02-214 第三夜 ベアトリクスの鑑賞
当番三回目で、ベアトリクスは開き直っていた。
思えばトレジエム星系に来て、こんなに時間が余るようなことがあっただろうか。家出同然で星を出てきて、青い惑星でアカリと出会い、そのあとはずっと働いてきた気がする。本当のところは、ベアトリクスの出奔計画はかなり早い段階で家族に知られており、娘がベータ星の乙女によくある武者修行の旅に出るのだなと思われていた。
今日は何を観るか。
「ハイペリオン映画を見たいのだけど、SA-VRグラスを使ってはダメかしら?」
昨日までは遠慮して昔の平面画像を見ていたのだ。しかし平面映画はやはり慣れない。
役者の背景がちょっと気になっても覗き込めないのだ。これが結構ストレスで映画世界に没頭できなかった。
宇宙船のブリッヂという環境上、SA-4DXで鑑賞するわけにもいかない。
『構わないが、グラスはアカリしか持っていない』
「借りてよ」
さっき交代したばかりだし、まだ起きているだろう。男性の部屋に突然押しかけないだけの配慮がベアトリクスにはできた。
『構わないそうだ。今からこちらへ来る』
「おっと」
ベアトリクスは慌てて上着を羽織る。少々ラフな格好をしていたので。
ほんの数分後、アカリが機器を持ってきた。
「お待たせ、持ってきたよ」
船長室がいくら隣だからといって、早すぎないだろうか。
「たまに使うから、出しっぱなしなんだよ。あ、大丈夫。手入れはちゃんとしているよ」
「そこは別に気にしていないけど……」
ベアトリクスが見ているのはトレーニングウェアの下の筋肉だ。アカリは活動時にインナーとして肌に密着する服を着ることが多い。なので、その筋肉も何度か見てはいるのだが。
「アカリ君、筋肉落ちた?」
「え、そうかな?確かにサボりがちではあったけど」
この男は姉の船が長期休暇の間に、姉たちと遊びまわっていたのだ。何よりも大事な筋肉を犠牲にして。ベアトリクスは軽い怒りを感じた。アカリにとっては何をおいても姉なのだから、二人の価値観は永遠に一致しない。
「じゃあ、戻るね。……ハイペリオン頼むよ」
アカリの視聴履歴は特秘という念押しである。
ハイペリオンシアターは、つまりハイペリオンや彼と同系統のAIが過去に再生した映像コンテンツの集まりだ。そのラインナップは広く、雑多であった。違法コピーではない。無期限の視聴ライセンスは取得済み。社員の福利厚生である。
ベアトリクスはSA-VRゴーグルを装着し、リクライニングモードの座席に深く腰掛ける。
無限とも思われるアーカイブを眺めていく。
視聴人気順の上位に来ているひとつの紹介ページを開こうとすると、ハイペリオンから警告が入った。
『ベアトリクス、そのコンテンツは就業時間中は閲視聴不可だ。済まないが時間外に自室で見てくれないか』
「やっぱりそういうのもあるのね」
『需要は少なくないと聞いている』
「……アカリ君も観るのかな、こういうのは」
『答えられるわけがないだろう?』
ベアトリクスの6時間は、破壊と冒険と筋肉にあふれたものとなった。
それぞれのコンテンツの詳細と、彼女がそれをどのように楽しんだかは……割愛させていただく。




