02-215 第三夜 シャルルのドキドキ大作戦
ベアトリクスの愚痴に付き合い寝室へ追いやった後、シャルルは操縦室に戻ってきた。
「おはよう、ハイペリオン。再開するとするか」
『おはようシャルル。ベアトリクスの機嫌は治ったかな』
「機嫌は悪くはなかったが、別の不満はあったようだ」
シャルルは部屋から昨日の作りかけが入った箱を持ってきていた。
こほん、とわざとらしく咳を一つ。
「おさらいだ。俺はこの旅が、絶望的に退屈になることを予想していた。ベアトリクスさんが二日目でやられてしまうのは想定外だったが、ともかく何とかしないとならない。わかるな?」
コンソールのバストアップアニメ絵の美少女達が神妙な顔で頷く。
「必要なのは単なる話し相手でも、時々シールドに石を当てるドッキリでもない」
片方の美少女はばつの悪そうな表情だ。
「一晩考えたんだが、必要なのは俺たちを助けてくれる仕事仲間だろう」
本当にいたずらしていたとは……。自由すぎるAIの行動に驚きつつシャルルは宣言した。
「着地点、一応の区切りはその辺りとしたい」
『私に異論はないよ』
『私もです』
「ということで昨日の続きだ」
ドキドキ美少女クルー大作戦、第二話の始まりである。
昨日は簡単な立体を表示させただけだった。今日ははもう少し複雑な、人型までは行きたいな、という気持ちだ。
現在ハイペリオンは何重にも重なる多面体内包図形をくるくる回して自習中だ。
『直交座標と極座標の変換はまだ私の方が速いか?』
投影機には自身の表示に特化したコマンドや関数を処理する専用のチップが搭載されていた。単純な計算ならハイペリオンが速いが、点と点の中間を繫ぐ直線の描画速度は専用チップに軍配が上がる。
『影の処理は……ないのか。光っているものだからあまりこだわらないのか?せめて一〇はほしいな』
光源に対して物が配置されれば影が出来る。光源が一つだけなら、物体が重なれば影ができる。ただ光点の集まりであるホログラムなら、集まれば集まるほど光り輝くだろう。光源からの方向を計算して、影の部分を減光する必要があった。光源が一つだけではハイペリオンは納得行かない。卓越した光源が一つであっても、反射光を上手く処理してこそのみリアルな映像が得られるのだ。
しかし民間払い下げ時に、電子機器類を増強させたハイペリオン号といえども、いちいちそんな計算をしているわけにはいかない。間違いなく航行に支障をきたすだろう。
「どうした、ハイペリオン?」
『……葛藤というものを経験している』
「大袈裟な……」
様々な要因を計算し、瞬時に判断をする、それがコンピューターというものだ。ハイペリオン達のような過去の経験も判断の指針とする経験値参照タイプの人工知能は、判定に多少時間が掛かるのだろう。それでも最適化されたデータは例え三〇〇年分の蓄積があろうと、人間よりも遙かに速く検索できる、と日頃から本人が自慢している。
「何を悩んでるんだ」
『君の意見も参考にしよう。このホログラム作りは空き時間の「遊び」だ。演算力の上限を設定して臨んでいる』
「そうだな。俺としてはさっきも言ったが、どうせなら使える物にしたいとは思っている」
『そうか……悩んでいるのはそこなんだ。私も使える物にしたいと思っているのだが、影の処理を考えると、相当な演算力を食われるのだ。即中止の判断をするべきなのだが、何故か続けたいという気持ちが強い』
「影か……あんまりこだわらなくても」
『自然に見えなければ、そのうちストレスだとか言い出すだろう?』
「それは、そうだな。言うだろうな」
『解決策はある』
「だったら実行しろよ」
『ありがとう、そうさせてもらおう』
「いやいや待てよ、解決策ってどんなだよ」
『光源分析装置と影処理装置を作る。船内在庫が少ない部品を使うことになるから、躊躇していたんだ』
「あ~船の安全マージンを削るとかではないのな?」
『それは有り得ない。物品の運搬や組立をシャルルにしてもらう必要があるのだが、構わないか』
「それくらいは構わない……」
『装置のアイデアを、本部に送った。使うのは船外カメラユニットと汎用チップを少々。明日には改造とFPGAに焼く回路のデータを送るとのことだ』
やると決めたらこのくらいはしてしまうのは、通常だろうが、そこに至るまでに若干の不自然さをシャルルは感じた。さっきまで自分が感じていた、焦燥感のような物も今考えれば不自然だ。
「ハイペリオン。お前、その「葛藤」には外部からの侵入は無かったか?思考誘導とか、記録されていないか」
『過去半日で、通常ではない通信波は受信していない』
「そうか、それなら良いが」
『通常の通信に紛れ込んでいたりしているのならば、済まないが分からない』
『シャルルさん、現状は単なるこだわりと思います。その表示を使う私がそれほど焦っていないのですから、性格の違いでしょう』
「コピーはどうして焦っていないんだ?ハイペリオンばかりが動いている印象だぞ」
『別のことをやっています。口出しすると煩いので』
「そうかい、のどが渇いた。食堂に行ってくる」
食堂の窓から見る宇宙は暗黒で、じっと見ていると吸い込まれそうになる。
トレジエムからおよそ七光年、そろそろ隣の星系の領域に入るころか。星団には六〇ほどの恒星が属していて、人類の生存が可能な惑星を持つ星も多い。主たる十三の星系の他にも人類が住み着いている星は多い。今通過しようとしている星系にも数十年前に人類が住み着いたはずだ。
「うーん、こんな船で本当にここまで来てしまったなぁ」
距離だけで言えば、十光年はさほど問題ない。このハイペリオン号も造られたのはプルミエルの造船所のはずだ。そこからどうやってトレジエムまで来たかというと、決してこんな「下道」をのんびり飛んできたはずではない。
「バイパス路のゲートなんてこの辺りにはないし、どのみちプルミエルまではのんびり行くしかないんだけど」
操縦室に何かいた。
『お帰り、シャルル。自動操縦をレベル5に切り替える』
「ハイペリオン、それは何だ」
船長席の横には、ハイペリオンの使用しているアバターの全身像が浮かんでいた。
『ご覧の通りです』
販売されているデータ付きのものもおそらくこういった感じだったろう。単なるアニメ調イラストの立像だ。
『このアバターの全身像のデータがあったんです。裏は見ないでくださいよ、常にあなたに正面を向けるようにコントロールの練習をしていますので』
シャルルとしては裏面が気になるのだが、どうしても回り込めない。フェイントにも引っかからない。
『とりあえず明日に機械を組み込むまでは、ホロ装置としてやることは無い。君達が慣れるためにも、しばらくは光らせておこうと思う』
「了解。じゃあ俺は引き続き立体のサンプルでも探すとしますかね」
面白いか面白くないかの基準で行けば、現状は全く面白くない。銀河ネットワークでも何件かはヒットするが、とても満足できるクォリティではない。人類の歴史上同じことを考えた人は無数にいるはずなのに、だ。
「でもまあ、何百万点も一からデータを作るはずないし、やるなら生体のスキャンだろうな」
先程から検索にヒットする、どこかデフォルメされた荒い画像の3Dデータは、アニメフィギュアのスキャン結果なのだろう。シャルルが求める大きさに引き伸ばしてしまえば、当然荒さが目立つ。
「何か無いのかな~誰かは同じ事考えているはずなんだけど」
再び沸き上がる焦燥感。シャルルはふと自分の思考に引っかかりを感じたが、すぐに霧散してしまった。
「ハイペリオン、コンソールのアバターって他にも種類あるだろ。その中に参考になる物無いのか」
『……宇宙軍のアーカイブを探していたら、3Dデータらしい物はあった』
「でかしたぞ。さすが不正アクセスの専門家だ」
『合法だ。昔のIDを消していない彼等に問題がある。それはいい、巨大なデータファイルなのだが、コメントを見るに実際の人間のCT画像を利用したようだ』
「やっぱりそうなるよな」
『どうする?ダウンロードするか?もうじき人類の未居住区域に入るのでタキオン通信の強度はあまり強くない。ダウンロードに一日は掛かるのではないだろうか』
「でもほかに選択肢はなさそうだしな」
『では開始しよう』
「どうしよう、俺まで暇になってしまったぞ」
中身も外側も、最高級AI二人がかり。単なる人間の出る幕ではない。待つしかないのだが、宇宙船エムロード号で常に忙しくしているシャルルにはどうも慣れない。
『君はあの船では結構忙しいのだろう。たまにはのんびりすればいいじゃないか』
「落ち着かないんだよ。ボーッとしてたらエレナが怒って来そうで」
『それは職業病の症状としては末期だと推測する』
しばらくハイペリオンシアターの上映目録を眺めていたシャルルだが、思いついたことを言う。
「ガワができたら、声だろうな。正直気持ち悪い」
『萌えを理解しないのだな』
「萌えじゃねぇよ。そういえば、コピーの性格設定とかができるんだよな」
『ああ、性別、年齢、基本性質、速度などかなり細かく設定できる』
「残り時間はそれに充てるか。性格も女の子っぽくしてさ」
予想通り残りの時間ではダウンロードは完了せず、作業は翌日となった。ただ、平面の立体映像は出しておくことにした。その方が面白いから。




