02-211 第二夜 ベアトリクスの煩悩
一時間後、疲れ果てたアカリを食堂に追いやり、ベアトリクスは自分の持ち時間に入った。
アカリは真面目だから、ずっとメインモニターを監視していたのだろう。超光速航行時にそんな事をしていたら疲れるに決まっている。どのみちこの速度では人間に出来ることなど無いのだ。AIが暴走したら止めるとか、そういうときのストッパー要員でしかない。ベアトリクスは寝てしまわない程度の緊張感を持ってくつろぐことにした。
昨日の反省も込めて。
アカリ=ヴェッソーという青年は、先の辺境での戦闘で、活躍したエースパイロットだった。その人物が軍を辞めて、払い下げの改造戦闘艇で独り立ちすると聞いたときは、もう冒険の旅に出るとしか思えなかった。これは是非ともクルーに加えてもらわないと、と意気込んでトレジエムまでやって来たのだった。
しかしアカリは戦争に疲れてしまって、家業の配達屋を継いだという名目で、のんびり宇宙を旅しているだけだった。当時は正直がっかりしたものだったが、何度か一緒に仕事をしているうちに、どうやらアカリには本人も知らない何かがあると気が付いた。
それは彼の周囲であれば知っているいわゆる公然の秘密というものではあったが。そういうことも関係しているのだろうが、アカリとの仕事の旅は面白いことがよく起こるのだった。最近はそれが気に入って、アカリの仕事の誘いは優先的に受けることにしていた。
それにしても、この日程を三人で回すなんて、やんちゃにも程がある。元は戦闘機乗りで普段は星系内の仕事をしている、星間航路も近隣の星系までくらいしか経験がないらしい。拠点恒星間の超長距離航路は子供時代経験したことがあるといっていたが、何十人と乗組員がいる船でしかも子供だ、そんなの船乗りの経験じゃない。運行計画を立てているとき、まじめに聞いていれば良かったと後悔している。知り合いは自分のほうが格段に多い。アカリと気の合いそうな船乗りも何人かは思いつく。しかし、プルミエルへの配達が終わったらどこかでいいホテルでも泊まってのんびりしましょう、などとアカリが言うものだから、そっちのチョイスに気が向いてしまうのは仕方がなかったのだ。
「今からでも何とかできないかしら……」
さすがのベテラン宇宙船乗りでも1か月間、だいぶ短縮されて十日ほどになったが、それでも十数回のワンオペは想像しただけで気が滅入るのだった。
この旅で唯一の楽しめる仕事として食事作りがあるのは幸せだった。最初と最後の一時間ずつが消費されるからだ。
今日はもう映画鑑賞デーと決めた。本当は監視をしないといけないのだが、もういいだろう。ベアトリクスとしても仕事を放棄するようなことはしたくなかったが。
『気にすることはない。本来監視員は必要ない。君たちの仕事の都合上、出勤してくれるだけで十分だ』
だから映画鑑賞でも昼寝でも、四時間以上操縦室に居ればいいのだという。もっともそれは規則にはなくて運用側の裁量で決めて良いとか。
もう何が必要なことか分からなくなってしまったが、予定通り映画を見ることにした。
時代設定としては地球の統合戦争の頃。場所は反統合政府が占拠している小さな村。熱帯雨林とかが良い。フェイザー銃どころか熱線兵器も無いこの時代に、実弾銃と己の肉体のみで、闘う兵士。
スポーツのダイジェストは、宇宙フットボールが良い。簡単な防具のみを身に付けてエアスラスターで加速して突進してくる相手を受け止め、ボールを奪い合う。地球時代ではプレイヤーは皆毒を飲み勝者だけがボールの中に隠された解毒剤を使うことが出来たという、命がけの闘いも良い。
宇宙物では、侵略者の内乱を収め宇宙に平和をもたらした英雄パイロットの話がやはり良い。敵皇女との涙の別れというのも乙女心を刺激するのだ。……トレジエム版だと主人公が細過ぎてそこはちょっと興が冷めるのが問題だ。同行者二人をモデルとした人物が登場するのが何とも面白い。
気付けば交代の時間が近づいてきていた。
そろそろ食事を作らなければ。青年達に立派な筋肉が付くよう、タンパク質多めで。アカリもシャルルも好ましい若者といえるし、アカリに至ってはトレジエム最強だろう。後は十分な筋肉があれば申し分ないのだが。トレジエム星系の男性には望んでも仕方ないことだ。
躍動する肉体を続けて観てしまったので流石に疲れた。余韻で交代にやってきたシャルルを残念な目で眺めてしまったのは申し訳なかった。




