02-227 第七夜 アカリとレッスン
操縦室に入ると、にらみ合っているシャルルとハイペリちゃんがいた。
「おはよう。何してんの二人は」
『船長、おはようございます。シャルルさんが自分のことをお兄ちゃんと呼べって、言うんです。嫌なので、私あなたのことを友達としか見れないの、って言ったら何か怒ってきて』
子供みたいに頬を膨らませてシャルルを指さす。
「当たり前だ。なんで俺が振られたみたいになってるんだよ!おはようアカリ」
「つまり、だいぶ仲良くなったわけだ」
『ああ、非常に賑やかだった』
「いつか俺のことをお兄ちゃんと呼ばせてやるからな、覚えとけ!」
『やだホントキモチワルイ……』
本当に具合が悪くなったのか、光量が一気に落ちる。まあ彼女なりの煽りなのは分かっているが。アカリはこの騒動に自分も混ざってやることにした。
「シャルルがお兄ちゃんだったら僕は?僕もお兄ちゃんなのかな?」
そうだろう?君は一番年下なんだから。優しく微笑むアカリにハイペリちゃんは、顔を真っ赤にした。
『あ……アカリお、お兄ちゃん!』
「アカリは良いのかよ!」
『お約束のボケじゃないですか』
『その割には照れが入っていたぞ』
ハイペリオンもならば自分はどうなのだと呼び方騒動に加わってきて操縦室はさらに賑やかになった。
「お兄ちゃんか。ムエットみたいだ。懐かしいな」
アカリは昔、自分をそう呼んでいた後輩を思い出す。
『誰です?』
「後輩だよ」
優しい微笑みは変わらないが、寂しさが含まれていることに、ハイペリちゃんは気付いた。
『お兄ちゃんがなんか落ち込み気味ですけど』
「こりゃあれだよ、軍の後輩だな。で多分もう……」
ムエットはもう故人だ。
『励ましてあげて下さいよ』
「俺が入り込める世界じゃないんだよ……」
『そうなんですか』
十年前の戦闘でアカリは心に傷を受けて帰ってきた。ムエットという後輩も傷の一つなのだろう。
「だから俺はあいつが今を楽しめるようにしてやりたいんだ」
『ちゃんとお兄ちゃんしてるんですね』
「ここは流れでシャルルお兄ちゃんって呼ぶところだぜ」
『流れと言われても分かりません。機械なので』
ハイペリちゃんはシャルルに優しく笑いかけた。
「さて、レッスンを始めよう」
スーパーAIのハイペリオンが一日かけて考えて実用化した(結局手伝ってあげた)、リライト装置のフィールド形状を自在に操る関数。これを使いこなすのが今日のノルマだ。
『使い方は分かったな。リライト装置の一般領域を開放するぞ』
『すっごい雑ですね。そんなので分かるはず無いでしょ』
『……シャルルのような話し方になってきたな』
えっヤダ。ハイペリちゃんが小声でつぶやく。
『オリジナル。もう少し詳しく説明して下さい。ああ、内部通信でかまいません』
『済まないなアカリ。上級言語化はしていないのだ』
「理解しても僕は使えないんだから。そっちで話しなよ」
レッスン1「力点を作ろう」。
先ずは座標を設定しよう。リライト装置のフィールド発生部分が原点だ。通常はフィールドの大きさ、つまり原点からの距離は固定値で指定されているため、変更可能なパラメーターにはなっていない。ハイペリオンは固定値を変数に付け直し、力点を発生させたい位置情報と強度を指定した関数を合成する事にした。
『ホロ装置の場所は計算出来たか?』
『はい』
『それでは強度は10.0で装置に対して命令を送ってくれ』
強度は100.0まで指定可能にしてある。最大出力にした場合では殺傷設定のフェイザー銃のエネルギー線をも力任せにはじくことが出来る。
『……計算位置に空間の微小揺らぎを検知。成功です』
そうなんだ。アカリには見えも感じもしない。
『私の計測と君が指定した位置が若干ずれているようだが?』
『そうですか?力点が発生している場所は空間スキャンで指定場所から誤差一ミリメートル以内ですよ。今度はオリジナルがやってみてはどうですか?』
「何も見えない。さっぱり分からない」
『ああ、すみません。この赤く光らせた空間を触ってみて下さい』
ハイペリちゃんが力点の位置に光点を重ねてくれる。
「なんか押されるな」
『ホログラムと重ね合わせたら……』
光点を消して、ハイペリちゃんは自分の手のひらを力点に移動させる。
「なる程、君の手のひらが僕の拳を確かに押している。……というか触られている感覚だな」
錯覚だろうが、拳がほのかな暖かさに包まれているような気がした。
『それがどういう感覚か私には分からないので完全な再現にはなっていませんが、気にはならないでしょう?』
以外と気持ちよくて、アカリはハイペリちゃんと暫く手を繋いだままだったが、
「いてっ」
何者かに手を弾かれた。
『済まないアカリ。私の出した力点が当たってしまったか。怪我はないか?』
「怪我と言うほどはないけど、結構な衝撃だな」
『彼女の手と同じ位置に出現するようにしたのだが、やはりズレているな』
『オリジナル、気をつけて下さい。船長が弾けますよ』
確かに。力点がアカリの体内に発生したら、アカリは爆発してしまうだろう。
『ここを調整しないと、次のステップに進めないぞ』
『時間もあんまり無いですし、主に使うのは私ですから、そちらが後で調整して下さい。せっかくのいい雰囲気が台無しですよ、もう!』
レッスン2」好きな場所に力点を作ろう」。
『レッスン1とほとんど同じだ。ただ、素早くオン、オフが出来るか。反応速度の限界を見たい』
『リライト装置は別に速度が求められていませんからね。……私の動きに付いてこれるかな!』
「馬鹿なことをするなよ。リライト装置が焼き切れたらどうする」
『オリジナルのせいで怒られたじゃないですか……』
『ものには限度があるだろう』
「速度試験はまた今度だ。いいね」
レッスン3「力点を動かしてみよう」。
『デジタルなのだ。だから自然に動いているように感じるためにどのくらいの頻度でデータを送ればいいか、やってみよう』
『お兄ちゃんの協力が必要です』
「それは終わったろ?僕が見て?自然に見えればいいんだな」
『お願いしますね。では開始』
「おいおい、速いな。動きが速いのはどうとでもなると思うんだ、妹よ」
『えっ?う、うん』
「そうだな、一メートルを五秒かけて進んでごらん」
『わかった、お兄ちゃん』
『二人とも、気に入ったのか?』
「ん?なんか可愛いじゃないか。せっかくシャルルが作ってくれたネタだ。もう少し遊んでも良いかなと思って」
『そうですよ。ごっこ遊びです』
『まあどうでも良いのだが。では続きだ。六〇ヘルツでどうだろうか』
アカリの目の前を赤い点がゆっくりと進む。
「半分は?……これはちょっと荒く見えるかな?」
赤い点が少し点滅しているように見えないこともない。これを数パターン試してみる。
「限界は五〇ヘルツかな。余裕を見て六〇あたりと思うけど、リライト装置への負荷はどうだ?」
『ほとんど影響は出ていないな』
「じゃあ決まりだ」
実践問題「運んでみよう」。
「まずはベアトリクスさんにコーヒーでも運んであげて、驚かそうと思う」
『全く、お兄ちゃんはいたずら好きなんだから』
兄妹ネタがかなり気に入ったらしい。
「自分で言って恥ずかしがるなよ……とにかくカップは持てるのか?」
『持てませんね!一方から押すだけなので』
応用問題「力点をたくさん作ろう」。
『最低三点だろう』
カップの側面に複数の力を当てれば、固定されるだろう。安定するのは三点だ。
つまり複数点を同時に操らなければならない。一気に難易度は上がる。しかしAI側の計算速度には余裕がある。一点も三点も、百点だって計算速度は変わらないのだ。むしろ力の入れ具合が難しかったようで、カップは何度も粉々になった。
最終試験は、「実際にコーヒーが入ったカップをソーサーに載せて、ソーサーの端を指で摘まんで、操縦室の入り口から船長席まで運ぶ。ホロ連動」だ。
「おまえなら出来るよ。お兄ちゃんは信じてる」
『うん、見ててお兄ちゃん!』
そして数時間後、ベアトリクスが操縦室へ入ってきた。
「おはようアカリ君、ハイペリちゃんの具合はどう?ぐったりした中にも色気があってなかなかだったでしょ!?」
「おはようございます。びっくりしましたよ。シャルルとも普通に喧嘩とかしててビックリです。もう寂しくも暇でもないですね。そうだハイペリちゃん、ベアトリクスさんにコーヒーを持ってきてあげて」
強引に話を繋げるが、ベアトリクスは別に気にしていない。
『おはようございます。ベアトリクスさん。どうぞ』
「あ、ハイペリちゃんもおはよう。コーヒーありがとうね……?」
ニコニコと可愛く、滑らかな動きでソーサーに載ったカップを渡してくるハイペリちゃん。
「ええ!何でぇ?」




