02-209 第二夜 アカリとSOS(1)
『アカリ、救難信号をキャッチした。現場に向かうが、構わないな』
突然、AIが話しかけてきた。SOSというのなら、よほどこちらに問題がない限り、救難に向かう義務がある。当然そのことをAIも分かっていて、進路変更を告げる意味合いでしかなくてもアカリは承諾した。
「ああ」
こんな、今時通る船などほとんどない航路で、救難信号など若干怪しく感じるところはあったが、もし本当に遭難事故が起きているのならば、救助に向かわなければならない。
「ハイペリオン、正確な位置を割り出せ。一〇分以内に到着するんだ。あと、二人は起こさなくて良い」
ただでさえ精神的に辛い、たった三人での恒星間宇宙航路なのだ。休憩できるときは休憩した方が良いに決まっている。
遭難船には悪いが、少しは退屈ではない時間が過ごせそうだと、アカリは思ってしまう。相手が偽装遭難船ならなお良しだ。気兼ねなく「楽しめそう」なのは大歓迎だ。ならば一番乗りする必要がある。
「ターゲットが動いた!」
暗いブリッジ内に設置された巨大な立体モニターを監視していた男が叫んだ。
巨大モニターに映る多くの光点は辺りの宙域十光年の範囲内にある星や岩塊の位置を示している。その中で先程まで一定の速さで動いていた赤色の点が進路を変えたのだ。
顧客から与えられたデータによると、ターゲットはハイペリオン号という小型の貨物船だ。見たことのない形をしているが、宇宙軍の汎用艦をベースに改造した船らしい。つまり強力な武装を警戒しているのだろうと推測したが、軍籍であった頃の武装は全て降ろされ、代わりに商船標準のレーザー砲を2門載せられたと、データには書かれてあった。
この規模の貨物船が単独で運ぶものなどたいした物ではないだろう。今まで何度か遊んでやった相手も、海賊するだけ赤字になるような積み荷しかなかったのを思い出す。
アヴニール星団には海賊のギルドともいえる集団があった。その集団のトップに君臨する規模の大きな海賊達は自ら「闇の十二騎士」と名乗り、星団中の悪を率いていた。
今日仕事はその第三座「双子座のベート商会」からの依頼であった。
この仕事のために海賊たちの母船は大改造を受けた。ブリッジ内を占拠する巨大なモニターは、観測範囲内のものはその光速度に関係なく表示するという特殊な物で、リライト装置によって書き換えられた世界の中をも見通すことができた。
その装置をブリッジ内に納めるために、船体を切断するという荒業をやってのける必要があった。幸い大きな貨物船であったため、タキオンレーダーや附属品の置き場に困ることはなく、稼働に必要な電力も充分あった。
銀河を渡る巨大な貨物船。このような船が何百隻もあった時代があったのだ。
しかし、ここまでの労力をかけても排除したい相手とはいったい何者だろうか。
『近いぞ』
「リライト0.0でアイドリング。遭難船の50キロ後方に着けろ。状況確認してパトロールに報告する」
遭難信号は全方位に放たれるのが普通だ。受信した周りの船が全て向かうことになるので、最初にたどり着いた船からの情報は、無駄足を踏まないために重要だ。
「通常空間」に出たハイペリオン号は信号の発信源と思われるポイントから50キロメートル、宇宙船的距離で言うとすぐ近くで空間索敵を行った。
『信号源に小型の船を発見した。内部に一般的な生体の反応は無い』
「まあ、近づいてみるしかないんだけど。ハイペリオン、収集データをパトロールに送信開始だ」
恒星間に自力で進出可能な文明は、銀河系全域を探査できるようになった今でも三つしか確認されていない。それらは皆活動時に熱を発生させるため、船が明らかにシールドも稼働していないような難破状態であれば、簡単な捜査で生命反応は探知可能だ。とはいえそれぞれに協力的な生命体にどんな種族がいるかは不明なため、結局は乗り込んでいって確認することになるのだ。
「ハイペリオン、接舷準備。念のためリライト装置のアイドリングは続行だ」
『了解』
アカリは十中八九、罠だと思っている。あんな大きさの船で星もほとんど無いこんな所に居るなんて、まずまともな理由ではないだろう。自分達だってこんな所に居るが、はっきりした理由はあるし、何よりもアカリの船であるハイペリオン号はれっきとした恒星間航行可能な船だ。だから、嘘の救難信号を囮に救助に来た船を襲う、実に古典的な罠だと見ている。船乗り達の信頼を悪用する卑劣な罠だ。
ハイペリオン号は、小型船に横付けするように近づいた。両船の距離は十数メートル、接舷チューブを伸ばせば乗り込むことができる距離だ。イコール、ハイペリオン号がエネルギーシールドを展開すれば一瞬で小型船は焼け焦げる、そんな距離でもある。
『アカリ、周辺にエネルギーの揺らぎを感知した。ジェネレータの出力変動のせいだと思われる』
「我慢が足りない連中だね。ハイペリオン、気づかない振りだよ」
海賊達が強襲用に展開させている船だろう。
仕方ない。通貨や個人資産にそこまでの価値がなくなってしまった時代。他人から奪えるものは食料や輸送中の製品、もしくは命。そんな中、ただでさえ見返りの少ない宇宙海賊という職業。もっと稼ぎの良い宙域からはじき出されて、こんな所で見え見えの罠を張るしかない下の下の連中。作戦行動の基本すら出来ていないのだ、退屈しのぎにもならないようだとアカリは嘆息した。
チューブとハッチがエアロックで結合し、身動きが取れないようになった瞬間が襲撃開始の合図だ。最低でもその瞬間まではスロットルに触ってはならない。そんな事はアカリだって知っている。
『難破船のハッチ形状を照合した。銀河汎用規格だ』
「じゃあ、内部に生存者はいないね」
銀河汎用と謳っていても、地球とケンタウリ系統で使用されている共通規格だ。しかし恒星間文明の三分の二が使っていれば、確かに銀河系の汎用規格だと言えるだろう。そして彼等と共に宇宙に進出している生命体は今のところ生きていれば温かい連中ばかりだ。
目の前のように、特に争った形跡もなく無人になった宇宙船が救難信号を出していればそれはもう、海賊だ。
『どうする』
海賊の位置は分かっている。
「待つんだよ、ハイペリオン。あちらから撃たせる必要がある。面倒だがお遊戯に付き合おう。接舷チューブ準備」
銀河汎用規格のハッチ外周にはリング状の伸縮チューブが埋め込まれており、簡易な接舷経路として使用可能だ。リング上部のアンビリカルケーブルが相手のハッチに射出され結合すると、ケーブルに沿ってチューブが引き出されてくる仕組みだ。チューブが相手にしっかりと取り付いた後、内部に空気が充満すると乗り込む準備は完了だ。
『結合完了。呼気の代替として水素ガスを送り込む』
アカリは海賊達の次の動きをシミュレーションしてみる。もっとも単純な襲撃の手筈だ。
「こちらがチューブの中に乗員を送り込んで、身動きがとれなくなるタイミングで遮蔽を解き姿を現す……」
接舷チューブで両船が繋がって、チューブ内に水素ガスが送られ始めて約一〇分、そろそろ充満するかという頃、敵が動いた。
『エネルギーの揺らぎを解析した。艦載機程度の小型反応二〇。こちらに向かってくる』
襲撃者はハイペリオン号よりはるかに小さい、いわゆる宇宙戦闘機の仲間だ。超小型でスピードと小回りに優れ、武装もハイペリオン号のものより強力だ。それが二〇機もいれば巡洋艦などの大型艦艇でも仕留めることが不可能ではない。
「はぁ、まだ早いよ……。今動いたら、逃げられるに決まっているじゃないか。数は20?。ハイペリオン、母船を探してくれ。そんなに遠くにはいないと思うけど」
『照準レーダー波の照射確認。来るぞ』
「チューブを強制パージ!」
小型船との接続を緊急解除する。ほとんど同時にレーザー砲の斉射がハイペリオン号に襲いかかる。しかしこれは威嚇だ、略奪が目当てなのだから。この宇宙で最もアカリが憎む海賊を信じなければならないのは腹立たしい。さらには二〇条もの破壊光線が真横を通り過ぎるのはいい気持ちではない。
この威嚇の時点で抵抗を諦める船長もいるだろう。




