすぐにレカンを発ってしまうが、補給をする船は観光と荷役共通の停泊エリアに誘導される。無数にある桟橋群は数千隻の宇宙船が停泊可能な広さがあった。レカン宇宙港では物資補給のため一惑星日だけ無料で滞在できる。そのことを利用して首都星観光をする人たちも一定数はいた。
ハイペリオン号は数日間、三日ほど滞在することになっていた。本部から送られてきたハイペリオンの改造部品の取り付けに数日かかるのと、一番の理由は狂気の長旅の疲れを癒すためのリフレッシュであった。
荷物が届くまで、とりあえずクルーはレカンへ降りることにした。
プルミエルの首都星イコール星団の中心地のパーツ街には、ありとあらゆる電子部品が揃っているという。一日目は全員で部品を探すのではなく、ハイペリオンがすでに発注済みの部品を取りに行くのだ。そうでなければたった一日でお目当ての品を探すことは不可能だ。
「パーツ街っていうから、もっとアヤシイ所だと思っていたわ」
「そうそう、なんか変な改造人間とかいたりするヤツね」
ハイペリオンが発注した店へナビゲーション通りに向かう三人。銀河系最大の繁華街と聞かされていたのだが、ベアトリクスやシャルルの言うとおり、普通のショッピングモールに見えた。トレジエムのものとは規模も華やかさも数倍違うのだが、計画的に造られた街は辺境惑星の総人口に相当する人出があってもさほど混雑を感じないように設計されていた。
「僕はちょっと苦手かな。人が多すぎるよ」
「まぁ地元では見ない数ではある。半分はホログラムだと思うけどね」
両手を広げても他人とぶつかるような混雑ではないが、視界には常に数十人の人がいる。この数日で人間と見た目がほとんど変わらないホログラムに慣れてしまっていたアカリは、そういうこともあるかもと兄の冗談にうなずいていた。
「バカ言ってないの。でも流石都会ね、ファッションなのでしょうけど露出がすごいわね。あの娘なんて見てよ、半分見えてるわ。可愛い顔してなかなかの勝負師ね」
「向こうの娘なんて、アレは下着だろう?見ても犯罪にならないよな、見せてるのはあの娘なんだし」
「デジレさんの方がおとなしい格好だよね……」
などと観光しながら歩いていると、一件だけ街並みにそぐわない、いかにもジャンクパーツ屋ですという店を見つけた。廃品から抜き取ってきたような何に使うのかわからない部品が簡素なワゴンに無造作に積み上げられている。隣のワゴンには34世紀でも健在な光ディスクがぎっしり詰め込まれている。
「きっとあの店ね」
「いや、絶対に違う」
とはいえそれなりに説得力もある。ちなみにハイペリオンのナビは全く違う方向を示している。
足を止めてみていると、警備員が大勢やってきてワゴンと店員たちを連れて行ってしまった。どうやら無許可店舗だったらしい。
その時、アカリの腕輪型万能情報端末が懐かしい着信音でメールの受信を知らせてきた。腕輪を操作してホロディスプレイを表示させる。
「あ、宇宙軍から呼び出しだ。なんで来てるって分かったんだろう」
「言っただろう?プルミエルに近付いたらそれだけで気づかれるって」
星系外縁は最終防衛線でもある。そこに近づくよりかなり前の段階であらゆる物は把握され、分析される。
「それに、ハイペリオン号は軍籍だろう?それを民間が使っているという特殊な状況だ。特別監視対象になるに決まってるさ」
「呼び出しって何なのかしら?やっぱりあの兵器が問題になったんじゃない?」
その事で問題があるのなら、ハイペリオン号に兵器を積んだまま民間に引き渡した軍のほうだ。プルミエルへ着く前にアカリが直接確認しているため、問題はないはずだ。そもそもハイペリオン号の年次メンテナンスはトレジエムの宇宙軍ドックで行っている。主機やリライトシステムは一般のものとは異なる機密が詰まっているため、民間の整備工場で点検するわけにはいかないのだ。その時に気付いて取り外すのが当たり前だろう。
「友達ですよ、宇宙軍学校時代の。来たなら顔ぐらい見せに来いって」
「行くのか?」
「うん、そうだね……。悪いけど買い物は二人にお願いするよ。宇宙軍せんべいをもらってくるから」
アカリはそう言って車を拾って行ってしまった。
「除隊したといってもやっぱり建前だけなんだな」
「普通手放さないわよ?トレジエム戦線の英雄。若くて英雄で、可愛い男の子なんて良い広告塔になると思うんだけどね。そうでなくても、私の星でも割と有名な戦闘機乗りのエースよ」
「アカリは凄い嫌がるから、英雄はやめてやってよ」
「わかっています。でもどうしてそんなに嫌がるのかな?発表されているストーリー以外にも何かあったんだろうけど」
「実家に戻ってきたときはもっと暗かったぜ。何があったかは誰も聞けなかったな。いや、ハルナはなんか聞いてた気がする」
「さすがケンタウリ人」
アカリには同じ船で育った幼なじみが三人いる。三人とも一番下のアカリをそれなり以上に可愛がっていたが、一番お世話をしていたのが、ケンタウリ星系出身で戸籍上の実姉でもあったハルナである。
「ハルナは姉としてアカリのことは何でも正確に知っておくべきだというスタンスなんだ」
「あなたは?」
「ん~元気になったのならそれで良い?」
どうしても話したくなったら、その時聞いてやればいいだけだ。
「頼りにならないお兄ちゃんね」
「それより、何か面倒な仕事貰ってきそうだな~、あいつ」
「トレジエム戦線の英雄?」
雑踏の中、すれ違った人が発したものか、ふと耳に入った言葉に少女は記憶を探った。
「どうしたの」
「うん今なんか引っかかって。トレジエム戦線の英雄ってなんだっけ」
一緒に買い物へ来ていた友達に聞いてみた。
「星団史で出てこなかった?なんか戦争で活躍した軍人さんとかで」
「よく覚えてるね~。私、星団史ギリギリだったから……」
少女達の話題は、学生時代の試験の思い出話に移っていく……。




