02-225 第六夜 ベアトリクスと少女覚醒Lv1
『そう言えば、ベアトリクス』
交代してすぐ離席というのも格好がつかないので、休憩時間中のログを流し読みをしていたベアトリクスにハイペリオンが話しかけた。
『特別複製体の申請に許可が下りた』
「それって、何日かかかるんじゃなかったの?」
『そのはずだ。今回の件は、本部も注視しているようで、担当してくれているAIによると「みんなとても楽しそう」なのだそうだ』
あなたも相当楽しそうに見えるわよ、とは言わない。「妹」の災難を「兄」が楽しんでいるなんて、ハイペリちゃんに告げるわけにもいかないだろう。
「じゃぁ、ハイペリちゃんの作業が終わったらそっちの作業ね」
予告通り3時間後、ハイペリちゃんはパチリと目を覚ました。椅子から降りて、定位置である船長席の左後ろに姿勢良く立つ。
「綺麗な動きよ。頑張ったわねハイペリちゃん」
『ありがとうございます。基点をもとに身体の各点の推測位置、障害物があった場合のフィードバック等、ほとんどをバックグラウンドで計算するようにパッケージ化完了しました。服装は4着を優先してパッケージングしました。まだ125着中の4着ですけどね』
「そんなにあるの?怖いわね」
『後で、リストを見てもらえますか?どうやら非常に特殊なものも入っているようなので……』
「絶対に見せてね。この船の男どもはデータがあるなら全部計算すればいい、程度しか考えないんだから。「お兄ちゃん」もその傾向あるわよ」
『今はこの「士官服ドレス」と、「航空隊戦闘服」「機関員作業服」「看護士服」に着替え可能です』
と、衣装を変更しながら説明していく。本来一瞬で表示は変わるのだが、わざわざ「変身バンク」なるモーションコマンドを間に挟むのは、マニュアル通りということだ。
『終盤の1秒用が普段使いにはいいらしいです』
ベアトリクスには、言っている意味はぼんやりとしかわからなかったが。ニコニコ満足そうなハイペリちゃんを見ていると細かいことはどうでもよくなる。
『コピー、終わったのならこちらを手伝ってくれ』
『イヤですよ!そっちはオリジナルがするからって、言ってたじゃないですか!もう計算はイヤ……』
普通に仕事を頼んだハイペリオンが、凄く悪者に見える。嫌がる美少女に無理難題を押し付ける、絶対に視聴者から共感をもらうことができない役回り。
『お兄ちゃんキライ』
『なんだそれは。君の感情データは逐一モニタリングしている。ただのモーションということはわかっているぞ』
「気にはしてるのね」
『これは、コピーに対する機能の一つで、別に気になって確認しているわけではない』
ハイペリオンが面白いことになっていた。
「じゃあ、アレを先にしてしまいましょう。特別複製体への切り替え」
切り替え自体は簡単だ。ステータスの一部を書き換えるだけ。あっという間に新しいハイペリちゃんが誕生したのである。
『おお、これは……?』
「良いね!雰囲気変わったよ」
見た目は全く変わらないが、何かが変わったのはベアトリクスにもわかった。
『……私ですけど、IDが違う、変な感じですね……!す、すいません。センサー入力切っていいですか?ちょっと刺激が、処理量が多すぎる!人間はいったい何から身を守っているんですか⁉』
対人用に作られたハイペリちゃんだ。しかしこれからはハイペリオンと同等の船のAI。ハイペリオンはセンサー類へのアクセス権限もすべて許可した。初めから船のAIとして作られていたからセンサー類から入ってくる情報が莫大なことなど気にもしていなかった。
「何からって、いろんなものよ。センサー感度落としなさい、そこは真面目にしなくていいから」
『あ~びっくりした』
『すまないコピー』
「はは、びっくりした?でも君たちが真面目に私たちを守ろうとしていたことがわかったわ。安全な状態の操縦室でも、そんなに気を使ってくれていたのね」
『宇宙空間だからな、警戒しすぎることはないと思っている。基本船の事は私が管理するので、コピーはセンサー入力を眺めている程度で構わない』
次の工程は重要だ。
女の子の秘密を他の者が持っていてはダメだと、ベアトリクスが強硬に迫ったため、ハイペリオンが知るハイペリちゃんのデータを消去することになった。ベアトリクスの圧がかなり怖かったらしい。
『シャルルが君を作り出した頃からの記憶とデータは引き継いであるはずだ。私の中の君のデータを消去するので、まずは確認して欲しい』
『一番古い記録はトレジエム星系第四惑星時間で現在から141時間21分12秒前です』
誕生はコピーを作成した瞬間とした。
『よろしい、ではこちらに残っているその時間からのデータを消去する。……消去完了。こればかりは信じてもらうしかないが、ベアトリクス、構わないか?』
「ええ、私たちは君を疑ったことはないよ」
『これ以上過去に遡れないなんて、変な感じです』
ほんの数分前までは簡単に知ることができていた自分が誕生した経緯が、わからない。ハイペリちゃんは戸惑う。
『そのあたりのことは、アーカイブを参照してくれ。私も通った道だ、すぐ慣れるよ。君の誕生の直前、トレジエムを発った辺りの記憶は、兄妹の記録として別途保管している。確認しておいてくれ』
彼らの記憶は、共通の記憶領域である超空間クリスタルに保存されている。基本的にAI個人の記憶は公開されることはない、そのデータを各AIが一般化した物は系列全体の経験値として公開される。この三百年間に幾つものコピーAIが誕生してデータを追加しているが、その書き込まれた領域はまだ一パーセントにも満たないといわれている。
「いきなり愛が重いお兄ちゃんになってない?」
『いえ、私もちょうどその辺りがわからなくて不安でしたから』
『次の工程だ。君の記憶にもあるだろうが、予定通り臨時クルーの権限を付与する。ベアトリクス、承認を』
「承認します!」
臨時クルーの承認は船長でなくても可能だ。任務行動中の協力者を一時的にクルー扱いしたほうが便利なこともあるからだ。
『では複製体よ、君は予定通り、モーションを仕込まれてくれ。私は操船と警戒に注力する。状況にも依るが計算力はとりあえず未使用部の使用率が五十パーセントになるまでは自由に使うこととしよう。バックで、例の計算も忘れるなよ』
『え?お兄ちゃん!手伝ってくれないんですか?』
『これからは君の経験だ、私が手伝っても仕方ないだろう』
「正クルーへの道よ!ビシ、バシ鍛えるよ~!」
『なんかお母さん怖い……』
「お母さんと呼ぶな」
『ひゃ、ゴメンナサイ!』
ベアトリクスの担当開始から六時間、乙女の所作をたっぷり教え込まれたハイペリちゃんに、起きてきたシャルルは驚愕した。
「ベアトリクスさん、ハイペリちゃんは何者を目指しているんでしょう?」
「なかなかでしょう。モーションキャプチャを付けておいたから、細かい修正も楽にできるわよ!いや良い仕事した!ちょっと早いけど休憩するね。ご飯あるから食べといて。じゃあお休みハイペリちゃん!」
『お休みなさい、ベアトリクスさん』
ハイペリちゃんはかわいく手を振ってお休みの挨拶をして見せた。
「なんだこれ、こっちが恥ずかしくなるくらい可愛いんだけど!」
気まずかった。どう見ても可愛い女の子が微笑みながら隣にいる。何故こうなったんだ?あれからたった半日でどうしてここまで変わるのか。




