02-224 第六夜 アカリと本気の無茶ぶり
それから、コンソールで寝てしまったシャルルはそのままに、ハイペリちゃんから説明を受けた。
「みんなが言うように、長距離航路であまり根を詰めて見張っていても、確かに疲れるだけだ。でもみんな、全力で遊びすぎだよ」
『すいません。私も機械のくせに楽しくなってしまって』
「はは、その言い方はハイペリオンらしいね。まあ実質クルーが増えたみたいなものだし、僕は構わないと思っているよ」
『そう言っていただけると嬉しいです。今まで以上にお役に立てるようがんばります』
アカリは今日も全力でかわいい猫達の画像に癒されるつもりだった。
ストレスというほどではないが。計算でいっぱいのはずのハイペリちゃんが、猫の動きに反応するので、結構気になった。一緒に観る分には問題ないが、あまり構わないでと宣言されていたので、気になってしまうのだ。
ふと喉が渇いた事に気づいたアカリは食堂で一息つこうと操縦室を出た。
「やっぱりこの行き来は面倒だよな。ハイペリちゃんに飲み物持ってきてもらえたら、便利だな」
と思ってしまう。しかし、ホログラムの体は物体に干渉はできない。普通ならば。
「良いことを思いついてしまったかもしれない」
「ハイペリオン。リライト装置の影響範囲は船内にも及ぶのか?」
急いで操縦室に戻ったアカリは席に着くと開口一番ハイペリオンに尋ねた。
リライト装置とは、反応炉で作られる膨大なエネルギーを特殊な金属触媒に流し込むことで周囲の物理法則を変更する、現代の魔法装置である。これを装備する船は、慣性力や光速度の限界を無視した機動をする事が可能になる。現在では、五つの力すべてに干渉することが可能になっていた。
『装置の影響範囲は装置中枢からほぼ球状に広がる』
「だとしたら、船内の任意の位置に作用点を発生させることなんかは可能か?」
力の点がどのような理屈で発生されるかは考えず、アカリは少し挑発的にハイペリオンに聞いてみた。
『具体的な指示を』
「例えば、ティーカップくらいの重量物を動かすことなんて、できる?」
『!……今までにない細かな制御が必要だが、可能だ』
アカリは、コンソールのモニタのアニメ絵少女の目がキラリンと輝くモーションを実行したことに気付いていた。気に入ったらしい。
アカリはホログラム体に何か仕事を与えることで、ハイペリちゃんの同じ場所にいる問題を解決することにしたのだ。よほどプレッシャーに感じていたのだろう。
『現在のリライトシステム使用率はおよそ56パーセント。急制動を考慮しても、10パーセント程度は余裕がある。計算領域はリライトシステム専用の汎用領域はほぼ未使用だ、一定速度を出しているだけだからな。計算途中で多少粗相をしてしまっても、フィールドが解除されることだけはないように、本体の計算で十分シミュレートしてからシステムに実行させよう。では指示を』
困るのは妹のAIだ。
『ちょっと待ってください!ですから私まだ重力シミュレーションの最適化終わってない……』
『安心しろ、力点の発生テストは私も手伝おう。操作できると私も便利だ』
こうして前代未聞のリライト装置の無駄遣いがはじまった。
原理は簡単だ。装置を中心として球状に展開しているエリアは、万遍なくフィールド波が届くように球形になるような関数を展開しているだけだ。その発生パターンの関数に、力を作用させたい点で波が集まるような関数を合成する。簡単だが、相当な計算力が必要だ。しかも現在は光の速度の数百倍のスピードで移動中だ、リライトのフィールドが切れて通常の物理法則の中に放り出されてしまったら、その物体は跡形もなく破壊されてしまうだろう。普段であればハイペリオンは絶対に乗ってこない種類のアカリの思いつきであった。
とはいえ、理屈も何もかもAI達に丸投げの単なる思いつき。アカリ氏がすることは何もない。
「ハイペリオン、お楽しみのところ悪いんだけど」
人間が退屈で、サポートのAIがお楽しみなんて、ありえない逆転だ。だからアカリは考えた。つまりもっと楽しいことが隠れているに違いない。旅の楽しみといえば宇宙海賊の駆除だ。想定よりも少なすぎるのだ。一度目が失敗したから慎重になっている?一度目どころか、成功したことすらないのに?プルミエルの近辺で大挙して襲ってくるのだろうか?海賊を呼ぶ笛であるアカリが首都星系への接近しつつあることを知らない宇宙軍ではない。海賊が襲撃のために集まれば、奴ら一網打尽だ。そんなやり方よりも、連続で襲ってアカリの疲労を狙ったほうが良いに決まっている。
まさかとは思うが、ハイペリオン号を見失った?
ハイペリオン号が危急減速を行ったのは二日ほど前。その瞬間は見失ったとしても二日もあれば、再発見できるはずだ。アカリの常識であれば。
「一度、周囲1光年アクティブスキャンをやってみてくれない?」
『……海賊釣りか?』
「まあね。だって全然出てこないだろう?きっとどこかで詰まっていると思うんだよ」
アカリの想像通り、海賊たちはハイペリオン号を見失っていた。
「状況に応じて対応できない愚か者の集まりだから、どうしていいかわからないんだよ。でもこのままいくと、判っているゴール、プルミエル周辺だね。そこで一気に襲い掛かられても面白くない。だからこの辺りで減らしておきたいな」
『それは理解するが。プルミエルの近くで宇宙軍の応援があてにできるのであれば、船の安全担当としてはそちらを推奨したい』
「君がそういう言うのなら、従うけどね……これじゃ逆だよね」
『コピーが万全の時に、君の操船を経験するのもよいだろう』
「そうなると、本当にやることがないよなぁ」
ベアトリクスがやってきた。前回よりはかなり元気が戻っている。彼女なりに本日のカリキュラムを準備してきたようだ。
「おはよう。ハイペリちゃん、なんか凄く疲れているみたいだけど、そんなモーションも覚えたのね。勉強熱心でよろしい!」
アカリとしては本当であれば、動き回るハイペリちゃんを見せて、ベアトリクスを驚かせたかったのだが、まさか動けなくなるほど計算機に負担がかかっているとは思わなかった。補助席で疲れ果てているポーズをとっているだけと思っていたのだ。
「おはようございます。ちょっと計算が追い付いていないみたいでしばらくそっとしておいて下さい」
ハイぺりちゃんは淑女にあるまじきポーズ、仰向けで背もたれに完全に埋まり、両腕は垂れ下がり、顔はだらしなく天井を向く。完全降伏の状態だった。
『……すいません、あと三時間くらいで、なんとか……』
ベアトリクスは自分の席に前後逆さまにお行儀悪く座って船長席のアカリを軽く睨んだ。
「ホントに調子悪そうね、今度は何をさせようとしたの」
「ちょっと秘密です」
「エッチなことじゃないでしょうね」
「まさか!」
確かにここまで人間と見分けが付かないくらいリアルな身体だ。ホログラム相手に何をするのかは理解の外ではあるが、制作側にそういう意図も無かったわけではないだろう。アカリは言われて気付いたようだが。
「あ~あ、また退屈になっちゃう」
『……お喋りだけでしたら、少しはできますので』
『作業は私も手伝っているのだが、初めて試すことだし慎重にならざるを得ないのでな』
「いいよ、私は食堂の掃除でもしているから。たまに顔出せばいいでしょう?。疲れたときは休むのが一番よ、ハイぺりちゃん」
今回はAI達の様子を見ていただけだったので、そこそこ退屈だったアカリ。次の当番は楽しそうなので早々に寝ることにした。
シャルルもいい加減部屋に連れて行かねばならない。




