02-222 第五夜 ベアトリクスの懸念
交代の時間になりベアトリクスがやってきた。
「おはようございます」
「ハイオハヨー」
「今日も辛そうですね。でも昨日よりは慣れましたか?」
「アカリ君は回復したようね。なんかシャルル君とコソコソやってるみたいだけど」
「すいません。別に仲間外れにしていたわけではなくて、シャルルの名誉のために黙っていたんです」
「何じゃそりゃ」
すべては発案者の責任だ。自分はいいほうに修正をかけているつもりだし。
「やっと見てもらえるところまで出来たので、発表しようと思います。あ、でもシャルルは姉達からのプレッシャーで心を病んでいるので、優しくしてあげてください」
「シャルル君にそれはないでしょ。で楽しいことなの?」
と言いながら、ベアトリクスは知っている。横目でハイペリオンが一人だけ映っているモニターを盗み見る。
「ベアトリクスさんにもやることありますよたぶん。ハイペリオン」
『ハーイ』
操縦室の入り口から女の子の声が聞こえた。ベアトリクスが振り返ると、可愛い女の子が中に入ってくるように、見えた。
「エ?誰?」
「シャルルの仕事です。中身はハイペリオンです」
『ハイペリちゃんと呼んでください』
アカリから見るとまだぎこちない動きだったが、初見であるベアトリクスにはそこまで考える余裕はないだろう。
『はじめまして……じゃないですけど、ベアトリクスさん。皆さんの業務環境改善のために、参上いたしました!』
「ごめん、よく分かんない」
ハイペリちゃんはベアトリクスのために順を追って説明してくれた。人員が少なすぎること、話し相手ではなく仕事仲間が要ること。そこでシャルルが考え出したのがホログラム体だったという事だ。ちなみに美少女型なのはシャルルの趣味……だけではなく、今までのコンソール少女に何故か詳細な3Dデータと音声データがあったからだ。
「経緯は分かったわ。私がバケーションというアカリ君の罠にかかっているうちに、対策を考えていたとは、シャルル君もなかなかやるようになったわね」
『よろしくお願いします』
「ひとまずよろしくよ。混乱したらお腹すいちゃった。ご飯でも作ってくる」
まずは何か作業をして落ち着こう。昨日まではどうなることかと思っていたけど、さっそくステキなことが始まっているじゃないか。なんて面白い子たちなんだろう。ワクワクする心を落ち着かせるために、ベアトリクスは無心で野菜を刻むのだった。
アカリに朝食を詰め込み、操縦室から追い出してベアトリクスはハイペリオン達に確認した。
「今まで通りなのがハイペリオン。こっちの可愛いのがハイペリちゃん。でいいのよね」
『そうだ。やることは大して変わらない。そっちの……ハイペリちゃんは』
「恥ずかしい?」
『……そうだな。自分のことをちゃんをつけて呼ぶのは多少抵抗がある。君には説明はしたが、私たちは二人ともハイペリオンなのだから』
『私は基本的にクルーの皆さんと同じ作業をします。でもそれは決定ではありませんので。正クルーのように扱っていただくか、補助的な役目にとどめておくかは皆さんで決めてください。どちらにせよ、今の状態で船のリソースを結構消費しているので、その分の役には立ちたいと思っています』
いつの間にかすぐ横にいたホログラムから声がした。
「うゎ、びっくりするね。うーん、アカリ君の言うとおり、確かにホロはまだ不気味ね」
不気味と言われ、ガッカリの動きをするホログラム少女とコンソールの少女。
「まるでモーションのコマンドを実行しているだけのようよ」
『そうなんだ。感情シミュレーションはアカリ達家族のおかげで、かなりよいモノができているのだが』
「三百年の観察で?」
『そういうことでも構わないが、私はまだ二歳だ。ともあれ、感情に伴う動きとコマンドははまだ完全に解析とタグ付けが終わっていない』
だからこういうコマンド的な動きしかできない、とホログラム少女は踊って見せた。
『今のは暗黒覇道拳を小タメで撃ったときのモーションです』
「それについてはコメントしないよ。要はホログラムの動きを鍛える仕事が出来たという事ね。映画見るだけよりはよっぽど良いか。でも周囲の警戒と、自動操縦は怠らないでね」
『お任せください。この船の電子頭脳は大変処理能力が高いので、たとえ百人と同時に会話していても索敵、操船、兵装コントロールに支障はでません』
ホログラムに関しては、こういうものだと自分に理解させた。
「ひとつ確認したいことがあって」
『何でしょう?』
「こういう時は、あなたが対応するのね」
『そうですね、"お話”は普通クルー同士がするものですから』
「そうね。で、確認というか、そろそろ積み荷を教えてほしいんだけど」
そうなのだ、この船は何を運んでいるか誰も知らないのだ。積み荷には電子コードで詳細が記載されているというが、クルーには知らされていない。巨大貨物船などでは荷物があえて知らされていないというのはよくあるが、こんなチャーター専門の小さい船の場合、知っておくのが普通だろう。宇宙港でのチェックで合格しているからにはご禁制の品などということはないだろうが、荷主がNEMO氏というあからさまな正体不明の人物だけにベアトリクスは不安だった。もっともあの兄弟にとっては既知の人物であるらしく、何の疑いもなく、たぶん内容も聞かず、運んでいるのだ。こんな誰もすぐには助けに来ない、恒星間を単独で、呑気にAIのホログラムを調整しながら。
『やっと問い合わせがありましたね』
ハイペリちゃんは嬉しそうに、胸の前で両手をぱちんと合わせた。効果音付きだ。
「やけに嬉しそうね」
リアルな効果音に感心しながら不思議に思う。
『あの兄弟と言いますか、一家といいますか』
――星系開拓以来の古参大手運送会社だ――。
『NEMO氏の依頼に関しては、ほとんど疑問を持たず受けてしまうのです』
今度は顎に人差し指を当てて首を傾げる仕草。それを戻して、
『慎重なのは船長のお姉さんくらいなんです』
「ケンタウリ人の」
『ええ。それでベアトリクスさんは普通の人なんだなと喜んでいるのです』
NEMO氏。大手企業の経営の裏に潜む謎の人物。まぁ社長か何かだろう、関わらない方がいい、それより今は。
「で、NEMO氏の荷物は何なの」
『アレ?気にならないのですか、巨大企業に潜む闇』
「それよりも今は身に迫る危機よ」
『そうですか。根が深くておもしろそうですよ。では、貨物のデータを読み込みます。……レモンです。地球産約一トン。トレジエムまでの経路は不明です』
「ちょっと待って、よく分からない。レモン?何で地球?」
地球なんて今でもどんなに急いでも片道一年近くかかるのだ。生鮮食料品なんて、送るわけがない。だいたいレモンを、本物を一トンも使うなんてそんな人いない。普段使いなら複製機で充分だし、本物志向の高級店でもわざわざ地球産なんて……ベアトリクスは聞き出したことを後悔し始めていた。
「あ、レモン漬けとか何かかな。超高級品になるよね、それって」
地球で下拵えし、輸送中に熟成させる、あるかもしれない。
『生レモンです。スキャン画像出します』
それは、複製機が出すような鮮やかな黄色のレモンではなく、写真で見るような、木に実を付けている緑色の混ざったレモンだ。
「さっぱり分からない。意味不明だ。私は思考を放棄する」
ベアトリクスはシートにもたれかかった。
『不思議ですよね。こんなに異常なのに、彼らは調べもしないのですよ』
ホロ少女は両手を広げ、どうですか!のモーション。
「ハイペリちゃん、たぶんだけど」
ホロ少女の頭上に?が出た。ああ、もう目障りだ。
「考えても理屈に合わないから、考えないようにしてるんだと思うよ、みんな」




