02-220 第四夜 シャルルのドキドキ大作戦
レプリケータでドリンクを出し一息つく。アカリはコーヒーを好むがシャルルはワインなどが好みだ。自分の船なら、当直時間が短いので飲むチャンスは割とあるのだが、今回は長いのでシャルルにとっては退屈よりもそちらの方が心配だった。
操縦室に戻ると、モニター内のハイペリオンがワクワクしながら待っていた。そういう感じだ。
『お帰り、シャルル』
「どうだい、準備は出来たか」
『QXだ』
「どこで拾ってくるんだ……では、投影してくれ!」
船長席の横の空間が、明るく輝き、光の羽のような物が舞い散った。
「おお!良いぞ」
光が収まった後には、一人の可憐な少女の姿が……。
暗がりにうっすらと光る、神々しい姿にシャルルは想像以上の手応えを感じていた。
『今のは登場時エフェクト"女神降臨"だそうだ』
コンソールから説明が入る。
「確かに、それっぽかった。が!」
サンプル画像で顔は知っていた。大体二十歳前後。これが本当に生身の人間をスキャンしただけならば、人間離れした美しさだ。
「どうして裸なんだ!」
そう、ホログラムで再現されたのは薄く輝く女性の裸体。腰まである銀色に輝く髪と白い肌。神々しい美しさが勝り、卑猥な感じが全くしないのが不思議だ。
それでも先ず胸部に目が向いてしまうのが悲しいかな雄の性。
『どうしてと言われましても、言ったじゃないですか、表面は出来たと……あんまり胸見ないでもらえます?』
「ああ、すまない。つい……」
無意識に目が向いていたのを指摘され、シャルルは慌てて視線を逸らす。
『おお、想定されるパターンの確度五〇以上がいきなり出ましたね!あ、今のは恥ずかしいから「見ないで」と言ったわけではなくてですね、とある行動規範集で書かれている行動とその結果を実践してみただけです。私のバイブルなんです。シャルルさんは普通にいい人みたいですよ。良かった』
うまく回答できずに恥ずかしい、ということはあっても、見られて恥ずかしいということは理解の範囲外だ。知識としては知っているが、それだけのようだ。
今だってあちこち丸出しで、無邪気に喜んでいる。
「服を着たデータはなかったのか?」
『服そのものはありましたが……』
補助席のモニターに準備されているらしい衣服のサムネイルが表示される。
「いっぱいあるじゃないか、どれか着なさい」
『着方が分からないんです』
「いや、俺も女の子の下着の付け方なんて詳しくないけどさ、調べれば……」
『違いますよ。「着方」は例えです。衣服のデータをこの上に重ねれば良いんですよ。中心から遠い点が優先で表示されるので。ただ、点をどこにプロットするかが分からなくて……』
技術屋として考え甲斐のある課題だ。モニターの衣服と目の前の神々しい裸体を見ながら考える。
「そのまま上に置けば……違うのか。衣服は身体に沿うし、伸縮もあまりしないから、面積の余りはひだになる……」
『重力にも従うし、空気抵抗もある』
うんうんとうなずく仕草。こういう単純な感情に基づくテンプレート的な仕草は、コマンドとして豊富に準備されているらしい。予め関節の動きを登録しているのだ。
「……省略できるパラメーターもあるさ」
思い出してまた目を外らす。相手は全く気にしていなくても。
『この計算を衣服の部分全て、百数十万ポイントでせねばならんのです』
「途方もないな」
『だから、計算方法が分かっているこの状態で良いですよね。ほら、割と自由に動きますよ』
コマンドだろうか。上空にパンチを打ち出すように右腕を高くあげ片足でジャンプして見せる。
「言い分は分かるが、ダメだ。その、マニュアルには書いてないのか?」
とにかく全ての動きが淑女らしくない。狙ってやっているのだろうが、これでは劣情を抱くどころか残念感しか抱けない。
『まだ見れていません。データ変換と体の動かし方を優先していましたので』
恐らく、衣装のひとつひとつに細かい使用方法が書いているのだろう。
「残り時間は、衣装の最適化を優先で計算してくれ。そうだな、これにしようか」
シャルルは衣装リストの一番上にある物を指さして見せた。
宇宙軍の女性士官の制服をドレス風にしたものだ。宇宙軍の正装と言えば、コスモノワールと呼ばれる漆黒に染められたものが有名だが、普段使いの制服は白だ。特にトレジエムの宇宙軍基地がある第四惑星は暑いので、皆好んで白を着る。トレジエム星系軍のカラーである黒を襟のラインにあしらっている。
シャルルとしては、元軍籍の船の乗組員として相応しいし、彼女と同じで光り輝くなら白は陰影が分かりづらい。つまり多少計算が甘くても目立たないだろうという考えでのチョイスだった。
『艦隊士官服(平時・女性用)ドレスアレンジ、ですね。良いかもしれません』
衣服のマニュアル冒頭には、「白こそ究極。あえて一手間掛けて細部まで作り込みましょう!」と書いてあったが、コピーはシャルルにその事を告げなかった。
「では作業開始だ。僕の時間の終わりまでに仕上げるんだ。ホログラムは消しておいていいよ。と言うか、服を着るまで出てくるな」
『……わかりました。計算に専念します』
ホログラムが消えて、補助席のモニターにコピーの姿が映る。今までのアニメ絵ではなく、自然な陰影が付いて人間を映し出しているようだ。
「普通に話す分には構わないからな?しっかり計算してくれれば良いから」
『シャルルさん、分かってますよ。社会通念上、裸族は拙いということは。すいません、ちょっとしたイタズラでした。計算が追いつかなかったのは事実ですよ?』
「そうか。計算がんばってくれ。……アカリが封印したくなるのも分かるな」
「さてハイペリオン、俺が何を言いたいか分かるな?」
コピーをモニターに押し込んで、シャルルは船長席のモニターに映る今まで通りのアバターに問いかけた。コピーは横のモニターの中で眼鏡を掛けてコンピューターで仕事をしている、ように見せている。
『……そうだなこれは異常事態だ。あまりにもうまく進みすぎている。結果も想定以上だ』
ハイペリオンもホログラムを移動させたいとシャルル達が言い出すのは確実だと予想していた。しかしそれはまだ先のことだとも思っていた。
大体、ホログラムの製作工程が進みすぎているのがおかしい。設計図なんて無いのだから、試行錯誤しながら少しずつ進むのが普通だ。
「何かからの干渉を受けているのだろうけど……」
地球人類へ、良い悪いは別にして干渉を行ってくる存在は多い。
蜥蜴型の宇宙文明は常に敵対的だし、猫進化のケンタウリ文明とは協力関係を構築できているが潜在的な可愛さで地球人類の精神に干渉しているともいえる。これら同世代の文明とは別に、より早く宇宙に進出しもっと進化した文明からの干渉も確認されていた。
記録に残る最初の彼等との接触は、地球人類の宇宙船が恒星間航行が可能な速度、観測上の光速度を超える速度だ、を手に入れたときだったらしい。
その後の彼等との付き合いは、たいていは浅く、技術が間違った道に進もうとしたときに警告してくる程度だった。今となっては彼らがどこに行ってしまったかは全くわからないのだが。
一部例外的には、遙か昔の第一次産業革命の頃から干渉を受けている一族もあるという実例をシャルルは知っていた。
今回のことがそのどれにあたるかは分からないが、相当高度な文明からの干渉だとは想像が付く。
「目的が分からないな」




