02-230 特別複製体の挑戦
今日からローテーションが変わる。
ベアトリクスが起きてきた。
「おはよう、ハイペリちゃん」
『おはようございます。ベアトリクスさん』
「昨日より、動きがよくなっているね」
『夜の間に記録を整理していまして。ルーチン化できる物はルーチン化してその分細かな動きを意識しています』
「へぇ勉強家なんだ」
『そうですよ』
ちょっと自慢げな仕草も、褒められて照れが入っているあたりも昨日よりはるかにそれらしくなっている。
「知ってる?人間もね記憶の整理をしている時間帯があってね」
『はあ』
「それって夜睡眠しているときなの」
可愛い女の子をからかうのは、ベアトリクスの最優先事項だ。
「ハイペリちゃんあなた、居眠りしていたと自分で言っているのよ!」
『ひゃあ、早速ばれた!』
「っていうのは冗談で……ほんとに寝てたの?」
『寝ていたと言いますか、昨夜はあまりにも膨大なデータの追加処理があって、オリジナルにコールされるまでは人格シミュレーションも切って処理に没頭していただけで、処理が終わったら自分で起きましたよ』
実に興味深い。ハイペリちゃんは自分が寝ていたとを理解していて言い訳までしている。そして何より。
「可愛いなぁハイペリちゃんは」
あわてる姿は、私たちが覚え込ませたものではなく、基本のモーションにあったものだろう。ベアトリクスは学者ではないが、ハイペリちゃんに新しいタイプの生命の誕生を感じていた。
『船長には秘密にしておいてください!』
「なんで」
『クルーをクビになります』
プルミエルまであと半日。
アカリはハイペリちゃんを観察していた。彼女が使えるクルーであることは間違いない。宇宙船のAIなのだから、クルーとして使えないなんて事はあり得る方がおかしいのだが。だからそういう査定ではない。
よく見ていると、待機中に寝ているような?気がするだけだ。
機械知性体が寝るなんて聞いたことないし、本人もそういう触れ込みでクルーになるアピールをしてたわけだし。ベアトリクスがハラハラした感じで自分とハイペリちゃんを見ているのも気になる、とアカリが考えていると。
『アカリ、彼女は情報の処理をしているだけで、居眠りをしているわけではない』
頼みもしないのにハイペリオンがコメントした。ハイペリちゃんも素早く続く。
『そうです!常に情報と接することになってしまった私にとっては、たった数パーセントの演算力でタグ付けとか一般化とか、処理しきるのは大変なのです。疲れるのです。オリジナル、もう少し演算ユニット使わせてください!』
疲れて処理落ちなんて、居眠りの事じゃないかとアカリは考えた。もう居眠りの言い訳すらしないんだとベアトリクスは思った。
『平時は使用しても構わないと決めたではないか』
『宇宙船AIたるもの心は常に非常事態に備えよ。が初代様の薫陶ではないですか』
『その通り。試して悪かった』
何を言い合っているんだ、コイツ等は。
『エンジンコントロールをサブにさせれば、私達の演算力は……五パーセント戻るでしょう?その分下さいよ。あいつ仕事無いから拗ねていますよ、低級のくせに!』
『そもそもあの低級が複製機くらい気が利いて、時勢を読んでいれば仕事を取り上げることはなかった。それは知っているだろう?あれはただ軍との交信の為だけに残しているんだ』
『じゃあ装甲板、あの子達の演算力借ります』
『構わないが、通信が遅いぞ』
『百二十枚分並列につなぐもん!』
船のAI同士の言い合いなんてクルー達はそれぞれの長い船乗り歴で初めて見たに違いない。一つの宇宙船でも色んなところにコンピューターは分散されていることがよく分かった。
「装甲板にどうして計算機がついているんだ?制御なんて、出すか引っ込めるかだけだろう?」
装甲板がある船はそう珍しいものではない。ただ、民間の宇宙船では普通聞かない装備、フェイザーとか光子魚雷とかも聞こえてくるが、理解できそうな部分について尋ねた。
『光学兵器の攻撃を逸らすのに角度計算をするんですが、いちいちメインに計算させると間に合わないから、一枚ずつに速い計算機がついているんです』
ハイペリちゃんは普通に解説してくれた。船長には従順なのだ。
『ヴァイタルパートの船体表面にスリットがあるの知っていますか?戦闘態勢の時はそこからバーッと出てくるんですよ板達が。パタパタしてて可愛いんですよ』
どこから出てくるかは当然知っている。トレジエム火の輪くぐりでも使ったし。
クルーの居眠りの話が、船の知るべきではない秘密の話にまでなってしまった。当人達は今度は板とのつなぎ方で盛り上がっている。
人間達は……。
「ハイペリちゃんが口を滑らしたんだけど、俺も聞いたよ。なんかいろいろ降ろし忘れの兵装がある等みたいだな」
「リライト装置と複雑に絡み合っているから、はずせない装備は少しあるって聞いてたわ」
「実弾も残ってるって言ってたぞ」
「僕らプルミエルで捕まるんじゃない?」
クルー達の心配をよそにハイペリちゃんにはシャトルベイ部分の装甲板三十枚と、後部ハッチの内火艇コントロールをその支配下におくことが決まったようだ。『板は速いから役に立つので全てはあげないけど、内火艇はそもそも積んでいないから管制機構は使い道がない』らしい。ハイペリちゃんはその分浮いたハイペリオン号の計算能力を自分に回してもらうことになった。本当に微々たるモノのはずだが。
プルミエル外縁まであと8時間。
アカリは自分の船の恐ろしい秘密を、トレジエム軍に問い合わせてみた。現状は民間貨物船に偽装した特別任務中という扱いらしく、資格がないため兵装は使えないとの答えに、ハッキリはしたけどすっきりしない気分であった。火器管制装置は外しているから、どうせ使えないよ、と担当は笑っていたが、おそらくハイペリオンは使い方を知っている。お決まりの復帰の勧誘も受けたがアカリはまだこの冒険みたいな仕事をしていたかった。
「アカリはこの船のことを知らなさすぎる」
シャルルはとうとう指摘した。
「引き渡しの時に説明があったんじゃないのか?」
「覚えてないね。もう古い船だから好きに使い潰してくれて良い、とは言われたけど」
『古いとはひどいな。当時は順次生産中の新鋭艦だったはずだ。アカリはそれを真に受けたのか?』
「というか、興味がなかった?」
『散々弄んで、それなのに興味がないなんて!』
「ハイペリちゃんは黙っておこうね~」
「でもさ、僕がこの姿のハイペリオン号と会ったのは、トレジエムの修繕ドックが最初で、その時にはもうハイペリオンも積まれていたよね。シャルル達はあちこち改造していて」
「そうだったな……」
「僕なんかより自分たちの方が良く知っているんじゃないのかな」
「(拗ねているアカリ君も可愛くて良いわね!)」
『(これが弟属性!お兄ちゃんなのに弟!)』
『確かにその通りだった。いや、私はまだ搭載されてすぐで、船との調整中だ』
だからシャルルの方が良く知っているはずだとハイペリオンは言いたい。
「だったらお前もその後スキャンしたら何か隠してるあるってわかっただろう?」
『そのはずだ。しかしつい最近まで記録のアクセスができないようになっていたのだ』
「解除のきっかけは?」
『これも不明だ。ロックは本部が掛けたことは間違いない』
またおかしい。話を聞いていたかのようなタイミングで、誰かが、目的はわからないが干渉しているのは間違いないだろう。
とはいえどうすることも出来ない。その干渉の成果物が、騒がしいハイペリちゃんなのだとしたら、悪くはないとアカリは思う。
「そろそろプルミエルの警戒区域に入るよ。ハイペリオン、ビーコンを聞き逃すなよ」




